何が起こったのだろうか。士道にとっては、全てが理解不能だった。自分の目を、嗅覚をも疑いたくなった。
士道の記憶では狂三に屋上に呼び出され、危機的な状態に琴里が精霊として現れたことまでは覚えている。士道が琴里の攻撃から狂三を庇ったことも覚えている。しかし、それ以降の記憶はなく、目を覚ましてから……自分の目を疑った。
眼下に広がる光景。それは、地獄そのものだった。
あちこちに広がる赤黒い液体。むせ返るような鉄臭さ。そこに横たわるのは、士道のよく知る人々だった。
彼女たちは間違いなく──息絶えていた。
そんな中、まだ息のある人物を見つける。
「──だいじょう……」
「〈
大丈夫かと言い切る間もなく、頭上から現れた一筋の大きな光線によって、全ては消し去られた。
「なんで」
この場に存在しているのは、士道の目視出来る範囲に横たわっている人たちで全てのはすだった。少なくとも、士道の記憶している限りではそうだった。
しかし、声が聴こえた。無感情な、それなのに楽しそうな……聞き覚えのある声。その声が示す場所を、士道は半ば放心状態で見上げる。
天から射した一筋の光。その下に、その存在は浮かんでいた。
肢体に纏わり付くように包んでいる純白のドレス、ふわりと広がるスカート。そして頭部を囲うように浮遊したリングから伸びた光のベール。光の粒子が集まるようにして悠然と広がる翼。全て穢れなき純白で構成されている霊装。
神へと祈るように手を組んでいるその人物は──まるで天使のようだった。
精霊は、屋上へと足をつけて、士道へと近寄る。距離が近づくと、彼女の容姿が浮き彫りとなる。
「あ……」
「──やっと、ふたりきり」
精霊の空色の瞳は士道を捉え、ゆっくりと微笑んだ。完璧な、人形のように作り物じみた笑顔。
視線を、注意を、心をも、一瞬にして奪い去った。それほどまでに少女は──暴力的なまでに、美しい。
士道の顔に少女の手が添えられると、全身から力が抜けるのを感じた。憎むという気持ちすら許されないほどの、圧倒的な虚脱感。
聞き覚えのある声、そして見覚えのある表情だった。
それを見た途端、士道の中で何かが弾けた。
こんな絶望的な状況の中、士道の頭には、浮かぶヴィジョンがあった。
肩までの長さの髪、空のように澄んだ青い瞳、こちらを安心させるように、微笑む少女。
(私は、士道くんさえいればいいな)
思い出の中、その少女は優しい声音でそう告げる。
(正直、士道くん以外の人はどうでもいいかな)
薄情としか言えない台詞を柔和な表情で吐いた後に、茫然としている“士道の表情を見て”、取り繕うようにまた微笑む。
(……冗談だよ。だからそんな顔をしないで?)
……ああ、どうして忘れていたのだろうか。
士道は思い出した。
こんな最悪なタイミングで京乃という少女が、”士道と幼馴染である“ということを思い出してしまった。
だからこそ、どうして彼女が周りを排除しているのか理解したくなくて、思考は止まってしまった。信じたくなどなかったのだ。目の前にいる彼女は、幼馴染であるはずの少女ではなく、全くの赤の他人であってほしかった。それなのに士道は……一瞬、京乃ならあり得なくもないと、そう思ってしまったのだ。そんな思いを振り払いたくて、頭を振る。
「誰なんだ!?違う、お前は違う!!
頼む……京乃を、あいつらを返してくれ!!」
「……え?」
もう、何も考えたくなどなかった。何も見たくなどなかった。
京乃から、目をそらすために下を見る。苦悶の表情で、目を見開いている少女……狂三が、そこに息絶えていた。
「……」
狂三がどんな人物だったのか、士道には分からない。
士道にとって分かるのは、自分がデートをした少女は、年相応の可愛らしい少女に感じられたことだけだった。
琴里は士道にとって、大切な妹だ。そんな彼女が精霊の姿で現れた。なぜ、人間であるはずの少女が精霊になっているのか、そんな理由だって聞けずしまいだった。
十香と折紙は、仲が悪い。しかし、最近になって彼女らが仲が良くなれるのではないかと思えるようになったのだ。真那という少女のことは、士道はよく知らない。自分を実の兄だと慕ってくれる少女。これから、交流だって深め、彼女のことも知っていくことが出来たのだろう。それなのに……全ては無に帰した。全て、自分のことを愛おしそうに見つめる少女によって、消え去ってしまった。
もし、狂三のように時を操れたら、そして──過去を戻せたなら。
「
そう呟いた士道の手に、短銃が現れた。
しかし、士道には狂三の霊力を封印した覚えはなかった。それに、結局のところ屋上で狂三とは交戦こそはしたが、仲を深める結果になんていたれなかった。
つまり、これはただの幻想に、夢に過ぎないのだろう。
どうやら現実と妄想との区別がつかなくなるくらいに狂ってしまったらしい。
それが士道の出した結論で、でも、夢の中だったとしても、願いが叶うというのなら
士道はこめかみに短銃を向ける。
今死んだとして……全く、士道にとっては恐くもなにもなかった。
「……」
そして、暗転。
「……ここはこうでぇ……それで、これはこう! 皆さん、分かりましたかぁー?」
「せんせー、代名詞ばかりでよく分からないでーす!」
間延びした女性の声が、そして男子生徒の声が聴こえる。緊張感に欠ける、温かい空間。男子生徒の声の後には、それに追随するように、生徒の声や笑い声がまばらに聴こえた。
ゆっくりと目を開けた士道。目の前には、いつも通りの教室があり、先生が授業を進めている。
──何が起こった?
士道は、騒ぎ立てる心臓に手をおいて、周囲を見渡す。左右の隣席には十香と折紙がいる。そして更に見回してみると……狂三、そしてその隣には京乃がいた。それからは……放心状態だったと言ってもいいだろう。気がついたら授業の終わりを告げる鐘が鳴り、そして昼休みを迎えていた。
周囲では仲の良いグループに集まって、昼食をとっている。士道の想像していたような出来事が起こる気配もない。いつも通りの、日常だった。
それならばきっと、先程のは悪い夢だったんだろうか。
狂三との話し合いがうまくいくか分からないから、少し嫌なことを想像してしまったのだ。そうに違いないと、士道は自分を納得させようとした。
「シドー、昼餉を」
意気揚々と士道に声をかけた十香。しかし、士道の顔を見ると、その続きを言うことはなかった。
「……どこか、痛いところでもあるのか?」
「え?」
「目から、涙が出ているのだ」
十香の言葉で目元を拭うと、確かにそこは濡れていた。
「あれ、なんで」
慌てて服の裾で拭うが、泣いてしまっていた事実がなくなるわけではない。十香は、心配そうな表情で士道を見る。
「シドー、調子でも悪いのか?」
「……少し、悪いことを想像しちまってな」
──本当に妄想なのか?
夢や妄想にしてはどうにも鮮明で、やけに悪趣味だった。
これからの不安が形に出たにしても、
ふと、自分の机の上に出しっぱなしにしていたノートが目に入った。そこに記されていたのは、士道にとって、先程受けた内容だった。追体験しているような不思議な感覚に、腑に落ちないものを感じる。
「なあ、十香。今日って何日だっけ」
「今日か? 今日の日付は……」
十香が告げた日付は、士道が認識している日付と変わらない。変わらないからこそ、違和感がある。士道の中ではもう、今日この日の授業が終わったはずなのだ。
士道は、今日使ったノートを見返す。先程までのものではなく、今日使ったもの全てだ。そして分かったことは……やはり、全ての授業内容に対してデジャヴのようなものを感じる。これをただの勘違いと切り捨てるには、違和感の種が大きすぎる。
時を司る狂三の天使。それならばもしかしたら……狂三が何かをしたのかもしれない。
もちろん、それは推測の域を出ない。士道自身、半信半疑な部分もある。それでも……これからあのような事態が起こるよりは、行動したほうが良いように、士道には感じられたのだ。
「悪い、十香。少し用事を思い出した、今日の昼飯は三人組とでも食ってくれ」
「し、しかしだな……」
「心配してくれてありがとうな。俺は、大丈夫だ」
士道は、十香へと笑みを向けた。ぎこちなかったが、十香を安心させる効果はあったようだ。彼女にしては珍しく、神妙な顔で口を開く。
「……頑張るのだ、シドー。私はシドーを応援しているぞ」
「おう」
十香が亜衣たちのところへ向かうのを目の端で見送り、そして士道も歩き出す。
教室内はそう広いわけではない。数十秒で着いたのだろうが、体感的には何分も経ったように重苦しく感じられる。
そして士道は……狂三の席の前へとたどり着く。
彼女の隣席にいる京乃が目に入る。彼女から見られていることに気づいていながらも、士道は目をそらす。
「狂三、少し良いか?」
「何ですの? 放課後まで士道さんと話す気は……」
「重要な話なんだが、ここでは話しづらい。人目のつかないところで話したい」
狂三は、士道の顔を見る。どうにも
「ええ、分かりましたわ。わたくしについてきてくださいまし」
狂三はどこかへと歩いていく。士道もそれについて行くと、体育館裏へとたどり着いた。
「士道さん、話とはなんですの?」
「夢を見たんだ。夢の中では、精霊となった京乃がみんなを殺したんだ。荒唐無稽に思えるかもしれないが、やけに現実味があって、ただの夢には思えない」
「訳が分かりませんわ。士道さんは何をおっしゃって……」
狂三はそこまで告げると、何かを思いついたような表情を浮かべる。
「もしかして、ですけれど」
勿体つけるように前置きをすると、狂三はくすくすと笑う。
「未来のわたくしが、士道さんに
「
聞き覚えのない単語に、士道はオウムのように疑問を返した。
「ええ、撃たれた対象は、精神だけ過去へと戻ることが出来ます。平たく言うのなら──タイムリープですわ」
「そんなことが……出来るのか?」
「数日前が限界ですし、万能ではありませんわ。まあ……どうして未来のわたくしが、士道さんを送ってきたのかわたくしにはわかりかねますが」
「夢じゃ……ない?」
頬をつねる。とても痛かった。
「狂三、信じてくれるのか?」
「ええ、士道さんの事情は分かりましたわ。それでも、わたくしはあなたが欲しいのですわ」
「お前は、学校で死ぬことになるんだぞ」
「士道さんの言うことはきっと真実なのでしょう。しかし──むしろ、と言いましょうか。わたくしにとって、その状況は都合が良いのです」
「なにを、言って……」
「わたくしとて無駄死にするつもりはありません。ですが、京乃さんが精霊になる可能性を秘めているのなら、話は別ですわ。それに……教えてもらったからこそ、対策はとれるというもの」
士道には、理解が出来なかった。もとより狂三が何を想って人を殺しているのかは、士道には分からない。しかし、己が死ぬ可能性を指摘してなお全く意見が変わらないなんて、そんなことは思いすらしなかった。
「……わたくしを救うと言ったことを撤回してくだされば、話は簡単なのですが」
「撤回する気はない。俺はお前のことを救いたいんだ」
「そうですの」
互いの意見がぶつかり合い、それでいてなお平行線を辿っている。狂三は、嘆息した。
「情報を、ありがとうございました。放課後、屋上で待っていますわ」
「狂三……!」
それ以降、狂三は何を言ったとしても取り合ってはくれなかった。
「わたくしが今この場で時喰みの城を使う可能性を考えまして?」
そう言われてしまえば、何も返せなかった。それに時間はあまりにも少ない。狂三を説得できないのであれば、次にするべきことがある。
教室に向かうべく、士道は歩みを進める。しかし……
「あっ、え、えと……すみません!」
体育館裏から出ようとしたところで、誰かが声をかけてきた。その聞き覚えのある声の主を、恐る恐る見る。そして、士道は硬直した。
「……ッ!」
考えないようにしていた彼女が、突然現れた。
喉が鳴る。顔が引き攣ってしまうのを感じた。昨日までの自分なら、狂三よりも目の前の少女に恐れを抱くことになるとは思いもしなかっただろう。それでも、今は彼女の挙動一つ一つが気になって仕方がない。
「どう、して……ここにいるんだ?」
何気なさを装って、話しかけたつもりだったが、どうにも言葉がつっかえる。京乃には、自分の心内がバレてはいないだろうか。士道には、それが気がかりだった。
「……五河君が、心配で」
その言葉に嘘はないのだろう。彼女は、いつだってそうだった。士道に対して優しいというよりも甘く、過保護な面のある少女だった。だけど……そんなことを知っていてもなお、士道には聞かなければならないことがあった。
「お前に聞きたいことがある」
「な、なんでしょうか……?」
目の前にいる少女は、士道にとって日常の象徴であり、庇護すべき対象、そのはず……だった。
士道は口の中のつばを飲みこんだ。
「お前は──精霊なのか?」
「……え?」
京乃は困惑したように、士道を見る。
「頼む、誤魔化さないでくれ。お前は精霊なのか、俺には分からないんだ」
屋上に現れた、天使のような霊装を身に纏った精霊。皆を殺した精霊。それは、間違いなく京乃の姿だったのだ。
いつ豹変するか分からない存在。いつも身近にいた存在は、士道にとって得体のしれない存在へと変わってしまった。
「……えっと、ですね。五河君」
「あの天使のような姿。それに
「五河君、落ち着いてほしいな」
落ち着けるはずない。
「私は精霊という存在のことは知っているよ。いや……精霊という正式名称こそ知らなかったけど、彼女らの存在は把握している。でも、私は人間だから……」
京乃は、困り眉で士道に笑いかけた。
「私は出来うる限り君の力になりたい。だからね、君の持つ情報を教えてほしいな」
本当は京乃のことを信じたい。
それなのに、脳裏に
だから士道は……一つ、自分の考えを確かにするために問いかけることにした。
「聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
士道につられてか、京乃もどことなく緊張した様子で士道を見る。
「お前は、俺のことを、他の皆よりも大切に思っているか?」
「……え?」
京乃は、一瞬言葉の意味を理解出来なかったようだった。その後には照れ、そして士道の顔色を見て困惑する。
士道が確かめたかったのは、今の京乃が士道に対して抱いている感情だ。あのとき、屋上で彼女に会ったときに彼女は、士道に対してやっと二人きりになれたと告げた。その他は
京乃は、士道の真意には気づいていないだろうが、その質問が重要な意味を持っていることには気づいたのだろう。長考したのちに、俯いていた顔を上げる。
「その、私が五河君を……えっと、大切に想っているのは確かです」
京乃は、告げる。やはりとそうなのかと顔色が曇る士道に、京乃は詰め寄る。
「それでも、皆のことも大切で……優劣は、つけられない、です」
その顔は至って真剣で、とても優しげで。士道は……そんな彼女を信じてみたいと思った。
それでも、士道がなぜ京乃を疑っているのか、その理由を伝えることは。
狂三の話が確かなら、まだ彼女は何の罪も犯していないが、これからそうなってしまうのかもしれない。
「俺は、少し先の未来から来たんだ」
「……未来から?」
突拍子のない話に、京乃はたじろいだようだった。
「そうなんですね」
「……信じてくれるのか?」
「五河君が嘘を言っているようには見えないですし。その……あなたのことを信じたいんです。それに、昼以前とその後で……その、私を怖がるような視線を向けられていることは、なんとなく分かっていましたから。私は……精霊になるんですね」
力なく笑う京乃。その立ち姿からは、やはり加害者になることは想像出来ない。
しかし、それが起こったことは間違いない。
「ああ、数時間後……放課後にお前は精霊として現れた。そして皆を、十香たちを殺す」
「……私が十香ちゃんたちを……どうして、ですか?」
「理由は分からない。お前は気がついたら精霊になっていたんだ」
「それは……すみません、私にも理由が分からないです」
申し訳なさそうにそう告げる京乃。
「五河君の言葉を信じるのなら、そして未来が確定しているのなら……突拍子もなく精霊という存在に変化するのかも……でも……そんなの、私だって嫌で」
「心当たりはないのか? 本当に些細な違和感や……」
そこまで言いかけて、士道は口を閉じる。今違和感を感じているのは、京乃ではなく士道の方だ。士道は今まで、京乃という幼馴染みの存在をすっかりと忘れていた。それはなぜか、士道には分からない。
……そもそも、目の前の少女がなぜ、士道のことを見知らぬふりをしているのか、それとも本当に知らないのか。
藪蛇をつつく結果となってしまいそうで、士道は閉口した。
「何もないならいいんだ。とにかく、俺の言葉を忘れないで欲しい」
「わかり、ました。あと、その……五河君にとって、敵である私から渡されたものを食べるなんて……信用出来ないかもしれませんが……」
京乃は、手に持っていたランチボックスを開き、その中から飲料タイプのゼリーを取り出した。
「お昼ご飯、まだですよね。その、お弁当も大切ですけど……時間あまりないので……良ければ、貰ってください」
「ありがとうな」
「……! い、いえ。その……私は、五河君の力になりたいんです。
私は油断しません。もし……もし、精霊になってしまったとしても、自分のことは自分で片付けます。私のことを信じてくれとまでは言いません、それでも……頑張ります。だから、あまり心配しないでほしいんです……それでは、失礼します」
頭を下げると、京乃は駆け足で走り去っていった。
士道は、小さく息を吐く。一段落ついたから……というよりは、無理やりにでも気持ちを切り替えて、次のやらなければならないことに意識を向けるためだ。
すぐにポケットに入れてきた携帯を取り出し、慣れた手つきで電話番号を入力し、耳元に携帯を当てる。少し時間はかかったが、何とか相手に伝わったようだ。
「琴里」
『もうすぐ昼休みが終わるんだけど……まあ、いいわ。狂三のことでなにか進展でもあった?』
「俺、未来から来たんだ。このままだとろくな未来にならない。狂三のこともあるが、京乃に注意してほしい」
『はあ? いきなりどうしたのよ、未来ってそんな唐突な……』
琴里の声は疑わしげだった。彼女からしたら、それも当然だろう。
「証拠になるのかは分からないが、狂三の能力なら分かった。あいつは時を操ることが出来る。それで俺を過去へと送ってきたんだ」
『……狂三が、時を操る精霊ねぇ。死ななかったカラクリはそこにあるってこと?』
「ああ。それと一つ、俺から琴里に聞きたいことがあったんだ。琴里、お前は精霊なのか? 屋上に現れた炎の精霊は、どう見てもお前の姿だったんだよ」
『……確かに私は、今回の件で何か問題があれば精霊になるつもりだったけど……いえ、それを知ってるなら、確かに信憑性は高いのかしら』
琴里の言葉で、どうやら半信半疑状態までは持ち込めたらしいと悟る。
『で、どうして京乃を危険視するの?』
「京乃は自分のことを精霊じゃないと言っているが、俺は……京乃が天使のような精霊になっているのを見たんだ。琴里が本当に炎の精霊なら……京乃だってそうなんじゃないか?」
先天的なのか、後天的なのかは分からない。それでも可能性はあると琴里に告げると、彼女はいつもの飄々とした様子で言葉を繫げる。
『……オーケー、京乃に観測機を回すわ。放課後も彼女の後をつけさせる。それでいい?』
「ああ。それで琴里はなんで精霊……」
と、そこでチャイムが流れた。
『お互い時間がなさそうね。狂三に警戒される可能性だってある。授業はちゃんと出なさい』
「……分かった。でも、今日のことは全て終わったら、琴里には聞きたいことがある」
『分かったわ。またね、士道』
琴里との電話通話を切り、慌てて教室へと向かう。狂三と京乃は、教室に戻っていたようだった。その他は普段とそう変わらない。しいていうのなら、折紙から狂三と話していた内容を言及されたくらいだろう。曖昧に濁したりしつつ、京乃から渡されたゼリーを飲み干す。
確かな光が見えた。だから、士道は気を引き締めて……午後の授業に望むのだった。