あの人たちは私を攻撃してくる。
みんなみんなどす黒い殺意を持って私を仕留めようとする。
そうされるのは嫌で、私はその度に頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくあの人たちを××たくなってしまう。
だけどあの人たちだって傷つくのは嫌だと思うし、きっと理由があって私を攻撃しているのだと思う。
だから私はきっとあの人たちを攻撃してはいけない。
それに私には“よしのん”がいるから大丈夫。
あの人たちの痛い攻撃だって我慢出来る。
そんなことを考えて左手についているパペット……よしのんを見ながら、四糸乃は一人雨の中を歩いている。
さっきまでは周りに人がいたが、突然雨が降り始めたから近くの建物に雨宿りをしているのか、今では誰もいない。
ASTは現れていない。四糸乃は何故だか分かっていないのだが、何にせよASTがいないこの状況が有りがたくて、よしのんと話しながら道を歩く。
そして数分後、四糸乃とよしのんは違和感に気付き、歩みを止める。
『……んー? そこの可愛いおねーさんは誰かなー?』
四糸乃たちの目の先には、電信柱に隠れている、16、7歳くらいの歳の少女がいた。
四糸乃たちに見つかってしまった少女はばつが悪そうな顔をして、四糸乃たちから距離をとった。
その行動の意味が分からずに、よしのんは目を丸くした(とはいっても元から丸いが)。
『おねーさん、どうしたのー?』
「いや、……なんとなく、近づいたらダメな気がしたので」
少女の言葉を聞いた瞬間、よしのんは体を震わせて笑い出した。
『……あははっ! 何それおねーさん、変わってるねー! 名前なんて言うのー?』
「私……ですか? わ、私は京乃って言います」
少女……京乃は、たどたどしく言葉を紡いだ。
その言葉によしのんは耳を傾ける。
『へぇー、そうなんだ〜 京乃ちゃん? いい名前だね! よしのんはよしのんって言うのっ! いい名前でしょー?』
よしのんが明るくそういうと、京乃は嬉しそうに頬を染めた。
「あ……りがと、う。あなたの名前もいい名前だと、思います」
『いえいえ~
あ、そうだ京乃ちゃん。今日はよしのんたちに攻撃してくる人たちいないみたいだし、お話しない?』
「よしのん……達?」
『そうそう! いつもは四糸乃とよしのんをチクチクと攻撃してくるイヤーな人たちがいるんだけど、今日はいないみたいなんだよねー 全くあのお姉さん達はよしのんの美貌に嫉妬でもしているのかな~? まあ、今日はよしのん達の邪魔はしてこないみたいだけどさっ!』
そのよしのんが語った言葉の意味を考え、京乃は暫しの逡巡のち、四糸乃の頭に右手を置いた。
「この子が四糸乃ちゃんで……」
そして、四糸乃に置いていた右手をよしのんの頭に乗せる。
「君がよしのんちゃん……?」
『うん! あ、もしかして京乃ちゃん分かんなかった?』
「うん、まあ……」
『もー、京乃ちゃんったら意外とぬけてるとこがあるのかな?
今度からはちゃんと覚えてよ〜?
あと、よしのんで良いよー
ちゃんづけなんてくすぐったい!』
「うん、ごめんね。あと分かった」
京乃は何かに勘付いたような顔をして、申し訳なさそうな声で謝ると、よしのんは仕方ないなぁ……という顔をした気がする。よしのんの顔自体は変わらないはずなのに、不思議なものだと京乃は心の中で思った。
「そ、れでお話だっけ? うん、私も暇だったし、いいよ」
『え、本当!? やったー! もう全く! あの人たちに京乃ちゃんの爪の垢を煎じて飲ましてあげたいよー』
「……あ、でも、1つお願いしてもいいかな?」
『えっなになにー? よしのんに出来ることだったら何だって叶えちゃうよ〜?』
「ありがとうよしのん。あの、私、四糸乃ちゃんともお話、したいんだけど、いい……かな?」
『何だ、そんなこと? よしのん達にオイタをする人達ならともかく、京乃ちゃんだったら大歓迎だよー
ね、四糸乃?』
よしのんがそう呼びかけると、今まで反応がなかった四糸乃の顔に驚きがはしる。
そして京乃の顔を数秒見つめた後、四糸乃は逃げ出そうとしたが、よしのんが声をかけたことにより動きを止めた。
『四糸乃、京乃ちゃんは大丈夫だって! ねっ、よしのんもついてるし!』
「……うん」
それでも元気がない四糸乃を見てか、京乃は四糸乃と同じ目線まで背をかがめて口を開く。
「ごめんね、驚かせちゃった、かな? 私も、四糸乃ちゃん達のおしゃべりに混ぜさせてもらっても、いいかな?」
出来るだけ優しい声音で言った京乃に対して、四糸乃は不安そうだがこくりと頷き、その様子を見た京乃は嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。ここじゃ寒いし、私の家に来る?」
「……京乃さんの、お家、ですか? そんなの悪いです……」
『京乃ちゃんがいいって言ってるんだから、遠慮しない遠慮しないー』
中々決心がつかない様子の四糸乃に対して、よしのんは行っちゃおう! と意気込んでいる。
「よ、よしのん……でも、……本当に、良いんですか?」
「うん、四糸乃ちゃんだったら大歓迎だよ」
またぎこちない笑みを浮かべて京乃は肯定した。
その反応に、四糸乃はどうしようか考える。
本当に行っても大丈夫なのだろうか? もしかしたらついて行った先があの攻撃をしてくる人たちのアジトで、袋叩きにされるかもしれない。
その可能性もないとは言い切れないけど……
四糸乃はちらりと手元にいるよしのんを見つめる。
よしのんが大丈夫だって言っているんだし、信じても良いのかな。出会ったばかりの京乃のことは信用出来ないけど、私のヒーローであるよしのんのいうことなら信用することが出来る。
そう頭で考えを纏めた四糸乃は、ぺこりと頷いた。
そんな四糸乃の様子を見て、京乃はさっきよりも一層嬉しそうに、はにかんだ笑顔を見せた。
「ありがとう。
家はすぐそこだから」
そう言って京乃は、躊躇いがちに手のひらを出す。
四糸乃はそれを見て不思議そうに首を傾げる。
『四糸乃っ、そこはちゃんと握らないと〜』
「……っ! 握っても……良いですか……?」
「うん、もちろんだよ」
よしのんの言葉を聞いた四糸乃は、躊躇いがちに京乃の手を取る。
その瞬間京乃はピクリと肩を震わせたが、ぶんぶんと頭を振って、四糸乃の手を引いた。
四糸乃が着いた所は、どこにでもあるような変哲もない家の前だった。
しかし安心なんて出来ない。もしかしたら、四糸乃が安心している隙に攻撃してくる可能性だって……
そんな考えを膨らませた四糸乃は顔を曇らせた。
何でこんなにも、人を信用することが出来ないのだろう。自分のことながらこの考えが嫌になる。
四糸乃のそんなことを考えながらだんだん元気のなくなっていく顔を見てか、京乃は不安げな顔をして口を開く。
「四糸乃ちゃん、大丈夫? ……えーと、あ、そうだ。家にちょうどいいお菓子あるし、それ食べたら気が落ち着くかも」
元気のない四糸乃を元気づける為か、京乃は思い出したように口に出した。そんな京乃の様子をみて、四糸乃は首をふる。
「……いえ、そんな……悪いです……」
「ううん、遠慮なんかしなくていいよ? どうせ私だけじゃ消費しきれないだろうし」
よしと意気込んで、京乃は四糸乃の手を握り扉の鍵を開けた。玄関で靴を脱ぎ、リビングにある椅子に四糸乃を座らせた京乃は、準備するから待っててと1人と1匹に伝えて、どこかに行ってしまった。
その間、暇になってしまった四糸乃たちは部屋を見渡しながら会話をする。
「よしのん、本当に大丈夫かな……?」
『京乃ちゃんのこと? 大丈夫だよー
京乃ちゃんからは、あの人たちみたいなものは感じなかったしねー
四糸乃の気持ちも分かるけど、京乃ちゃんのことは信じてみようよっ!』
「……」
よしのんの言葉に対して、四糸乃は何も返せなかった。
本当は、京乃を信じたい。
疑いたくなんてない。京乃はきっといい人、なのだ。
だけどもし、それが間違っていたとしたらどうすればいいのだろう。それを信用して勝手に裏切られたとき、私は立ち直れるのだろうか?
……分からないと、四糸乃は俯く。
それを見かねたよしのんが声をかけようとしたとき、京乃が帰ってきた。
「四糸乃ちゃん、よしのん。雨で濡れたよね?」
そう言って京乃は持ってきたお菓子と飲み物を机に置き、タオルで四糸乃の髪とよしのんを拭いた。そして京乃が一通り拭き終えた後、四糸乃は感謝の言葉を告げて、何かを決心したような顔で口を開いた。
「あっ……あの、京乃……さん」
「どうしたの、四糸乃ちゃん?」
そう首を傾げながら問うてくる京乃の声音も顔も、初めて見た時よりも優しげで、こちらを気遣ってくれていて、四糸乃はこれからいうことに躊躇いを持ってしまった。
しかし聞かないと何も始まらないと思い、四糸乃は恐る恐る口を開いた。
「京乃さん……は、ど……して、私……に優しく……して、くれる……ですか……?」
四糸乃の言葉を聞いた京乃は優しげな顔を崩して、小さく息を吐いた。
「……どうして、なんだろうね?
私にもよく分からないんだ。ただ不安そうな四糸乃ちゃんを見た瞬間、何とかしないと思ったんだ。……私ってこんな柄じゃなかったはずなんだけどなぁ」
その言葉を聞きながら、四糸乃は京乃の顔を見た。
そこには打算はなく、ただただ優しさがあるだけだった。
……信じても良いのだろうか。そんなことを思いながら、開くつもりはなかった口を開いてしまった。
「……あなたは……私を、嫌いじゃない……ですか……? 皆さん、私が嫌いで……、だから痛い、攻撃を……してきて……」
なのに、どうして京乃は攻撃してこないのか。
四糸乃にとって無償の好意なんてものは怖いものでしかない。
ASTに攻撃されるのは、自分が危険な存在だからだろうと考えられるけど、好意なんてものは生まれてこの方貰ったこともないし、見返りを求められないものなんて何か裏があるのではないかと不安になっていた。
だから答えを期待して……
「私は四糸乃ちゃんのことを嫌いにはならないと思うよ」
京乃は困ったように軽く笑った。
「どうして、ですか……?」
「どうしてなんだろうね。理由は特になかったりするんだけど……うーん、直感?」
「……」
直感。あゝ直感か。
ならしょうがないな。うん、しょうがない。
……って、いやいや。直感?
四糸乃は混乱した。まさか直感などと言われると思いもしなかったのだ。
そして、その四糸乃の混乱を悟ったのであろう京乃は、また困ったように笑った。
「……それに君が出会った人間は、どんなに多かったとしても、世界の中では米粒程しかいないんだよ? 四糸乃ちゃんのことが嫌いじゃない人達だって沢山いるはずなんだ」
「ほんと……ですか?」
「うん、本当だよ。私にしてるみたいに、色んな人と話してみれば分かると思う」
「そう、なんでしょうか……?」
「うん、そうなんだよ」
そうなのか、そういうモノなのか。
四糸乃はそんなことを考えながら、左手にいるよしのんを見つめる。
よしのんや、京乃のような人が他にもいる……?
もしそうなのだとしたら、世界は自分が思っているよりも良いものなのかもしれない。
四糸乃がそう思いながら少し頬を緩ませると、四糸乃の視線に気が付いたのか、よしのんが声をかけてきた。
『四糸乃ったらよしのんを見つめてどうしたのさー?
……あ、もしかして惚れた!?
よしのんの魅惑のボディの前には四糸乃も無力だったと言う訳かー
よしのんって罪な女!』
「……いや、違うよ?」
『ガーン!』
「やっぱり2人とも仲が良いんだね」
よしのんと四糸乃の会話を見た京乃は微笑んでそう言い、クッキーやタルトのようなものとホットミルクの入ったコップを机に置いた。
「よし、今更だけどお菓子どうぞ」
京乃がそう言って、にこにこと笑う。
しかし、暫くの間四糸乃がお菓子に手を付けていないことに気がついたら、ちょっと悲しそうな顔をして、自分の口にクッキーを運んだ。
それを見習うようにして、四糸乃もクッキーを恐る恐る口に運んだ。
その瞬間、四糸乃の顔に花が咲いたような笑みが浮かんだ。
「美味しい……です」
「本当? 良かった。口に合わなかったらどうしようかと……」
そう言って、京乃はクッキーをもう1つ摘んで自分の口に運んだ。
「……まあ、あの人が選んだやつだし、不味い物だとは思ってなかったけどさ」
「あの人……ですか?」
『誰ー? 京乃ちゃんの好きな人とかー?』
よしのんが女子高生的なノリで話すと、京乃はあわあわと赤面し始めた。
「えっ……好きな人……!? いやいや五河君じゃないよ! 叔父さんがよくお菓子とか持ってくるんだよ!」
完全に自爆した京乃に対して、よしのんはニヤニヤ(とはいっても顔はry)しながら、話しかける。
『へえへえ……五河君ねー。覚えておくよ~
どんな人なの~? 京乃ちゃんとはどんな仲なのー?』
「覚えておかなくていいからっ!
四糸乃ちゃんもこんなことは知りたくないよね!」
「いえ……京乃さんのお話……もっと聞きたい……です……」
四糸乃の純粋な目を見て、京乃は引き攣った笑みを浮かべた。
「えっと……聞きたいの?」
「はい……気になります……」
「しょうがないなー」
京乃はそう言いながらも、満更でもない様子で話しはじめた。
「その人五河君って言うんだけど、凄く優しくて……」
「……その時に五河君が私に笑いかけてくれて……」
「でも、最近クラスの女の子が五河君のこと好いていて……その女の子がものすっごい美人で……」
「それに鳶一さんも……」
「でねっ、この前なんかは……」
京乃が語る言葉に対して、四糸乃とよしのんは食い入るように聞いていて、ところどころで嬉しそうに相槌を打ったり、茶々を入れたりしていた。
四糸乃やよしのんが自分の話をしっかりと聞いていてくれることに気が付き、京乃は一層楽しそうに話し続ける。
そうして暫くの時間が経った後、四糸乃は自分がもうそろそろ臨界してしまうことに気がつく。
『でも……、まだ京乃さんのお話聞いていたいし』
自分の意思で臨界に抵抗したことはなかったから、頑張れば何とかなるのかも知れない。そんなことを考えたりしたが、それも虚しく四糸乃はあちらへと引っ張られていってしまった。
「で、その知り合いの女の子がいつの間にか私よりもゲームが上手くなってて……ってあれ?」
四糸乃が突然消えたことに驚いて、京乃は口を止めた。
「やっぱり私なんかの話を聞くなんて嫌だったのかな……」
泣きそうになりながら、京乃は自室に戻ってベッドの布団に包まった。
悲しいことは、寝れば忘れられる。そうして明日もいつも通りの毎日を送るんだと、そう考えながら目を閉じた。
♢
……午後7時? 気がついたら寝てしまっていたようだ。
昼間何してたのかな。四糸乃ちゃんとよしのんに出会って、彼女たちが人間じゃない存在だってことが分かって、二人を家に招待して……
お菓子を食べてもらって……
……それで二人とも帰っちゃったんだっけ?
だけど、何か別のこともしたような……駄目だ、記憶が曖昧だな。取り敢えず、覚えてることだけでも日記に書いておこうかな。
ほら、こういう何気ないところもかけがえのない日々な訳だし、案外忘れてることなんてぽろっと思い出したりもするかもしれないし。
そんなことを考えて、私は自分の勉強机に置いてあるノートを開き、書くことを頭の中で纏めてから紙にペンを走らせた。
5月10日 雨
今日、私は雨の中、とびきりの美少女と出会った。
海のような青のふわふわの髪と
のような瞳が印象的な、ウサギのフードつきの可愛いコートを被っている中学生くらいの、ちょうど琴里ちゃんと同じくらいの歳の子。
フランス人形のような、自分とは全くの別次元の存在なのではないかと疑ってしまうほどに端正な顔をしていて──