艦こレスキュー   作:レスキュー

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モーターボートはバイオ4のアレをイメージして貰えれば


第2話 時雨

「至誠に悖るなかりしか」

 

闇があった。

どこまでも深く暗い、闇があった。

 

「言行に恥づるなかりしか」

 

やがて、闇の中に赤い光が灯った。

光は闇を舐める様に、右から左に滑っていく。

 

「気力に欠くるなかりしか」

 

光の周りに現れた泡が、その物体を這う様に登っていく。

 

「努力に憾みなかりしか」

 

やがて光の周りには、魚の様な形状の何かが集まり始めた。

口は大きく耳元まで裂け、漆黒の体は赤い光を反射して妖しく輝く。

深海魚? いや、違う。

たとえ未知の生物が多い深海であっても、こんな生物など居ない。

砲台を自身の身体に取り込んだ魚など、いるはずも無い。

それに囲まれながら、光は続ける。

 

「不精に亘るなかりしか」

 

目の前に来た、ソレに触れる。

金属同士の打ち合う音が響いた。

 

「なーーーーーんちゃっって〜♫」

 

そう言うと、闇に覆われた自身の身体から何かを取りだした。

その取り出された何かを、触れた先の魚の様な無機物に突き刺す。

 

「メガトンアーーップ! ハイパーカエン! 」

 

手を離すと、其処には深々と突き刺さった一枚の羽があった。

脳天に当たる位置に突き刺さった羽は、溶け込む様に流線型の機械の中に消えていく。

その様子を満足そうに見届けると、光は突然振り向いた。

その視線は、上方に向けられ。

暗闇の更に先、光を羨んでいる様だった。

 

「まあ、堅っ苦しいのは抜きにしてー」

 

それは、自身を奮い立たせるウォークライ。

そして、人類に対する宣戦布告だった。

 

「今回も爆裂的に、超災害………じゃなくて、超水害しちゃうのダー♫」

 

 

 

「初めまして! 轟輝です! よろしくお願いします!」

「あいた!」

 

横須賀鎮守府。

その執務室で、輝の大声が響いた。

大声に驚いたのか、眼鏡をかけた黒いショートボブの女性が後ずさって背後の窓枠に頭をぶつけた。

 

「……ッ痛ぅぅぅ〜〜……」

 

執務机に突っ伏して涙目で白い手袋越しに後頭部をさする。

 

「あぁ!? あの、大丈夫ですか? 俺、応急処置位なら出来ますけど…」

 

見かねた輝が、堪らず顔を覗き込む。

初対面だとしても、輝は相手に何時も笑顔で過ごして貰いたかった。

故に、小さな物でも、誰かが傷付くのを見過ごせなかった。

 

「いや、大丈夫だ。問題無い」

 

右手で制し、咳払いして身嗜みを整えながら、女性は続ける。

 

「ともかく、私が横須賀鎮守府司令 蒼崎すみれ中将だ」

 

椅子から立ち上がり、白い服に包まれた両手を組んだ。

身長はすらりと高く、まるで軍服を着るためにある様な身体だった。

 

「さて、此処に配属された理由は解っているな?」

「はい! 俺、レスキューフォースとして、色んな命をレスキューしに……」

「………ちょっと待て。認識に齟齬がある」

「………え?」

「まあ、かけたまえ」

 

話が長引く事を予見していたのか、輝の後ろに用意された木製の椅子。

それを指差し、許可を出す。

輝は、言葉に甘えて座る事にした。

それと同時に、すみれもまた、備え付けの椅子に体を預ける。

ギシ。

椅子が輝の体重に反応し、嫌な軋みを上げた。

 

「現在、世界各地で未曾有の事象が起こっている。これは理解しているな」

「はい、超水害ですよね。世界中に現れるっていう」

「成る程、世界消防庁ではそう呼称しているのか」

 

感心したように頷くと、すみれは机から一枚の書類を取り出した。

 

「突如として現れた謎の兵器群

生物か兵器か、一切が謎に包まれている。そしてそれらを、我々はこう呼称している」

 

机に、一枚の書類を置いた。

其処には、何枚かの写真が貼り付けられている。

写真の中には黒光りする魚が映し出されていた。

しかし、それを見て輝は驚愕した。

青白く光る瞳に背に備え付けられた砲台。

有機物と無機物が、合わさった様な形状は、確かに生物か機械の判断を曖昧にさせた。

そしてその未確認生命体の総称が

 

「深海棲艦」

「深海……棲艦」

 

言われた言葉を反芻する。

それは、確認してもいる様だった。

すると、ふと思い出した様に疑問が浮かんだ。

此処に来るまでに、人どころかロボットの一つにも会ってはいない。

一応船のプラモデルの様な物は目にしたが、流石にそれと会話を試みようとはしなかった。

艦娘と言うからには、ネオテーラの様な外見の機械を想像しているのだが。

 

「そう言えば、それに対抗する為に……生み出された艦娘ってどんなのなんですか?」

 

兵器。

その言葉を明らかに避けている。

その事は、すみれにも解った。

 

「先の様々な大戦……その中で使用された軍艦の記憶を持った、転生体だ」

「軍艦…? て事は、船の形なんですか?」

 

輝の脳裏に、相棒の姿が浮かぶ。

高性能AIを積んだレスキュー用ビークル、コアストライカー。

彼はマシンではあったが、熱いレスキュー魂を持っていた。

そのレスキュー魂を持って、数々のレスキューを成功に導いた。

その姿と、想像の船の姿をした艦娘が、輝の中で重ねて見えた。

ならば艦娘も、同じ様に生きられるのかも知れない。

輝の胸に、微かな期待が芽生えた。

 

「いいや。きっと君も見たら驚くだろうが、残念ながら今はこの鎮守府には居ないな。慢性的な人手不足でな。只今出撃中だ」

「え、そうなんですか」

「まあ、とにかく君には、私の指導の下我が鎮守府が保有する艦隊と行動を共にし、指揮官としての素養を高め。ひいては実際に戦地に赴き、お国の…世界の為に尽力して貰いたい」

 

一息で言い切ると、視線で輝を真っ直ぐに射抜いた。

すると、すみれは少し不思議そうな顔をした。

輝が、自信の無さそうな表情をしていたのだ。

それでも、その瞳には迷いが無い。

それが、少し不思議だった。

 

「あの」

 

それを聞こうとする前に、輝の方から口を開いた。

 

「国とか世界とか、小難しい理屈は俺、よくわかりません」

 

成る程。

それが自信の無さの表れか。

すみれはそう納得していた。

 

「でも、俺。今深海棲艦に、超水害に脅える人が居るんなら。その人達をレスキューしたい。その為に俺は此処に来ました!」

「成る程な」

 

瞳に迷いの無い理由は。

彼は自分の為すべき事を、どんな状況と場所であろうとも、理解しているのだ。

故に、迷う必要など無い。

だが、それでは

 

「……甘いな」

「……甘い? ですか?」

 

輝が首を傾げる。

一切の汚れを知らない瞳が、真っ直ぐにすみれに伸ばされている。

それが、甘い。

深海棲艦は、無尽蔵に湧き出る敵だ。

その戦いの有り様は、戦争と言ってもいい。

その中で、輝のいう様な綺麗事は……少なくともすみれの常識では通じない。

深海棲艦との戦いの中で、少なからずすみれの手は血に濡れていった。

輝には、その覚悟が無い様に思えた。

故に、それを指摘する。

その時だった。

 

「ああ、それでは……ッ!」

「……!?」

 

鎮守府に、緊急警報が鳴り響いた。

 

また、僕だけが。

少女が艦娘として目覚めて、最初に抱いた感想はそれだった。

少女は幸運だった。

戦争の中で、幾度もその幸運は発揮された。

自分だけが、難を逃れた。

自分だけが、砲撃を避けられた。

そして今、自分だけが目を覚ましている。

少女はそれを、仲間達から運を吸い取ってしまったと感じていた。

ならばと、類稀な運を使って、仲間を探す事にした。

来る日も来る日も様々な海域を巡った。

そして、それを見た。

かつて仲間達であった破片。

千々に分解された鉄の塊。

その残骸を見た時から、少女の中で何かが壊れた。

また、僕だけが。

その思いが、胸を占めていた。

生きる事への執着は無かった。

それでも、自殺を選ぶ事はなかった。

その行為は仲間達の命への冒涜と考えた。

だから、少女は与えられた命を自分に対する罰だと思う様になった。

自分の命を使って、様々な命を守ろう。

自分の体を使って、様々な脅威から庇おう。

率先して、辛い役割を引き受ける様になった。

そうすれば、きっと仲間達に会える。

だから、それまでは。

 

(此処にいてもいいんだよね…?)

 

この体が滅びるその時まで。

 

その日は、新しい提督が来る日だった。

誰が来るのか、少し楽しみではあったが、準備に追われそれどころでは無かった。

歓迎会をするとのすみれの提案で、たった二人で用意をする事になった。

会場の飾り付け、宴会用の料理、部屋の清掃。

様々な作業に従事したが、少女に文句は無かった。

それも、自分に与えられた役目なら。

しかし新提督の為の部屋の清掃をしている時、出撃命令が下された。

すみれの元に行ってみると、深海棲艦が出現したとの事だった。

少女はすぐさま艤装ーー艦娘用の兵装ーーを展開し、海上を駈けた。

現場に到着すると、四体の駆逐艦がいた。

慢心は無かったが、内心で落胆していた。

自分を負かせる程の深海棲艦に会えば、仲間達の冒涜にはならないと考えていた。

それでも人間にとっては、たった一体でも脅威なのだ。

その思いが、少女の体を突き動かした。

最初の一体は、手に持った主砲で沈めた。

次の一体は、仕掛けておいた魚雷に勝手に突っ込んでいった。

3体目は、肉薄しゼロ距離で主砲を撃ち込んだ。

あっという間に、三体の駆逐艦を、物言わぬ鉄の塊へと変えた。

それも当然である。

艦娘とは、過去の大戦の転生体だ。

彼女達は、過去の乗組員達の練度なども、受け継いでいる。

故に少女は、歴戦の強者であり、最強の兵士だった。

最後の一体に、油断の無い視線を向ける。

一体でも逃せば、それが幾つもの命を奪う。

それを分かっているから、少女は目の前の敵を殲滅する事に躍起になっていた。

仲間達が守った平和を、守らなければならない。

仲間達が救った命を、有効に使わなければならない。

そして、砲撃を避け、敵に向けて主砲のトリガーを引く。

それと、全く同時だった。

 

ーーーーハイパーカエン

 

無機質な音声が聞こえたのは

 

「おい! 時雨きこえるか! 聞こえたら返事しろ!」

 

通信用のマイクに向かって、すみれは叫んだ。

送信先は、時雨と呼ばれた少女の艤装。

横で輝が、何が起きたのかわからないと言った顔で、頻りに通信機とすみれの顔に視線を行き来させていた。

 

「提……督?」

 

そして帰ってきた音声に、すみれの顔は引き締まった。

それが、戦争の現場指揮官、すみれとしての顔だった。

 

「先ずは状況を、報告しろ。その辺りで超水害の反応があったようだが、まさかお前は巻き込まれたのか?」

「うん……そう、みたい、だね。この僕を此処まで追いつめるとはね。まあ……いいさ」

 

最後の言葉が、輝には気になった。

それは妥協ではなく、諦念が込められている様に感じられた。

 

「形状的には、ジャカエンに、似てるのかな。イ級が突然炎に包まれて、出力も上がってるみたいだね」

 

息も絶え絶えに、時雨は続ける。

その声に、輝は聞き覚えがあった。

肋骨が折れた人間の、肉声だった。

それに先程から混じる、絶え絶えの呼吸音。

それらから、輝は艦娘の姿に、ある結論を結びつけていた。

それは

 

「人間……?!」

 

ジャカエンの事も忘れて、輝が驚く。

そんな馬鹿な。

人間を兵士として使うなど。

そんな事があって良い筈が無い。

 

「とにかく、この敵は、本土に上陸させないよう僕が引きつけておくよ、だから、近くに居る艦娘を教えてくれないかな? そっちに逃げれば……」

 

そして、捨て石の様に命が使われる事など。

堪らず輝は、すみれの手から通信用のマイクを奪い取ると、

 

「あ! こら!」

 

口を付け叫んだ。

 

「時雨ちゃん!」

 

突然の大音声に、時雨が驚くのが聞こえた。

それも無視して、輝は続ける。

 

「諦めちゃ駄目だ!」

 

そして続けて叫ぼうとした時だった。

 

「……? 君は? ああ、新しい提督かい? 残念だったね。初日に轟沈を経験するなんて。ごめんね、迷惑かけちゃってるかな?」

 

自分の事よりも相手の事を優先させる。

そんな口振りが、輝の癇に障った。

自分の命が、脅かされているのに。

自分の事が、大事で無い筈など無いのに。

その態度が、輝のレスキュー魂に火を付けた。

 

「時雨ちゃん、もう一度言うけど、諦めちゃ駄目だ! 君達艦娘だって、救われるべき命の一つなんだ! 君の命がそんな所で失われて良い筈が無い! こっちに逃げてくるんだ! そいつの事は俺が何とかする! だから!」

「………ッ!」

 

最後まで言い切る前に、通信は切られていた。

切る前に聞こえたのは爆発音。

それに鉄が海に落ちる音だった。

考えるよりも早く。

輝は駆け出していた。

行き先は分かっている。

来た際にすみれから軽い案内を受けた輝は、鎮守府の地理を頭に叩き込んでいた。

故に、出撃用ドックの方に駆け出すため足を向けたのだが。

 

「待て」

 

その肩に、手が乗せられた。

 

「何処に行くつもりだ」

「決まってます! あの子を助けに!」

「無理に決まっているだろう」

 

肩に乗せられた手が、輝の手に伸びた。

次の瞬間、輝は投げとばされて、左手を後手に回した状態で地面に這わされていた。

 

「ぐぁ!」

 

空気を吐き出した声が、自然に漏れる。

受け身を取る事すら出来ない。

それも当然だろう。

そもそも一年の濃密な経験を通したとはいえ、輝の戦闘術とは、護身術に過ぎない。

それに対してすみれの繰り出す技は、軍隊用の格闘術なのだ。

その差は、歴然だった。

 

「私にすら勝てない人間が、どうあの子を助けるつもりだ。あの子は強いぞ。私などより」

 

淡々と、事実を告げる。

 

「それに、君のアーマーは今此処には無いんだぞ。それでするつもりだ」

 

そんな理屈は、分かっている。

 

「君のするべき事は現場に行く事では無く、此処で指揮を取ることだ。一人でも多くの犠牲を減らす為に」

「違う!」

 

それでも、頭でわかっていても、心が、レスキュー魂が否定していた。

 

「俺はレスキューフォースだ! 俺の使命は! こんな所で命令することじゃない!」

 

脳裏に浮かぶのは、先ほどの時雨からの通信。

血の混じった吐息。

化け物の低い唸り声。

それから逃げているであろうモーター音。

それら全てが、輝のレスキュー魂に火をつけるのに十分な役目を果たしていた。

だからこそ

 

「うおおおおおおお!!!!!」

「な!?」

 

この行為に至るのにも、迷いはなかった。

難しい事は無い。

輝は自分の体重をスライドする事によって、自分の左腕の関節を自分で外そうとしているのだ。

その行為には、すみれも驚愕した。

一体何をやっているのだ、こいつは?

だが輝にとって、それは何ら不思議な事は無かった。

腕一本で誰かの命を救えるなら、迷わず差し出してやる。

腕だけでなく、足も、肩も、顔でさえ。

自分の命以外の全ての物を、レスキューに捧げる覚悟はあった。

そしてその覚悟は功を奏し、輝の身を案じたすみれが拘束を緩めた。

その瞬間だった。

 

「………ッ!」

「しまった!」

 

体を振り回し、拘束から抜け出ると、出口に向かって走り始めた。

出口に差し掛かった所で振り返ってすみれに告げる。

 

「助けを待っている誰かを! この手で救うこと! それが!」

 

其処で切ると、左手で自分の胸を二度ほど叩き、人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばして腕を眼前に突き出した。

 

「俺の使命です!」

 

それだけを言うと、輝は踵を返して曲がり角に消えていった。

 

「使命……ね」

 

すみれの呟きは、静寂に飲み込まれた。

 

鎮守府の廊下を走り、幾つかの部屋を抜け。

ドックに辿り着いた輝は目当ての物を発見した。

それは案内の際に見かけたモーターボートだった。

本来なら、提督の前線指揮や人命救助に使われる物だと言うことだ。

それ故に船体の後部に加速用のレバーだけが付いた簡素なものだが、乗ってわかる。

恐らく深海棲艦から逃げる為に特殊なチューンを施されているのだ。

レバーを握り、発振させる。

それだけで、強力なGが輝の顔を打つが、輝もまた多くのビークルを乗りこなして来た人間である。

直ぐに乗りこなすと、輝は胸元からレスキューコマンダー---レスキュー支援用の、通信ツール---を取り出した。

今回の異動にあたって、アーマーは整備が済んでからの配送になるが、これだけは何かの役に立つだろうと、持ち出しが許可されていた。

そして今、レスキューアイ--世界消防庁が打ち上げた異常観測用衛星--からの情報を元に、時雨の位置が表示されていた。

レバーを曲げて、其方に進路を取る。

向かう先はわかった。

そして輝のする事は、決まっている。

いや、いつだって変わらないのだ。

助けを求めている命を、この手で救う。

その決意に、嘘は無い。

だからそれまで、待っていろ。

生きていろ。

絶対其処に、たどり着く。

 

 

 

 

暗闇の中に、コンソールが浮かんでいた。

その四角の画面の中に、輝の姿はあった。

監視用の設備で、覗いていた。

 

「キャハハハハハ! 始まった始まった!」

 

手を叩きながら、その存在は哄笑する。

全てを嘲笑うように。

全てを見下す様に。

 

「あー、こういう時ってお約束って奴入れた方が良いんじゃない? ねぇ?」

 

突如として、思い出した様に呟くと側にいた魚の様な生物に問いかけた。

そして赤く光る瞳で、光を睨みつける。

 

「提督が鎮守府に着任しました〜、これより艦隊の、指揮を執ります。 あは! はははは!」

 

しかし、堪えきれなかったのか、途中から笑いが生まれた。

一度漏れ出たそれは、もう抑えられなかった。

 

「キャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

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