時間としてはマッハトレイン直後位を想定してます
船は、留まる物である。
碇を下ろし、港に停泊し、自身の身をその場に留まらせる。
では、碇を無くした艦娘は?
人の型をした船である艦娘は、一体どうすればいいのだろうか?
人で無く、船で無い存在。
その矛盾は、果たして彼女達を傷付けるだけの事実なのだろうか?
その日、輝は非番だった。
こういう時は大抵やる事が無く、結局は退屈になり、自主トレに走る物だ。
そしてやはり今も、ランニングをして、体を鍛えることにした。
レスキューフェニックスの周囲をぐるりと周り、其処からは散歩がてら足の向くままに走る。
故にそれは、必然だったのかも知れない。
(あ、ここ……)
輝は見覚えのある広場にでると、その足を止めた。
以前ダンサー志望の少女、みゆきと出会った場所だ。
あの時は確か、レスキューフォースのダンスの練習に、あの少女が入ってきたんだったか。
(そうそう、こんな風に………うぇ!?)
そして聞こえてくるのは、聞き覚えのある音楽だった。
続いて、ステップ音。
硬い石造りの床を、軽くリズミカルに踏み抜く。
何か既視感を覚えて、輝は音の方に足を向けた。
あの時と違うのは、音は、隠れた場所から聞こえた事だ。
広場を外れ、木立を抜けた林を覗くと。
「那珂ちゃ〜ん、スマイル☆」
そこに居たのは、変わった制服を着用した少女だった。
「そっか! 君、アイドル目指してるんだ!」
その後、何かの縁と感じて声をかけた輝だったが、直ぐに意気投合した。
何せ元々人懐っこい性格の輝とアイドルを目指すだけあって、物怖じしない性格の那珂である。
打ち解けるのに、時間は必要では無かった。
只、輝には一つ気になることがあった。
それは
「うん……あの、変、かな……?」
那珂の態度だった。
初対面の男相手に怯えたりはしない割に、夢を語る時だけは妙に口を重くする。
「いいや、変じゃ無いよ!」
だから、それを否定する事にした。
突如出された大声に一瞬肩を震わせる那珂。
だが
「俺、その夢、応援するよ!」
次の言葉で、那珂はその顔に笑顔を浮かべていた。
輝と、那珂。
二人の顔に笑顔が浮かぶ。
それは、お互いの心に確かに夢への実感を持たせていた。
「あ、でも………」
しかし、次の瞬間那珂の顔からは笑顔が消えた。
輝はこんな顔をした子を知っている。
その時は、どう慰めれば良いのかと悩んだが、一度の体験が輝に行動を決めさせた。
だから、その時と同じ行動を取る事にした。
再生用のテープの前に立って、再生ボタンを押す。
そして、さっき那珂がやっていたのと同じ様に、足でリズムを刻む。
「踊ろう! 一緒に!」
今は、体を動かして、余計な事は忘れてしまえばいい。
少なくとも、気分が晴れれば、考えはマシにはなると思うから。
(今日は楽しかったな……)
暫く二人で体を動かしてから、輝と別れて帰路についた那珂はそんな事を考えていた。
毎日、こんな日が続けば良いのに。
こんな風に、踊って、歌って、笑顔を皆が浮かべる事が出来れば。
だが、それが叶わぬ願いである事を那珂は知っていた。
「此処に居たか」
その背に、女性の声がかかった。
戦艦長門である。
そう、那珂の正体もまた。
「行くぞ、那珂。出撃だ」
兵器である艦の転生体。
艦娘だったからである。
殺人の為の兵器であったという事実が。
それに苦しんだ乗組員達の記憶が、那珂の動きを重くしていた。
それはまるで、碇に縛られる船の様でもあって。
アイドルに憧れる型破りな発想を持ちながら、その実、那珂は一番艦娘であるという事に縛られていた。
その夜、那珂は自室で涙を流していた。
理由は単純。
自身のするべき事が分からなくなっていた。
今日の出撃で、那珂は。
事もあろうに、敵を恐れて、手が震えた。
その隙を逃す程、敵は甘くは無く。
長門が機転を利かせ無かったならば、那珂は今こうして此処に居ることすら無かっただろう。
その失敗の証は、那珂の頬に赤く刻まれていた。
自身の罪の、消えぬ証拠を右手で触りながら、那珂は枕元から一枚の紙を取り出した。
其処にはこう書かれている。
----アイドルオーディション開催のお知らせ
場所は遠く。
歩いていける距離ではない。
何らかの交通手段を使わないと、絶対に間に合う事は無いだろう。
だが、どうやって?
無一文の那珂が、どうやって足を確保する。
電車、タクシー、航空機。
その全てが、那珂は利用が出来ない。
今から夜通し走れば間に合うかも知れないが、そんな顔で合格ができる程甘い世界では無い事は分かりきっていた。
それに脱走などしたら、最悪極刑になる恐れもある。
「那珂ちゃん………どうすれば良いのかな」
頬の痛みが、熱を持ち始めた。
結局悩んだ末に、那珂は昨日の公園に向かっていた。
何故かは分からない。
彼の顔を見れば、元気が出ると思ったのかも知れない。
彼に悩みを聞いて欲しかったのかも知れない。
いずれにせよ、那珂は夢への踏ん切りをつける必要があった。
だから、此処に来たのだ。
「あ。那珂ちゃん!」
那珂の姿を確認した青年が、人懐っこい笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。
そして直ぐに気が付いた。
那珂の違和感に。
何処が、という事は無い。
しかし、その顔には明らかに生気が無く、一度会っただけの輝でも分かるほどに、那珂からは活力が欠けてしまっていた。
「あの、何かあった?」
だから輝は、顔色を伺いながらも話しかけた。
その顔を見て、那珂の精神は決壊を果たしてしまった。
狂った戦場に居た者が、優しい言葉を向けられて、堰き止められていた物が溢れ出してしまっていたのだ。
「ひかちゃん!」
「うわ!」
気が付けば、輝の胸に飛び込んで涙を流していた。
輝はその行動に戸惑いつつも、那珂が続きを言える様にじっと待っていた。
そして数分後漸く落ち着いた那珂は、自身の
境遇について、輝に話し始めた。
「あのね。あの、那珂ちゃん」
「とにかく落ち着いて。ゆっくりでいいんだ」
それでも口調はたどたどしく、要領を得ない。
それを輝は優しい口調で諭した。
「うん、ありがとね、ひかちゃん。あのね、那珂ちゃん、夢を諦めなきゃ、行けないのかも、知れなくて。でも、那珂ちゃん、やらなきゃいけない事だってあって、それは、那珂ちゃんにしか出来ないかも知れなくて! 那珂ちゃん、どうすれば良いのかなぁ……」
そうして始まった独白は、止まる事なく那珂の口から漏れ出た。
実の所、那珂がアイドルを志した理由と言うのは、大した動機でも無かった。
艦娘として生を受けたその日に見た48という数字の入ったアイドルグループに憧れて自分もこうなりたいと思ったに過ぎない。
対して艦娘として戦う理由は、実に納得のいくものだった。
那珂の目から見ても、現代の日本の人間は、平和ボケし過ぎているのだ。
だからこそ、戦力となれる者--この場合は那珂だ--が前に出て、犠牲は最低限に。
戦果は最大限に稼がなければならない。
それが、歴戦の兵士の魂を受け継いだ那珂には分かってしまっていた。
それでも、夢はやはり諦めきれない。
二つの想いに揺れ動く少女の心は。
脱走も、残留も選ぶことも出来ずに唯一の見知った人物である輝に吐き出す事を選んでいた。
それが、何らかの解決になど、なる筈も無いのに。
そう、轟輝という男が。
普通の人間、であったのならば。
「那珂ちゃん」
それまでは黙って那珂の話を聞いていた輝が、その口を始めて開いた。
「ひかちゃん?」
「君は、ほんとうにそれで良いのかい?」
「良くないけど! でも、」
「人の数だけ、青春があり。人の数だけ、仕事がある」
「え?」
「俺の先輩が言ってたんだ。だから俺は、この仕事に就いた。大変な事だって多いけど、でも俺、心の底からレスキュー隊員になれて良かったって思ってる」
そして始まったのは、輝の持論語りだった。
輝は、決して口が上手い方ではない。
故に、自分と似たような思考を持つ那珂が相手なら、それが最善だと判断したのだ。
「勿論、家族とはしっかり話し合わなきゃダメだ。だけど、今行かなきゃ、間に合わないんなら、兎に角今は、夢に向かって全力で走るんだ!」
「だけど! もう、時間だって!」
「そんなの! 俺がなんとかしてやる!」
そう言って、輝が自らの懐から取り出したのは、一枚の紙。
しかしそれは、那珂にとって夢への切符と言える程に眩しい物だった。
「これって……マッハトレインのチケット!? ひかちゃん、どうして……」
那珂も話には聞いた事はある。
新型超高速列車。マッハトレイン。
一部には軍事転用の声もあったが、刑部長官の一声でその計画は立ち消えになったという。
「前にある事件に関わった時に貰ったんだ。それにこれなら、間に合うと思う。だから!」
輝は、チケットを尚も差し出して来る。
それだって、高価な物の筈なのに。
こうもあっさりと浅い仲の那珂に渡せる。
その理由が知りたかった。
そして、そのことを尋ねようと口を開く。
その時だった。
「そこまでだ」
凛とした声が、二人の間に割り込んできたのは。
二人が声に反応すると、目に飛び込んできたのは、長い黒髪に、機能性を重視した全体的に短い和服。
戦艦、長門が其処に立っていた。
「成る程、昨日の様子は、こういう事だったか」
「その声、那珂ちゃんのお姉さんですか? あの、色々話す事はあるかも知れませんけど、今は那珂ちゃんを行かせてあげて下さい! でないと、もう次のチャンスは」
「チャンスなど、コイツには無い」
「な!?」
長門が輝には目もくれず、那珂の下へと近付いて来る。
それが那珂にはなによりも怖かった。
捕まったら、もう二度と夢へと迎えない気がして、捕まれば、水底に引き摺りこまれる気がして。
長門の姿はまるで、巨大な碇の様にも見えていた。
(………いや!)
そうして那珂の近くに辿り着き伸ばした腕を、阻止する者があった。
「ほう、何のつもりだ」
「チャンスは、誰にでも平等にあるに決まってるじゃないですか! 郵便屋だって! アイドルだって! レスキュー隊員にだって! なりたいと思ってチャンスが其処にあるんなら、ひたすら突貫パワーで突き進むんだ! 話し合うのは、その後でも遅くは無い筈です!」
話し合った結果、夢を諦める事になるならばそうすれば良い。
話し合った結果、那珂を応援できる様であるなら、それは最も良い。
今この場で輝にとって最も怖い事は、その選択の自由さえも那珂に与えられない事だった。
ゆえに、この場は強引にでも切り抜ける。
長門に掴まれていた腕を振り解くと、那珂をかばう様にして長門から距離を取った。
軟弱な現代の若者と言った印象の輝が、関節技を抜け出す技術を持っていた事には少し驚いたが、だがそれだけだった。
不意を突かれた上に、長門は輝が怪我を負わぬ様に加減をしている。
しかし、その上で尚、長門には輝を圧倒できる実力があるのだ。
それは、単純な事実だ。
その上で慢心も、油断も無く。
長門は二人を追い詰めるべく、距離を詰め始めた。
「ど、どうしよう、ひかちゃん!」
「那珂ちゃん、このチケットを受け取るか、受け取らないか。今、この場で選ぶんだ」
「で、でも……」
だからこそ、輝の言動も又、選択を迫る物になっていく。
チケットを受け取って夢を追うのか。
チケットを受け取らず、夢を諦めるのか。
「魂が、魂を後押しする。俺はその事をレスキューを通して学んだんだ。だから、君が夢を叶える為に勇気を出すんなら、俺はそれを全力でサポートする」
「でも、那珂ちゃん、勇気なんて……」
「いいや! ある!」
尻込みする那珂を、輝は大声で否定した。
船であった頃の記憶が、那珂に、アイドルをしているイメージを浮かべにくくしていた。
まるで、碇にその身を縛られている様に。
しかし、そんな事を輝は知らない。
否。
例え知っていたとしても。
輝は同じ事を言っていたのだろう。
「君にだって、勇気は絶対にある! だから、夢に向かって羽ばたくんだ!」
「勇気、はばたく………」
かつてみゆきに言った事と同じ事を、輝は那珂に言った。
夢に向かう人間に、勇気がある事を、輝は知っている。
自分も、そうだったから。
人を救って明るく笑って貰いたいと願う自分が、良く知っているからだ。
対して那珂は、輝の言葉を頭の中で反芻していた。
そしてその答えに辿り着くのは、必然だったのだろう。
人を救って、明るく笑って貰いたい輝。
人に歌で、笑顔を届けたい那珂。
思えば、この二人はよく似た信念を持っているのだ。
だから、輝の言葉は恐らく輝の予想以上の威力すら持って、少女の中に浸透していた。
「………!」
「よし!」
そして力強く頷き、チケットを受け取った那珂に、輝は笑顔で返した。
「相談はもう済んだか? では早く帰って来い」
長門の催促は、しかし走り出した2人によって遮られることとなっていた。
暴力で自分を抑えるつもりか。
そう考えた長門は構えて先ずは輝を抑えようと足を踏み出した。
しかし、その予想は大きく裏切られる事となった。
他ならぬ、飛び上がった輝の手によって。
「いけええええ!!!!」
「那珂ちゃーん! ジャンプ!」
そして同時に飛び上がっていた那珂が、輝を踏み台にして、更なる跳躍を果たした。
しかし、それは思った以上に距離は出るものでは無く。
那珂の身体は重力に従って、放物線状に落ちていく。
其処に長門の手が伸びた。
(駄目、やっぱり那珂ちゃん!)
艦なのだ。
だから、空など飛べない。
だから、人を笑顔になど出来ない。
その思いが碇となって、那珂を引き摺り込んでいた。
それは、長門にも分かった。
だが、だから何だと言うのか。
我々艦娘の使命とは、敵を殺す事だ。
それ以外の考えは、無くて良い。
それが、艦娘の存在意義だ。
それで、良い。
その、筈だった。
「諦めちゃ駄目だ!」
その男以外は。
そう叫ぶと共に、渾身の裏拳で那珂の右足の裏を思い切り叩いた。
男の全体重を乗せた一撃は、小さな少女でしか無かった那珂を運ぶには充分だった様で、結果として那珂の身体は、長門を飛び越え遥か後方に運ばれていたのである。
「…………」
暫く、何が起きたのかすら分からず、呆然としていた。
長門も那珂も、それは同様である。
急な衝撃に反応して華麗に着地まで熟せたのは、那珂の身体能力に依る所が大きい。
しかし、長門は見たのだ。
輝の一撃が、那珂の碇を破壊した様を。
那珂が、未来へと出港する姿を。
おそらくもう自分には、那珂は止められない。
その事を悟っていた。
対して那珂は、自身の身体に起きた変化を、敏感に感じ取っていた。
溢れる活力が四肢を澄み渡らせ、明らかに動きが軽い。
まるで"何か重い物"でも降ろしたかの様に。
「那珂ちゃん。現場入りまーす! もう絶対、止まらないんだから!」
だから、数秒後。
混乱から立ち直ってそんな事を言う那珂の背を追うことすらもしなかった。
艤装とは、意志の力だ。
故に艦娘のスペックは、意志により左右される場合が多い。
今の那珂を抑えるのに、自分では力不足だ。
そう感じていた。
そう"言い聞かせていた"
「さあ! 納得行くまで、話し合いましょう! それから那珂ちゃんの事を考えても遅く無い筈です!」
そんな長門の背に、輝の声がかかった。
しかし、輝を無視して、長門は歩き出した。
輝の「あの! ちょっと!」という声にも反応を示さない。
しかし最後に
「あの! 那珂ちゃんの話! ちゃんと聞いてあげて下さい!」
という叫びを、その背にぶつけていた。
長門が去ってしばらくした後。
何かを思い出したかの様に輝は唐突に走り出していた。
行き先は一つ。
レスキューフォースのビークル発進用超大型空母。
レスキューフェニックスの司令室で。
午前の訓練を終え、書類と格闘していた石黒鋭二の耳に、緊急発進用の警報アラームが響いたのは、それから数十分後の事だった。
けたたましい大音声に耳を抑えながらも目の前のコンソールを操作しマイクに呼びかける。
「何事だ! 超災害は発生していない筈だ!」
そして答えを待つまでも無くシェルターの降下スイッチを押す。
その為に伸ばした手を、一つの音声が止めた。
「俺です。轟輝です! 石黒隊長!」
「輝!? 何故お前が此処に? それに、緊急出場の要請も無いとはどういう事だ」
休暇を取っている筈の輝が此処にいる事に驚いた石黒。
だが直ぐに平静を取り戻すと、説明をするよう促した。
「説明は後です! 今は兎に角、俺を信用して下さい! 一人の少女の笑顔を守る為に、ファイナルレスキューが必要なんです! 隊長!」
「駄目だ。絶大な威力を持つファイナルレスキューには、その分危険が伴う。その事は、お前も理解している筈だ、輝」
レスキューフォースの奥の手の一つであるファイナルレスキュー。
しかしその必殺の威力は、使いどころを間違えれば救うべき要救助者を危険に晒しかねない事にも繋がっていた。
故に、そう簡単に許可は出せない、が。
「それなら、大丈夫です! もう避難誘導は済ませました!」
「な!?」
その顔は直ぐに驚愕と怒りに染まる事になった。
レスキューフォースとしての権限を濫用し、隊長にさえも無許可での避難誘導指示をだすなど、前代未聞の暴挙である。
立ち上がって怒鳴り付けようとした所で、一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「それは」
「え?」
そして、冷静になる事で見えてくる物もまたあった。
以前にも、輝は似たような事をしでかしている。
その時は確か、子供の笑顔を救う為だったか。
ファイナルレスキューを空に向かって放ち、夢を叶えるという曰く付きの虹をかけた。
輝は理由も無く暴挙を犯す男では無い。
その事は、隊長として理解はしていた。
「確実に、その子の笑顔を救える物なんだな?」
「いいえ、まだわかりません。だけど、何かしたいんです! 那珂ちゃんの夢の為に! 魂で魂を後押しする為に!」
事実、声には熱が篭り。
走ってきたのか通信機越しでも分かるほどに息は荒い。
その事実はそのまま、輝の真剣さを表していた。
そしてレスキューフォースの設立目的は。
save the lifeであると共に、save the smileでもある。
石黒はその事で、新人だった頃の自分と輝を重ね合わせて見ていた。
「避難誘導と安全確認は、こちらで行う。私の指示があるまではファイナルレスキューの使用は控えろ」
「え? 隊長、それって………」
「帰ったら、始末書と、トイレ掃除一ヶ月だ、その代わり絶対に救って来い」
だから、結局は石黒が折れるのも、不思議は無かったのかも知れない。
但し、巻き添えは出さない為に幾つかの条件は付けた上で。
そして出場シャッターの開閉スイッチを押すと、石黒は宣言した。
「コアストライカー! 発進! レスキューストライカー、起動!」
そして輝は、とある山の山頂部を目指して、アクセルを踏み込んでいた。
まだだ。まだ。
もっと急がなければ。
始末書か謹慎処分程度で、一人の少女の夢が買えるのであれば、輝にとっては安過ぎる買い物なのだから。
そう、輝がやろうとしている事は単純にして明快。
かつて自分がしたレスキューと同じ事をしようとしていた。
それは、七色岳という山だった。
其処の山間部の乾燥が問題になっていた時の事だ。
原因の解明は早期に完了したのだが、其処に居合わせた子供を救う為に、輝はファイナルレスキューを使用したのだ。
夢を叶える虹を見せる為に。
輝はそれを那珂にも見せたかった。
迷信や神頼みの類であったとしても、那珂の為に何かがしたかった。
しかし、マッハトレインの速度を考えると、山間部が見える時間はごく僅かの筈だ。
だからこそ、石黒に説明する暇すら惜しんで出場していた。
その思いが功を奏したのか、輝は目標の場所に到達した。
マッハトレインもまだ通ってはいないようである。
続いて、避難誘導は既に完了したのか、人影は無いかを石黒に尋ねた。
観測衛星、レスキューアイからの正確な情報を以て、石黒は生命反応はない事を伝えた。
それならばと、輝は発射プロセスを実行した。
「レスキューライザー発進!」
----ライザー スタートアップ
「レスキュー合体!」
----HYPERUP
カードスラッシュの後に電子音声が響き、二つの車両が合体を始めた。
レスキューストライカーと、レスキューライザー。
「ライザーストライカー、合体完了!」
二期のビークルが合体して、新たなビークルになった。
「ファイナルレスキューの発動を要請します!」
「ファイナルレスキュー、発動承認! 爆裂的に鎮圧せよ!」
言葉の後に、梯子車が背に負った放水機を天高く伸ばしていく。
まだだ、まだまだ。
もっと高く、もっと遠く。
夢へと歩んでいく、あの子の瞳に映る程に。
自分が、夢を抱いた日に見た虹。
子供達が、両親の為に架けた虹。
輝の人生の節目には、絶えず虹はその姿を見せていた。
だから、那珂にも。
アイドルになるべく歩み出す少女にも、そのジンクスが、適用されて欲しかった。
その思いで操縦桿を握り、ターゲットサイトを動かす。
続いて画面を空へとスライドさせた。
忙しなくサイトは動き出すが、輝の命中目標はたった一つだ。
「ファイナルレスキュー、発動!」
----ライザースプラッシュ
那珂の、不安。
及びその障害となる物。
その全てだ。
この一撃には、それだけの威力がある。
その事を、輝は確信を持って言える。
だからこそ、超圧縮された水の弾丸が空へと消えていく様を笑顔で見届けていた。
「爆鎮!」
そうして、現れた虹に。
そう言おうとして、途中でやめた。
それは、成し遂げた時に。
真の意味で、レスキューを成した時に言うべき台詞だ。
ならば、今はまだ。
那珂が、心の底から明るく笑ってくれるまで。
この言葉は封印することにしよう。
そう、決めていた。
願わくばこの虹が、那珂の夢への架け橋となりますように。
そう、心に願いながら。
輝と別れて一人電車に乗った那珂は、未だ不安に襲われていた。
それも当然だ。
肉体は人間より遥かに強靭とは言え、那珂は年頃の少女である。
碇を外され、究極の自由を手に入れた。
その事は、那珂に解放感と共に、不安も与えていた。
まるで出港後、何処に向かうか分からない船の様に。
思考はどんどん泥沼に嵌っていき、遂には俯いて那珂はその口を閉ざしてしまった。
その時だった。
「!」
突如轟音と共に、何かが擊ち出される様な音が響いた。
近くでは無い様だが、その場所を、軍人としての癖から那珂は直ぐに割り出していた。
そして車窓に目を向けて、遠くを眺めた。
すると
「わぁ……」
其処には、綺麗な虹が架かっていた。
それは、何の変哲も無い景色だ。
それに那珂は、七色岳の願いが叶う伝説も知らない。
それでも。
それでも、今の那珂には。
その虹が、まるで自分と夢とを繋ぐ虹の線路(レインボーライン)に見えていた。
故にチケットを握っていた右手にも、力が篭る。
するとある事に気が付いた。
「?」
チケットが、妙に分厚いのだ。
まるで、何枚かの紙が重なっている様な。
そして那珂は違和感の正体を、直ぐに察した。
輝が、何枚かの紙幣と一緒に、チケットを渡していたのだ。
紙幣をどけると、更に落書きが。
其処には、こう書いてあった。
----頑張れ! 那珂ちゃん!
その文字を見た時、那珂の両目には、涙が溢れそうになった。
しかし寸での所で堪えると、那珂は笑顔を見せた。
アイドルが、泣いてはいけない。
そう言い聞かせる那珂の背に、声がかけられた。
「駅弁は、如何ですか?」
聞かれ、那珂は少し不思議そうな顔をすると、やがて納得したのか輝から貰ったお金でそれを買う事にした。
輝に恩を返すのは、夢を叶えた後。
そう、心の中で決めて。
「ロケ弁ですね! 頂きます!」
その為にもいまは腹拵えだ。
輝が持たせてくれた幾ばくかの資金で払うと、那珂は弁当を開けた
大丈夫。
もう既に、夢への道筋(イマジネーション)は見えている。
後は、そこに向かって烈車の如く進めばいいだけなのだから。
「那珂ちゃん」
出発進行!
そしてその後の事を、実は輝はよく知らない。
それと言うのも、那珂を駅で迎えた輝に、那珂はこれ以上迷惑はかけられないと、一緒に説得する事を拒否したのだ。
代わりに、アイドルとして活動する自分を応援して欲しいと、条件をつけながら。
それならば、と。
渋々納得した輝だったが、最近になって、漸く胸を撫で下ろしていた。
那珂のライブの報せを、聞きつけたからだ。
そして、今日がその日。
那珂の、夢を叶えた証の、大舞台である。
だからこそ、輝はこの日を楽しみにしていた。
「----て、事があったんだ」
横須賀鎮守府の食堂の一室で。
同じ机に座るすみれ、長門、時雨、輝。
そして輝の会話が一通り終わると、次に口を開いたのは時雨だった。
「へぇ、そうだったんだ。それにしても、輝提督が、長門さんと知り合いだったのは、驚いたな」
(それにしても、虹、か。まさか、僕があの日見たのと同じ物じゃ………無いよね)
言いつつ、心に浮かんだ疑問。
しかし、それを口にする事は無かった。
今は、まだ。
「私もだ。まさか彼が提督になるとは思っていなかった」
「俺もです………基地まで来て、那珂ちゃんを連れ戻しに来たのかな、と思ったんですけど、違ったんですね」
「ああ、勿論だ。その事はこの長門の名に誓おう」
「それなら安心だな。しっかし、昔から甘ぇんだなぁ、おまえも。いや、レスキューフォースがそうなのか?」
「甘いかどうかはわかりませんけど、隊長には、心まで救って、初めてレスキューだ、と教わりました。だから、俺は那珂ちゃんの心が救いたかったんです」
そうして始まった会話の中で、輝はふと気になる事があったのか、すみれに質問をぶつけた。
「そう言えば、あの後って、那珂ちゃんはどうしたんですか?」
「ああ、那珂が説得に来てな。書類に解体届を書いて提出してやったよ。お陰でテレビの中のソイツは赤の他人扱いだ」
言って、食堂に備え付けられたテレビを指差す。
すると、今が丁度、その少女が歌い出している時だった。
今をときめく、人気アイドルとして特集が組まれている様だった。
その名前は、こう書かれている。
----那珂
「へぇ、そうだったんですか……」
「うん、だから僕もビックリしたよ。那珂ちゃんは命令違反で解体って聞いて居たんだけどね」
「それは、私もだな」
「あーーーー、悪い。今度お詫びに何か奢るからよ、それで勘弁してくれや、な?」
「それなら! 皆んなで那珂ちゃんのライブにいきませんか?」
突如として、立ち上がった輝に視線が集まる。
そして、継ぐ言葉に異論を唱える者は居なかった。
「僕は、構わないよ」
「フ、良いだろう。ビッグ7の力、侮るなよ。しかし、ライブか。現代文化には馴染みが薄いが………胸が熱いな」
「ああ、分かったよ。艦娘に飯を奢るよりはよっぽど安く済むってもんだぜ」
そうして立ち上がった三人の背中を輝はその場で見ていた。
ライブ前の控え室で。
那珂は緊張と共に、座っていた。
やがて緊張で落ち着かなくなったのか、ポケットから紙を取り出すと、裏面を眺めた。
其処には何時も変わらぬその文字。
----頑張れ、那珂ちゃん
その文字列を見るだけで、那珂の心は安らいでいくのが分かった。
恐らく、彼は殆どの人に優しく。
自分の様に救われた者は大勢居る事だろう。
だから、忙しくてライブにも来られないかも知れない。
それでも、いつか輝に自分の歌声が届く日まで、那珂は歌い続ける。
コッソリと歌詞に入れた、彼の名前と共に。
「"輝る"空を見上げ〜♩」
その日のライブに、輝が来る事も知らずに。
やがて三人の背を追う為に、輝は立ち上がった。
続いてテレビの電源を切る為に、リモコンに指を伸ばす。
しかし途中でその動きを止めると、輝は何かを思い立って、背筋を正した。
テレビの前で、輝は何時ものポーズで構えた。
カードは無くても、今なら胸を張って言えそうな気がした。
「爆鎮」
人で無く、船で無い存在。
しかし、彼女達は、歴とした命だ。
その身を留まらせる碇を重しと感じるなら、那珂の様に捨てれば良い。
碇を支えに感じるならば、長門の様にその場に留まれば良い。
それが生きるという事であり。
それが無限の可能性を秘めるという事だ。
どちらが間違っているという事も無い。
輝にとって重要な事は、誰かの命と笑顔をレスキューする事でしか無いのだから。
故に今は、この言葉で最後を締め括るとしよう。
「完了!」
----未来に TAKE YOU!
那珂ちゃんの生活費とか住む場所は事務所が何とかしたという事でお願いします(そういう所もあるとテレビで見たので)
すみれもそれを調べた上で追い出してあります