緑色と金色
ガラガラと馬車を引く音が外で響く、もう聞きなれた音だ。
薄暗い石造りの牢屋は寒い。まぁ、幸い格子のついた窓が一つだけあるのは嬉しいことだ。少しだけでも外の様子と光が入ってくれるおかげで退屈せずにすむ。
「おい」
つむりかけていた目を開けて声の方向に顔を向ける。鉄格子の向こうに剣を携えた兵士が袋片手に立っていた。ああ、もうそんな時間か。
「ほらよ」
兵士は袋から硬いパンを一個取り出すと投げ渡してくれた。ここに来てからこんな物しか食べていない。おいしいとは言えたものではないが、こんな物でも食べておかないと飢えて死んでしまう。
「……」
指に力を込めて引きちぎる。やっぱり硬いが十分にちぎれる。細かくして口に運び、ゆっくり噛んで飲み込む。ちょっと苦い。喉が渇いてしまいそうだが、水は多くないから節約して飲んでいる。あとでちょっとだけ飲もう。
私はこんな暮らしをしているが、なぜここにいるかって言われると、まぁ簡単に言えば奴隷だ。もう1年になるが、私は隣の国に住んでいたのだ。そんなときこの国と戦争をしたのだ。結果からして私たちの国は負けた。王国の城下町や村は略奪や理不尽な暴力、虐殺により、みな散り散りになるところもあれば、私のように奴隷として囚われたり、ひどければ人間の尊厳を奪われた畜生のように扱われる者もいる。かわいそうとは言いたいが、いったところでなにも変わらないし変えられない。
「はぁ……」
無意識に漏れたため息は後悔とか憎しみからきたわけじゃない。私は正直今のままでいいと思ってる。きっと何かをあきらめて捨ててしまったんだと思う。
と、そんなことを考えているとまた兵士が鉄格子の前に来た。今日の仕事の時間にはまだ早いんだが……。
「……?」
「お前に客人だ」
奴隷に客なんて……ああ、そういうことか。私もついに買われるのか。どんなふうに扱われるんだろう。壊れるまで慰みものにされて捨てられるのかな。それとも重労働を課せられて死ぬまで働かされるのかな。まぁ、どっちにしろ早めに退屈な人生とおさらばできるならば今の変化を楽しまないといけない。どんな客なのかな。
立ち上がり、鉄格子の方に顔を上げ、見据える。コツコツとゆっくりした靴音が聞こえる。大人が立てる音にしては小さい。ビジネスに長けたその手の人かな?だったら船にでも乗せられて船旅の慰みものか……あるいは船の重労働とかかな。船の労働は一番きついって聞いたことがあるし。いや、それか商社みたいなところで下の下で働かされるか。
たくさん考えが浮かんでるうちにその足音の正体が姿を現した。
「女の子……?」
目の前にはきれいな黄色を基調とした白いドレスを着たいかにもお嬢様な女の子がいた。真っ白なショートカットに金色の瞳をしている。顔つきはとっても気品のある立派なものなのに、その纏う雰囲気は狼のようだ。いかにも何か隠していますよといった感じ。そんな少女は私と数分変わらない体格だ。
パチッと瞬きされた狼のような瞳と目が合う。突然だったので少し目をそらしてしまった。失礼だったかな。
「望月様、この娘は昨年の戦火の中生き延びた娘でして、近辺周辺国では非常に珍しい緑色の瞳を持っています。ただ……戦火の影響で背中に非常に醜い傷痕が残っております」
兵士様は私のことをそう説明した。そうだ、私の体には戦争で負ってしまった傷がひどく残っているのだ。炎にまみれ、爆発に巻き込まれ、背中から少し前の腹あたりにかけて治りきれなかった皮膚の損害があるのだ。私がどこにも買われない理由だ。首にも少しだけその傷がある。
「名は翠田と言います。ここではあまり喋らない無口な娘ですが、何事にも従順な性格をしております」
軽く兵士に目を向けていた望月大公の娘は兵士の口が閉まると私に目を向けてきた。真っすぐに私を見る目は少し眠たそうだが、これが彼女なのだとわからせる。
「いくら?」
唐突にそういった。子どもっぽいが冷静な大人の女性を思わせる声音は彼女が非常に強い性格だとわからしめる。逆らえない。
「え?」
急だったのか兵士も言葉つまりにお嬢さんを見返して驚いている。
そんな兵士に少しだけ怒気をさらしキッとお嬢さんはにらみつけていう。
「だからいくらなの?この子を買うわ」
「あ、えっと……少しばかりお時間を……」
そういって兵士は懐から数枚の紙を取り出し、そのうちの一枚をお嬢さんに手渡した。
「こんなもんです」
お嬢さんは紙を一瞥し印鑑を出して軽く押し当てた。
「あとその子のサイズに合う服と靴とチーズを乗せて焼いたパンを用意して、それにつけといていいから」
私は一瞬の契約成立に目を奪われてうまく反応をできなかった。お嬢さんは私に向き直って「じゃ、またあとで会いましょ」と言ってその場をあとにしていった。肩から肩へ弧を描くように作られたドレスはやっぱり気品が高い。おまけにさっき私に向き直ったときの軽い微笑みはなぜか惹かれるものがあった。
「良かったな。今までずっと買い手がつかなかったのに、まさか望月大公の娘様に買われるとは、とても光栄と思えよ。ほら、出ろ」
兵士は私にそういって牢屋の鍵を開けてくれた。牢屋から出るのはいつぶりだろう。確か10日前に水浴びしたとき以来かな。どんな生活が待ってるかわからないけど、しょせん私は奴隷だ。きっとそういう扱いをされて捨てられるんだろうな。
そう考え薄暗い廊下をちょっとの期待を持って歩くのだった。