昨日のことがあったあの後から決めたのだ。朝は早くに起き、勉学に慎む。昼はここでのメイドの技術を磨き上げ、夜はお嬢様のお隣で過ごす。深夜はギリギリまでここのルールと復習を詰め込む。
「よし」
朝の寝起きはバッチリだ。食堂は朝早くからやってるし、先に軽く朝食でも取ってから勉強しよう。そう決めベッドを下りたのだった。
ー
食堂にはこれから仕事に行く前のメイドや使用人がいる。数えるのも面倒なほどなのは当たり前だ。厨房前に来ると、船見さんがいた。食品の受け渡しのカウンター越しに船見さんに挨拶を交わす。
「おはようございます。船見さん」
「あ、おはよー琴ちゃん。今日は早いねー何にする?」
船見さんはクルッと振り返ってメニューを渡しながらそう言ってくれた。やっぱりコックさんの服装が似合うな。とゆか、いつもここにいるような気がする。
疑問を聞くついでにメニューを言おうと、メニューを選んだ。選んだのは船見さんおすすめのメニューらしい。チーズパニーとサラダのわかめ添えなるものだ。
「じゃあ、船見さんのおすすめセットでお願いします」
「あーい」
船見さんは明るく返事をして、後ろのコックさんたちにメニューを伝え、また戻ってきた。あれ?船見さんは作らなくていいのかな。まぁいいや、ちょうど質問したかったし。
「そういえば、船見さんっていつもここにいないですか?」
「そうでもないよ、ちゃんと休憩も取ってるし、ごはんも食べてるよ」
船見さんはニコニコ笑顔でそう返してきた。まぁ確かにこんな明るい笑顔できるんだから健康的っていえばそうだな。
「まぁ確かに私は大半の時間はここにいるね」
「どうしてですか?」
船見さんは左手の人差し指でコックの帽子の下のほうについたバッジみたいなのを指さした。確かあのバッジは……そうだ、料理専門の認定バッジだ。説明すると、メイドは複数ある仕事を交代でになったりするのだけれど、一部の秀でた人だけはそこの統率者の許可を得て、その仕事だけを専任して行うことができるようになるのだ。まさか、船見さんは料理専任だったとは……せっかく剣の腕もいいのに。
「そういうことでしたか……ところで、料理はしないのですか?」
船見さんは今度は左手の親指を立て後ろを指し言う。
「大丈夫!みんな私の部下みたいなものだから、私は今みんなの教訓役だからね!」
つまり、船見さんは教官的立場で、後ろの人達はみんな生徒みたいなものだということらしい。あれ?船見さん教える立場ってことは上流階級じゃん。
「とか話しているうちに出来ちゃったね。今日も頑張ってね!」
一人のコックさんが料理を渡してくれた。その出来をジーッと少しの間見つめた船見さんは「オッケー!」と言って合格サインを出した。本当に教官らしい。
料理をもってテラスに行く階段を上った。外はよく晴れている。数人の人がテラスで食事をとっている。そこにお邪魔して、端っこのちょうど階下が見やすい位置に陣取った。真っ白なテーブルにはいくつかの装飾がされていて、実に趣があるように感じられる。落ち着きそうだ。
さっそく座ってフォークを取った。野菜には船見さんの考案らしいドレッシングがかかっている。ほのかに酸っぱい匂いがする。そういえば酸っぱいものって唾液が多く出るように作用するって聞いたことがあるな。
「いただきます」
サクッ?そんな音を立ててキャベツにフォークを突き立てた。やっぱり新鮮だからかな。音だけでも食欲をかきたてられる。
パクッと一口にキャベツを放り込む、良い歯ごたえのサラダはまさに朝食だ。と言わんばかりにその存在をしらしめる。おまけに船見さん考案のドレッシングもまた絶品だ。酸っぱすぎない程度に甘い。うん、サラダのおともにピッタリだ。
「おいしい……」
つい一言漏らしてしまう。さすが船見さんの料理だ。そういえば最初に食べたときは表情に出ていたみたいだけど、今はどうだろうか。
まぁ、そんなことは置いといて、次はチーズとハムが挟まれた両面を圧縮したみたいなパンだ。手にもてばサクサク感が伝わってくる。
「ふむ」
チーズは一応大好物だ。だけど高いからあんまり食べないんだよね。それなのに船見さんはあえて料理の一品に取り入れている。もしかして私が知らないだけで、安価に手に入れられる場所があるのだろうか。
予想通り、かぶりつくとサクッと良い音が出る。中からチーズの程よい匂いが漂ってきて口の中を満たす。でも強すぎず、臭いとまでは感じない。いや、臭いチーズは食べないんだけどさ、なんていうのかな。うーん……ま、とにかくいい感じなのだ。そう、いい感じ!
しっかり噛んで味わう。あーやばい、幸せかも。
ふと石の手すりごしに外の風景を見る。ちょうど屋敷の正門が見える位置にこのテラスは存在している。お嬢様が使っている馬車と、専属メイドの4人が見えた。その正面にはもちろん白いドレスっぽい服装の銀髪の人がいて……はて、今日はなにかあったかな。あとでメイド長に聞いておこう。
お嬢様が馬車に乗り込み、あとについで専属メイドが馬車に乗る。そんな光景をジーっと眺めながら、またパンをかじった。気になるな。
ー
この屋敷のほぼ屋上にあたるところに巨大な図書館が存在する。本棚の数はざっと500棚以上、司書の魔法使いさん曰くおよそ5百万冊あって、この屋敷の重要事項に関わる機密書類も合わせると7百万冊以上になると聞いた。
そして今はこの屋敷の歴史書みたいなものを探しているのだ。この間お嬢様に過去を聞こうとして泣かせてしまったから、なにか書物でも残ってないかと考えたわけだ。他の人に聞けばいいって話なんだけど、残念ながらもうすでに捜索済みだ。つまり見つかりませんでした。たぶんあの馬車をひいている老人がそうなのだろうけど、なかなかあのひとは見つからないのだ。
「ふむ」
とりあえず、目的の物がありそうな本棚を発見したのでじっくり見ていく。面白そうな本がたくさんあるが、今は目的物を探す。
じっくり見ていくなかで、いくつか蔵書を手に取る。タイトル的には屋敷の稼業について書かれたものらしいものや、周辺国の歴史書なんかもある。
「ん」
望月家記録史と書かれた書物を発見した。お嬢様の名前と一致しているからたぶんこれだろう。手に取り、読書スペースへ移る。あ、ちなみに図書館は3階まで階層がある。屋敷全体から見ると何階かは知らないが、まぁ1階からそれぞれ見えるようになっている。
3階のちょうど司書室が見える席についた。何人ものメイドや使用人が行きかいしている。やっぱり図書館にはいろんな書物があるようだ。目的のものをとれてよかった。
それと机にはそれぞれ備え付けなのか知らないが、メガネが置いてある。ちょっと興味深げにそのメガネを手に取りかけてみるが、別段なにかあるわけじゃない。やっぱりいいや。
「ふむ」
メガネを置き、本を開いた。紙は少し年期を感じられるくらいにくすんでいる。字は大丈夫そうだ。手書きの字でちょっと絵と字が詰め込まれている。望月家の家系図らしきものもある。お嬢様が第一息女までの分しか綴られていないが、お嬢様が独立したところまではしっかり目次に書いてある。なぜ、史書なのに目次があるかは不明だ。いや、あるものなのかな?
知りたいのは望月家の権力範囲とお嬢様の独立理由だ。さっそくページ飛ばしに開き、じっくり読み始める。
望月家はもともと王家に仕える側近的地位の家計だったようだ。王権国家が戦争により潰れ、持ち腐れだった資産を元手に様々な稼業に進出、人当たりが良かったおかげで望月家はあっという間に、その規模は一つの国の意思を左右できるほどまでに膨れ上がった。それを成功させた当時の当主は流行り病にかかり病死、後を継いだ子息は権力の大きさにその身を堕とし、堕落貴族へとなり下がったのだ。そこにお嬢様が生まれ、一部の権力と少人数の精鋭からなる集団を与えたという。お嬢様には十分な教育が施されなかったが、お嬢様本人が自ら物事を進んで取り組み、与えられた精鋭集団もそれに従事したという。ところがある事件があって、お嬢様は精鋭集団をつれてもらった権力を返上し、かわりにこの屋敷を手に入れたそうだ。ところで、一番気になるある事件なのだが、しっかり詳細が記載されているようだ。薄汚れた紙切れが一緒に添付されている。
『奴隷3561の処分完了、処分中お嬢様の名を呼ぶのを確認、対応にあたられたし。』
よく見れば書物の端っこにつけたしみたいな字で文章が綴られている。
彼女は緑色の瞳に黒色の髪のまだ15にも満たない少女だった。初めて会ったときはなんだかおびえていたけど、話していくうちに彼女は明るく元気な子だってわかった。まだ外の世界をよく知らない私にたくさんお話しをしてくれた。空の綺麗さとか山々の美しさ、とくに食べ物の話は面白かった。パンや米の話が面白くて、本当にそうなの?とか疑ったけど、彼女は嬉しそうに明るく頷いてくれた。私と彼女が話をしたところは暗く冷たかったけど、それ以上に彼女の笑顔が見られることがこの上なく暖かったのだ。だから、私は名前を教えた。側近の使用人やごく一部の親しい間柄の人以外には教えてはいけない名前を教えた。この名前を知ることは私の権力が届く範囲でその人は守られている証だ。年端もいかない私は名前を教えることの重大さをまだよく理解していなかった。私のような子どもにはまだ、守る力なんてあるはずもないのだから……。
ある日だった。いつものように地下への裂け目から地下牢の開けた場所に来ると、彼女の声が聞こえたのだ。私が来た事への楽しそうな声じゃない。必死に声を殺してすすり泣くような声だった。おまけにお父様に仕える兵士たちの声がたくさん同じ方向から聞こえる。いつもと違う様子にビクビクしながら角に隠れて奥の様子を見ると、彼女は体中を充血させて、冷たい牢の中で倒れてる姿が目に入った。その周りを兵士たちは囲んで、何かをしている。子どものときの私には人が人に暴行を加えることを知らなかった。だから衝撃だった。ガラスで手を切れば痛いし、たたかれてももちろん痛い。痛いの次はなんなのだろう。そのとき鼻を突いた匂いは異様に嫌な気味の悪い匂いだったのを覚えている。しっかり凝視すれば彼女は服すら来ていない。かわりに白いなにかドロッとしたクリームシチューを濃く白くした何かをたくさんかぶっていたのだ。微量だったけど確かに確認が取れるくらいにそれはわかった。それと赤い液体が混ざって水の上に油を浮かせてそれをグシャグシャにかきまぜたようなそんななにか、血液かもしれない。そう思うと急に鼻に鉄の匂いがついた。間違いない血液の匂いだった。そこからは私は記憶がない。いや、思い出せないというのが正しい。気づくと生気を失った彼女の体を抱きしめていた。白くドロッとしたものが気持ち悪いくらいに冷たく肌に触り、しかも一様に臭い。間近でかけば吐き気すら催すものだった。そのときの辺りの状況は腐臭のするいわば死体集積所、エト達に見つかったときは驚かれたものだ。そこから私は奴隷という身分を学んだ。お父様とは決別し絶縁関係を宣言、もらった権力を返上し廃墟決定で処分されかけた屋敷をもらい受け、移り住んだ。ここから大きくする。奴隷という身分を開放し、強い上下関係をなくし平和で穏やかな国を作りたい。今はまだ50人くらいしか人手がいないけど、みんな信頼している。みんなのことを私は信じている。大事なことだから2回言った。私はお父様とは違う。
「……」
お嬢様の過去、つけたし文の最後を見れば本の記載日とか書かれていた。その下にもう少し続くように、日付がかかれていて、そこには徐々に新しくなる日付と当時の総人数とが記載されていた。
初年 本書執筆 総人口50人 廃墟寸前の屋敷を獲得
1年目 総人口150人 屋敷の改築と近辺街町村に情報網を確立
2年目 総人口500人 エルフなど亜人を保護、魔法術系分野の確立と屋敷の力循環系物質として地下を改築し、第一魔術結晶クリスタのエルを設置、翌日調整を兼ね稼働。
3年目 総人口5000人 様々な人種や亜人を保護し、図書館、食堂、第四までのクリスタを設置、稼業をさらに推進各派遣地域や区域での生活を可能にし、階級制度を導入、建前だけの存在だが、統括者たちの設置により、情報や生活などの流通推進を確立
…………
まだまだ続いているが本当にすごい。年々その取り組みが倍以上に成果を上げているものだから驚くしかない。そして最後の日付は昨日のものだった。
×年目 総人口51万4891人 錬金術分野の推進を決定。研究技術分野に科学と言われるものを導入、少人数の数学者と錬金術と魔法術関係者が参加・研究を行っている。緑色の瞳の少女を保護、専属メイドとした。
なぜか私のことも書いてある。しかしながら科学とはなんぞや……。
パタンと本を閉じ、お嬢様の過去の事象を少し考える。私もこれでももうすぐ17近くだ。そういう知識がないわけじゃない。仕事をしていれば嫌でも性というか子どもに関する知識を得るものだ。自分ももしかしたらそうなっていたかもなんて考えがわいてくると今の自分がどれだけ幸せかわかる。
「ふぅ」
少し頭を整理し、落ち着く。お嬢様はこんなことを経験して今を作られた。だったら私は全然……やっぱり幸せなんだろうな。
「よし」
自分の中で何かを決め、また違う本を開いた。お嬢様のためなら身を捧げる覚悟で今を生きたっていいだろう。もっと知って考えて、立派にお嬢様のお隣に立てるようになりたい。ただでさえ、いろんな感情を私に植え付けるのだから、違う面からでもそのお隣は望みたくなるものだ。