お嬢様のために尽くそうと決意を固めて早くも二日目に入った。私は一日の大半を使って入れ込んだ経済と経営と接客術を駆使してある程度の地位を確立した。ただ、知識や振る舞いだけじゃまだ駄目だ。専属メイドの本来の目的はお嬢様の24時間護衛にある。
お嬢様を囲む私以外の4人の専属メイドはハッキリ言ってか弱い感じの人が多いのは確かだ。現に2人は私と同年代という有様で、正直心もとないけど、体格以上に知力と異能を持つことでそれをカバーする強さを持っている。
残念ながら私には魔法とか皆無だから知らない。お嬢様はなぜ、私のことを専属メイドに選んだのかは正直わからない謎だ。
ただただそばに置いておきたいというなら、私は喜ぶ程度には嬉しい。だけどそれではいざとなったとき共倒れではないか。私が気づいてないだけで私には力があるのかもしれない。もう少し頑張ってみよう。メイド長が設けた1週間の期日までにメイド戦術を応用できるレベルにはならなければ、とは言ったもののすでに3日もない。やることが多すぎて大変だ。
「お嬢様?」
それとは打って変わって、現在20時です。お子様はちょうど眠たくなる良い頃合いの時間ですね。お嬢様のお部屋でお守をしているのだけど、いつもならもっと明るく話しかけてくれるお嬢様がなんだかうつむくような体制で固まっている。
「……」
反応はなし。まさか寝ているのかな。それはそれで風邪をこじらせるので大変だ。
「お嬢様ー?」
少々のぞき込むようにその素顔を見れば、顔全体が少々赤い気がする。それによくよく聞いてみれば息もちょっと荒いかな。
「……こと……か?」
虚ろになりかけている金色の瞳が向けられる。ボーッとしたでもいいかな。そんな表情だ。やっぱり風邪かもしれない。とにかくベッドに寝かせてメイド長を呼ぼう。
「失礼します」
「んゃ……」
お嬢様を椅子に座った体制から世にいうお姫様抱っこをするのは楽だった。よくおとぎ話なんかで王子様がヒロインをひょいっと持ち上げてしまうような場面がある。それを思い浮かべてもらうといいかな。ただしベッドではなく椅子だ。行先はベッドだ。変な妄想はなしないでくれたまえ。
お嬢様の火照った顔が間近に迫ってなんだか私も暑いんですが……てかまたぶっ倒れる自信もないわけじゃない。やっぱりメイド長よりエリーの方が先に来そうだ。もうエリーでいいや。
「エリー!」
お嬢様をベッドに運ぶ次いでに、扉に向かってエリーの名前を呼んだ。
お嬢様をベッドに寝かせ、布団をかけてさしあげた。銀色のお嬢様の髪を横に退けて邪魔にならないようにし、そのおでこを手で触れ熱を確かめる。確かに私より熱い、これは確実に熱だな。
「呼んだかな?」
風の通るような音とともに背後から声が聞こえた。やっぱりこっちのほうが早かったみたいだ。
「お嬢様が熱を出してしまって、メイド長を呼んできてくれる?」
「おーまじですかー……」
そう言ってすぐにバッと消えてしまった。
ー数分後
「ふむ、ここ最近の遠出の疲れが出たのでしょう」
お嬢様に軽く手をかざして魔法で検査をしていた男性がそういって結果を報告していた。他にも錬金術分野の人も来ていて、何やら検査を行ってたけどなんでもなかったみたいだ。
「そう、ありがとう」
メイド長はその人らにお礼を言って部屋を後にしていった。
「しかしまぁ、正直ここまでお嬢様が健康なのもすごいといえるところですな」
さっきの魔法の男性がそうつぶやくように言った。お嬢様はさっきよりもマシになったのか呼吸自体は比較的落ち着いてきているようで良かった。
「うむ、まだ20に満たないのですから……こうやって体調をお崩しなさるのも4回目と言ったところですね」
錬金術の男性もそれに返してお嬢様を見る。お嬢様はきっと無理して頑張ってるんだと思う。この間読んだ望月家記録史は半分お嬢様の定期日記みたいなものだ。常に運用効率を整え、資産の運用と回転を最適化し、短期間で巨大な組織を作ってしまった。ビジネスとしては大成功なんか比じゃない。
ー数分後
お嬢様の容態もある程度落ち着きが見えたということで、ふたたびこの部屋には私とお嬢様だけになった。時間も22時になりかけている。
「……」
お嬢様のおでこの上には水を絞った布を載せている。表面に出てくる熱を物理的に排熱しやすくするためだ。ときたまにまた冷たい水で絞るのが今の私の務めだ。
「ふぅ……ふぅ……」
規則正しいように小さく吐き出す寝息は見ていてとっても癒される。いや、こんなこと言っちゃダメなんだけどね。でも、私は決めたんだ。もう隠しはしない。
「お嬢様……」
お嬢様の布を絞るために手に取る。ギュッと絞って、またお嬢様のおでこの上に乗せたとき、そのまぶたが小さく開かれた。間から覗く金色の瞳は私をすぐにとらえた。自分なりに小さく微笑んで、「ご気分はいかがですか?」と尋ねてみた。
「ちょっと息苦しいかな」
お嬢様はまた瞼を閉じ、そういった。
「では換気をしておきましょう。今日は雨ですが仕方ありません」
そう言って窓を開けた。パサパサと小ぶりの雨が山々に映る。向こう側の山なんか闇しかないけど、すぐ下の広大な庭と玄関には魔術結晶の魔力によって光が常備されているからよく見える。
スーッと涼しい風がカーテンを揺らし、ちょっとムワムワとしていた部屋の空気を奪っていった。またお嬢様の目の前に座り、顔色をうかがう。
目の前に来るとさすがに気配でわかるみたい。座ったとたん両方の瞼が開かれて、私を見据えてきた。
「これでいかがでしょう?」
「さっきよりは楽になったわ。ありがと」
お嬢様の言葉は明らかにいつもとはちょっと違う。元気ににっこにっこにーしているときとは口数もテンションも低いし少ない。ま、当たり前か。
と、そんなことを考えながらジーッとお嬢様を見つめてみる。張りのある白い肌に慎ましい程度のまつげ、目元も丸く柔らかいお姫様風だ。いや、お姫様に変わりはないけどね。あ、そういえば飲み物がなかったな……っとその前に。
「何かついてる?」
「ちょっとジッとしてくださいね」
そう言ってお嬢様のベッドに身を乗り出す。お嬢様の頬を手で触れ、軽く肩らへんに手を置き、目を閉じた。
「ふえ?……ぁ、っちょ!?……!!!!???!」
ピトッとお嬢様のおでこに自分のおでこを接触させる。もちろん布は退けて……だ。まだちょっと熱い?いや熱くなってるのか。なんか嬉しいな。
その状態で10秒くらい接触した。途中で目を開ければお嬢様の顔がもう目と鼻の先で、正直鼻血出して出血死できるかもとか考えてたけど、そうでもなくスッと自然に離した。もちろん、ギューッと目をつぶったお嬢様のお顔を目に焼き付いけてだがね。
「まだちょっと体調は悪そうですね。エリーにお水を持ってきてもらうように言いますね」
そう言い残してとりあえず部屋から出たのだった。