「昨日はお楽しみだったね」
「ブッ」
せっかく稽古の休憩中だというのに静かに横に現れて一言めがそれだった。もちろんお茶を吹き出す。
「急になによぉ……」
我ながら彼女の登場には慣れたものの、彼女が発する一言一言には焦らないといけないことばかりだ。幸い一人で木陰で休んでいてよかった。
「いやぁー、琴香もかなり大胆だったねーっと思ってさ」
隣にストンと座ったエリーの横顔はなんだか楽しそうだ。私からすれば嫌われるかもしれないというドキドキハラハラだったのに……。
「え……あ、あれは……その、なんていうか……勢いのままに……でもすっごくドキドキ……」
小さく微笑みながらエリーはこっちを見ていった。
「ほんと、お嬢様のことになるとはにかむんだから……ま、とはいってもお嬢様もかなりゾッコンみたいだし。もっと自信もってアプローチしてみるといいかもよ」
そう言って笑いかけてくれた。お嬢様が作り上げたこの屋敷の基本的な住人の思考はとっても明るい。お嬢様はかなりの成功者だと言わしめるにほかない。
「そういえば、報告があったんだった」
そう言ってエリーは懐から一枚の紙を渡してくれた。一番最初のところに、専属メイド認定要項と書かれている。どうやら明後日の専属メイドのための試験の紙らしい。
「ま、試験とはいっても今のあなたの基礎知識と応用知識を軽く測る程度だから緊張しなくて大丈夫だよ」
「は、はぁ……」
試験は明後日の午前と午後に分かれていて、午前は知識力の試験で筆記と口頭によるテストで、午後はメイド戦術の稽古成果と実践テスト、この二つが明後日の試験要項だ。午前の試験では生活基礎知識とメイド基礎知識、専属メイドの心得と専門知識が範囲らしい。大体この間のうちに覚えたから明日か今日の夜に復習をかねてテストしておこう。午後の試験はどうしようもないので、今日と明日でやれるところまでやろう。
「ふふん、まぁ午後の試験は1週間の努力じゃどうしようもないからね。練習の一貫なればと思うけど、今日は私が相手になってあげよう!」
そう言ってエリーは立ち上がる。私よりも少し低い身長だからか、ちょっと子どもっぽいしぐさに見えた。
「エリー、よろしくお願いします」
ー稽古再開
周りにもたくさんの人が稽古を行う芝生にその一組として、私はエリーの前に立った。彼女は木のナイフをクルクルと回しながらアピールがてら投げたりしている。
一部のメイド達も専属メイドのエリーの動きを観ようと手を止めている人がいる。かなり緊張するな。ま、でも、船見さんに結構鍛えてもらったし、少しはやれるんじゃないかな。
上に投げたナイフをキャッチしたエリーはこちらを見て言った。
「準備は?」
「いつでも」
それを合図にエリーはふっと消える。あれ?私の返事の後って普通「じゃあいくよ!」とか言うもんじゃないの?それほど現実は甘くないようだ。
とにかく頭を回して、現在エリーがいない前に身を移動する。テレポートは姿を消す技じゃない。自分の行きたいところを指定し、そこに瞬間的に移動する技だ。つまり、移動した瞬間はその場にいないということ、だけど先読みされたら終わりなのも事実。
前に体を動かした勢いのまま後ろを振り返り、エリーの存在を確認する。いた。
エリーと位置が入れ替わり、また対峙する。
「おお、テレポートを使うと思わず動揺しているうちにやれると思ったんだけど、動揺しなかったねー」
メイド戦術の基礎は身の回りのあらゆるものを使って対象を無力化する。しかし、これにはちょっと語弊があって、別に魔法を使ってはいけないわけではない。だから翻訳するなら、とにかく危害を加える可能性の対象は無力化する。これにかぎる。つまり魔法も錬金術もなんでもOKというわけだ。
「まぁ、一応メイドですから」
いや、普通戦うメイドはいない。お茶淹れて料理作ってお世話しかしない。
「藍香、あなた結構面白いねー。気に入った、専属メイドの一人として、あなたのことみっちり鍛えてあげるから覚悟してねー」
陽気にエリーは笑ってそう言った。
エリーの得意分野はテレポートだ。いつどのタイミングでテレポートするのかわからない。とりあえず、どんな動きをするのか一度見てみたかったから、次からはその場その場でどうにかしよう。
エリーがナイフをクルクル回し始めるとともに、私も右足にくくりつけなナイフを取り出す。さて、力試しといきましょうか。
ー30分後
気づけば仰向けに倒れていた。背中に当たる芝生の柔らかさが気持ちいい。ていうかまぶしい。
「エリー先輩相手に25分持つとは……新入りさんかなり腕いいよね」
そんな言葉が周囲からいくつか聞こえてきた。負けたのか。
そんなふうに思ったとき、急に光をさえぎって視界にエリーの顔が入ってきた。ふふんっと言ったような笑顔だ。
「お目覚めかな?足ひっかけて頭を強く打ったみたいだよ。大丈夫、体になんの支障もないし、ちょっと休めば楽になるよ」
スッと音がしてエリーが隣に座る。嗚呼、空が青い。
「琴香、腕はいいけどもう少し周りも見て動くことが大事だよ。あなたの視線が私ばっかり捉えてて基本的に周囲を見ていなかったよね。経験を積めば積むほど、自然と地形を察知する力はつくけど、それはまず土台があって基礎を積んでいかないとだめだからなのだ」
そう言ってエリーはポンポンと私の頭を叩いた。まだまだ稽古も甘いみたいだ。もっとがんばらなきゃ。太陽の光が急に気持ちよく感じはじめ、目を閉じたのだった。