屋敷は本当に広い。図書館から面接が行われる部屋まで走っていると息が切れそうになるくらいだ。とゆか、図書館からここまで一体何個部屋があっただろうか。数えるのも億劫になるくらいあるのは間違いない。
綺麗な木目のドアをコンコンと叩き返事を待つ。一応面接は何回も経験済みだからある程度の知識はあるつもりだ。
「どうぞー」
陽気そうな明るい声が中から聞こえた。言わなくてもわかるお嬢様の声だ。
「失礼します」
中に響くように声を上げ、金色の取っ手を捻った。ガチャッと音を立てドアは開き、中が見えた。お嬢様の部屋と似たような作りになった部屋に一歩入る。ちょうどドアの正面の前の方にお嬢様が机に両肘をついて座っていた。
ああ、今朝より一段と美しい。結ぶ必要もなく整えられた銀色の髪に、ちょうど1週間前に私を引き取りに来てくださったときの服の白い服を着たお嬢様だ。
カチャッとドアを閉め、自己紹介をする。
「新人メイドの翠田琴香です。よろしくお願いします」
そう挨拶をするとお嬢様は頷いて笑顔を浮かべた。
「よろしくね。どうぞ、座って」
お嬢様に促されるままに、目の前の椅子に座った。やっぱり面接はイマイチ慣れないものだ。きっと目の前の人がお嬢様じゃなくても、鼓動はドキドキとなるだろう。ドキドキと響く鼓動を聞きながら頭を回す質問の回答がなんであれ答えられる。
「琴香、この1週間で一番心に残ってる思い出を教えて」
非常に私事な気がするな。ちょっと予想外だったけど、まぁいいか。とゆか待て、一番心に残ってる思い出って言われても、お嬢様とのドキドキなやり取りしか思い出せないんだが、確かに船見さんにケーキ作ってもらったりしたけど、それ以上に強烈インパクトが強かったし、なによりこの場でそれ聞いてくるってどういうつもりだ?確信犯ですね。わかります。
「ぉお嬢様との専属メイドの部屋でのひと時が心に残っておりますぅ……」
少し言葉を濁す様に早口でそう言い切った。いつでもどこでも会うたびに胸が高鳴る人と過ごしたあのひと時は非常に濃い味だった。
予想通りと言った感じに小さく歯を見せてお嬢様は微笑んだ。両肘をついてまるで同世代の人をからかうような楽し気な雰囲気だ。
「私もとっても心に残ってるよ」
あれ?面接だよね?
「大変嬉しく思います……」
次の言葉がなかなか思い浮かばず無意識に返してしまう。もう少しうまく返せた気がするけどな。
そう返すとお嬢様は急に立ち上がって、こちらに来た。
「次の質問だよ。琴香」
そう言ってお嬢様は私の目の前に立った。私が座っていることもあって見上げる形になる。久しぶりにお嬢様に威厳があることが自覚できた気がする。最近は甘えたような視線をされることが多かったけど、やっぱりその瞳の色は確かに人を黙らせる力があるように感じられる。
姿勢を正し、しっかりと目を合わせて次の質問を待つ。
「好きな人はいる?」
なぜ今更に質問を……てかもう面接じゃないですよね。パッと答えるのが面接ってなもんなんだけどな。そんな質問をされたら私的には何とも言えなくなってしまう。しかも相手はわかっていてやっている。あんなことまで提案してたのにまたこの人は……気まぐれだな。
「……います」
少し答えに自信がなかった。明確に人を指した方が次の質問を省けて効率的だったかもしれない。でもあえて”そういう雰囲気”を味わってみてもいいかもと思えてしまったのだ。
「その人の事、どのくらい好き?」
少しニンマリとした表情が可愛らしい。もちろん私にとってお嬢様は他に置き換えられない愛を向けている人だ。
「この命に代えてもお守りできるくらいに好きです。いいえ、愛しています」
我ながらそんな言葉をハキハキと言えたのは称賛に値する。どうやらここぞというときは恥ずかしげもなく言えてしまうのかもしれない。心の中で赤面でもしとこうかな。
「そう、じゃあ誰が好きなの?行動で示してくれたら嬉しいな」
そう言っている途中で、お嬢様は顔をドンドン赤くしていく。お嬢様にとっても結構恥ずかしいことなのか。とお嬢様のそんな一面に少々愛おしさを感じる。
てかちょっと待て。行動で示すって……。
「つ、つまり……」
「言わなくてもあなたならわかるでしょ?」
そう言ってお嬢様は一歩下がって自信満々のどや顔を披露する。あ、これやばい死んでるかも。
無意識にスッと立ち上がる。待って!私の体!精神が追い付いてないからもうちょっと待って!ちょ、止まれってば、おい!
お嬢様の目の前まで寄り、その両肩を優しくつかんだ。今だにどや顔のお嬢様を近くで見るのには私のライフゲージは短すぎたようだ。すでにお嬢様のドアップ顔を焼き付ける記憶域は存在しなくなっていて、気づいたときにはお嬢様を抱きしめていた。
柔らかいお嬢様の肩を抱くと、これでもかとお嬢様の匂いを感じた。まるで密室でカレーを作ったときのあの最悪なイメージを最良にしたような感じだ。なにが言いたいって?ごめん私もわからない。
今告白してしまおう。
「お嬢様、聞いてください」
お嬢様を抱きしめながら、その耳元に問いかける。
「なぁに?」
お嬢様もそのままの体制で返事を返してくれた。
「お嬢様、私、翠田琴香はお嬢様が好きです。心の底から愛しています」
お嬢様はそう言って肩越しにもわかるくらい嬉しそうに笑った。自身の顔がひどく熱くなる。
「ふふ、私も好き、お返しに私の名前を教えてあげる。エトと友美にしか教えてないから、私たちの秘密だよ?」
そういえばメイド達の間でもささやかれる話だ。誰もお嬢様の名前を知らない。聞くこと自体はタブーではないけれど、絶対に知ることはできないといわれている。自分は特別、そう思うとさらに自分は愛されているのかという思いが強くなった。
「はい」
「エリス・ラピスラズリ=望月、私の名前だよ。姓はラピスラズリ=望月でエリスが私の名前、内緒だからね?琴香」
お嬢様の名前を知った。もう後戻りはできないと感じた。戻ることもないだろう。いやお嬢様に助け出されたその時からもうお嬢様との人生は決まっていたのだろう。本気でお嬢様を守り、本気でお嬢様の実現せんとすることをサポートする。まだ私は未熟で弱い、今日から始めよう、近距離戦術の研究と経済経営に関する知識の収集、今までとは比べものにならない時間もかかるだろう。メイド長とまではいかなくても頑張ろう。
「お嬢様」
お嬢様を見つめ直し、決意を言っておく。なんだかボーッとした表情をしていたお嬢様はすぐ真剣なまなざしになった。
「私はまだまだ未熟ですが、いつしかお嬢様の役に大いに立てるように頑張らせていただきます。どうかこれからもよろしくお願いします」
「琴香、その言葉忘れないでね。あと一つ忘れてる。私の事幸せにしなさい」
「もちろんです!」
そう返し、再度お嬢様をジッと見つめる。お嬢様も合わせて目を合わせてくれる。ゆっくりと顔が近づき、今度は確かにお嬢様の顔を記憶に焼き付けることができた。
『ん』
お嬢様の唇は柔らかく、この世にこんな感覚をもたらせるものがあるのかと正直驚いた。胸の内から溢れるように何かが満たされるのを感じた。食欲でもないそれはきっと誰もが持つものだろうけど、まだその正体については私にはわからなかった。愛情は依然よりも増したのは感じたけどね。
”お嬢様、私の全てを捧げてでも幸せにしてみせましょう”
唇を重ねるだけのキスを交わし、もう一度ギュッと抱きしめたのだった。
ー翌日
私は現在食堂の壁に掛けられた巨大看板の前にいた。成績順に合否結果が並べられた専属メイド採用者報告看板だ。一番下ではあったけど、私の番号は入っていてひとまず安堵の息をついたのだった。今日から正式に専属メイドだ。愛するお嬢様のためにこれから人生を捧げていこう。