お嬢様の朝は基本的に誰よりも早い。一応朝番ということで、お嬢様の護衛を専属メイドは行うのだが、誰かが起こすわけでもなくお嬢様はかならず同じ時間にいつも起きる。
十数人の専属メイドが毎回交代で、この業務は行う。話し合いの結果どうにか今日一日私がお嬢様の横につくように仕向けることができた。お嬢様の一日に密着しようと思います。
「琴香、ボーッとしてどうしたの?」
ふとお嬢様が振り向いてそう尋ねてきた。今は朝6時少し過ぎたところだ。すでに白に薄緑と黄色の線が入ったドレスを着て、朝の紅茶を飲んでいるところだ。朝の眠気を少し残した瞳が私を見据える。いつみても透き通るようにきれいな輝きのある金色だ。
「いいえ、いつ見てもお嬢様はお美しいお方だと思いまして」
少し微笑んでお嬢様は言う。
「ありがと、琴香もとってもきれいよ?」
少し顔に血が上るのを感じながら、表情を笑顔にして返した。
「嬉しいかぎりです」
お嬢様は目を一瞬見開きかけたのを私は見逃さなかった。
「私の勝ちですね」
すぐにそう返すとお嬢様は少し残念そうな顔をしながら紅茶を一口飲んだ。
「もっと難易度を上げてみようかしら」
少し寂しそうな声音をさせながらもお嬢様の口元はしっかり微笑んでいた。
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「ほ!」
朝というには昼という時間に、子どもっぽいが威勢が良く元気な声が農場に響く。もちろん慣れた手つきで行うメイドや使用人は声なんて出すことはない。あっても一息ついたときの声くらいだ。
ならば誰なのか。想像がつく。労働とは本来無縁であるはずの者は屋敷にはたくさんいる。しかしそのほとんどはしっかり役割があり動けない者しかおらず、唯一自由にどこでも行ける者と言えば、ただ一人、お嬢様だ。
「やっ!」
熊手や鍬を数人の作業者が扱う中、まだまだ不慣れな感じを残すようにお嬢様はそれを振るっている。もちろんドレスで作業なんてさせられないから、仕方なくお嬢様は動きやすい服装だ。え?どんな服装って?
そりゃーもちろん、白地のワンピースに麦わら帽子の定番でしょう。田舎っ娘にはこれが一番似合うし動きやすい。なによりお嬢様は可愛いのだ。なにを着させてもいいだろう。え?農作業にワンピースはどうなのって?ふーん……アリ!ですね!!
もちろん専属メイドである私も同様に農作業に参加する。ちなみに農場は屋敷の敷地から少し離れた山沿いにある。広大な農地は屋敷従事者と各国の情報拠点の食を支える非常に重要な場所だ。米、小麦、野菜そのほかもろもろをここで育て、収穫する。
農場に併設するように宿舎があり、それを中心に農産、畜産、水産ができるような形になっている。海もないのに水産があるのはどうしてか。それは遠くで収穫した魚を建物内で養育し、増やし、収穫を繰り返すからだ。実質収穫したというのかはさておき、意外と規模を大きめでやっていることもあって収穫率は悪くない。畜産はとても活発だ。肉や卵、動物の毛皮などは加工して服にして売ったりなどして外国貨幣の取得を増やすのに使う。
まぁ正直為替業担当者が優秀すぎるから外国貨幣も売って手に入れるほど困ってはいない。まぁ食料確保の方法はこれ以外にもたくさんあるから紹介しきれないんだけどね。
「そろそろ休憩にしましょう!」
農産担当者が休憩を促すと各々手を停めて宿舎の方に戻り始めた。お嬢様も鍬を置いて「ふぅ」と小さく一息ついた。
「お疲れさまです。お嬢様」
汗で光り輝く銀色の髪をなびかせてお嬢様は振り向いた。白いワンピースに似合う銀髪を揺らして振り向いたお嬢様は額に首に大量の汗をかいていた。だけどその顔はとても笑顔で楽しいことを見つけた子どものような笑顔だ。
「とても楽しかった。お腹すいたー」
そういいながらタオルでお嬢様は汗をぬぐう。嗚呼、その姿も美しい。
ー
宿舎は屋敷ほどではないが意外と大規模なもので、巨大な食堂と複数の部屋からなっている。食堂は屋敷ほど豪華ではないけど、とれたての作物を一番に食べることができる。つまり、新鮮だということだ。
「お嬢様、お疲れさまです」
「お嬢様、これどうぞ」
「お嬢様、肩はこってませんか?」
食堂に入ると普段は屋敷にいないメイドや使用人がお嬢様を取り囲んだ。
「大丈夫よ。ありがと。みんなもちゃんと休憩してね」
実はあとから聞いた話、私が歓迎会の時に見た屋敷の食堂を埋め尽くすメイドや使用人は、総人口の何割かにしかすぎないらしい。屋敷に仕える人、各国の拠点に仕える人、生産業に従事する人、まだまだ役割はたくさんある。
「これおいしいわね。この黄色いお漬物はなに?」
「それは沢庵という大根の漬物らしいですよ」
お皿にはおにぎり二つと沢庵三つ、柴漬けが一盛といった感じに盛り付けられている。人によっては苦手なお漬物とかはあるだろうけど、お嬢様は意外となんでも食べる。
「ふむ」
お嬢様は一瞬だけ間を開けて、ふいにつまんでそれを口に入れてしまった。まぁおいしいのはそうだから何とも言わないのだけどね。
「ん、甘いね」
そう一言お嬢様は感想を言い、おにぎりを頬張り始めた。お嬢様のお口には少し大きいおにぎりを両手で持ち、てっぺんからパクリと食べてしまう。
少し笑顔を浮かべながらゆっくりとお食事をする姿は、やはりお嬢様だと思う。心なしか周りの使用人たちもその姿に目を奪われているように感じる。
やっぱり屋敷の者ならどこで従事している人でも共通してお嬢様を見るのだなと思った。
ー
言い忘れていたが、ここで一応振り返っておこう。再三いうが、お嬢様の朝は早い。専属メイドが隣にいようといまいと、必ず6時になるころにはドレスに着替えられ、紅茶を飲まれている。また不思議だと思うだろうけど、実はお嬢様のドレス、一人でも着替えられるようになっているのだ。まぁ、詳しいことは内密なのだけどね。
「ご報告します」
日が暮れ、外が赤くなり始めた時間、午後の執務中にメイドが一人入ってきた。
「どうしたの?ヨルム」
お嬢様が筆を置いて、そうメイドに話しかけた。彼女は専属メイドの一人で、エルフと人のハーフだ。ただ、耳は尖ってないし、羽もない。人と変わらない姿のいわゆる異形態らしい。本来、エルフの遺伝子はとても強く、人よりもエルフの姿に近いらしいが、何かしらの異常で彼女は人とほとんど変わらない形で生まれた。
ただ、記憶力と薬学に関する知識、そしてそれを応用した錬金術が非常に得意で、一応屋敷内にいるエルフら同等もしくはそれ以上の素質がある。
「先ほど、西の国の者が来られまして、お手紙を届けに来られたのです。確認したところ、有力な貴族方のお集りの催しがあるので、ぜひともご参加のほうをっと言った内容でございました。こちらにそちらの文章を」
そう早口に告げヨルムはお嬢様に手紙を手渡した。大きすぎない巻物の手紙だ。
「ふむ」
スーッと地図のようにお嬢様はそれを机に広げた。綺麗な筆記体で綴られた字は確かに要約するとヨルムの言った通りだ。
「今度は貴族方の舞踏会ですか」
今度は、というのには理由がある。お嬢様のお屋敷、望月という屋敷の勢力は隣接する国以上に富を有する。人材から資源まで様々だが、ほとんどの面で上回るほどの力がある。だからどうにか親交を保ち作ろうと、国の王達がよく舞踏会やお祭りに招待をするのだ。
もちろん、お嬢様のことだ。全て出席済みだ。だから今回も。
「面白そうね。参加しましょう」
てなるわけだ。
「ヨルム、下がっていいわ。ありがとう」
「はい。では失礼します」
ヨルムは頭を下げ部屋を後にしていった。
「お嬢様、同伴者はいかがしましょう?」
お嬢様の隣に立ち、声をかける。
お嬢様は文章の日付が書かれた部分を小さくなぞりながら言った。
「んー、たまには……そうね。琴香、あなただけでいいわ」
「かしこま……え?」
その日たぶん私は一番驚いたかもしれないのだった。