牢屋から出てすぐに私は小さな客間に入れられた。どこの通路とも変わらない石造りの部屋で、格子の窓が一つあった。だけど牢屋よりは十分に明るい。兵士に言われるがままに椅子に座って待っていると、いくつか袋を抱えた小間使いらしき男の子が入ってきた。少し息を切らしているあたり急な用だったのだろう。
「言われたもん買ってまいりました!布のワンピースと革の靴、チーズのパンでしたね」
「ああ、ありがとう。やっぱり男の小間使いのほうが役に立つな」
男の子は軽く笑ってその袋を兵士に渡し、こちらに視線を向けてきた。そのときの男の子は目を丸くしていた。なにか珍しいかな?
「あの、兵士様、この子は?」
私を見ながら男の子は兵士に尋ねる。
「ああ、今日買われた奴隷だ。体の傷のせいでなかなか買い手がつかなかったんだが、ようやく買い手がついたんだ。お前に頼んだ服もこいつのものだ」
軽くペコッと頭を下げといた。一応私の着る服とか靴を買ってきてくれたんだからお礼的なものはしておかないといけない。男の子もなぜか慌てた様子で軽く頭を揺らすように下げた。
「そ、そうですかい……じゃ、じゃああっしはこのへんで……」
さっきと違ってなにかキョドキョドした様子の男の子は扉を開けてそそくさと出て行ってしまった。何か気になることでもあったのだろうか。
「ほら、服も届いたんだ。さっさと着替えて食料もって主人のところに行け」
「……」
軽く頷いて兵士の目の前だったが手早く着替えた。背中の傷はもう見られようがどうでもいい。ワンピースは今着ているボロボロのワンピースの新しいやつで、今より着心地は数段良い。下着は前からだけど穿いてない。座るときはワンピースの上に座るようにしてる。靴はほんの少し大きいけど十分足を保護するにはいい。今までははいてなかったから改善はかなりだ。パンのことは触れないでとりあえず、持っていくことにした。
着替えて軽く身なりを整え兵士に向き直ると、男の子が入ってきたドアを軽く顎で指した。
「そこを出て真っすぐ行けばすぐ出口だ。お前の主さんが待ってるからさっさといけ」
コクッと頷いて兵士に深々と一礼し、部屋を出た。
ドアを開けて通路を真っすぐ進めばすぐ太陽の光が視界に入った。もう外、本当に久しぶりに出た気がする。テカテカと暑すぎない眩しい太陽が私を照らしていた。何人もの人が行き交いする通りだ。目の前に視線を向ければ影になったところに白髪の背丈も変わらない女の子がたたんずいるのが分かった。さっきも見た黄色を基調としたドレス……間違いない私の主様だ。
スタスタと主様に歩いていくと、途中から気づいたのか主様からこちらに来てくれた。いや、私は向かっていったんだよ?主様もこっちに来ちゃっただけだからね?決してさっそく失礼なことは……まぁいいか。
太陽の光に照らされた主様、暗いところじゃわかりにくいけど白髪というよりは銀髪だ。さっきは暗い場所だからか強いなって思ってたけど、明るい場所で見てもその瞳の威厳は保たれている。ほんとに強い眼差しだ。
「翠田……で、いいのかしら?」
さっきと同じ静かな声が私の耳に入る。やっぱり気品がある。
「……はい」
一瞬頷いて反応しようか迷ったけどやっぱり返事することにした。すると主様はさっきと同じ小さな微笑みを作った。一瞬ドキッとしてしまった。さっきと違って光のもとで見るこの微笑みは全然受ける印象が違ったのだ。
今度は顔をそらしてしまった。どんな顔をしてるんだろ私。
「ほら、いくわよ」
「あ、はい」
一瞬遅れて反応した私に何も言わず、主様はスタスタと歩いて行ってしまう。そのあとに私は続いたのだった。
奴隷収容施設から少し歩いたところに主様の物と思わしき馬車があった。白い塗装と金色の装飾が施された馬車に白い馬が二頭、どうやらかなり白いものが好きらしい。手綱を握る老人はかなりその手の人らしい恰好をしていた。
そして現在、私はその馬車に主様と向かい合う形で乗っている。ちなみに出発して30分ほどたった。さきほどまで周りは人がたくさん行き交いしていたのに気づけば少し山沿いを走っている。どこまで行くんだろう……。
「ねぇあなた」
「……?」
急に話しかけられてビクッとしてしまった。主様は少しだけ眠たそうな顔だ。
「私にどんな風に使われると思ってる?」
唐突な質問だった。眠たそうな顔をしている割にかなり物騒な質問だなと思った。行くところ行くところでどんな扱いを受けようとこれは私の運命、曲げれないし変えれない。それが奴隷だからだ。買われればもはやその人に運命も生末も操られるも同然なのだ。
「……」
その真っすぐな目を見つめるのがなぜか嫌になって目をそらし黙った。無意識にこれは嫌、と分別する自分がいる。さっきも言ったとおり奴隷だからと諦めているのは事実だけど、やっぱり私はまだ人間でありたいと思っている。
「はぁ……それがあなたの答えね」
主様は軽く息をつくと、そう言ってまた私に視線を合わせてきた。なぜかまた微笑んでいる。
「自分は買われたんだって思ってるでしょ?」
「……え?」
一瞬心でも読んだのかと焦った。ビックリして声が少し出てしまい、慌てて口に手を当てる。だがどうやらかまかけだったようだ。クスッと笑って見せた。
「あなたは賢い。この国で奴隷になってでも心を保つには壊れたフリをするしかない。故に無表情で無口を演じる。きっとあなたは気づかないうちにそんな自分を作っていたんだよ。だけど、一度目を合わしたときにわかったわ。奴隷として生きたくない気持ちがね。だから私の元に連れたの」
主様はゆっくりそういって私の隣に移動してきた。白い肌の主様は近くで見なくてもかなりきれいだ。その目は逃がさないぞというかのように私を釘づけにさせた。
「大丈夫。私はそんなふうに扱ったりしないから」
そういって伸ばされた手が私の頭の上に置かれた。白い華奢な手にあたまを軽く撫でられる。無意識に目から何か熱いものが垂れる。いつぶりだろこんな感覚。そういえば1年前の自分の家の前で流したとき以来だったかな。いや、思っている感覚はまったくの別ものだ。なんだか嬉しいのだ。
「ぅぇ……ひっく……」
頭が真っ白になりそうだ。嗚咽ばかり出てくるのになぜかとても心地いい。頭を撫でられるのってこんなに気持ちいいものなんだ。
「ふふ」
主様が小さく笑う、なぜかとても安心する。
「これ……これから……よろひく……おねがいひまふ……」
呂律が回ってない。ああ、ちょっと情けないな。
そんな馬車でのやりとりのあと目的地が見えてきたわけだが、またその目的地の建物がやたらとデカいのなんのって、山一つあるんじゃないかってくらい豪華で巨大なもはや城だ。いや、あれは間違いなく城ですね。ハイ。
『おかえりなさいませ!お嬢様!』
何十人というメイドと使いさんが出迎えた。迫力に押されて倒れてしまいそうだ。主様はスタスタと私の手を引いて中へ促すが、私はその緊張みたいなのに押されてしまう。
そんな中、城(館)の入口らしい門からまだ若々しい一人のメイドが出てきた。巨大な門の両脇を囲むようにメイドたちが並ぶ中、そのメイドだけは真ん中をスタスタと歩いてこちらにやってきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、友美、この子を私の専属メイドとして今日からここに置くから」
「メイド?」
「わかりました。では一週間で仕立てますね」
「仕立てる?」
「ええ、お願いね。名前は翠田っていうわ。基本的なことはなんでもできるらしいからその確認とかして、あとは必要なことを身につけてあげてね。あ、あと体に訳ありだからあまり強く触れないであげて」
「わかりました。では、翠田、こちらに」
「あれ??勝手に話が……?」
気づかぬうちに専属メイドへの道が決定してしまった。まぁ拒否権がないのはわかってる。わかってた。
そのメイドに手招きされ主様の元を離れメイドについていく。途中後ろを振り返って主様を見れば小さく手を振ってくれてた。なんだか嬉しい。
とゆか、さっきから周りの視線がちょっとばかり気になる。ワンピースから露出した傷を見てるのかな。からかわれたりしないかな。ちょっと不安だな。
「翠田、そういえば自己紹介がまだでしたね」
急に話しかけられた。前を向けばメイドさんがちょっと後ろ目に私を見ながら話しかけていた。眼鏡が似合いそうな真面目な顔つきだ。
「私の名前は友美、お嬢様……お嬢様に仕えるメイド長です」
だからメイドさんたちの真ん中を歩いてきたのか。思った通り高い位の人だった。
「あ、あの私は専属メイドって……」
「ええ、お嬢様の一番近くでお仕えするメイドです。基本はお嬢様のお世話と護衛が仕事です」
ご、護衛?まぁ、主ともなればそら命の危険にさらされる可能性だってあるか……。いろいろと忙しいんだな地位のある人々も、そう思ったらなぜ今日私のところには一人で来たのだろう。ある意味すごい気がする。それとも私が気づかなかっただけで護衛する人が近くにいたのだろうか。
「ところで今から私はどこに行くのでしょうか」
「まずはメイドの基本を学んでもらいます。そのあと少し日にちをかけて専属メイドとしてこの館での仕事を覚えてもらいます」
まぁ、当たり前っちゃ当たり前か。やっぱりメイドって結構厳しいのかな。とゆか、やっぱり館なんだ。城にしか見えないんですが。
「わかりました。どうかよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくね。思ったより愛想もいいし、きっとすぐ慣れるわ」
さっき馬車でお嬢様にうまく打ち砕かれたおかげで元の性格が出てきているのかもしれない。やっぱりあのお嬢様とってもすごい人じゃないのかな。
ま、私の行き先も決定したし、今を楽しもう。