貴族からの招待ともなると予想以上というか、とにかく大きい建物に着く。中でも本日はとくに大きい気がする。いつもより人も多いことだろう。さらに言えば本日は最も集中力を要する日となるだろう。なぜなら、
「琴香、緊張してるの?」
「申し訳ございません。私一人でお役目を果たせるかどうか」
そう、お嬢様の同伴という護衛を本日は私一人で行うからだ。数十万人を束ねる個人というだけでもその重要性は分かってもらえるだろうか。
「琴香らしいね」
ふと、頬に手が添えられそちらを向く。
「頑張ってる。いつもありがとう」
透き通る金色の瞳が私を捉えて離さない。以前より健康的になった肌に銀色の髪がその美しさをより一層引き立てる。どんな従者でさえもドキッとさせるその表情は私の動きを完全に止めた。
「ぇ……ぁ、はい」
「うん、気を張りすぎず楽しも?」
気づけば馬車の扉が開き、お嬢様はすでに出ており手を差し伸べられていた。察せられた申し訳なさと、従者としての恥ずかしさでいっぱいになった。けれど少し安心できた。
「はい、かしこまりました」
今日一番の笑顔で真っすぐにお嬢様を見やり、その手を取ったのだった。
大きな建物の中は天井が高く吹き抜けになっていて、2階3階から見下ろせるようになっている。さらに巨大なシャンデリアがいくつもあり、綺麗な黄金色の装飾が目を細めさせる。
「きれいね」
「はい。少し眩しいですが」
眩しいのはシャンデリアだけじゃない。周囲の人々の持つグラスの反射する光、装飾品のネックレスや指輪、服装全てがキラキラと目に刺さる。貴族方はお互いの権力の主張と誇示のために自身を着飾る。とくに女性のドレスはもはや発光しているのではないかと言った具合だ。
「そのうち慣れるわ」
「辛抱します」
ホールの中央まで来るとふと一人の男性がこちらに気づいた。20十代後半といったところだろうか。タキシードに身を包んだスラッと高い身長に短く切られた整った周囲の男性より雰囲気の良い人だ。
「琴香」
「はい」
お嬢様の一言を合図に気を引き締める。相手はおそらく招待主だろう。粗相はできない。
「望月様、お待ちしておりました。このような場にお越しいただき大変嬉しく思っております」
男性が手を胸に添えお辞儀をした。顔が上がるとともにお嬢様は少し微笑む。
「こちらこそお招き感謝します。ユーリット様」
お嬢様も同じように少し頭を下げる。私も同じ程度に頭を下げ、挨拶をする。
「失礼ですが、そちらは?」
「私の従者ですわ。お連れはいけませんか?」
お互いにゆっくりとした動作を終えるとユーリット氏は聞いてきた。それにお嬢様はチラッと私を見てから答える。通常こういった交流の場では夫妻か本人のみで来るのが通常だからだ。
「いえ滅相もございません。本日はごゆっくりお楽しみください」
少し慌てた様子でそう言い、また頭を下げて去ってしまった。
周りの視線が少し集まってるのはおそらく彼が名前を挙げたのが原因か。望月の名は言わずもがな、貴族や王族ですらない者が主催から招待されるのは珍しい。
『ごきげんよう』
一斉にとは言えないが一瞬で女性のゲストが集まる。珍しい者の情報を彼らが知らないはずはない。貴族方の話を私が聞くのは失礼だ。しばらくは黙って下がろう。
一歩後ろに下がるとお嬢様がこちらを後ろ目に見ていた。少しだけ微笑んだ口元と少し睨む目つきは”ちょっと待っててね”のサインだ。
「はい」
軽くお辞儀し、その場で待機する。
お嬢様にとってこの時間はとても退屈だそうだ。でも、お嬢様が願う平和に、この退屈さはとても重要なことだと言っていた。お嬢様の願う平和とは、屋敷内での全体方針にも反映されている。”限りない平等と平和、幸福を追求する”その方針は今なおどこかで暗躍する従者達によって、どんどん進行している。
キラキラのドレスに囲まれたお嬢様は眩しいのも気にしないで明るい声で、余所用の笑顔で言葉を返している。平等と平和を追求できる手段に、組織の拡大と影響を選んだのは間違いじゃない。でも誰もが知る有力な組織は必ず同程度の組織の脅威として恐れられる。武力技術や駆け引き能力、全てお嬢様を含む屋敷を守るために手に入れたはずなのに、他人に恐れらた時それは本当に望む平和へと近づくためのものなのか不安になる。
「琴香」
ハッと意識が戻る。白に黄色い線が入ったドレスを小さく揺らしてお嬢様がこちらに来る。
「は、はい」
金色の瞳で数瞬見つめられすぐ手を取られた。
「ぁ、お嬢様?」
少しもつれながら引っ張られる。
「悩む時の琴香は一点を見つめるよね。その後の言動もちょっと詰まる」
お嬢様から気をそらした覚えはない。退屈な貴族方の話の後、こちらに来るあの間に私が悩んでるのがわかったのか。よく見てもらえてる嬉しさと、またもの失態に赤面してしまう。
「申し訳ございません」
「聞かせてね」
お嬢様はそう言いながら私を3階のベランダに連れてきた。たくさんの机が置けそうな何もないベランダには誰もおらず、暗くなり始めた空に星が見え始めていた。
「ふふ、こういう場ではメインイベントのダンスを踊るべきなのだろうけど、今日くらいいいよね」
そしてお嬢様に手を強く握られるのを感じた。