奴隷と少女   作:煉音

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招待2

 黒に染まった空にアクセントをつけるように星々と月が浮かぶ。日中とは程遠いがそれでも明るい月の光が周囲を照らす。その光を纏うかのように佇む白のドレスに身をつつまれたお嬢様はとても美しい。

 

「琴香」

 

 ふと紡がれた言葉に私は返事をする。

 

「はい」

 

 小さく吹く風が光を反射した銀の髪を揺らす。その表情は後ろからでは見えないがおそらく微笑まれている。楽しさを含む声音だったことを感じ取れたからだ。

 

 ゆったりとした動きで優雅に振り替えられる。真っすぐに見据えられたとき、その表情はとても楽しげだ。

 

「舞踏会に出るつもりはないわ」

「承知しております」

「でも……琴香と踊りたい」

「……謹んでお受けいたします」

「リードしてね」

 

 短いやりとりの後、差し出された手をそっととった。白く細い指をたよりにやんわりとひっかけて引く。ちょうど流れ出した音楽を聞き取り、そのリズムに足をかける。抵抗なくお嬢様も合わせてリズムにのる。

 

 前にも言ったが招待は貴族だけでない。王族やはたまた城下町や村からも来る。歓迎の仕方は様々で、ゆったりとしたステップを踏むだけのものもあれば、激しく楽器を叩きながらドロドロになって踊るものもある。ちなみに言うまでもなくお嬢様は全てに適応しうる人だ。思い出すのもはばかられる思い出はたくさんある。

 

 お嬢様を片手に抱くような体制でゆったりとお互いにリズムを合わせながら踊る。ジッと見つめられるだけで火を噴きそうなのに今日ばかりは耐えられそうだ。シュッと伸びた眉や垂れすぎない目元に整った顔立ち、色素は少し薄いけどまだ幼さの残った口元全てが秀麗で誰をも魅了するだろう。私は金色の真っすぐな曇ることのない瞳が好きだ。

 

 お互いに吐息を感じられる距離感、服越しに伝わる温度と直接触れた片手、いつもより細められた目を見つめ次のステップを踏む。

 

「上手ね」

「嬉しいです」

 

 音楽がより緩やかになるとお互いに体を揺らすような踊りへと変わった。月の光と窓からこぼれる光がたよりの広いテラスには私とお嬢様以外誰もいない。二人っきりのこの空間はとても静かだが、私にとっては最高の思い出となるだろう。お嬢様にとってもそうだといいな。

 

 少し口角が上がるのを抑えられなかった。この瞬間が幸せすぎる。

 

「珍しい顔ね」

「幸せなんです」

「ん……」

 

 即答するとお嬢様はなぜか瞳を逸らされてしまった。ほのかに頬が赤くなったような気もする。正直言って勘は鈍い私だ。でも今日ばかりはちょっと強気になれそうだ。

 

「珍しい顔ですね」

「……即答はずるいわ」

「大好きなので」

「ん……もぅ……」

 

 だんだんと体温が上がるのを感じる。逸らされた瞳が少し俯く、恥ずかしい顔だろうか。頬を赤くし口元に力が入れられてる。初めてみた。もしかして直球に弱いのかな。思い返せばお嬢様主導の時の方が多かったかなこういうのって。かわいい。

 

 音楽の音程が2音上がった。一曲ももう終わりなのか。名残惜しい。

 

「お嬢様」

 

 最後のフェルマータを聞き取ったとき、自然とお嬢様を自分の腕の中に抱いていた。少しばかり熱を帯びた想いが理性とは別に体を動かす。

 

「こ、琴香?」

「愛してます」

 

 腕を解き、その頬をそっと撫でてしまう。ピクリと体を震わせながらもその瞳は私を捉えていた。でもいつもの狼のようなそれではない。少し何かに期待するようなウルッとした少女のそれだった。その表情は違和感もなく、久しく使えなかった表情なんだろう。

 

「……」

「……」

 

 返事はなかった。代わりに私の腕を掴む指に少し力が入る。それを合図に吐息すらかかる距離の中、少し目を細めるとお嬢様はお目をつぶられた。ちょっと目元に力が入ってる。そして私もゆっくり目を閉じ、柔らかな唇にゆっくり自分の唇を当てがった。

 

 とても柔らかい感触はいつだったか。あの時よりもハッキリと感じられ、そこから感じられる熱はとても熱くお互いの気持ちにズレはないことを確信できた。

 

 再びお嬢様の顔が視界に入った時、輝き揺れる瞳で顔を赤くしたお嬢様が見えた。懐から取り出したハンカチで優しく目元を拭う。一瞬閉じられた瞼が上がった時、その眼はいつもの狼のようなものに戻っていた。だけど、なんというか優しくなったかな。

 

「琴香、ありがとう」

「はい」

 

 顔の赤みもひいていき、気づけばいつもより柔らかくなったお嬢様がそこにいた。何というか疑問が解消したような色が見え隠れするその表情に私は微笑み、ゆっくりとお嬢様のお手を再度とった。

 

「二曲目はいかがしますか」

「えぇ、お願いするわ」

 

 月夜の出来事を知る者は私とお嬢様以外にいない。これは二人の思い出だ。

 

 

 舞踏会は終わりをつげた。お嬢様との時間は舞踏会の間ずっと続いた。言葉少なめにお互いに存在を確かめるように、ゆっくりとしたステップで踊り続け、三曲目の終わりでお嬢様が躓かれたので切り上げることになった。その後は手すりに座り音楽を背景に満月を二人眺めて過ごした。そして今は退館中だ。

 

 お嬢様が主催者らに挨拶を行っている間少し離れて待つ。そこにスラリと身長の高い金髪の男性が近づいてきた。

 

「君」

「はい」

 

 お嬢様への気配りをしながら、その男性に視線を送る。顎を少し突き出し、若干見下すような態度をとっていた。

 

「望月のメイドはとても良質と聞いた。いくらだ」

「私達は金銭では動きません」

 

 真っすぐ男性を見据え言う。ここまで堂々と来たのは初めてだ。こういった方は常に金銭でなんでも手に入ると考えている。私達、望月のメイドや使用人がどのような形であの方についていってるかなんて理解しようともしない。経費から削れるものがあるならとことん削り、その儲けの全てをわが物にしようとする。そして何よりも人間を価値として認識し、意思として尊重しようとしない。

 

「では、何なら動く」

「永久の安寧と自由の保障、そしてメイドや使用人の人的尊重です」

「いちいちメイドと使用人に構ってたら破産するだろ」

「そこがあなたの限界です。商談は終わりですね。では仕事があるので」

 

 ちょうどお嬢様の話が終わり、玄関へ向かい始めたのを確認し、私もそれに続く。

 

「おい待てよ」

 

 肩を掴まれ、足を止めてしまう。後ろ目に睨みつける。

 

「あいにく、どのような条件であろうと私達が貴公の下につくことはありません」

 

 そう言って肩の手を払いのけ、足早にお嬢様のもとへ向かった。

 

「あ、おい!」

 

 お嬢様の後ろに追いついたのと間もない瞬間、駆ける靴音と荒い息遣いが後ろから聞こえてきた。とっさに後ろ目に確認するとさっきの男性だ。右手にナイフらしきものが見える。その進路は直進するとお嬢様に行き当たる。おそらく一介のメイドに商談を反故にされた腹いせだろう。私の撒いた種で申し訳ないが、お嬢様を守らなくては。

 

「はぁはぁ……バカにしやがっぐがぁ!?」

 

 戦術第三章五項、早急に護衛対象から脅威を遠ざけるための対人手段。拳法が盛んな国の技だ。両足でしっかり軸を固定しながら、体の肩より少し後ろの側面全てを利用して全体重による体当たりを移動中の脅威に対して行う。自身の体重が威力となるが、体重移動の激しい人間に対してはほぼ関係なくバランスを崩させられる強力なものだ。

 

 即座に姿勢を変え、倒れた男が落としたナイフを端っこにけった。少し遅れてガードらしき黒いスーツの男性が数人来て、その男を取り押さえた。

 

「失礼しました」

 

 その場で身だしなみを整え、丁寧にお辞儀をしてお嬢様を追ったのだった。

 

 

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