奴隷と少女   作:煉音

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 今回は新キャラの視点から、とある専属メイドのやりとりを書いています。

 普段使っている表現に若干の修正を入れました。主に話の視点は一人称で、主人公が相手の心情を予想したりしながら話が進むので、少々読みづらかったりするかもしれません。

 おおよそ今まで通りのレベルまで回復したと考えております。これからもどうかよろしくお願いします。

 今話は第2章1話の後の話になります。


第外章
貫徹弾1


 私の名前はノーナ・ユオン、数か月前の専属メイド採用試験に合格し、専属メイドとして北の国の諜報派遣者から昇格採用されました。専属メイドはお嬢様への直接のお世話と護衛をする役職で、お嬢様のおはようからおはようまでをしっかり見守る、非常に大切な仕事だ。それを任せてもらえる責任感は尋常ではないが、とても誇らしく嬉しいことだ。

 

「はぁ……」

 

 とは言ったものの、仕事に就いてまもなく私は悩みを抱えていた。誰でも一度は経験するだろう悩みだ。確かにちょっと変な歪な形をしているけれど、類似のものだ。

 

「あら」

 

「ひゃ!?」

 

 唐突に後ろから声をかけられビクッと体が反応して、声を上げてしまった。後ろを振り向くと、私と同じ専属メイドのエリ先輩がいた。私より少し低い身長で年上だ。

 

「エ、エリ先輩ですかぁ……ビックリしました」

 

「ありゃりゃ、それは悪かったねー。ところで、何か考え事してたのかな?ため息なんかついてさ」

 

 そう言ってエリ先輩は私の隣に腰掛ける。どうやらこれからお昼らしい。机に置かれたお盆にはクリームシチューといくつかのパンが載っている。

 

「あ、いえ、別に悩みってほどじゃないです……」

 

 エリ先輩はパンをちぎりながら横目に私を見る。私を見透かすような視線。

 

「……」

 

 ジッと少しの間見られたあと、軽く笑顔を作って、シチューにパンをチョンとつけてパクッと一口食べた。そして、軽く目をつぶり、ゆっくりと噛み、コクリと飲み込んだあと、軽く手を拭いて、再度私を見た。何か分かったように軽くドヤ顔だ。ちょっと鼓動が大きくなるのが分かる。

 

「好きな人かな?」

 

「っ……さ、さあ。どうでしょうか」

 

 うまく動揺してしまわないように自分を抑え、どうにか逆に笑顔を作ってそう言い返した。エリ先輩はその瞬間口を三角にする。

 

「はずれ?」

 

「そうかもしれません」

 

「ふむ。まぁ相談なら乗るから言いなよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そのあと、エリ先輩は食事を手早く済ましてしまった。

 

 実は、エリ先輩の予想は当たっていた。そう、私は好きな人ができていたのだ。

 

――

 

 専属メイドは現在15人いる。専属メイドはお嬢様のお傍で仕事をする。そしてメイド長の次に汎用性の高い役職でもある。まぁ、一言で言うなら、屋敷の管轄する仕事ならほとんどは任せられるということだ。

 

 現在、専属メイドは15人だ。効率的な回しかたも考えられ、5人ずつの3班に分かれて、交代で仕事にあたる。専属メイド同士の仲も良好とするために、部屋も班ごとで一つを共有する。

 

 そして、今日は私の班は休日だ。もうすでに打ち解けているから、班ごとに何か行動するわけでもないので、それぞれが好き好きな休日を過ごしている。ちなみに私の班のリーダーはエリ先輩だ。

 

「ん」

 

 起きるとすでに誰もいなかった。時間は7時だ。そういえば、最寄りの街がもはや隣の国だから朝は早くでないと一日遊べないんだった。すっと立ち上がり、洗面所に行き、顔を洗い、服を着替えた。久しぶりの私服だ。

 

「……」

 

 とは言ったものの、別段予定もなく、どうしようかと迷う。部屋の仕切りの間を覗き、本当に誰もいないか一度確かめる。そして、一番端の仕切りを覗いたところで、私は足を止めた。

 

 その仕切りの一角は、薄緑色の布団が置かれたベッドと、少し大き目の箪笥、いくつかのぬいぐるみとたった4人の古参専属メイドのみがもつ、銀色の翼型のバッジのついたメイド服がある。

 

 唾をごくりと飲み込み、この部屋が屋敷の割と端っこにあること、周囲に人が集まるようなところがないことを思考し、少しだけ周囲を見まわしてうんと頷いた。

 

「ちょっとだけ……」

 

 急いでいたらしい、ちゃんと整えられていない布団を少しかき集めるようにして抱きしめた。

 

 そう、私の好きな人、それは、エリ先輩だ。

 

 ぶわっと広がるようにエリ先輩の匂いが私を包む。ほのかに甘い、それいでいて刺激的な匂いが鼻一杯に広がり、そこから順に体が熱くなる。とてもいい匂い。

 

「エリ先輩……好きです。すっごく大好きです」

 

 さらにギュッと布団を抱きしめ、顔をぐいっとうずめる。私よりも長い年数ここにいて、長年使われている布団には、エリ先輩の匂いが染み込んでいた。

 

 エリ先輩は私よりも年上だ。だけど、私より身長が低くそれでいて可愛らしく、ときどき意地悪っぽい顔をしたりと、とても表情豊かだ。エリ先輩は私の命の恩人だ。私は北の国の出身で、奴隷的身分ではなかったけど、十分に人的権利を無視される身分だった。どんな環境だったかは置いといて、私はエリ先輩の手によって助けられたのだ。人に抱かれることがあんなにあったかいんだって知ったのはその時だった。それからというもの、北方諜報派遣者となるまでの間、私はエリ先輩を見つけるとずっと目で追ってしまうことになった。その時点でもうわかっていた。私はエリ先輩が好きなんだって。

 

 専属メイド採用試験に受験したのもエリ先輩の近くにいたかったからだ。もちろん、今の環境を作ったお嬢様にもとても感謝してもしきれないぐらい感謝している。

 

「ぷはぁ」

 

 布団から顔を上げ、そそくさに綺麗にたたんだ。他人の布団を他人の知らないところで、触るのはやっぱり気持ちが悪いと思われてしまうだろう。畳んどけばちゃんと言い訳とかできるだろうし、うん、大丈夫だよね。

 

 どうにか気持ちを落ち着けるために深呼吸し、仕切りから出ようとした時だ。箪笥の上にある小さな香水らしき容器を見つけてしまった。興味が湧いて、その容器を手に取る。ラベルには桃の一文字、容器の色は青色だ。

 

「……」

 

 容器を開け、吹口の匂いを軽く嗅いでみる。エリ先輩に遠くない匂い、間違いなくエリ先輩の使用する香水だろう。それに容器の水は半分もない。

 

プシュ

 

 好奇心のままにその香水を袖に一吹きした。エリ先輩に似た匂いが自分の袖からする。なんていうか、エリ先輩の服をもらったような感覚に陥る。

 

プシュ

 

 二回目は左肩付近にかけた。顔に近くなるにつれそれは常に匂いが感じられる。すっごく嬉しい気分だ。

 

 コトンと香水を置き、仕切りを後にしたのだった。

 

――

 

「……」

 

 時刻は18時だ。いい感じに外が赤くなりだした時間だ。朝、あの後から図書館にこもりずっと本を読んでいる。休日は基本的にいつもこうだ。仕事中はエリ先輩に会えるからよく頑張ってしまうけど、休日はいつもエリ先輩はそそくさとどこかに行ってしまう。前日に勇気を出して誘えない自分がなんだか情けなく感じる。

 

「おろ?ノーナ、奇遇ね」

 

 ふとその声に顔を上げると、そこにはエリ先輩がいた。新しい服だろうか。あまり見かけない服装だ。とても可愛いし、何よりシャツ一枚という薄着、とっても扇情的に見えた。

 

「エリ先輩、こんばんはです。お昼はどちらに?」

 

 エリ先輩は私の正面に座り、ニッコリ笑顔で口を開く。

 

「ちょっと南に行ってたわ。まだ食堂では扱ってない香辛料があるらしいから、その情報収集ね」

 

 エリ先輩はとても真面目な方だ。自分の休日もみんなのために費やしている。

 

「せっかくの休日なのに休まないんですか?」

 

 軽く机に肘をついて、ちょっと私を上目遣いに見る。

 

「ふふ、ちゃんと休みも兼ねてるから大丈夫だよ」

 

「そうですか……」

 

 うんと一度エリ先輩は頷き、姿勢を崩して今度は少し机に身を乗り出された。

 

「ところで、晩御飯はもう食べた?」

 

「あ、いえ……まだです」

 

「一緒に食べよう?」

 

 初めてのお誘い、とても嬉しい。

 

「はい」

 

――

 

『いただきます』

 

 二人して手を合わせ、評判の船見さんの料理に箸を差す。ここの食堂の船見のおすすめはとても有名だ。栄養満点のスタミナ料理が中心だけど、いつ食べても飽きない魅力がある。よく食べる私の感想だけど、同じメニューの料理でもその時々で味がほんの少し違うのだ。話によると、人の感じるその時の気温や天気の状態とかで味を変えるようにしているらしい。

 

「やっぱり船見の料理はおいしいね」

 

 エリ先輩はさっそくおかずを口に入れて感想をのべる。目をつむって口元を抑えながら微笑む姿はとても可愛らしい。

 

「そうですね。おいしいです」

 

 図書館とは違い、エリ先輩とは席を隣にして座っている。かすかに料理の匂いに混じって香るエリ先輩の匂いがとてもいい。

 

 正直、料理なんかよりエリ先輩の匂いだけでお腹いっぱいになれるくらいだ。

 

「どうしたの?」

 

 ふとエリ先輩がこちらを見る。気づかないうちに箸を止めて見つめてしまっていた。

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

 すぐに前に向き直り料理に集中する。ああ、エリ先輩のベッドを思いっきり嗅いでから、ボーッとしやすくなってるみたいだ。

 

「変なノーナ……それより……」スンスン

 

 急にエリ先輩は鼻を鳴らし始めた。

 

「どうしたんですか?」

 

「んぁ?いや、別に」スンスン

 

 エリ先輩はそう言って嗅ぐのをやめると、少し考える動作をしてから。

 

「まぁいいか」

 

 と漏らしてまた食事をし始めたのだった。

 

――

 

 食事が終わり、しばらくしてからお風呂に入った。することもないから、早めに部屋に戻ってゆっくりする。いつもの休日だ。

 

「……」

 

 部屋に戻ると電気は消えており静かだ。

 

 仕切りの間を覗いていく。一番手前の一室はエリ先輩だ。さっそく軽く覗いてみる。

 

「zzz……」

 

 布団を被らずに寝ている、寝間着姿のエリ先輩がいた。可愛らしい薄緑色の寝間着を着て、枕をしっかりつかんでるのが見える。

 

「ちょっとだけ……」

 

 私は北方諜報派遣者であったとき、実際に人に引き金を引くことはなかったが、超長距離の単独狙撃者だった。狙撃者、つまりスナイパーと言われる者だったわけで、暗闇でも目が良く見えて、そして周囲の動きにはかなり敏感になれることができるということだ。

 

「エリ先輩、起きないでくださいよ」

 

「zzz……」

 

 ひそひそと声を潜めて呟きながら、エリ先輩のベッドの隣に腰を下ろす。我ながら大胆で卑怯な方法だなと思うけど、告白なんてしたら嫌われちゃうだろうな。

 

 同じ目線に膝立ちする。柔らかく鼻につく匂いがとてもたまらない。

 

 ゆっくりとした動きでエリ先輩の手を取った。スベスベな細い指、エリ先輩はこの手で私のことを助けてくれたんだ。とても愛おしくて……好き。

 

「……」スンスン

 

 軽く匂いを嗅ぎ、甘い匂いを吸い込む。そのままスリスリと頬ずりをする。あぁ、今とっても幸せです。

 

「ん」

 

 ふとその手が引っ込み、ビクッと反応してしまう。起きてしまったか。とゆうか、夢中になりすぎて全然気を張るのを忘れていた。

 

「zzz……」

 

 どうやら寝返りをうっただけのようだ。よかった。

 

 反対側を向いてしまったエリ先輩に対し、起きなかったことを安心した私はさらに上を望みたくなった。暗闇にも目が慣れ、エリ先輩の髪を触る。そういえば私が専属メイドになってから髪は切られてないらしく、肩くらいの長さだ。サラッとした手触りはとても気持ちよく、ほのかに香る匂いが私の頭を満たす。体がゆっくりと熱くなり、軽く汗が出てくるのがわかる。

 

 いつもは可愛らしいリボンで結ばれた髪を少し集め頬ずりし、そして匂いを嗅ぐ。

 

「……」スンスン

 

 きっと他の人が見たら私は変態なんだろうな。とは自覚していながらもやめられない。でもこれ以上やるとさすがに起きちゃうかな。

 

 どうにか感情を抑え、エリ先輩の髪を整える。

 

「エリ先輩失礼しました」

 

 軽くそう言って私はその場を後にしたのだった。


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