とある山の頂き、時々鳥が鳴く静かな木々の下、生い茂る草の間を這うようにうつ伏せにグリップを握る。そのスコープに見えるのは向かい側の山の頂きにある円形の的だ。工科部門の試作品である狙撃用鉄砲の試射だ。よほど自信があるのか観測班もよこさずレポートを提出してほしいらしい。
話によると、次世代の対蒸気機関車足止め用の構造になっているらしい。渡された瞬間からその異様な全長と弾丸の大きさが話の裏付けには十分だった。私を超す全長、一発だけでも握れてしまう弾丸、しかも狙撃銃である。もし対人用だったら人体なんかたやすく消し飛ばすだろう。
刹那、的が消え、羽毛のドアップがスコープに映る。つぶった左目を開くと銃身の先に鳥が止まっていた。その白くふさふさとした小ぶりな体は、小さく跳ねながらスコープを伝って私の頭の上で落ち着いた。
専属メイドには様々な能力を持った人間がいる。お嬢様の側近ということで全員が防衛術のための能力を持っているが、魔法術使い、錬金術師や拳法術など、中には妖術を使い変身する者、降霊式神術者、機械術という物を使う者もいる。私は銃術といって鉄砲を扱う、中でも狙撃用の銃を使うのだが、本来複数の目標と相対するために観測手を置いて優先度を決めたりする。私は両方の目が利き目であり、観測手なしで狙撃をしながら周囲を観測することができる。まぁ、実戦はまだ経験できてないが。
鳥が頭に止まったのを合図に的の中心より若干上に合わせ、一瞬息を止めた。
刹那、響いた爆音は山々の間を轟かせ、順々に鳥が羽ばたいた。地面に突き立ったバイポッドは地を少しばかり抉り、私の体にも強い衝撃を与えた。そしてほんの数コンマ遅れてスコープに映る的は上半分が吹き飛んだ。
「……ふぅ」
ここまでの威力があるとは、過小評価しすぎていたようだ。これでは命中したのはいいがうまく能力の度合いを測れない。ただ、中心より上にずらしていたし、狙ったところから上半分が消えたのなら、吹いている若干の風の影響は全く受けてないと判断していいだろう。
まぁどちらにしろこれ以上の試射は的の破損から不可能だろう。鉄砲から手を放し、頭の上にある小さな違和感を掴みポンと手のひらに乗せた。首を傾げた白い小さな鳥は先ほどの爆音でも逃げなかったようだ。何といえばいいか果敢なのか鈍感なのか。と思ったけどちょっと違和感がある。
「レナちゃん、今日は鳥なのね」
鳥はプイッとそっぽを向いた後、パタパタと木の上に移動し、そして。
「またばれた。ノーナは勘がいいのだな」
白い煙をまき散らし現れた白い髪に小さな体躯の少女は器用に木の上に立ち真顔でそういった。専属メイドのレナ・アルムバルトだ。屋敷に二人しかいない妖術使いの一人で、もう一人の妖術使いレオ・アルムバルトの双子の妹だ。
このように度々私の前に小動物に変身して現れて遊んでいる。ただ、動いても動じなかったり、さっきみたいに爆音で逃げなかったり、ちょっと抜けているためすぐ見破れてしまう。
「勘っていうか。レナはわかりやすいよ」
「そう。今度は誰かに化けてみよう」
あとは感情をほとんど顔に出さないため、真顔で受け答えをするところがある。それは彼女が化けている最中であっても変わらない。
「それにしても、音がすごいんだな。小さな鳥では音圧で飛ばされそうだった」
レナは目線を鉄砲に移し言う。相変わらず真顔なのに驚いているのか感嘆しているのかわからない。
「工科部門の試作らしいわ。何でも次世代蒸気機関車の足止め用だって聞いたけど、正直これなら転輪の破壊とか機械部分の貫徹も夢じゃないわ」
なんなら近年発達した北方の機動部隊が所有する軽装甲車の単独破壊もできる気がする。
「さて、報告に帰るわ。レナはまだ観察を続けるの?」
「帰る」
鉄砲を折りたたみ背負った。元から持ち歩き用にそういう構造なのはありがたいとこだった。正直身長を超す全長は持ち歩きに不便だからだ。だって背負えば地面に突き刺さるし。
「うん、じゃあ帰ろう」
ーー
工科部門に試作品の返却と報告書を提出し、お風呂に浸かっていた。ゆらゆらと揺らめく湯気が天井を漂う静かな浴場に人は少なく、おそらく夜の見回りのための準備だろう人たちがいるくらいだ。
「ノーナ」
呼ばれた声に目線を動かすとそこにはエリ先輩がいた。華奢な体躯に肩を下回るくらい伸びた髪が美しく映える。藍香さんより明るい緑色の瞳が輝く目は少しだけ細められている。
「エリ先輩、こんな時間に珍しいですね」
「まぁたまにはいいかなってさ」
チャプンと音を立てて腰を下ろしながら言い、ふぅーと息を漏らした。なんとも可愛らしいその姿に見とれてしまう。
「ん、なになに?ノーナなんかいいことでもあったの?」
「ふぇ?あ、いえ、なんでもないです。き、気にしないでください」
エリ先輩にそう言われ、自分がにやけているのに気づいた。口早にそう言ってお湯をすくって顔に当てた。私としたことが、エリ先輩を見るだけで無意識ににやけてしまうとは、どんだけ好きなのよ……。
「えー、気になるよぉ。最近ずっとそんなんばっかじゃんか。ほら、班長命令だよ。さぁ班長であるエリー様に相談したまえー」
上目遣いに見ながらちょっと偉そうにまくしたてる。実際私より偉いんだけどね。しかもこんな時に限って班長という権限を使ってくるのがいじらしい。
「本当に何でもないですってば」
「本当に?本当の本当の本当に?」
「はい。毎日が平和だと思ってるくらいです」
「ふーん……」
さらに迫ってきたエリ先輩は少し目をつぶった後、そっかっと呟いて湯船に浸かりなおした。内心、胸をなでおろす安堵感を感じつつ私もその横で浸かりなおす。
「あ、じゃあさ!」
ふと湯船を揺らしてエリ先輩は再度私に向き直った。
「私の悩みを聞いてほしいな」
「エリ先輩がお悩みですか。珍しいですね。ぜひ聞かせてください」
満面な笑みでありがとうっと言うその表情に、私はまた一つ好きな人の一面を知ることができた。それだけで今日一日をもう終わってもいいと感じてしまう。
「実はね。最近、使ってる香水の減りが早い気がするの。ノーナ何か知らない?」
その一言に体が思考が凍りついた。実を言えば、あの時初めてエリ先輩の所持品に手を出してから止められず、むしろ前より頻繁に勝手に香水を使ってしまっていた。消耗品に手を出すのは目に見えてばれてしまう行為だとわかってはいた。もちろん類似品の入手も試みたけど、あの香水がエリ先輩が自身で編んだ特殊な魔法精製によって作り出したものと知ったのはここ最近の話だ。それからは使っていないが、それでも時すでに遅しと言ったところか、香水の量は見ればわかるくらいに減っていた。
「……そ、そうなんですか。……気化してるとかでは?」
「んー、毎回調合方法を変えてたら疑ったんだけど、変えてないからね。とりあえず減りが早いって感じるの。それに気化対策もしてるから大丈夫だと思うんだけどなぁ」
そう、エリ先輩の魔法には何の欠陥もない。内容物の使用及び流出、魔法効力の解除、人体に反応して気化するような器用な編み方がなされている。私には魔法はさっぱりわからないけど、冬実さんがこっそり教えてくれた。エリ先輩よりも上位の魔術者である冬実さんが言うのだから間違いないのだと思う。
「ごめんね。もうちょっと見直してみるね」
「は、はい」
ガチガチに凍りついた思考がゆったりと戻る。大丈夫、嘘はついてない。使ったかと聞かれれば危なかったけど、聞かれてないからセーフ。そう。ばれなきゃ悪くないんです。
「じゃ、先に上がるわ。あとで夕飯一緒に食べる?」
「ぜひご一緒します。私はもう少し浸からせて頂きますので」
「わかった。またあとでね」
そう言ってエリ先輩は浴場を後にされた。
大丈夫、エリ先輩の香水はもう使ってないし。黙っておけばエリ先輩にばれることもない。エリ先輩が好きな事実は変わらないけど、もし好意を持っていることが知られてこの関係が壊れてしまうのは専属メイドを外されるよりも嫌だ。どうかこのまま事なきを得られるよう祈ろう。
冷めた思考が少しでも温まるようにと、ぷくぷくと湯船に泡をたてるのだった。