奴隷と少女   作:煉音

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久しぶりの投稿です。
メインストーリーを書きたかったのですが、しばらく先が見えてないため
サブストーリーの追加となります。

メインストーリーのための仕込みとなるような話にできるようにしたいですね><


壁やぶれて1

 回覧板に載った速報は朝の頭に強いショックを与えるには十分だった。例えるなら、腕っぷしが取柄のドワーフが突如裁縫に目覚め、縫い物をしだすくらい衝撃なことだ。それくらい回覧板に書かれている記事には特大なニュースが書かれていた。

 

『ミア・バルト火砲技師のグループが前日昼頃、一サンチ(1サンチ=100ミリ)の鍛造鉄鋼を貫徹する携行式火砲の製作に成功したとレポートを提出した。詳細は後日現場にて実証実験とともに観測グループがまとめる。』

 

 ネルは何度か読み直したあと回覧板を机に置いた。部下が淹れてくれた紅茶のカップを手に取り、一口含む。ほのかな甘さが朝のショックを心なしか和らげてくれる。

 ネル・デビッドは科学研究棟にある工科部門の主任技師の一人だ。科学研究棟は、魔術・魔法に頼らない物理的な戦略・攻防及び経済的手段を確立するための施策を探求・模索するための場で、工科部門をそれらを形にするための部門だ。ネルは物理的な衝撃に耐える壁の設計・製作を担当している。

 

「ネル様、難しい顔をされてますが、いかがされましたか?」

 

 ふとかけられる声にネルは振り向く。

 赤毛にそばかすを目と鼻の間にたたえているのが特徴の女性、部下のアンが心配そうに見ていた。そんな彼女に先ほどの回覧板を指で弾いて渡す。滑る回覧板を手に取り、一通り目を通したところで顔をあげた。

 

「行かないといけない」

「そのようですね」

 

 ネル自身、より強固な壁を考案し設計するのは嫌いではない、むしろ好きだ。だから今回、ミア火砲技師が強力な火砲を作ったというのであれば、むしろその対策のために様々な可能性を検討し、壊されないようなものを作ってやろうと気持ちがあがる。

 ただ、ネルが朝からショックを受け、実証実験に気乗りしないのには理由があった。

 

「アン、ごめんだけど、保温用の筒とマスクを用意しておいてほしい」

「わかりました。当日の連絡とメンバーへの伝達も併せてしておきます」

「頼んだ」

 

 ミア・バルトは、何かを破壊することを好む大変爽快な女性だ。彼女のやり方はコストとサイズでぶち壊すのが決まりで、二十分の一サンチの鍛造鉄板の破壊のために木船用の大砲を持ってきたときは大変驚かされた。それが今回はなんだ。固定式でも牽引式でもなく、携行式と来た。携行式は一人か二人で最高のパフォーマンスを実現できる物で、牽引式は動力の必要又は多くの人数で運用ができるもの、固定式は名前の通り、設置前後で多量に時間を要しかつ設置後動かすことができないもので、多量の人数で運用されるものだ。一サンチの鍛造鉄鋼板は科学大国の装甲軌道車の動力部分を防護する装甲厚と同じで、以前の実験からミアは、一サンチの鉄鋼板に有効な損害を与えるには、大型の固定式火砲がなければ不可能という結果が出ていた。それが今回は携行式の火砲一丁で貫徹できたと報じられる。願うところ、『神の天啓を得られたのだよ!さぁ共に祈らんか!?』などと言い出さないでほしいところだが。

 ミアはネルの義理の姉であり師匠である。ネルは元々、科学大国の名門技師家系の娘であったが、世紀の不器用の烙印を押され破門、捨て子となった。路頭に暮れたネルを拾ったのが、ネルの家系とはライバル関係にあるミアであった。ミアはネルの能力をじっくり見出し、その才能を引き出してみせた。

 加えて、もう一つ気乗りしない理由に、ミアがネルのことを好きすぎる点がある。義理ではあるものの、ミアは重度のシスコンでネルが研究室を訪問するたびに、ネルしか見えなくなる。ネルは別にミアのことは嫌いではないが、肝心の作業が大幅に遅れることは大変憂鬱であった。

 

「はぁ……」

 

 深いため息をついて椅子にもたれかかる。どちらにしろ、小さい火砲で有効な打撃を狙えるようになったことは、先の時代でも必ず実現されるだろう。すでに実現している可能性も捨てきれない。

 

「よし」

 

 椅子に座りなおして一息吐いて、グッと拳に力を入れる。自身の役目は守る壁を作ることだ。この望月の屋敷に属するものが、全ての生命がもちうる可能性から守ること、それが自身の最大の役目であることを再確認し、ミアの火砲の予想とそれの対抗策を思考するのだった。

 

 

 科学研究棟は建物の名前ではなく、望月領のある一定の区画のことだ。広大な実験場が一つと、研究室と開発室を含む建物が5棟ほどある。ミアの研究室は彼女の性格の都合上離れたところに設置されている。

 火砲の実証実験であることから、お嬢様に報告をあげ、専属メイドのノーナとソーニャの二人を貸してもらうことにした。二人は携行火砲の扱いに長けた者達で、ソーニャは精度の不安定な小型の火砲をノーナは精度の優れる比較的大型の火砲を主に扱える。先ほどノーナが言うには試作火砲のテストをしたらしく、聞くに比較的大型の火砲であるみたいだ。

 

「忙しい中、今日の実証実験に出席してくれること、二人には大変感謝します」

 

 馬車の中で専属メイドの二人を前に頭を下げる。

 

「ネル、いつものことだろう?顔をあげてくれ」

「そうね、毎度かしこまられるとなんか申し訳なくなっちゃうし」

 

 ソーニャは目を細めてやれやれとした顔で言い、ノーナはソーニャを見て同じくうんうんと頷きながら言う。

 

「二人ともありがとう、内容はさっき説明した通りで、二人には一足先に実験場に向かってもらいます」

「ああ、まぁ気長に待ってるよ」

「ええそうね、気長に待ってる」

 

 ネルの言わんとすることは、彼女たちもすでに経験済みだ。一度大きく頷いてから快く返事をもらえた。それを確認したのち、ネルは馬車を移った。

 

「変わらないな」

「ええ」

 

 ネルの去った馬車の中でソーニャがこぼした言葉にノーナが相槌を打つ。

 

 

 お嬢様が住まわれる屋敷とはうって変わった造りの建物を前にして、ネルは静かに息を吐いた。一見四角いお豆腐に見えなくもない建物は、最も建設コストを安価により高い質を実現するために考案された建築物だ。降雪が弱点であるため、屋根を温める仕組みが備わっている。

 ネルとその部下以外の者達には先に実験場へ行ってもらった。事前の連絡により、ミアはネルが迎えに行くことになっている。なんとも大層ご立派な要求をされたことだと、ネルは思う。

 玄関を開け、中靴に履き替え、真っ直ぐにミアのいる研究室へ向かう。中は温度を一定に保つ仕組みがなされており、常にここで働く者達の負担ならないように設計されている。ネルの存在に気づいた幾人かの研究員達は頭を下げ道を開けた。

 ミアの研究室は玄関を入って突き当り右手の奥にある。位置的は最も端っこ、陽の光が一番当たる場所だ。

 扉の前まで来ると、ふんわりと紅茶の匂いを感じた。ミアは元々コーヒー好きであったが、ネルが苦いものを飲めないことを知って紅茶好きへと変わった。そのくらいミアはネルのことが好きだ。

 扉に手をかけようとした矢先、突如扉が開き、短い髪の女性が出てきた。

 

「やぁネル!待っていたよ」

「おはようミア姉」

 

 朝の回覧板でも名が載っていたミア・バルト火砲技師だ。身長はネルより少し高いくらい、髪は火砲を扱う際に火が引火したことがきっかけで短くなった。

 扉から見える研究室は、どちらかと言えば普通の部屋のようで、流し場周りには火元や様々な調理器具が置かれている。その中に今も湯気を吹いているガラス製の湯沸かしポットと、蓋の開いたティーポットが置かれていた。紅茶を淹れていたんだろう。

 

「紅茶とクッキーを用意したんだ。さぁ入って入って」

「ミア姉待って」

 

 ネルは制止したものの、ミアは構わずにその手を取って中に引き入れる。ネルはいつもより展開が早いことについていけず、ミアに引っ張られるままに中に入った。

 研究室には綺麗に整えられたテーブルがあり、そのうえには色々なお菓子が乗った皿や天秤らしいものなどがあり、二つのカップが向かい合わせに置かれている。

 

「ネルが来てくれて本当に嬉しいよ。船見に頼んで良い茶葉を用意してもらった甲斐があった。ささ座って座って」

 

 ミアは促すように言いつつも強引にネルを席につかせる。

 

「この茶葉の最適な淹れ方を見つけるのには苦労したよ。だけどネルにどうしても飲んでほしいって思って、どうにか今日までに準備できたよ。あ、そうだ、ネルはチョコレートは好きだったかな?あるものが手に入りやすくなったおかげで、凝った作り方ができるようになってね。」

「ミア姉…」

 

 作業をしながら得意気に話すミアにネルは問いかけるもミアはまるで聞こえてないように話を続ける。時々ネルを見てはいるが、ミアにはどう映るのか、ネルの心配気な表情に気づくことはない。

 普段からこの状態に入るとしばらく戻らなくなる。ネルが離れることは絶対にできず、毎度毎度ここに来ると帰る頃は泣いて駄々をこねてしまうのだ。彼女の部下曰くネルが帰って2日後には、いつもの爽快な人へと戻るらしいが。

 台所と化した流し場から持ってきたのは、黒っぽい綺麗な四角い物だった。真っ白な皿に均等に並べられたそれからは、ほのかに甘い匂いがしていた。

 

「実は蜂蜜がたくさん手に入るようになってね。チョコレートに使われる砂糖の代わりに使えたらって思ってやってみたんだ。調整が大変だったけど、なんとか形にできたよ。きっとネルが気にいると思うよ。あ、あとクッキーも色々こだわったんだ、まず……」

「ミア姉!!」

「いつものぉ……ネル?どうしたんだい?」

 

 いつまでも話し続けるミアを止めるために、ネルは少しばかり叫んだ。普段なら部下が止めに来て終わるのだが、今日ばかりは時間もかけられない。

 ネルにとっての救いはミアが止まってくれたことだった。ティーポットに伸ばした手が止まり、キョトンとした目でネルを見つめていた。

 

「ミア姉、私が来て嬉しいのは分かるけど、今日私がここに来た理由わかるでしょ?」

「……」

 

 ミアは決してネルのことになると、周りは見えなくなるが、決して何もかもわからなくなるわけではない。その頭の片隅には常に研究のことやその日の予定など、しっかり考えられている。ただ、ネルの登場により全ての優先順位が下がるだけだ。

 ネルの問いかけに、ミアの表情がシュンと落ちていく。いつでも笑顔を絶やさないミアの落ち込んだ表情は、ネルにとっては心苦しいことこの上なかった。

 

「ネル、ごめん」

 

 シュンと落ち込んだミアは、先ほどよりも数段小さい声で謝罪を口にする。ネルにとってはこの状態の彼女はあまり好きではない。それはネル自身、ミアを決して嫌っているわけではないからだ。

 

「ミア姉、用事が終わったらゆっくりお茶しよう?」

「え、あ!、うん!!」

 

 ネルの提案にミアは一瞬で表情を戻した。笑顔になる過程が可愛くってネルも自然と口角が上がる。本当にミアが自身のことを好きなんだなっと自覚できるからか、無意識に安心する。

 

「ミア姉、せっかくだから紅茶もらっていい?筒もあるからさ」

「うん、うん、ネルのためにたくさん淹れたんだ。全部持って行ってくれ」

「うん、ありがとう」

 

 うんうんと頷くミアに、ネルは感謝の言葉を送りながら、ポットから筒へ紅茶を移した。ふんわりと香る匂いは、きっとネルが気にいるものだろう。後で船見にも礼をしておかないといけない。

 ミアがネルに大変な好意を抱いているように、ネルもミアのことはそれなりに好きだ。それは彼女が恩人だからとか、師匠であるからとかではなく、人として彼女、ミアのことを好きだからだろう。と、そんなことをネルは紅茶を移しながら思うのだった。

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