周囲のメイドたちにはそれぞれ肩書というものが存在する。この館独特の制度に基づいたものだ。とはいったものの、その肩書の羅列は戦闘技術の証書のかわりのようなものだ。なかには特殊な趣味っぽい何かの肩書をもった人もいる。
「ボーッとしちゃってどうしたの?」
ふとそう呼ばれ意識を前に戻す。発声主は同じ専属メイドで近い年齢のエリーだ。あ、そうそうパーティのあとすぐ専属メイド全員としっかり仲良くなったのだ。
「なんでもないよ」
軽く首を横に振って大丈夫だ、と主張する。今は昼食の最中で、私とエリーは食事をとりに来ているのだ。エリーの目の前のお盆にはいかにもジューシーな焼いた鳥の肉が置いてある。船見さんお手製のソースがかかっているようだ。それをツンツンとフォークでつつきながら会話を続ける。
「そう?てっきりさっそく好きな人でも見つけたのかと……」
エリーは歓迎会の時といい、昨日の夜での行いといい、そういう方面にしか頭を働かせていないんじゃないかと気になる。
「もう、そんなんじゃないってば」
「じゃあ、なんなのぉ?」
エリーは少し意地悪な顔をしてそう声を上ずらせた。昨日も数回見たこの顔、次の発言がどうであれ、逃がさまいと集中砲火してくるだろう。とはいえ、なかなか答えが見つからないのだ。
「本当になんでもないよ……」
「やっぱり好きな人だね」
エリーは鳥の肉をナイフでスッと切り分け、その脂ののった柔らかいところをパクッと一口に食べてしまう。まるで捕まえたといわんばかりの行い。
「ち、ちが……」
「お嬢様でしょ?」
「……」
一瞬思考が固まる。なぜ今考えていることが分かったのだ。自分の目線が嫌でも無意識にエリーからはずれてしまう。やばい、これじゃ”そうだ”って言ってるようなもんじゃないか。
「当たりぃー」
エリーはニコニコと笑顔でそう喜んでみせる。その笑顔がなんだか怖いっていうか恐ろしいっていうか。なんていうかなー、なんだろ。
「ど、どうしてそう思うの?」
「なんとなくね。だけど……」
エリーは軽く区切りを入れるように、さっき剥がした鳥の肉の皮を頬張った。パリパリに焼けたその皮は油をポタポタと落としながら、エリーの小さな口におさまってしまう。
「あなたの目線、表情の動き、言葉の選び方、呼吸の速さに荒さ、体の反射的な動きに普通と比べて鈍くなるところとか、お嬢様と一緒にいるとき以外は見られないところが多いからね」
エリーはコクリと食べ物を飲み込みそう言った。
「そ、そんな……そんなにじっくり観察するタイミングなんか……」
「私を誰だと思ってるのかな?これでも2年ここにいるからね。伊達にマスターテレポーターを名乗ってないよ?」
エリーは笑顔で明るい声でそういう。これが低い声ならどれほど怖く威圧的だろうか。エリーの肩書はメイド戦術8段空間系魔術5段諜報専門専属メイドだ。いつみても長い肩書は読んでるとクラクラしてくる。メイド長の肩書はノート数ページにわたるとかわたらないとかの噂もあるくらいだ。
エリーがマスターテレポーターって言われるのは、ただただ空間魔術に長けた思考力を持っているだけじゃないらしい。普通テレポートは座標と言われる目的地点を理解していないとできないものらしい。しかしエリーは魔術以前に自分の周囲の存在する空間の地形や風の流れ力の流れを感覚的に理解し、例え知らない場所でも一定範囲内ならテレポート可能か不可能かがわかるというのだ。だったら彼女は亜人なのか?いや、そうではないらしい。生まれつきの才能っていうのかそういうものらしい。とにかく人間ではあるけど理由はわからないというものだ。
「それでそれで!」
「?」
エリーはキラキラと目を輝かせて声を元気に弾ませる。予想していた展開とちょっと違うけどなんだろ。
「お嬢様のどのへんがいいの!?」
「え、あ……えと……」
予想外の質問に頭が回らず呂律もイマイチ回りきれない。とりあえず落ち着くためにお茶を一杯のんだ。
「ふぅ……急に変なこと言わないでよ……」
「あれ?変だった?」
自覚なし、普通女の子同士だよ?とか生産性のなさを詰めてくるはずなのに……誰だ、お前が一番変な奴って言ったやつ。別に認めてないわけじゃないぞ。
「はぁ……なんでもない」
「ふむ、ところで?どうなの、お嬢様のこと」
さっきよりも落ち着いた声でエリーはキラキラの目線でそういった。オーラを頑張って隠しなさいテレポーター。
「うーん……よくわからないんだよね」
「……わからない?」
エリーは私の返事をもう一度理解するように声に反芻する。
「うん、なんていうかな……お嬢様ばっかり見たり、考えたりしてる自覚はあるんだけど……これが本当に恋っていうものかわからないの。確かに、私もお嬢様も性別は同じだし、私とお嬢様の関係は主人と使用人だし、本当に恋なんていう感情を持てるのかもよくわかんないの」
エリーは私の一つ一つの言葉をかみしめるように小さく頷きながら聞いてくれた。さっきと違ってキラキラ目線が消え、真剣モードのキリッとした目線になっている。
「難しいね。でも、きっとこの館の在り方はお嬢様あってこそだからね。恋も愛も性別なんて関係ないし、主従関係って言ってもほとんどそれは建前だけのハリボテだしさ、そのわからない感情が、恋や愛じゃないっていう可能性はないと思うよ。まとめるなら、どうなの?お嬢様とどんな事がしたいの?話したい?触れたい?見つめたい?それともキスとかそれ以上の……」
エリーがわざとらしく余韻を残すようにそこで言葉を区切った。気づけばいつものチャラチャラしたエリーが全面に出てきている。キラキラ目線がなによりの証拠だ。それよりも体がすっごく熱くなってる。肌に密着した服に体温がたまり、変な汗をかき始める。お嬢様とキス……お嬢様とキス……お嬢様と……お嬢様……。
プシューとお鍋から水蒸気が出るような音が聞こえた気がした。熱くて苦しい。それ以上に目の前が真っ白だ。ああ、後でエリーに文句を言わないといけないな。
そこで意識が途切れたのだった。