雨が身体を薄く弾いていく。
よみがえる記憶は忌々しい魔王との戦闘。
我がその罪深さゆえに地獄へとなる贖罪の地に放逐した悪魔たちの中から飛びぬけて邪をその身に宿した魔王。いつしか彼奴らは我が司る聖なる力と背反する邪の力を司るようにまでなり、それだけには飽き足らず、我が箱庭たる人間界に干渉することで、我らに牙を剥いた。
聖を保ちし、人間たちの中からも、いつしか魔王たち悪魔の邪に染まる者も現れ、その聖と邪の大勢の変化を機に我が率いる天界の天使勢と、魔王が率いる、悪魔勢、そして天より堕ちし堕天使勢との三つ巴での戦争が勃発した。
そして長きにわたる三つ巴の戦争にどの陣営も例外なく疲弊し、我が率いる天界の天使のその具合を見ていた我も現状を憂いていた。さらに言及すれば、我自身、天界と人間界の消耗と同じくして、力が減衰していた。このままでは、泥沼の戦争はさらに長期にわたり、我らを苦しめることはわかっていた。
その考えは悪魔たちを率いる魔王も同じであったのだろう。事実、彼奴ら魔王が四の内の三はすでに我らと、堕天使勢との戦いで、死を賜っており、残る魔王はルシファーのみであった。もちろん、そうなるまでに我らも堕天使どもも相応の代償を払っており、堕天使勢は、幹部以外のほとんどの手足を失い、壊滅状態。もはや戦えるだけの余力を持っていない。
あともう少しで幕引きであった。
ここで、我かもしくは魔王ルシファーが尻込みし、決戦を拒めば、泥沼化するだろう。しかし我らは戦争を主導したものとして、お互いに引けぬところまでやってきており、我もルシファーもその矜持から、決戦を拒むような真似はしなかった。
忌々しい魔王との邂逅。
我はある意味、認めるのも癪だが、驕り昂ぶっていたのかもしれん。邪を司る魔王の内の三柱はもはや死んでいるのだ。対して聖を司る我は力こそ衰えているものの、こうして存命している。あともう一柱。それを殺せば終わるのだ、と。
神と魔王。
不倶戴天の我らはその身が宿す聖と邪をもってして戦い、我が勝利をもってして、その威光は光となり遍く世界を照らし、あらゆる邪を打ち砕く、そう喧伝する戦いになるはずだった。
しかし、魔王はある意味で分をわきまえていたのだ。
決戦の地にて彼奴がしたことは単純。
邪の力による自爆だった。
我はその煽りを直接にくらい、我が聖の力は、邪の力に犯された。
絶対神聖を誇る我が力は、消滅の域にまで達していた。
屈辱だった。魔王、悪魔風情に一敗地にまみれたことが。
しかし、何より、我がいなくなった後の世界の事が心配だった。
我は聖書に記されし神。他の神話体系の神々とは違い、世界を監督、管理し、そこに住まいし人間たちに慈愛を与える神。そんな我がいなくなったら、世界はどうなるか。世界を管理する『システム』があるからしばらくは保つだろうが、聖を司る我、そして邪を司る魔王がいなくなりある種の均衡が崩れた世界で、それらの均衡を前提としていた『システム』が正常に動くとは思えない。あまつさえ『システム』がそのまま稼働することこそ、害悪になる可能性がある。
だから我は死ぬわけにはいかなかった。
それが我の存在意義であるが故。
我は消滅間近の存在全てをかき集めて、我の存在を保持する、ある一つの賭けをした。
我が可能性の具現。かつて我が世界を管理するうえで、人間たちに託せし、力の集積。神器、セイクリッドギアシステム。そこに我の意識、我の力をシステムのバグとして潜り込ませ、そのままそのバグを一つの神具としてしまおう形づけようという不確定要素の大きい博打。
しかし。
我はその賭けに勝ったのだ!!
「クックック、フハハッハッハハハッハハハハハハッ!!」
我は表現しえない至福の喜び、神の福音、を爆発させる。それも当然と言えよう。何せ我は分の悪い賭けに勝ち、何十年という雌伏の時を得てようやく、今ここに再び降り立つことができたのだから!!
しかし、我はある変化に気づき顔をしかめた。
「ちっ、予想外、器に引っ張られてるようだな。忌々しいっ」
本来神の福音と表現しても過言ではない我の愉悦は、人間という器に引っ張られて、下卑た笑い声になっていた。
だが器に引っ張られるのはある意味で仕方がないことだ。あのときは意識が薄く、あまり考えていなかったことだが神具としてこの我が存在している以上、神器が人間の存在中枢にある以上、感情や思考、道徳観念が器に引きずられるのは当然だ。
例え、この人間の器であった意識が消滅していたとしても、だ。
「本当に忌々しいが、我に器を提供してくれたのだ。そのくらいの影響は許容すべき、か? いや、違う! 人間なら我に器を提供できることを光栄に思うべきで! 我が許容することなどない! 彼奴に譲歩すべき点などないっ」
我は彼奴の感情、思考に自らが影響を受けていることに気づき、それを断ち切るように、我自身の考えを吐き出す。我がたかが器の人間に影響を受けていることに反吐が出そうだった。もちろん、ある程度仕方がないことは我も理解できているのだ。だが、この胸のむかつきは取れそうにない。
これが、人間の感情というやつか。理解できても納得はできない、とでも言うのか? これは。不条理に尽きるな。さすがは人間といったところか。神である我からしてみれば、忌々しくもあり愛おしくもある。矛盾しているような感情ではあるが、これは天上にて世界を管理していたころから変わりない、人に抱く我の感情だ。我の祝福を受け聖なるが聖人になることもできれば、反対に悪魔どもの誘いによって悪魔になることもできる。まさしく両極端の可能性を秘めた矛盾した存在であるがゆえに、人間はこうもややこしい感情を持っているのだろう。
しかし、この反発はこの器の生来の下劣さから来るものでもあるのだろう。
そもそも我が神であるにせよ今の我が神器に存在を封ずることで存在を保全していることは間違いない。その神器が自らの器の肉体を乗っ取るなどという離れ業、本来であれば成立しない。
しかし、何事にも例外はある。
神器のなかに龍、ないしはそれに準ずる生物を封ずることは、何も我が初めての例ではない。あの忌々しいニ天龍などはその多くを含む例の中でも顕著なものであろう。何せ神具に封じた後も自らを宿す器に狂気と闘争本能を植え付け、それぞれ争いあっていたのだから。しかし、そのおかげで、生物が宿ったイレギュラーな神器の前知識があり、今ここに役立ったのもまた事実。
我が注目したのは赤龍帝、ドライグが宿主に対して行った力の譲渡だ。
本来の龍の体躯の一部を、宿主の体の一部を代償として捧げることで顕現させる。あれは宿主の強い欲望を引き出し、その意識をもってして、神器の深層に誘導し、代わりに赤龍帝の存在を器の表層に紛れ込ませる、という荒業だ。
しかし、なかなかどうして、神器の身である我には興味深い事例だった。うまくやれば、そのまま器を乗っ取ることができるのだから。
当初、神器として覚醒した我は、現状の危うさに気づいた。あのときは、とにかく我の存在を保持することに精いっぱいであったせいで気にも留める暇などなかったが、我が神器である以上、我が宿った器に、我の神の力が悪用される可能性がある。
たかが人間に、我が力の存在を知られれば、どうなるか。
想像するだけで恐ろしかった。
しかし、このまま現状の流れに身を委ねていれば、どうなるかわかったものではない。そう考えた我が、赤龍帝と同じように器を乗っ取ろうと決断するまでに時間はかからなかった。
問題は、我が意識を乗っ取るまでの欲望をどうこの宿主から引き出すか、だ。これに関してはどうしようもなかった。何せ我が器に働きかけようものなら、最悪、己が内に宿る絶大な力に気づいてしまう。それこそ、我が最も憂慮すべき問題である。そうなってくると我自身による手出しができるはずもなく、時を待つ以外に方法はなかった。我にできたのはせいぜい、外の堕天使や、悪魔どもに我が神器の存在を気づかれぬよう、ただひたすらに宿主の中に身を潜めることだった。
そして、好機はやってきた。
経緯や事情は、身を潜めていた関係上、知ることはできなかったが、我が神器を震わせるほどの絶望が感じ取れたのだ。
長い雌伏の時に嫌気が差していた我は、器に働きかけることを決意し、宿主の絶望に我が救済の存在を深く働きかけながら、欲望を引出し――――――――それは成功した。
しかし、だ。
意識を乗っ取ってみて、脳を探ってみて初めて事情が呑み込め…………生理的な嫌悪を覚えた。
一人の幼女のために死ぬとは…………お前はどこまで人間を超越したロリコンなのか、と。
ちっ、言葉までもが、俗に塗れてしまっている…………忌々しい。
これが一人の少女を救いたい、とかであれば、我も神として、その清廉さに慈愛を注いだであろう。
しかし、こいつが抱いていたのは、ただの肉欲である。その過程に何やら『yes ロリータ no タッチ』とかいう訳のわからんアガペーにも似た大きな感情を感じたが、なんか最終的にはタッチ! タッチ! タッチ! とか下賤な感情を振りまいているのである。
肉欲のためにあれほど大きな欲望を引き出し、我が召還されるなど、我が器を乗っ取れたことに喜ぶべきか、人間の猥褻さに悲しむべきなのか、もうどうしていいかわからない感じである。
そんな器に感情、思考、道徳観念が引きずられている、もう忌々しくてたまらない。
「ああ! 忌々しい!!」
我は己の明確な変節を感じ取り、粗雑な髪をかきむしる。指が梳いていくごわごわとした髪質にさえ、我は寛容という言葉を忘れたかのごとく苛立ちを感じた。ふと、いくつも波紋作り出す水たまりに映りこむ顔を見て、自嘲めいた笑みが頬をひきつらせた。
なんと、なんと不細工な、お顔だろうか。
ひどい言いぐさかもしれないが、これは神からしてみれば、当然なのだ。天界には方向性の違いこそあるが、基本的に容姿の整った者しかいない。もちろん、愛すべき人間たちの容姿には出来不出来があることは知っていたが、所詮は天上から見下ろす視点からの見識に過ぎない。
だからこそ、実際自らの器の容姿を見て驚愕したのだ。
なんだ、この不細工は、と。
「…………せめて、顔ぐらいは最低限整っていてほしいものだ」
あまりの不出来さに呆然自失としたものだが、すぐに我は首を振って、侮蔑の感情を言の葉に滲ませ、吐き捨てた。
我はメガネと呼称される視覚矯正器を投げ捨て、その上に足を落した。器が器という存在であったことを切り捨てるように、胸の内にこもる忌々しさをぶつけるように、地面に擦り付けるようにして踏みにじる。視覚矯正器を失ったせいか視界が霞みがかったように曇った。
「…………肉欲に溺れるばかりか、視覚すら覚束ないとは…………まったく見下げ果てた人間だ」
どうやら我の器は人間の中でも悪魔に近い資質を持った人間だったようだ。忌々しい、忌々しいが、だからこそ我が乗っ取れるほどの欲望を引き出せたのだから、ずいぶんと皮肉の効いたことである。何せ悪魔の欲望をもって神を呼びだしたのだから。
「…………まぁ、いい」
忌々しさは、いまだ胸の内で燻っているが、どのみち我がこの器を占有した以上、以前、この器の持ち主であった人間の事は忘れよう。
「まずは、このどうしようもない視覚機能からだな」
我は顔を覆うようにして右手の指を広げる。
我が神の力は、すべて神器の内に封じ込めてあるのだ。その力を使えば視覚の矯正はおろか人間の視覚機能を超越した遠視も可能となるだろう。まぁ、今はそこまで望んではいないので従来の人間の視力に戻すように底上げする。
我の本体、神器が右手を通して力を注ぎこむ。祝福の光が鱗粉のような細かい粒子を零しながら、我が視界を白く染め上げる。神経一本一本が感じ取れるような感覚がヒヤリとした透き通るような爽快感と共に目の周りを突き抜ける。
白く染め上げられた視界は、徐々に世界の輪郭を捉えだし、やがてそこに明瞭な世界を映しだした。
――――――――と同時に。
身体の中に重石を突っ込まれたような痛みにも似た疲労感が我を貫いた。
「な、はっっぐぅうぅううえほっ! な、んだ、これ、はっっっ!」
たまらず我は膝をつき、擦りつけるようにして頭を地面に預けた。
正常な視界を取り戻した視覚機能が、今度は噴き出した汗や疲労から霞み始める。
これが身体機能の酷使による疲労だということは理解できた。しかし、何故そんな状態に至ったのか理解できなかったし、そもそも神にとって疲労という感覚は初体験だった。魔王との戦争でも、力の減衰による倦怠感じみた疲労はあったが、全身が動かないというような金縛りのような疲労は神にとって未だかつて味わったことのない未知の領域であった。
肺が圧迫されるような息苦しさに我は、空気を求めてだらしがなく口を開ける。心肺機能などというものがあるから、こんなことになるのだ…………と理不尽に押し寄せてくる感覚に恨みがましい不満が頭をかすめるが、すぐにそんなくだらない考えも霧散した。
我はあまりの苦しさに意識を放棄したのだ。
神は忍耐というものを知らなかった。
いや、ホント感想もらえるとうれしいです。