神の存在証明   作:ドブ

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一筋の光明

「くそがっ…………」

 

 

状況は最悪だ。短慮に身を任せたことが仇となった。今にして思えば、もう少しやりようがあったのではないか、と後悔は尽きぬが、行為自体には後悔はしていない。

 

 

あれは神たる身として当然の意思であった。それを非力な人間だから、という理由で曲げるのはおかしい。それは絶対性を持つ神のするべきことではない。

 

 

神になることが必ずしも重要なのではない。神に相応する実力を身につけたそのとき、我が変節してしまっては意味がないのだ。我が我のまま神になること、それこそが全信徒の待望なのだ。その理想から一時たりとも外れてはならない。厳格を求める信者、公正を求める信者、救世を求める信者、絶対を求める信者、その全ての信者の信仰、ぴたりとはまるその全てこそ神。神こそ我。

 

 

故に我の行いは正しい。最善であったはず。器が人間であるからこそ起きた過ちなのだ、これは。その過ち正さなくてはなるまい。この器をより我にふさわしいものに仕上げるためにも、これは必要な試練なのだ。

 

 

「くっ…………しかし」

 

 

頭は重い、腕は痛い、足は熱い、暗い、寒い、動けない。器の全感覚が異常なまでに足並み揃えず手前勝手に悲鳴を上げている。熱いのか寒いのか痛いのか重いのか、どれか一つに声を揃えて鳴きやがれ、くそが!

 

 

精神も荒んできている。罵倒の一つでもしなければ、意識を正常に保っていられない器に嫌気がさす。不満を言えばきりがないのだから、突き詰めるのはやめだ。

 

 

現状をどうにか打破することに思考を尽くした方がいくらかましというものだろう。

 

 

腕を動かす。軋む金属音。後ろ手に縛られた腕が金属の冷たさに中てられて、ひりひりと痛む。しかし、努めて無視。さっきよりも強く、腕を自由に動かすことよりも、腕を縛っている鎖を引きちぎらん、と前後左右に激しく腕振る。ガシャンガシャン、冷えた仄暗い一室に無機質に響く金属音。

 

 

天井付近で鎖を固定している金属具の抵抗に合うだけで、何の解決にもならない。

 

 

今は発熱により動かせないが、足輪につながれている鎖も同様だろう。

 

 

本気で抵抗したかったわけではない。ただ現状の確認を身体で済ませたかっただけだ。頭では理解できていても身体がどうにも理解してくれないときがある。完全に我の手中に身体のコントロールがない証拠であろう。完璧に掌握するにはこの器にもせいぜい身の程わきまえてもらわねばならん。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁはぁああはぁ」

 

 

しかし、そんな些細な動作でも我の身体が悲鳴を上げるほどに我は消耗している。思考まで身体の異常に乗っ取られ、億劫だと言う倦怠感に悩まされている。思考と身体、感情と理性とのせめぎ合い。そんなとりとめのない思考に手間取る中、我はかろうじて回せるリソースを現状の観察にあてる。

 

 

身体の自由はご覧のとおり、厳重に縛られた鎖によって奪われている。コンディションは最悪。まともに機能している器官の方が少ない。神器で緩和しようにも行使するためのエネルギーがない。一時の体調の調整に神器を行使すれば、かえって悪化しそうなくらいだ。

 

 

夜目になれてくると、さらに見たくないものまで見えてくる。

 

 

我が鎖に縛られ座す床を中心として魔方陣が描かれているのだ。どのような効力を持っているかまでは、“全知全能”ではない我にはわからない。しかし、見覚えはある。そんな曖昧な感覚の下、我の勘は、非常に不味いものだ、と言う。流石は神たる我の第六感、冴えわたっている。何もわからん。

 

 

まぁ、いいとこ、拘束用の魔方陣であろう。当て推量ではあるがそれほど正答から遠いとも思えん。

 

 

しかし、これでまた一歩、我の脱出から遠のいたのは間違いない。

 

 

そこはかとなく漂ってくる絶望感。見れば見るほど、脱出の糸口がどこにも見当たらない。仮にその手口があったとして、立って歩けるかも怪しいのでは儘ならない。

 

 

「今は……っ、体力をっ回復、優先、だな…………」

 

 

そう、今の我ではどうにもならないのだ。エネルギーの回復を待つしかないのだ、そうだ、それしかない…………正しい判断のはずだ、しかし現状の打破に一時でも時間を費やさないことが怠惰のように思えてならず、うまく眠りにつけなかった。回復を待つしかない、という判断がとってつけたような免罪符のようにしか感じられないのだ。人間で言えば病的と言ってもいい、全てが為すがままであった万能たる神ゆえの苦悩。“全知全能”の力を有していたがゆえに時など選ぶことを知らなかった神の名残が病となってこの器を蝕んでいた。分不相応を蝕むのは神の精神だけではない、人間の身体もまた同様であることに気づかされた。

 

 

 

 

 

夢か現かそれすらも判断できない朦朧とした意識。一体どれだけの日月が経った。一日か三日か一週間か一ヶ月か、それとも一時間か。時間感覚はとっくのとうに失われている。回復の兆しはいまだ見えない。それどころかますます悪化しているかのように、身体が言うことを聞かない。そもそもまともな飲食すらとれていないのだから身体が弱るのも当たり前か。くそ、やつら捕虜の遇し方も知らぬと見える。まぁ無教養故の愚行と取れば奴らも大分憐れに思える。神のごとき寛大な我は寛大極まりなく許してやろう、わははは。

 

 

「はぁはぁぁあは…………くくくっ」

 

 

糞も小便も垂れ流し。ああくさいくさい、湿ったズボンを寝返りがてら擦る度ねちょねちょ排便が潰れる。かゆいかゆい、穴がかゆい…………

 

 

しかし手も自由が利かんとなると、このような生理現象の処理もままならないのだな。世話役も全く姿を見せぬことだし、仕様がない。いや我も神である。人間の生理現象まで尻のしまりの悪い器だ! と器のせいにするつもりはない。どんな人間だって糞はする。仕方ない。いや仕方ないな、はははははは。

 

 

「……っ、……あるかっ……!」

 

 

仕方ないわけがあるか!! 

 

 

しかし、そうでもして誤魔化さなければ、我の精神が持たん…………衰弱して間もない我には怒気を声に出して表現する元気もない。

 

 

ふふふ、なるほどこれは大した拷問だよ…………我の精神的な面を責め立ててくるとはな…………間違っていない。器が人間であることで一番無防備にさらけ出されているのは我の精神だ。我の精神を崩壊もしくは浸食を招いてしまえば、それは奴らの勝利にはならないにしろ我の敗北にはなるのだ。

 

 

正気を、正気を保て、もはや我の身分は地の果てにまで堕ちている。落ちぶれている。立場的にも最低な人間でもここまで屈辱にまみれたことはないだろう。人間の中でもとりわけ軟弱な精神を持つ者であれば発狂してもおかしくない。そうだ、我が神だから、我が神であるからこのような汚辱にも耐えられているのだ。我の高潔さあればこそだ、そうだ故に我は神なのだ、ちくしょう!

 

 

取りとめのない思考が垂れ流される中、我は唯一自分が神であることの証左である神器に聞く。この状況どうにかなるまいか、と。あるいは復調させることはできないか、と。しかし神器の答えは決まって渋いもの。下手に残されたエネルギーを神器に奪われれば何もできなくなる、と。しかもそのエネルギーの量も衰弱とともに日に日に目減りしていくばかりなのだ。

 

 

そうであれば減る前に、とも思うが、どうせできることなんて限られている。そんな些細なことに力を使ってどうするのだ、と無気力感に包まれる。

 

 

繰り返し、繰り返し。もはや思考も一定の定石を辿るまでにパターンが限られていきた。出口のない思考迷路。そんなことして何が楽しいのか、とも思うが、何もしないことよりはある程度同じでも思考していた方が弱っていく身体から目が逸らせる。もしかしたら煮詰まった思考から何かの間違いで新しい発見があるかもしれないではないか。

 

 

そうやって延々延々性懲りもなく精神の内にこもり、もはや時間間隔すらどうでもよくなった頃、ガチャリ、と扉を開けて誰かが入ってきた。

 

 

退屈な日常に新しい変化。誰かと思えば、いつぞやの白髪の神父であった。ああ、まったくこの顔が懐かしいとも思える。そんな感慨すら凝り固まった思考に囚われ続ける我は目新しい未知のように感じられた。

 

 

開口一番、フリードは顔を歪める。

 

 

「おえぇええ! こ、こいつは糞のにおいがプンプンしやがる! ホームレスだってもう少しましな体臭だよね! お体はキレイ! キレイ! にしましょ!?」

 

 

真上から水をぶっかけられる。冷や水をかけられ、熱に茹だった頭が冷却され、少しだけ呼吸が落ち着いた。伝ってきた水が唇の隙間から入り込み、わずかに喉がうるおった。

 

 

「はい! 残飯処理ご苦労様です!!」

 

 

続いてトレイに乗せられていた料理らしきものごと頭にたたきつけられ脳を揺さぶられる。何を思う暇もない、ただただ理不尽な暴力。ついでとばかりに横面を霞むほど蹴撃で張られるも、繋いだ鎖が慣性に従って地を離れるのを許さず、肌に食い込み、強引にも我を地に伏せさせる。首を圧迫され、咳きこむ我にさらなる追い打ちが加えられる。

 

 

フリードを駆り立てているのは間違いなく先立っての顎への一撃だろう。ゴミ屑同然に思っていた相手に良いようにやられたのだ。しかも彼がエンターテイメントとばかりに派手な一撃をかましたばかりに、だ。でなければ我の勝利はなかった。敗北の原因が己にあることがわかっているからこそなおいっそう腹立たしいのだろう。しかも当の我がこうも無様な醜態をさらしているのだ。こんなやつに俺はやられたのか、と憂さ晴らしに執念を燃やすのもわかる。

 

 

「ほらほらぁ! どうしたんだぁ屑! 天も悪魔もねえ、ただのくそ人間さん! 役に立たねえならせめてブヒブヒ泣いて俺ちゃまを楽しませてくれよぉ!! 黙ってるだけじゃ先生わかりませんよ!! ね!! ね!!」

 

 

これでもかというくらい吹き荒れる暴力の嵐。蹴る、踏む、潰す、壊す。人はかくも残酷になれるのか、とぼんやりとしてきた意識の中で思う。神の愛が届かぬ人間の末路とはこんなものか、とどうでもいいことを思う。

 

 

「う~ん、ここまで骨がないと俺様マジ困っちゃう! だっていじめ甲斐がないんだもん! 魚の骨はないほうがいいけどね!! もしかして魚類だったりする!? 人間じゃなかったり? ねえねえ、そこんとこ1文字以内で応えてくださいよぉ、ねぇ」

 

 

だからだろうか。問いかけられてそんな言葉が出てきたのは。

 

 

「…………れ、だぁ」

 

 

「え、なんて言ったの? 何を言ったの? ほ~らいいこでちゅから聞かせて~、パパですよ、パ・パ」

 

 

「あ、われ…………ぁわれだと…………こほっ、言ったのだ」

 

 

ああ、口の中が切れて、うまくしゃべれんな…………

 

 

「…………あ? え、え、え、え、え? やだこの子今何て言った、もう一回? もう一回言ってみて?」

 

 

「………………憐れだよ、貴様は。どうしようもなく憐れだ、お前ほど寂しい奴は見たことがない」

 

 

他人に価値を見いだせず、暴力で他者を潰すことでしか自己表現の仕方を知らない。よほど無体な教育を受けたのだろう。これも我の責任の一端か。あのとき魔王を倒し、我が全てを管理できていたのなら、こんなことにはならなかったろうに。

 

 

「はぁあああああああああああああああああああああ!?!?!? 憐れ!? この俺ちんが!? ははっ! こいつぁは笑えるますなぁ! 今際の際での一世一代のジョークかい!? こいつは流石に俺もシビれちゃうよ! あこがれちゃうよ!?」

 

 

腹を抱えてのけぞりかえって大爆笑するフリード。だろうな、お前はそうだろうよ。

 

 

「俺が憐れならあんたはどんだけ憐れなんすよって話だべ!! 糞尿にまみれて飯もろくに食えねえ! これぞ屑! まさしくゴミ! 生きる産業廃棄物、場所が場所なら業者さん呼ばれてシュッシュッシュですよ!! ゴミ屑ちゃん、人間様に向かって何様のつもりですか!? え!? ジョークも身をわきまえないとおっちんじゃいますよ?」

 

 

くくっ、我を前にして面白いことを言うな、この憐れな人間も。

 

 

「何様かって…………貴様が人間様なら我が神様だろうよ」

 

 

それは真理を突いた答え。この憐れで屑みたいな被造物が人間だというのなら、それこそ我はそれを生み出した神。今の世を統べる多くの被造物の前で我が神だと言うにはあまりにも被造物が眩しすぎる、我が吊りあわなさすぎる。しかしこの少年との間であればその対比は成り立つ。本当に、本当に愛すべきくそったれの被造物の神ぐらいであれば我も胸を張って神と名乗れようぞ。事実我はそれぐらいに力のない存在なのだから。本当はこんなやつの神様になんぞなりたくないが、仕方ない。今はそれしか我の存在証明となりえないのだから。お前の神でいてやろう。

 

 

我の答えをフリードがどうとったのかは知らない。しかしその顔には今まで常にあった狂乱の熱が消えている。一気に熱から醒めたそんな顔をしていた。

 

 

「うわ、うわ、流石のフリードちゃんもドン引きですわ。つか、は? 意味わかんねえ、醒めた、興ざめですわ、これ、つまんねー。マジつまんねえ」

 

 

パタパタ手を振りながらお土産に、と我の身体を足蹴にしてフリードは去っていく。

 

 

蹴られた身体の節々が痛い。ああ、痛くて痛くてたまらない。

 

 

しかし、まぁ。気まぐれにも似た戯言であったが、存外効果のあるものだ。我は本当のことを言ったまで、だったのだがな。よほどフリードには荒唐無稽に聞こえたのだろう。我自身どうかとも思ったが。

 

 

奴が入ってきて体力が予想以上に消費されたが、見返りにいいことを思いついた。それさえ思えば、悪くはない。問題は未だ山積みであるが、なに、脱出の糸口すら見えなかったときに比べれば、光明も見えてきたというものよ。

 

 

一人、うずくまりほくそ笑む。まだあきらめるには早い。機会はいずれ訪れる。それまでじっと耐え忍ぶのだ! と。

 

 

そして、その機会は予想以上に早くやってくることになる。

 

 

フリードが去ったのと入れ替わりにして扉を開け入ってくる一人の少女。

 

 

金髪碧眼のシスター。アーシア・アルジェント。

 

 

これがアーシアと我が、顔を突き合わせた初めての日であった。

 

 

 

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