僕は今、全力疾走である場所に向かっていた。クラスメイトから放課後に教室で大事な話があります、と呼び出されていた。僕は走りながら左手に着けている腕時計を見た。現在の時刻は十七時三十分。待ち合わせの時間は十七時。完全な遅刻だった。
「ハァハァ……」
僕はようやく教室の前までたどり着いた。冬の寒い時期だというのに額からは汗が浮かびあがり、制服の下に着ているシャツは汗で身体にくっついていた。僕は今すぐに着替えたいぐらいだったが、今はそんな時間は無い。
僕は一回深呼吸をして、教室のドアに手をかけた。
「遅れてごめん!」
僕は教室のドアを勢いよく開けるとドアが壁にぶつかってドン、という大きな音がした。そして僕の声はその大きな音にも劣らず、教室に大きく響いた。
その音と声を聞くと教室にいた女の子がこちらを向いた。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、僕の姿を確認すると、また不機嫌な顔に戻った。
僕はその重い空気が流れているであろう教室に足を踏み入れると彼女は口を大きく開けて、
「遅いです! もう約束した時間を三十分以上も過ぎていますよ! どれだけ待たせるつもりですか!」
彼女は僕以上の声と迫力で怒った。彼女の声と迫力に身体がビクッ、と反応した。
僕を大声で叱った彼女の名前は園田 海未。僕たちはクラスメイトであり、少し前から付き合っていた。いつもは優しくて笑顔が可愛い魅力的な女の子なんだけれど、今はかなり怒っているようで普段の笑顔なんてとても見られそうにない。まあ、三十分も待たせたら怒るよね。
「部室で作業とか色々していたら、いつの間にか約束の時間を過ぎていて――本当にごめん!」
僕は頭を下げてもう一度誠意を込めて謝った。
「……」
だけど海未は黙ったままで何にも言わない。怒っても怖いけど、黙っているとさらに怖い。
僕はその空気に耐えられず、曲げていた上半身を少し戻して、恐る恐る海未の顏を覗いてみると怒っていた海未の表情が少しだけ和らいで
「まあ、葵が遅刻するのはこれが最初じゃないですし、今回は許してあげます……ただ次また遅刻したら、ただじゃ済まないですからね?」
海未は満面な笑顔で許してくれた。ただし目からはまだ怒りを感じた。
「はい、次は絶対遅刻は致しません……」
僕は心の中で神様と海未に誓った。アーメン……。
「そろそろ話を戻してもいいですか?」
「だ、大丈夫です!」
海未はいつも通りに話しているはずなのに、なぜか威圧的に感じる。
「実は葵に相談したいことがあったんです……」
海未は急に表情を曇らせて、小さい声で呟いた。
「急にどうしたの? 小さい声で話すは他の人に聞かれたらまずい事なの?」
海未が小さい声で喋るので自然に僕も小さい声で喋っていた。
教室には僕と海未の二人しかいない。放課後に誰もいない教室を選んだということは彼女の相談したいことはそういった類の話かもしれない。
「そんなことは無いですが、できれば誰にも聞かれたくはないです」
海未は少し頬を赤くしながら言った。
僕はとりあえず海未が相談したいことを考えてみた。僕にしか相談できないことで誰かにできるだけ聞かれたくないこと……。
僕は最悪の答えが思いついた。
「もしかして、僕と別れたいとか?」
僕は声が少し震えていて、弱弱しく言った。
もしそうなら今すぐでもこの教室の窓から飛び降りて、海未との楽しかった思い出をきれいに忘れて出会う前に戻りたい。でも、ここ二階だからせいぜい骨折するぐらいだろうな……。
すると海未は慌てて、
「ち、違います! 私がそんな事を言うはずがないじゃないですか!」
「でも僕にしか相談が出来なくて、放課後に二人きりで話すなんて別れ話ぐらいしか思いつかないよ。しかも海未、深刻な顔しているし……」
「本当に違います! それに私、葵の事が大好きですし……少しでも時間があれば葵と一緒にいたいと思っているんですよ?」
海未はその綺麗な瞳を潤ませながら上目遣いで言った。ヤバい! めっちゃ可愛い! 抱きしめたい!
「ありがとう、海未。疑ったりしてごめんね。僕も海未のことが大好きだし、ずっとそばにいたいと思っているから……」
僕は海未が勇気を出して言ってくれたことにこたえるように海未の少し潤んだ瞳を見つめながら言った。
「そんなに見つめないでください! 恥ずかしいです……」
海未の顔がりんごみたいに赤くなる。本当に可愛い。
「そ、それで相談ってどんなことなの?」
海未の恥ずかしがっている様子を見て、僕まで恥ずかしくなってきたので話を元に戻した。
「はい、相談というのは次のライブの事でミューズのメンバーと少し揉めていまして……」
「ライブの日にち決まったんだ! いつなの⁉ 時間は⁉」
僕は次のライブが決まったと聞いて、思わずはしゃいでしまった。
「お、落ち着いてください! ライブで嬉しいのは分かりますが、それよりも私の話を聞いてください!」
海未は僕を落ち着かせようと両腕を伸ばして、僕の両肩に手を置いた。白くて綺麗な手が僕の肩に触れる。
「ご、ごめん! 完全に暴走していたね……」
「落ち着いてくれましたね。では話を戻してもいいですか?」
海未は僕が落ち着いたので、肩から手を離した。少し残念。
「大丈夫」
「先ほど、ミューズのメンバーと揉めていると言いましたが、メンバーというよりはその一人の穂乃果と揉めているんです……」
「海未、また穂乃果と揉めているの? 相変わらず仲がいいね」
そう言って、僕は二人の普段の様子を思い浮かべる。いつもケンカしているけれど、本当は二人とも仲良しで付き合いも長かったと思う。
「よくなんかありません! 穂乃果はいつも自分勝手なんです!」
海未は大きな声で否定した。海未は穂乃果の事となるといつもムキになる。
「わかったよ。それで穂乃果とどういったことで揉めているの?」
「本当にわかっているんですか? まあ、いいです。その揉めていることとはですね……実は衣装の事なんです」
「衣装ってライブで着る?」
「そうです。その衣装の事で穂乃果とケンカしまして……」
「どうしてケンカしたの? それに衣装ってことりの担当だよね?」
「はい。衣装はことりの担当でその衣装もすごく良くって、みんなもかなり喜んでいたのですが、そしたら穂乃果が……」
海未は下を向いた。身体がプルプルと震えだした。
「海未?」
「穂乃果がスカートをもう少し短くしようと言い出したんです!」
「…………え?」
僕は思わずそう言っていた。