「少し休憩しよっか」
「そうですね。私も疲れました……」
海未は椅子にゆっくりと座る。
「何か飲み物を買ってくるよ。海未は何飲む?」
「ありがとうございます。なら温かいお茶をお願いできますか?」
「了解。じゃあ買ってくるね」
僕はお茶を買うために自販機がある隣の校舎に向かった。廊下を歩いていると冷たい風が吹き抜けて僕の身体を冷やす。
隣校舎に着くと僕は自販機で温かいお茶を二本買った。お茶を自販機から取り出すと温かいお茶が冷えた僕の手を温める。
僕はお茶を買い終わったので速足で教室に戻った。
教室に着いてドアを開けると海未が何かを真剣な顔で見ていた。
「お待たせ。何見ているの?」
「何でもないです! それより飲み物ありがとうございます。外寒かったでしょう?」
海未は持っていた物を慌ててポケットにしまった。
「寒いね。もう外には出たくないかも」
僕は海未に買ってきたお茶を渡した。海未は僕からお茶を受け取るとさっそく蓋を開けてお茶を飲んだ。
「はあ……温まりますね」
海未の表情が穏やかになる。僕も蓋を開けてお茶を飲んだ。
「本当に温まるね。そうだ今音楽プレイヤー持ってるけれど何か聴く?」
僕はポケットから音楽プレイヤーを取り出して海未に渡した。
「いいんですか? なら聴かせていただきます」
海未は音楽プレイヤーを受け取ると片方のイヤホンを自分の耳に着けた。その後にもう片方のイヤホンを僕に差し出してきた。
「聴かないの?」
「聴きますけどもうひとつは葵が着けてください」
海未がさらりととんでもない事を言った。
「海未どうしたの⁉ もしかして熱でもある⁉」
海未がそんな大胆な事を言うなんて熱がある以外考えられない。
「熱なんてありません! ただせっかくだったら二人で聴きたいと思っただけです……葵は嫌ですか?」
「全然嫌じゃないよ! むしろ嬉しい」
「なら選曲は葵に任せます」
海未はまったく動揺せず普段通りに言った。普段の恥ずかしがり屋の海未さんはどこにいったんですか。
「わ、わかった。任されました」
海未の様子がいつもと違うので僕の方が動揺してしまう。
僕は海未が座っている近くまで椅子を持って行き、椅子に座った。そして海未からイヤホンを受け取り、自分の耳に着けた。
その後に僕は流す曲を探し始めたけど、この状況のせいなのかなかなか決められない。
そんなとき僕はなんとなく窓の外に視線を移すと空から白い粒が落ちてきた。
「海未! 雪が降っているよ!」
僕は降りだした雪に興奮して椅子から立ち上がって窓に近づいた。
その拍子に僕の耳からイヤホンが外れる。
「葵⁉ どうしたんですか。急に離れないでください!」
「ごめんごめん! でも海未、外を見てよ! 雪が降っているから!」
僕は子供みたいに興奮して、海未にこちらに来るように手招きをした。
「雪ですか⁉」
雪と聞いて海未の声が少し大きくなった。海未は速足で僕の方に近づいて来て窓の外を見た。
僕はもっとよく雪が見えるように窓を限界まで開けると外から冷たい空気が流れ込んだ。
「ほら見てよ! 凄くきれいだよ」
「本当ですね。きれいです……」
僕は雪が降っている景色を見て選ぶ曲が決る。
海未が持っていたイヤホンを片方受け取って自分の耳に着けた。
そして僕は曲を再生した。
切ないメロディーと鈴の音が聴こえる。
海未もイヤホンを自分の耳に着けた。
「やっぱりこの曲しかないですよね……」
海未は曲を聴いてそう言った。
まあ、外の景色を見ればあの曲しか思いつかないだろう。
もちろん――Snow halationである。
「やっぱりいいですね……」
「そうだね……」
僕たちは外で降っている雪を見ながら曲を聴いた。
僕はたまに外の景色から海未の方に視線を移した。すると海未も僕の方を見ようとしていたみたいで目が合った。僕は少し恥ずかしくなって目をそらした。
もう一度見ると海未も恥ずかしくなったのかまた外の景色を見ていた。
そして曲が終わって自動的に次の曲に移った。
次の曲が始まると僕は海未の方を見ると海未も僕の方を見ていた。
僕たちは三十秒ほど見つめ合っていた。
「……帰りましょうか」
「……うん」
時計を見ると時刻はもう十八時半だった。だいぶ教室にいたな。僕と海未は帰る準備をして教室を出た。
「海未、今日はごめんね」
「急にどうしたんですか?」
僕たちは昇降口で上履きから靴に履き替えていた。
「海未の悩み、解決できなかったし」
「もういいですよ。それよりも早く帰りましょう。雪も強くなってきていますし」
外を見ると海未が言ったように雪が大粒の雪に変わっていた。これからどんどん強くなるかもしれない。
「そうだね。早く帰ろうか」
校舎を出ると僕たちはお互い傘をさして校舎を出た。傘に優しく雪が当たる。
すでに辺りは雪が積もってすっかり雪景色になっていた。コンクリートや土の上にも雪が積もっていて歩くたびにみしみし、と音がした。
もうすぐ校門に着くところで突然海未が足を止めた。
僕はそれに途中で気づいて少し離れた所で後ろを振り向いた。
「海未どうしたの?」
海未は下を向きながら、
「葵、少しの間だけ目を閉じていてもらっていいですか? あと前を向いといてください……」
「別に構わないけれど急にどうしたの?」
「いいから! 目を閉じていてください!」
僕は言われた通りに前を向いて目を閉じた。
「絶対に目を開けないでください! あと動かないように……」
「え、なんか凄く怖いんですけど! 海未何をするつもりなの?」
するといきなり背中にドン、と衝撃があった。
次に背中から誰かに抱き着かれたような温かみと身体の柔らかさを感じた。
「もしかして海未⁉ いきなりどうしたの⁉」
僕の背中がどんどん温かくなってくる。海未が抱きついていると想像すると背中だけじゃなくて身体全体が熱くなってくる。
「葵、さっきのゲームですが……見ましたよ。あのメモ……」
海未は小さい声で囁く。
それって僕が部室で書き写したやつじゃ。僕はその事を言おうとして振り向こうとしたら、
「振り向かないでください! 自分でやっといてなんですが恥ずかしいので……」
「わ、わかったこのままでいる……あれってもしかして僕が書いたメモ?」
「そうです。『一度は恋人としたい事リスト』。葵、私のためとか言ってあれは自分のためだったんですね?」
「ごめんなさい……でも海未のためにどうにかしたいという気持ちもあったんですよ?」
「本当ですか? でも恥ずかしかったですが、おかげでスカートぐらいでは動揺しなくなったと思います。そのことについてはお礼を言っておきます。ありがとうございます」
「いえそれほどでもないです」
「調子に乗らないでください! まあ、今回は許してあげます。ではもう終わりです」
そう言うと僕の背中から海未の身体が離れた。
まだ背中には海未に抱きつかれていたときの温かさが残っている。
僕はゆっくりと目を開けると目の前に傘で顔を隠した海未がいた。
「……海未、ちなみにそのリストは全部見たんだよね?」
「はい、見ましたよ。ですからこれもそこに書いてあったことです。ドキドキしましたか? お返しですよ」
海未は傘を上げて僕の方を見た。そう言った海未の顔は赤くなっていた。
「凄くドキドキしました。降参です……」
「ふふっ……では帰りますか」
「帰ろう……」
「……」
「……」
僕たちはまた歩き始めたけれどお互いに何にもしゃべらずに歩いていた。
僕はゆっくりと海未の方を見た。海未は下を向いて歩いている。まだ恥ずかしがっているみたいだ。
僕はそっと海未の手に触れた。
「葵⁉」
海未は驚いたようにこちらを見る。
「いや……あれだよ! あの『恋人としたいリスト』の一つだよ! て、手を握るって書いてあったでしょ?」
「書いてありましたか? 確かさっきやったので全てだったと思いますが。そうです、あの紙まだポケットに――」
海未はポケットから紙を取り出そうとしたので僕は慌ててそれを止めた。
「待って! ごめん書いてない……なんというか手を繋ぐのは僕の夢というか僕自身が海未としたい事だったから……」
その時、海未が僕の掴んでいた手を振りほどいた。
「海未? もしかしてまだ怒っているの?」
僕は不安になって海未の顔を見た。
すると僕の小指に海未の小指が触れた。
「……さすがに手を繋ぐのはまだ恥ずかしいので小指だったらいいですよ……」
そう言って僕の小指に海未が小指で優しく握ってきた。
「僕も今はこれが精いっぱいかも……」
僕は海未の小指を強く握った。
すると海未も僕の指を強く握ってくる。
雪がふわりと僕たちの指に触れた。
その雪は少しずつ解けて水になる。
僕たちはそれでも指を繋いで歩き続けた。