シズ・デルタ、第四階層守護者との逢瀬   作:空想病

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 時系列としては書籍10巻(11巻?)よりも後でしょうか。
 シズの逢瀬はようやく一つの可能性にたどり着きます。




 ここで一言。

 シズの泣き顔も、いい。


第二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第四階層・地底湖に、一人の来訪者が現れる。

 暗黒の帳の中を見通す右眼は、慣れた様子で地底湖の畔に降り立った。

 その姿は、赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪をなびかせて、都市迷彩色と鋼鉄の輝きを取り入れた魔法のメイド服に身を包む、美術品のような美少女。腰には刀を帯びるように大きな魔銃を携えており、翠玉(エメラルド)の瞳が狙った獲物はけっして逃がすことはない、魔弾の使い手である。

 彼女は暇を見つけては、こうして第四階層・地底湖に通う生活を送っている。二十四時間の中で与えられた一時間の休憩時間を使うのは基本中の基本。予定のない非番の時はほぼ一日この階層で過ごすようになってしまったのは、果たして何時の頃からだったか。

 シズ・デルタ。

 正式名称はCZ2128・Δ。

 それが、地底湖を訪れた戦闘メイドの名前だった。

 シズは日課とも言えるほどに潜り続けた湖へ、何の躊躇(ためら)いもなく飛び込んだ。

 そうして、待ち焦がれた彼の姿を、右の視界いっぱいに捉えた。

 何度見ても可愛らしい身体。

 ずんぐりとした(いと)しい動像(ゴーレム)

 

「…………ガルガンチュア」

 

 第四階層守護者は、いつも静かに眠っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユリからの報告に、アインズは椅子から立ち上がりそうになる自分を必死に抑え込む。

 

「シズの様子が……おかしい?」

 

 不安げに視線を落とす戦闘メイドの副リーダーは、妹の身を案じる姉の感情と、アインズに対して無用な心配を抱かせることへの遠慮がせめぎ合っている様子が見て取れる。

 だが、戦闘メイドとしての矜持が、ナザリックに仕えるシモベの一員としての誇りが、彼女の背筋に鋼のような力を与えていた。謹直なユリ・アルファらしい態度である。

 アインズは努めて冷静に、報告された内容を咀嚼しにかかる。

 

「日常的な仕事や任務などにおいて、不具合が生じているのか?」

「いえ、そういったことは勿論ございません。シズはメイドたちの中でも非常に優秀な働きを見せてくれています」

「ふむ……では、何が問題なんだ?」

 

 ユリはしばし迷う風を見せることもなく、決然とした眼差しで、アインズの視線を受け止めて見せる。

 

「はい。最近のシズは、非番になると行方不明になることが多いのです」

「……行方不明とは、いささか穏やかじゃないな。だが、非番が終われば戻っているのだろう?」

「勿論でございます。ただ、急な案件や用事を頼もうとした時は、第九および第十階層を探しても発見できないことが多く、最近では非番以外の休憩時間でも姿を見せなくなることが多いので、アインズ様の御指示を仰ごうかと」

 

 アインズは首を傾げた。

 シズはナザリックのメイドの中でも優秀な戦闘力を備えたNPCだ。レベルこそ戦闘メイド(プレアデス)内では最弱な位置に甘んじているが、腰に下げた魔銃による遠距離攻撃能力は強力だ。純粋な物理攻撃ステータスはアインズのそれをも上回るステータスを備えている。さらに、銃使いとしての職業を多く取得しているため、この転移後の世界でも余裕で強者の部類に位置付けられるだろう。

 ただ、この世界には「銃」という近代的な武器の存在は確認されていない。未だに未知の多い世界だが、彼女の武装や能力は希少な部類に入ると看做していいだろう。それゆえに、滅多なことではナザリック外の仕事を割り振ることはしていなかった。

 

「ナザリックの外に出さないでいることが裏目に出たのか? いや、シズも「ゲヘナ」作戦には参加していたから……その時の影響か?」

 

 シズの種族は自動人形(オートマトン)。他の戦闘メイドや一般メイド――執務室の扉近くに控えるアインズ当番のリュミエールなどの錬金生命体(ホムンクルス)とは、まったく異なる種族だ。

 この世界特有の何かが、自動人形のシズの身体や精神に不調をきたしたとしてもおかしくはない。

 

「これは、早急に調べる必要があるか」

 

 かつての仲間たちが残してくれた大切な宝物たち。それがある日、ナザリックから忽然と姿を消したりしたらどんな事態が起こるか、想像するのも(はばか)られる。

 

「シズの今度の休み――非番はいつだ?」

「明日になります」

 

 アインズは頷き、不安げに直立し続ける戦闘メイドを見据える。

 

「案ずるな、ユリ。おまえの妹たちが優秀なことを、私は疑ったことはない」

「身に余る御言葉です。しかし、ルプスレギナのように、アインズ様の命令や認識を曲解し、御身の失望を買うような事態も」

「あれは私こそが責められるべき失態だ。その場で即座に撤回したはずだが」

 

 ユリは僅かながら頭を振った。

 

「アインズ様に失態などありえません。不肖な妹を諫めきれぬは姉である私の不徳――平に、御容赦を」

「……構わん。おまえたちのすべてを許そう、ユリ・アルファ」

 

 アインズはゆっくりと腰かけていた椅子から体を起こし、悠然とした様子でユリの傍へ歩み寄る。

 突然、主人が自分に触れられる位置にまで移動したことに、ユリは慌てて膝を折った。

 

「だが、これだけは言っておくぞ。あれはルプスレギナの失敗ではなく、我が浅慮が引き起こした失態の一つ。それを撤回することを、私は良しとしない。故に、誰かがルプスレギナを責め立て罰することは、絶対に許さん……理解しているな?」

 

 アインズの言葉は絶対だ。故にこそ、ユリは肩を震わせながら了承の声を絞り出す。

 その身に宿る感情は、恐怖ではなく歓喜だ。御身はこんなにも、自分たちのために心を砕いてくれる。ただそれだけのことが奇跡にも等しい宝だった。

 至高の存在は震える肩を止めてやろうと、そっと骨の掌で撫でてやる。

 

「本当に、心配には及ばないぞ、ユリ。シズのこと、すべて私に委ねておくがよい。

 おまえたちの主人である、このアインズ・ウール・ゴウンに」

「あ……ありがとうございます!」

 

 感極まった様子でその場に平伏したユリは、黒い瞳に大粒の涙すら浮かべつつ執務室を辞していく。その様子を見送ったリュミエールまでも、頬を濡らしていたのは見間違いだろうか。

 執務室で一人になり、アインズは小さな感情の波に揺られながら、溜息をこぼす仕草をしつつ考える。

 

「……ふぅ」

 

 さて。

 どうしたものか。

 あんな大言壮語を吐いた以上、シズの件は早急に解決しなければ示しがつかない。

 非番の前にシズに事情を聴いてみるのもいいが、それがベストな手法だとは断言できない。第一、休日に部下がどんな余暇を過ごしているか口を挟むのは、ホワイト企業のやるようなことではないだろう。もしこれが自分だったら、休日にYGGDRASIL(ユグドラシル)で遊んでることを言い咎められたりしたら、けっして不満を起こさないとは言い切れない。はっきり言えば不愉快極まる。

 ここはこっそりと、休日のシズの行動を監視する……というと語弊があるので、見守ることにしよう。

 これはあれだ。親が留守中の子供が家でどんなことをして過ごしているのか気になるとか、そんな、あれだ。

 というか――今、はじめて気づいたのだが、そもそも自分はNPCに休暇を与えはしたが、彼らがどのように休みを取っているのか、ほとんど知らない。

 これを機に、彼らの休日の過ごし方を知っておくのも、今後のナザリックの運営に役立つかもしれない。たとえば、休日にやることが思いつかない者がいれば、第九階層の娯楽施設や図書館など他の階層の施設に率先して招待したり、または外の世界で仕入れた食材や道具などの市場を開いたり、あるいは何か暇つぶしになる遊戯や興業を催したり。

 やはり守護者たちに、給与を貰ったら何に使うか考えさせたのは無駄ではなかった。いくつか却下せねばならないものも幾つかあったが、NPCでも普通に品物を欲したりすることの証明になってくれたのだから。

 うん。

 我ながら組織の(おさ)らしい発案じゃないか。

 

「シズの件は、そうなると……またあいつの力を借りることにするか」

 

 アインズは例のものをアルベドに用意させようと〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 

 

 

 

 

 第五階層・氷河。

 久々に訪れた白銀の世界。寒々しく凍てついた御伽噺(おとぎばなし)の建物・氷結牢獄の奥へ、アインズと守護者統括であるアルベドは――以前、アインズから下賜された(気になっている)焔のような衣を肩に掛け――赴いていた。

 

「これはこれはアインズ様、ご機嫌よう」

 

 受け取った赤子の人形を揺り籠に抱き戻した喪服姿の女が、長い黒髪に隠れた顔に笑みを浮かべる。

 

「可愛らしい方の妹も、久しぶりね」

「久しぶり、姉さん。謹慎が明けて以来ね」

「そうね。あの時は、本当にごめんなさい。可愛いあなたにまで迷惑をかけて」

 

 アルベドは姉の言うことを理解し、首を僅かに振った。あれは、ニグレドが創造主である至高の御身から与えられた設定に従った言動。他への示しの為に、同じように嘆願してきたペストーニャ共々、謹慎させていたに過ぎない。

 ちなみに、ここには助命された幼子らの姿はひとつもない。脆弱な人間では、この冷気ダメージの中で生存し続けることは不可能だ。それが子供となれば尚更である。彼らは一様に、ペスの使用人室でメイド長自らが面倒をみている。

 

「それはそうと、アインズ様。今日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 ニグレドは、アインズから用向きを聞かされ、即座に快諾する。

 

「判りました。早速、シズ・デルタの所在を探査いたします」

 

 以前、シャルティアが洗脳された際と同じ手段で、ニグレドは自動人形の所在を調べていく。

 彼女の返答は早かった。

 

「発見いたしました。彼女は現在、このナザリック地下大墳墓、第四階層の地底湖にいるようです」

「地底湖だと?」

 

 何故そんなところに。あそこにはこれといった施設や設備があるわけではない。余暇を過ごすには不向きなことこの上ない場所のはずだ。

 意外と近場に居たことに安堵しながら、何故そんな場所にいるのかという疑念が、骨の体に一抹の不安を抱かせる。

 

「〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を。シズの様子が知りたい」

「畏まりました」

 

 虚空に出現した水晶には、地底湖の底を漂う戦闘メイドと、巨大な岩塊を積み重ねたようなゴーレムの姿が映された。

 

「ガルガンチュア? ガルガンチュアの前で何をしているんだ、シズは? 誰かに命じられでもしたのか?」

「私の知る限り、そのような命令は下されていないはずです」

「口元を見るに、何か喋っているようですね。アインズ様、音を拾ってみましょうか?」

「頼む、ニグレド」

 

集音(マイク)〉の魔法をニグレドが唱えた瞬間、どこからともなく自動人形の声が響き渡る。

 

『…………昨日は、久々にナーベラルに会えた。アインズ様も帰ってきてくれて、とても嬉しい。けれど、二人とも本当に忙しいみたい。明後日の朝には、人間の街に、帰っちゃう。仕方がないことだけど、きっとその内、みんなナザリックで、また静かに暮らせると思う。

 …………一昨日は、ルプスレギナが顔を見せた。すぐ人間の村に帰ったけれど。ナーベラルに会いたいって、寂しそうに言ってた。私が指摘したら、本人はそんなことないっすよって強がってたけど、私には、わかる。寂しいくせに、不可知化でメイドの皆をからかって時間を浪費して、本当に困る』

 

 シズの声は何処か熱を帯びており、普段よりも心なしか口数が多い印象を受ける。

 

「これは……何かの報告、でしょうか?」

「ガルガンチュアは動像(ゴーレム)よ? 報告なんて意味がないわ、姉さん」

 

 姉妹が互いに意見を述べ合う中、アインズは開いた口が塞がらない。

 その光景の意味が理解できないというのとは、違う。むしろ逆だ。

 ひとしきり喋り倒して話すことは話し終えたのか、シズは桜色の唇を引き結び、ゆっくりと岩の肌に手を伸ばす。そして顔を、胸を近づけ、動像の表面を撫でるように、全身を触れ合わせていく。

 

『…………ガルガンチュア』

 

 まるで頬ずりするような甘い声。

 この場の誰も、至高の存在として彼女の上に君臨するアインズすら見たことのない、機械の少女の奇怪な言動。

 

「ニグレド。魔法を解除しろ今すぐ」

 

 アインズの静かな声に、魔法詠唱者は即座に従った。〈水晶の画面〉は溶けてなくなり、音声も途絶える。

 彼の声は、まるで見てはいけないものを見てしまったような、他人の大事な宝物を盗み見してしまったようなばつの悪さが滲み出ていたが、そんなところまでNPCの判断が及ぶはずがない。

 

「アインズ様?」

「いかがなされましたか?」

 

 姉妹両方から同時に声をかけられ、しかし、アインズは何も言えない。気を抜くと、その場で座り込んでしまいそうな衝撃に襲われていたからだ。

 無論、これは攻撃などではない。アインズの骨の体の内から生じた何かだ。

 精神が安定化されるアンデッドだからこそ、ここまで平静でいられたのだ。

 

 まさか。

 いや、そんなことが。

 

 深く、深く、思考を巡らせる。辿り着ける答えは一つきりだが、それ以外の解答がないものかと求め欲するように、思考の水面へより重く遠く埋没していく。

 

「二人とも。シズは、ガルガンチュアのもとで何をしていたと思う?」

 

 訊かれた二人は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 

「そうか……いや、わからないならわからないで、構わん」

「アインズ様は、シズが何をしていたのか、お分かりになったのですか?」

 

 ニグレドの問いかけに、アインズは首を振るしかない。

 

「いや……いや、そうではない。だが、これは……」

 

 馬鹿みたいな話だ。

 そんな馬鹿なことがあるものか。

 アインズにはひとつだけ、たったひとつだけ心当たりと呼べるものがあった。

 だが、そんなことがありえるだろうか。

 

 シズは自動人形(オートマトン)。ガルガンチュアは戦略級攻城ゴーレム。

 

 否、ありえるありえないという以前の問題だ。

 こんな物語じみた展開が、自分の目の前で起こることなんて、まったく想像の範囲外だった。

 アンデッドの骨の体のくせに、手で押さえた目頭が熱くなるような錯覚を覚えた。無論、こんなものは鈴木悟の残滓が起こした現象でしかないのだが。

 

「シズに話すべきなのだろうか……それとも……」

 

 アインズは悩みに悩んだ。

 アルベドはそんな愛する者の様子を、瞳の奥に刻み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 非番を終えたシズは、急ぎアインズの執務室に赴くように厳命された。

 若干以上の緊張を機械の心臓は感じ取っていたが、その表情は人形らしい無機質で覆われたままだ。

 しかし、その内実は非常に晴れやかなものである。

 至高の御身と対面する栄誉は勿論のこと、久々の非番でゆっくりと彼と語らう――否、一方的に語って聞かせているだけなのだが――ことができたので、それらが相乗的に作用してシズの内実を晴天のごとく煌かせるのに一役買っていたのだ。

 自分でも不思議なのだが、彼と、ガルガンチュアと共に過ごしていると、体がとてもぽかぽかしてくる。

 至高の存在に仕える時の多幸感とは違う種類の幸福感。そして幾ばくかの寂寥感(せきりょうかん)。それを与えてくれる彼の存在は、何時の頃からか、自分の姉妹やナザリックの同胞たち、他の階層守護者の方々とは別の意味で大切なものへと昇華されていた。それがどういう作用をもたらす状況なのかは、シズには判らない。ただ、こんなにも晴れやかで素晴らしい思いを与えてくれる彼のことを、シズはただまっすぐに思い続けていく自信があった。

 願わくば、彼と言葉を交わしたい気がしているのも事実だが、彼は戦略級攻城ゴーレム。

 自分のこの望みは、分を超えた妄想の類だということは、何となくだが理解できている。

 シズは彼との語らいを記憶の湖の底へと沈め、目の前に現れた厳かな雰囲気の扉をノックする。

 

「…………シズ・デルタ、召喚に応じ参上いたしました」

 

 取り次ぎは一般メイドではなく、自分の姉であるユリだったことに驚きながら、入室を許され足を前に運ぶ。

 そして、シズは見た。

 部屋の奥に座する死の結晶。神すらも超える智と力とを兼ね備えた最高の主。自分たちを創造し、このナザリックに仕える使命を与えてくれた至高の存在のまとめ役。

 アインズ・ウール・ゴウン、その威容を。

 

「CZ2128・Δ」

 

 彼の傍近くに侍る守護者統括が、自動人形の正式名称を諳んじた。

 その声音に、何か得体のしれないものを感じ取ったシズであったが、その詳細を読み取れるほどの能力を機械の身体は持ち合わせていない。

 

「アインズ様の御傍へ」

 

 女神のごとき淑やかな抑揚に命じられるまま、シズは部屋の奥へ。その後ろを姉がついてくる。

 ――何故だろう。

 姉の仕草は、まるで自分を容易に捻じ伏せるための、罪人を連行する看守にも思えた。

 

「…………アインズ様」

 

 執務机の向こう側に泰然と座る玉体が、満足げに首肯するのを、片膝をついたシズは見逃さない。

 

「よく来たな、シズ」

 

 至高の御身から直接お言葉を賜る。

 その栄誉に心臓部を加速させながら、シズは下げた頭をより床面へと近づける。

 

「せっかくの休暇明けに、突然呼び出してしまってすまない。だが火急的速やかに、おまえに確認しておかねばならないことができてな」

「…………確認、ですか?」

 

 シズは微かに首を傾げた。

 至高の御身が、シモベの何を確認する必要があるのか。御身はナザリックの頂点に君臨する絶対支配者。機械人形ごときの状態や情報、設定や使命について知悉(ちしつ)していて当然なはず。シズには本気で理解が及ばなかった。

 アインズはゆっくりと頷き、深淵を思わせるような深い声音で問い質す。

 

「シズ。昨日の休暇は何処で過ごした?」

 

 胸の動力ケーブルに何か詰まったような錯覚に陥った。

 無論、至高の御身によって創造された機械の肉体にはありえない不調であるはずだが、シズは心臓が止まりそうな衝撃を受けたように全身を硬直させる。至高の存在は泰然として、返答に詰まる風を見せるシズに、それ以上の追及はしてこない。シズは思考を二転三転させながら、何を言うべきなのか完全に迷う。幸い、至高の存在は返答を急がせることもなく、配下の慄き惑う様子を許すかのように、深い沈黙を保ってくれた。ひょっとすると、いつもユリにしていたように、明確な返答をせずともいいかもしれないと、シズは不敬な考えに一瞬だけ捕らわれかける。

 だが、守護者統括はそれを許さなかった。

 

「CZ2128・Δ。アインズ様の御言葉よ。速やかに、答えなさい」

「…………、だ……第四、階層……地底、湖……に」

 

 観念したというより脅迫に屈したような感じで、シズは告げた。

 

「何故、地底湖に赴いたのだ?」

「…………それ、は」

 

 彼の短い問いかけに、シズは何も言えない。

 実際のところ、シズ自身も何をしに行っているのか分からないところがあった。

 ただ、気が付くと彼のもとに、ガルガンチュアの傍に向かっている。それがシズの非番の過ごし方になっていた。

 

「地底湖の清掃にでも行っていたのか?」

「アインズ様から休暇を頂いておきながら、それを反故にしていたと?」

「…………違い、ます」

 

 あまりの恐怖にシズは顔を上げることが出来ない。至高の御身の視線から顔を背けるなど、とんでもない不忠を犯していることにも気づかないほど、機械の少女は狼狽の極みにあった。

 

「シズ、顔をあげなさい」

 

 後ろからユリの冷たい視線が自分を見据えているのが判る。いくら仲睦まじい姉妹であろうと、シズは戦闘メイド内で数少ない癒しであろうと、アインズに不忠を働くさまを目の前で見せつけられては、普段の優し気な声は消え去り、極低温のような憤怒を表してしまうのも無理からぬことである。

 機械の右目は覚悟したように――あるいは親に罰せられる(わらべ)のように――震えながらも主の視線を受け止めた。

 その赤く輝く瞳から窺える感情は、悲しみ。

 その口腔から死の如く漏れる音色は、嘆き。

 

「――すまない、シズ」

 

 そう告げられた自動人形であったが、一体どうして主人が自分に謝っているのか理解できない。

 それはアルベドも、そしてユリも同じこと。

 アインズは心から無念を滲み込ませるように頭を振った。

 

「実は、おまえが昨日どこで何をしていたのかは、ある程度こちらで調べがついている。だというのに、こんなおまえを責め立てるような真似をして、本当にすまない」

「あ、アインズ様!」

「顔をお上げください!」

 

 彼は項垂れ、目頭を覆うように片手を当てる。

 アルベドとユリが当惑を面に浮かべ、アインズの行動を制止する。

 

「…………ア、アインズ、さま?」

 

 自動人形はあまりの事態に腰を浮かして立ち上がっていた。

 シズの顔は機械ゆえに表情を面に表すことは難しいが、その内実は先の二人以上に混乱と混沌の渦中に放り込まれ、わけがわからなくなっていた。

 自分が、彼と、ガルガンチュアと会っていたことを、知られていた。

 その事実が、どうしてこんなにも心臓を狂わせるのか。どうしてこんなにも胸の奥を締め付けるのか。

 機械の心では理解することが難しい。

 というよりも、不可能に近かった。

 

「シズ。本当にすまない。だが、告げさせてくれ」

 

 アインズが何を自分に告げるのか。

 それを予感した瞬間、シズは耳を塞ぎたい衝動に襲われたが、至高の存在の言葉を拒絶することなど、許されていいはずがない。

 

「ガルガンチュアには意思はない。

 あれはただの戦略級攻城ゴーレムだ。

 おまえがあれに抱いている感情、は……」

 

 至高の御身は一瞬だけ口を噤んだ。噤まざるを得なかった。

 

「…………いや」

 

 シズは怯えたように一歩を下がる。

 語られる言葉は、シズの胸を貫いた。痛みにも苦しみにも似ているそれは、機械の心をズタズタに引き裂き、踏み躙るような何かを、自動人形の総身に刻み込んだ。呼吸を必要としない人形が、喉を締め付けられたかのように(あえ)ぎ苦しむ。

 しかし、アインズは言葉を続ける。続けるしかないと決意して、血を吐くように事実を突きつける。

 

「聞け、シズ・デルタ。他の種族ならいざ知らず、意思を持たぬゴーレムに対して」

「…………いや、いや、いや、いや」

 

 ありえないことが起こった。ありえないことが起こっている。

 至高の四十一人に創られた、忠節と忠誠と忠義を貫き守り通すべく存在するはずのNPCが、その存在の言を否定する。

 しかも、否定しているのは自動人形。

 命令に忠実無比であるはずの戦闘メイドが、その柔らかな面貌を硬く歪め、さらに数歩を下がる。

 まるで、事実を事実と受け入れたくないと主張するかのように。

 

「聞くのだ、シズよ。おまえがガルガンチュアに思い焦がれても」

 

 不屈の姿勢を貫くことは、もはや少女にはできなかった。

 

「……いやぁ、いやぁ」

 

 シズは、その場で崩れるように膝を折る。臣下の礼も何もないそれは、ただ糸が切れた人形のような挙動である。当然、至高の御身の前でさらしてよい態度からは程遠かった。

 

「…………やだぁ」

 

 それだけを言って、自動人形は泣いた。

 瞳を洗う洗浄液でしかない水分が、機械の奥底から湧き出て止まらなくなる。

 シズはまるで壊れてしまったように、瞼を塞いで、喘ぎ続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室から、戦闘メイド二人が辞したのを見送ったアインズに対し、残ったアルベドは即座に言葉を紡ぐ。

 

「申し訳ありません、アインズ様」

「……何故おまえが謝るのだ、アルベド?」

 

 そう言いながらも、アインズは彼女が頭を下げ平伏する理由を何となく理解していく。さすがに、この世界に来てからそれなりの日数が経過している。彼女たちNPCの行動や性格は、もはや設定文を読み解く必要もないほど知悉していた。

 

「アインズ様に忠節を尽くすべく創造された者を代表するモノとして、此度のシズの不敬、万死に値するものでございます」

 

 これだよ。

 アインズは、先ほどのシズの動揺を目の当たりにして、少し、否、大きな後悔に囚われる。

 やはり自分ひとりでシズと語らうべきだったか。だが、こういうことにはまるで免疫がない――というか、二十数年生きてきてまったく未知で未開で未経験だった――アインズは、自分ひとりでシズを説き伏せる自信がまるで存在しなかった。そもそも、シズは自動人形だ。人間の恋愛観くらいしか理解のない自分では、そこまで有意義な解答をシズに用意してやれるとはまったく思えなかったことも大きい。せめて同じNPCの女性キャラがいてくれれば、少しは助けになってくれるかもと浅い知恵を働かせたのだが、現実はそれ以前の問題であった。

 ……いや、これはただの言い訳だ。問題はそこではない。

 そも、NPCが恋愛感情を他のNPCに抱くということを想定していなかった時点で、遅きに失していたのではないか。

 

 そう。

 シズ・デルタは、ガルガンチュアに恋している。

 

 だが、それは決して叶わぬ恋でしかないのだ。他のNPCなどが相手であれば祝福できたはずだ。セバスがツアレと結ばれることを認めたように、アインズはシズの想いを汲み取ってやることも出来ただろう。

 しかし、彼女が恋い焦がれているのは、意思を持たぬ岩塊だ。

 これは例えるなら、人間が石ころに恋しているのと何にも変わらない。

 その思いがいかに真摯であろうとも、どんなに大きく崇高な心の結晶であろうとも、相手には決して届くことは、ない。

 これを憐れむことは当然の反応だ。修正が利くのであれば対応しておくべきだろうと思い、アインズは今回の会合をアルベドとユリに用意させたのである。結果は惨憺たるものだったが。

 長く思考に囚われてしまった自分を自覚し、アインズは椅子に腰かけたまま、アルベドに向き直る。

 今はとにかく、目の前に立ちはだかる問題を――義憤に身を硬くしているだろう守護者統括を宥めることに専念せねば。

 

「ですが、何卒(なにとぞ)……何卒、シズへの御不快の念を解いていただきたいのです」

「…………ぇ?」

 

 アインズは信じがたいものを見るように、ナザリックのNPCの頂点に位置する女悪魔の双眸を見つめた。

 そこにあったものは、断固とした決意。

 怯懦や困惑、憤懣といった負の感情を一切感じさせないそれは、鋼よりも堅い意思を感じさせた。

 しかし、だからこそアインズは混乱してしまう。

 

「え……あの、アルベド。おまえ、そんなことを言う奴だった、か?」

 

 洗脳され記憶のとんだシャルティアや、蜥蜴人に一度敗北したコキュートスを叱咤し痛罵していた守護者統括の姿が、そこには欠片も見受けられない。

 あれだろうか。ユリから必死に助命嘆願を申し受けたとか、そんなところだろうか?

 

「これは私の一存でございます。

 もしも御不快と判断されるのであれば、この場にて自害させていただきます」

 

 マジで。

 聞く前に真っ向から否定されっちゃったんだけど。

 

「アルベド……何がおまえをそんなに追い込んでいる? おまえは、特別シズと親しかったか?」

 

 アインズの言葉を、彼女は微笑みさえ浮かべながら否定する。

 

「いいえ、そのようなことはまったく。ただ……」

「ただ……何だ?」

「愛するものを持つ身の上、故に」

 

 アルベドは微笑さえ浮かべながら、しかし断固とした意志を感じさせる口調で言い募る。

 

「シズのガルガンチュアを愛する心は、私に深い共感の念を抱かせました。愛する者に意思などないと聞かされて、それで納得がいくはずがありません。愛する者とは結ばれるはずがない運命だから諦めろと諭されても同じことです。

 私は、至高の御身であられるアインズ様に忠義を尽くすと同時に、深い愛を抱いております。そして私は、アインズ様に意思がないなどと聞かされても、到底信じることは出来ません。たとえ結ばれることが許されぬとアインズ様御自身から告げられたとしても、この想いを捨て去ることは不可能なのです。私は、この身が生き続ける限りにおいて、滅びを迎えるその時まで、御身を愛し続けることでしょう。

 そして私は、不敬ながらも安堵すらしてしまいました――愛とは、かくも偉大なものなのだ、と」

 

 陶然と頬に朱をさす悪魔は、女神の如く超然とした面持ちで、ゆっくりと頭を下げた。

 

「アインズ様。どうか、愛する者を持つことの苦しみ以上のものを、あの()に与えないでいただきたいのです。これは守護者統括としてではなく、一人の女としての望み……いいえ……我が儘です」

 

 アルベドは両手をついて、額を床にこする……ことは、角が邪魔で出来ない。

 だが、これだけのことをするアルベドの姿を、アインズは知らない。そして、これだけの想いを、言葉にしてみせる女の姿もまた、アインズは知らなかった。

 見る者によっては、これは紛うことなきNPCの反乱に見えるだろう。

 だが、アインズにはまったく別の可能性を見つけたような気さえする。

 彼女たち、NPCの未来の広大さを。

 だからこそ、アインズははっきりと告げておく。

 

「心配するな、アルベド。私は今回の件で、シズやおまえたちを責め立てるつもりなど、最初から存在しない」

 

 アインズの言葉に、女悪魔は薔薇(ばら)色の頬をより深く色めき立たせる。

 

「愛とはかくも偉大なもの、それは私も思っていたことだ。しかし……」

 

 問題は、依然として解決されてはいない。

 シズがガルガンチュアにいかに深い愛情を抱き続けても、それが報われる日はきっと来ない。路傍の石ころに心が宿る未来がないように、それはきっと確定的だ。

 

「……何か方法はないのか……」

 

 すぐに思いつくのは、この世界に、動像などの無生物、それも戦略級攻城ゴーレムに心を宿す能力や装備、アイテムが存在してくれている可能性に賭けること。だが、周辺諸国に流通、風聞しているものを調べた限り、そんな限定的かつ過大な効能を持つ存在は確認できていない。ドワーフの国で入手した武装やアイテムにしても、所詮はこの世界で有能というレベルのものばかり。ナザリックの宝物殿に転がるものより数段劣る程度だった。

 次に思いついたのは、ナザリック内の世界級(ワールド)アイテム。特に“二十”の存在だ。しかし、これもそんな効能は期待できない。仮にそのような効果があったとしても、“二十”は使用すれば失われるアイテムだ。シャルティアが洗脳された時と同様、再び手に入れる目途がつくまでは、使用することは考えられない。まったく情けない主人である。自分で自分に吐き気がする。吐くものなどないのだが。

 その次に思いついたのは、ギルド武器“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を使用しての、NPC設定の書き換え。だが、これは世界転移後、まったく使用することが出来なくなっている。使えるのであれば自分が歪めたアルベドの設定を元通りに……ビッチにするのは少しきついので、「愛している」の一文を削除するくらいはしていただろう。それでも、タブラさんの創った設定を汚すことを考えると、おいそれとは実行できない気がするが。

 いろいろと頭蓋の内で可能性を模索するアインズは、ふと天啓にも似たひらめきを覚える。

 

「そういえば、あれの余りが宝物殿にあったはずだが……」

 

 あれ――“完全なる狂騒”――を使う。

 いやいや、論外だ。

 あれは精神系魔法に耐性を持つ種族……アンデッドなどが、精神系魔法への耐性を完全に消失するアイテムに過ぎない。確かに世界級アイテム所持者であるアインズすらも効果が発揮されるなど、地味に凄まじい性能を隠し持つアイテムだが、そもそも意思のない存在に意思を与えるという効果など持っていないし、狂騒状態に陥ることは本来であれば断固回避すべきバッドステータスだ。アルベドや戦闘メイドたちまで巻き込んだ時のあの大惨事は、アインズが記憶操作の魔法を使ってまで全員の記憶から抹消させねばならなかったほどの奇態ぶりである。あの時の再現を行おうとするなど言語道断だ。あれは黒歴史に命じて、宝物殿の一角に厳重に隔離封印している。

 あのマジックアイテムを動像(ゴーレム)に使ってみるなど、思案するだけ無駄というものだ。

 

「ナザリックの版図を南方や連合国家などへさらに広げるべきとして、ナザリックの安全と繁栄につなげていくには……」

 

 空っぽの頭の中で、死の超越者は答えの出ない問題に直面していらだちを募らせる。

 

「……クソ」

 

 アインズはアルベドにも聞こえないほどの小声で毒づく。

 やはりありえるのは、この世界に流れ着いているだろう世界級(ワールド)アイテムの存在か。

 たとえば、運営にお願いできる系の世界級(ワールド)アイテムであれば、意思のない岩塊に意思を宿すことも可能だろう。実際、この世界はアインズが推察する限り、そういった世界級(ワールド)アイテムの影響を受けている可能性は高かった。ホンヤクコンニャクを食べさせられた世界。YGGDRASIL(ユグドラシル)由来の魔法システム。こんな設定の改竄もとい書き変えは、世界級(ワールド)アイテムぐらいの力がなければ不可能だろう。将来的にそういった世界級(ワールド)アイテムを手に入れることが出来れば、可能性は見えてくる。

 だが、そんなものを探し出す労力と時間は、今のナザリックには逆さまにふっても存在しない。NPC一人の色恋の為に、仲間たちが残してくれた財産を危険にさらすようなことはできない。してはならない。長い時間をかけ、世界を征服した暁には、そういった余力も生まれている可能性に賭けるしかない。

 だが、その間シズに営々と、ガルガンチュアと無為な時を過ごさせるのは――――

 

「……うん?」

 

 世界級(ワールド)アイテム。

 運営にお願いできる。

 何度でも手に入れられる。

 それって……もしかして……

 

「ああ!」

「アインズ様?」

 

 精神を安定化されるほどの興奮を覚えたアインズは、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

 彼は傍らで不安げに見つめてくるアルベドの視線も忘れて、一つの可能性を見出したのだ。

 あった。

 あるではないか。一つだけ。

 このナザリック内に。しかもシズのもっとも身近な場所に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    【続】

 

 

 

 




第三話に続きます。
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