シズ・デルタ、第四階層守護者との逢瀬   作:空想病

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 この逢瀬シリーズにおけるガルガンチュアは、あくまで二次創作です。二次創作です。
 原作とは著しく設定が異なっている可能性が大いにあり得ます。
 ご了承ください。

 でも、シズが幸せになれるんだからいいよね?(´・ω・)




第三話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シズの私室は、数多くの魔銃や、それに類する兵器、弾丸や爆薬などの生成と管理に必要なアイテムが床に壁に、所狭しと並べられており、一種の武器庫のような様相を呈していた。

 その武器庫の一角に、簡素な天蓋付きのベッドがひとつ。傍には魔法のメイド服などを収納したクローゼットと姿見、そして丸テーブルと二脚の椅子が並んでいた。

 

「シズ……落ち着いた?」

 

 姉の問いかけは、まったく無意味なものだった。

 シズは未だに機械の瞳を潤ませて、レンズ洗浄液を垂れ流しながら、ベッドの真っ白なシーツに染みを作り続けている。ユリはそんな妹の背中を撫でてやることしかできない。アインズの執務室からこの部屋に戻って以降、シズは顔を上げることはなかった。というより、できなかった。

 無論、自分の行為が大好きな姉をどれほど困らせるものであるのかは理解しているつもりだ。それでも、シズは顔を上げられない。顔を上げようという気概が湧いてこない。

 姉に非番の時に何処へ行っているのかと問われた時、素直に答えることが(はばか)られたのと同じくらい、今のシズは姉に対して反抗的だった。別に姉を困らせたくてやっているわけではないのだが、それでもそうせざるを得ないほどの何かが、自動人形の内側から発生していたのだ。それを止めることなど不可能なこと。シズはユリの心配げな声を、殊更(ことさら)に無視し続けるしかない。

 シズは子供が()ねるように顔を伏せながら、至高の存在から告げられた言葉を思い返す。

 アインズが言っていたことは、紛れもない事実だった。

 ガルガンチュアは戦略級攻城ゴーレム。

 動像(ゴーレム)に意思などなく、そんなものに思い焦がれることなど、無為な思想と行動に過ぎない。ナザリック地下大墳墓に仕える戦闘メイド(プレアデス)の一員が、そんなことに余暇を費やすなど、常識的に考えて許されてよい行いではないだろう。

 

 それくらいのことは、シズも重々承知している。

 それでも、シズにはどうすることもできなかった。

 

 彼を前にして。

 彼と共に過ごして。

 彼に言葉を投げかけて。

 彼の身体に触れることができて。

 ただそれだけで、シズの心はあんなにも満たされていたというのに。

 どうしてそれを否定されねばならないのか。シズには本気で理解が出来ない。これが大好きな姉からの忠言であろうとも、その考えを覆すことはしなかっただろう。

 だが、シズの行動は、よりにもよって至高の御方のまとめ役であるアインズによって否定された。

 これは、自動人形の胸を穿つような衝撃を与えるのに十分なもの。

 だからこそ、シズはどうしてよいのか判らなくなった。

 自分が信じていたものと、自分が信じねばならないものとが摩擦を起こし、その両方に無視できない瑕疵(キズ)がついて歪んでしまったような、そんな感覚に襲われている。自分の脚で立ち上がるどころか、両手で顔を覆う気力さえ湧いてこない。だというのに、体内を循環する水分だけは、瞼の端から湧いて溢れ返っている。心の容量(キャパシティ)が足りていない。何をどうすることが正しいのかも判然としない。水分は一向に、人形の感情を冷却してくれない。

 シズはベッドに顔を伏せ続ける。

 そんなことしかできない今の自分が、シズには酷く後ろめたい。

 戦闘メイド(プレアデス)としての威信を地に落として、大好きな姉を困惑させて、あまつさえ至高の御方の言葉を拒絶するなど、もはや生きていくことすら憚られる想いを、機械の心は抱きつつあった。

 シズの部屋の扉を、何者かが叩く。

 立ち上がるどころか顔すら上げられぬ妹に代わり、姉が扉の方へ歩いていく。

 扉を開けた途端、ユリは驚愕と畏怖に身を(すく)ませたことが、人形の耳に知覚できた。

 

「シズ、アインズ様が」

 

 参られたと言われるよりも早く、自動人形は顔を持ち上げた。

 さすがに、至高の御身を前にして、醜態をさらし続ける愚は犯せない。しかも、御身がわざわざ使用人室の一角に足を運んでくれたという事実が、シズに多大な罪悪感を抱かせた。

 

「二人とも、そのままでよい」

 

 純白の悪魔を背後に従えたまま、アインズは事もなげに言い放つ。

 

「少しは落ち着いてくれたか、シズ?」

「…………はい」

「とてもそうは見えないが」

 

 見事に看破(かんぱ)されてしまった。やはり、至高の御身にはシモベの心象など掌の内にあるように解るらしい。

 

「二人とも、シズと二人にさせてくれ」

 

 アインズの申し出に何か抗弁しようとユリが顔を上げたが、寸前でアルベドに制止されては何も言えない。純白の悪魔に(いざな)われるように、ユリはシズの部屋を辞していく。

 シズはベッド脇でかろうじて平伏の姿勢を維持できた。その顔面は、涙の軌跡で汚く輝いていたが、そこまでを気遣える余裕は、今の彼女にはなかった。

 

「……座ってもいいか?」

 

 至高の御身を立ち尽くさせる無礼を、ナザリックに住まうものが良しとするはずもない。

 シズは即座に部屋の隅の椅子を運ぼうと立ち上がりかけたが、それをアインズが押し止めてきた。

 アインズは迷路に迷ったような自動人形の傍へ歩み寄り、彼女が顔を突っ伏していたベッドの上に腰かけてくる。

 それは、シズの認識からはあり得ない行為だった。

 

「…………アインズ様」

「おまえが気に病むことなど何一つとしてない、シズ・デルタ」

 

 彼は、シモベの寝台に、しかも自動人形の涙を吸ったシーツの上に腰を下ろしていた。

 御身の衣服や装備が汚れてしまうことも厭わずに、アインズはシズを手招きする。

 

「我がもとまで来るのだ」

 

 彼が何を言っているのか、数秒を経てようやく理解できた。

 その骨の掌が、御身の太腿(ふともも)――大腿骨(だいたいこつ)を叩いている。

 シズは膝をついたまま、恐る恐る、彼の膝元近くへ。

 これまでにない至近距離で、至高の御身の玉体を、白磁の美貌を見上げてみる。

 

「遠慮するな」

 

 アインズは微笑すら浮かべる口調で、シズの肩を抱くようにして、己の膝の上にシズの泣き顔を(うず)めさせた。赤金(ストロベリーブロンド)の髪を、いたわるように撫でつけていく。

 

「…………ア、アインズ、様?」

「さっきはすまなかったな。謝らせてくれ、シズ」

 

 御身は酷く落ち込んだ様子で口を滑らせている。これは、シズのようなNPCにとっては、まったく慮外の出来事であった。この地の最高責任者であり絶対支配者として君臨する死の王が、シモベの自動人形風情に謝罪を申し出るなど。天と地がひっくり返るような衝撃を、シズの総身が感じ取った。

 

「私は、その、ここだけの話、こういう心の機微については、非常に不得手でな。おまえの心情を鑑みれば、私の差し出口などまったく要らぬ世話でしかなかったものだったろう……本当にすまない」

「…………アインズさま」

 

 シズの表情が和らいだ。傍目には無機的な感じのままだったが。

 

「だが、私が先ほど言ったことを否定することは出来ない。それは分かって貰えるか?」

「…………はい」

 

 シズだって、至高の存在が主張することは十全に理解していた。理解していても、(まま)ならなかっただけだ。

 そう。(まま)ならない。

 彼を思うだけで、こんなにも心が弾む。

 彼のことを考えるだけで、こんなにも胸が高鳴る。

 だからシズは彼のことが、ガルガンチュアのことが苦手だった。

 苦手なくせに、どうしても彼の傍へ赴きたくなる。彼に言葉をかけたくなる。彼の身体に触れていたくなる。

 こんなにも儘ならない出来事が世界には存在していたなどと、自動人形ははじめて思い知らされたような気分を抱く。

 

「…………アインズ様」

「どうした、シズ」

 

 至高の御方は、どこまでも優しい声音で、人形の言葉を待つ。

 

「…………私を、罰してください」

 

 シズは、御身の言葉を拒絶した。

 御身の配慮を否定してしまった。

 それは、何という罪科なのだろう。

 どれほどの罪過であることだろう。

 自分で自分が許せないくらいに、シズは自分自身に怒りを燃やしていた。

 その熱は、何かのはずみで自分を内側から焼き焦がすのではと危惧してしまうほどの爆薬を、人形の胸の内に集め凝らせ始めていた。

 彼女の主張に対し、御身はただ静かな首肯でもって応じてくれる。

 

「それがおまえの望みと言うのであれば、叶えよう」

 

 途端、人形の胸は激発の熱が引いていく気配を感じ取る。御方の言葉が胸に染み入る。白い骨の指で髪を()かれるたび、背筋を得も言われぬ感覚が駆け抜けていく。

 絶望とは程遠い安堵感の鎖が、シズのすべてを包み込み、この世界に繋ぎ止めてくれるかのように思えた。

 

「しかし、その前に――私の(あやま)ちを清算させてほしい」

 

 シズは、至高の存在の懺悔にも似た口調に右眼を瞬かせる。

 彼の者にどのような過ちがあるものか。

 そう否定するべきだと判ってはいたが、御方が次に唱えた文言が自動人形の述懐を遥か彼方へ吹き飛ばしてしまう。

 

「行くぞ、シズ。私と共に、ガルガンチュアのもとへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズはシズの肩を抱きながら、指輪の転移を発動させる。

 使用人室の一室から辿り着いたそこは、ナザリック地下大墳墓、第四階層・地底湖。

 光エフェクトを起動したそこは、荘厳な地下鍾乳洞の真ん中に、深淵にも似た色彩を放つ湖の存在が際立っていた。それは磨き抜かれた黒い鏡のようにさえ見える。完全に凪いだ水面の輝きは、金属の光沢のように、世界を反転させ映し出すほどの精度を顕わにしていた。

 そのあまりの光景に目を奪われ、仲間たちの造り込みに感嘆してもよかったが、今は他に優先すべきことがある。

 

「アルベドたちは……いたな」

 

 湖の畔でアインズを待ち構えていたのは、純白の悪魔と、首無し騎士(デュラハン)の戦闘メイド。先に第四階層へ向かわせていたNPCの傍へ降り立つべく、アインズは〈飛行(フライ)〉の魔法を唱える。

 

「二人とも、待たせてしまってすまなかった」

「とんでもございません。儀式の準備は万端整えております」

 

 儀式というワードに、アインズは少し腰が引けてしまう。そんな重苦しい雰囲気でやることじゃないと思うんだが、まぁいいか。

 

「…………あの、……アインズ様」

「どうした、シズ?」

 

 骨の腕に抱かれる自動人形へ視線を移す。シズの位置を見止めたアルベドが何やら興奮気味に息を荒げているような気がするが、とりあえず無視しておこう。

 

「…………あの、何故、皆、第四階層に? 一体、ここで、何を?」

 

 混乱しかけている自動人形に、アインズは鷹揚に頷いた。

 

「第四階層守護者・ガルガンチュアに意思を与える」

 

 彼女の右目に映った感情は、驚愕と歓喜。

 だが、それらは一瞬の内に、畏怖と疑念で上書きされる。

 

「…………そ、んな、ことが」

 

 可能なのだろうか?

 そう呟かれるよりも先に、アインズは言葉を紡ぐ。

 

「普通に考えれば無理だな」

 

 超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使用したとしても、不可能に近いとアインズは考える。

 経験値を大量に投入しても、〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を三度使用できる“流れ星の指輪(シューティングスター)”を使用しても、ガルガンチュアには決して届くことはないかもしれない。やってみる価値は確かにあるが、どれほどの経験値が失われるのか定かではないし、何より超位魔法を使っても願いが聞き届けられない事態もあるという前例がある以上、これらを頼りにするというのは危険な行為だ。

 そんな博打(ばくち)を打つぐらいであれば、より確実な手法を選択するのが定石であろう。

 

「だが、このナザリック地下大墳墓には、その不可能を可能にし得る存在、世界級(ワールド)アイテムが少なからず存在している。その一つが、今、この地底湖の底に秘められている」

 

 シズの瞳が輝きを増した。震える唇が紡ごうとしているのは希望か、それとも不安か。

 アインズは自信たっぷりに――内実は真逆なのだが――宣言する。

 

「ガルガンチュアの胸部に、(コア)として埋め込まれた世界級(ワールド)アイテム、“熱素石(カロリックストーン)”。

 これは、200しかない世界級(ワールド)アイテムの一つであり、運営……世界に対し、一つの強権を執行する力が秘められている」

 

 平たく言えば、運営にお願いできる系の世界級アイテムである。

 しかも、これに関しては再入手の方法もアインズは知悉していた。

 

「“熱素石(カロリックストーン)”を入手するには、隠し七鉱山を独占するほどの大量の稀少金属が必要になるが、その条件を満たしさえすれば、複数個入手することも可能という、一点もの揃いの世界級(ワールド)アイテムの中では珍しい代物だ。事実、私と私の仲間たちが鉱山を独占した際に手に入れることができたことから、この入手条件を判明することができた」

 

 その後、鉱山の独占をわずらわしく思った他のユーザーとギルドに追い出され悔しがったことも、今では懐かしい思い出である。

 

「…………複、数、個?」

「気づいたようだな、シズ。そう、我々はこの世界級(ワールド)アイテムを、“熱素石(カロリックストーン)”を複数所持しているのだよ」

 

 アインズは仲間たちが残してくれた遺産に、これまでにないほど深い感謝の念を抱いた。

 おかげで、この自動人形の意思を、その真摯な想いを、ギルド長として汲み取ってやることができそうだ。

 

「“熱素石(カロリックストーン)”は、仲間たちとの合議の末、ひとつはここに眠るガルガンチュアに、ナザリックが誇る戦略級攻城ゴーレムの(コア)にすることが可決された」

 

 かつての議論を思い返す。

 ぬーぼーさんの熱意には皆が圧倒されていたな。武器に埋め込もうと画策していた人や、鎧などの防具にしてみたいという人もいたが、やはり“熱素石(カロリックストーン)”の無限エネルギーはナザリック地下大墳墓の戦力として他の拠点攻撃用のゴーレムに搭載することで、アインズ・ウール・ゴウンの威信を他のギルドへ大々的に見せつけるという意見には、賛成票が数多く入った。「最強のゴーレムの力が拠点を吹き飛ばす姿は見てみたい」「これならば新しい鉱山の占拠にも使えるかも」「巨大ロボは男の浪漫」「単純にかっこよさそう」など。

 ちなみに他の“熱素石(カロリックストーン)”については、数少ない運営にお願いできる系アイテムであることから、予備として、宝物殿の奥深くに管理されたままとなった。それから色々とゴタついてしまい、今の今まで忘れ果ててしまったことは、喜ぶべきか嘆くべきか。

 いや。きっとこれは喜ぶべきことだろう。

 無論、迷いはあった。アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじるギルド。一度ギルメンたちによって決定された方針や意見を、ギルマスであるモモンガの独断で変更するようなことは、本来であれば絶対に忌避していたことだろう。しかし、友人の子供たちの、あんな泣き顔を目の前でさらされては如何ともし難い。それに、そんなことを言い出したら、自分が“アインズ・ウール・ゴウン”と名乗ること自体、ギルメンたちに許可も何も取ってなどいないのだから、これ以上の横暴などないだろうに。

 これから行う行為は、かつての仲間たちが決めた“熱素石”の運用方針に、アインズが独自に手を加えることに等しい。そのための穴埋めも考えてはいるが、上手くいくかどうかは運次第。

 それでも、アインズはやると決めたのだ。

 きっと、ギルドの皆にもわかってもらえるはず。

 アインズはしみじみと、目の前の少女を見つめる。

 シズの涙で溢れた顔が、こんなにも喜びの表情を表してくれているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シズは歓喜よりも尊い感情に支配されていた。自動人形では理解不能な――否、どのような種族をも超越した至高の御方の優しさとは、ただのシモベ風情に完全な理解をもたらせるほど矮小な代物であるはずがないのだ。

 

「さぁ、泣くな、シズよ。それではガルガンチュアに顔向けできまい?」

 

 至高の御身が、御衣で人形の顔面を拭っていく。

 それでも、堰を切ったように溢れ出る感情の雫は止められない。

 

「おまえを傷つけてしまった我が過ちを、これで許してもらえるだろうか?」

 

 シズにはもはや、何も言えない。頭を振る力さえ残っていない。

 アインズの御心の深さを思い知り、身に余るほどの奇跡に溺れてしまいそう。

 ただのシモベに、こんなにも慈悲深い主が存在してくれている事実が、自動人形の心を満たし尽していく。

 いつの間にか啜り泣く声は、シズだけのものではなくなっていた。守護者統括は勿論、ユリもまた涙腺を決壊させて全身を震わせている。少女たちの泣き声が、地底湖の広大な空間に残響する。

 その中にあって、御方の声は轟然と響き渡った。

 

「では、これより“熱素石(カロリックストーン)”を取り出し、ガルガンチュアに意思を与える。準備は良いな、アルベド?」

 

 目の端を指先で拭い、純白の悪魔は歯切れ良い音色で応じる。

 

「そのことですが、アインズ様。“熱素石(カロリックストーン)”を取り出す役儀は、シズに一任された方がよいかと愚考いたします」

「ふむ。確かにシズの手であれば、問題はないだろうが……」

 

 アインズの視線が、涙で濡れそぼった自動人形をとらえる。

 

「シズ――やれるか?」

 

 やってみるかとは訊かない。今の少女の状態を鑑みれば、あまり精緻な作業は向いていないだろうと判る。

 そんな疑念に対して、自動人形は確かに頷きを返した。返すことができた。

 重ね重ねの御厚情にシズの瞳もまた、決心の火を灯し出したのだ。

 

「よし。ではアルベド、シズに手順を教えよ。そこまで大仰な作業でもないから、手短にな」

 

 シズは歩み寄った守護者統括に、一通りの手順と注意点を教授される。

 そうして、ようやくシズたちは地底湖の水面へ足を進めた。

 至高の御方が唱えた魔法の力で張り巡らせた空気の層のおかげで、全員が水に濡れることなく、湖の底へ到達する。大地の脈動を、太陽の光輝を、自然の驚異を余すことなく想起させる脈打つ岩盤の上に降り立つ。

 御身の手には、このナザリック地下大墳墓を象徴する至宝の極致“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”が握られていた。

 

「言い忘れていたことがあった――シズ、おまえの願い、罰の件について、だ」

 

 湖底で、アインズはシズから願われた事柄を思い出す。

 

「シズ。おまえへの罰として、この世界で新たな世界級アイテムの探索と発見、そして確保を命じておこう。この命令期間は無期限だ。――おまえにはこの罰を、命令を遂行する意思はあるか?」

 

 至高の御身はこう仰ったも同然である。

 未来永劫、ナザリックに仕え、アインズ・ウール・ゴウンに供物を捧げよ、と。

 願ってもない話である。

 というより、これ以上ないほどの栄誉だと言っても過言ではない。

 もとよりシズは、ナザリックの戦闘メイド。この身尽きても、この魂は久遠の果てまで、御身に忠誠を捧げ続けることを確約している。

 

「とりあえずおまえには、どこかの鉱山を管理してもらうことになるかもな。そこで採取される金属の中に、隠し七鉱山に匹敵する鉱物が含まれていれば御の字だ。それを集め積み立てていけば、あるいは新たな“熱素石”が手に入るかもしれない」

 

 気の遠くなるような話だと、そう至高の御方は告げていたが、その程度のことは問題ではない。

 たとえ遥かな道のりでも、彼と共にいく道であるなら、どのような苦難をも踏破出来る。

 走破してみせる。

 

「…………はい」

 

 少女は首肯する。

 それは戦闘メイドとしての矜持ではなく、一人の決意した少女としての受諾だった。

 アインズは満足げに、杖を天へと差し上げた。

 ゴッズアーティファクトの煌きが、湖中を隅々まで照らす光源と化す。

 すると、ガルガンチュアの胸部が音を立てて割れていく。

 火山とも見紛う光と熱の奥から、一個の宝玉が顕現した。

 

「シズ、“熱素石(カロリックストーン)”を取り出せ」

 

 シズは緊張気味に、彼のメインコアとも言うべきそれを、世界級アイテムの球体を両手で受け取る。

 それは、彼の命の鼓動そのもの。無限のエネルギーを供給する、至高の心臓。

 自分は今、彼をこの両手に持ち上げているという事実を覚る。

 掌が震えそうになるのを必死に抑え込み、シズは教えられた通り、“熱素石(カロリックストーン)”を天へと捧げる。

 捧げられた供物に対し、アインズは杖の先端を差し向けた。

 

「“熱素石(カロリックストーン)”よ。我が望みに応えよ」

 

 言葉に呼応するかのように、宝玉の外殻に数条の罅が走った。輝きは光度を増し、眼を開けておくことも困難だ。

 一瞬だが、シズは彼が消えてなくなるような感慨を抱く。

 不思議なことだ。自分は今、彼を手中にしているのか、それとも足元にしているのか、それすらも曖昧になり下がる。

 だが、至高の御身の声は轟き続ける。

 

「ナザリック地下大墳墓・第四階層守護者“戦略級攻城ゴーレム”ガルガンチュアに――」

 

 罅が宝玉の全周全域に到達したと同時に、アインズの祝詞が谺する。

 

「意思を与えよ!」

 

 宝玉は砕かれた。あれほどの輝きが、まるで嘘か幻のように消失する。

 破片すらも残らないほどの粉微塵になり果てた心臓は――――しかし、そこに残っていた。

 シズの小さな掌に収まるほどの、碧色の真円。

 

「…………これ、は?」

「それが、新しいガルガンチュアの(コア)か」

 

 アインズは興味深げに言い放つ。

 シズの手から、確かに世界級アイテムは消え果てた。

 だが、無限のエネルギーを誇った宝玉と引き換えに、新たな役目を備えた核が残されたのだ。

 

「なるほど。“熱素石(カロリックストーン)”はもともと、大量の稀少金属と引き換えに顕現するもの。その願いに応じた何かに姿を変えるというのは、確かに道理にかなっている」

 

 冷静に成り行きを分析するアインズに対し、シズはどうしてよいものか判らず、若干ながら狼狽(うろた)えてしまう。アルベドやユリに視線を巡らせるが、二人ともシズと同様な雰囲気で見つめ返すだけだった。

 それでも、彼の新しい心臓を取りこぼすような失態はさらさない。

 

「ああ、慌てることはないぞ」

 

 骨の(かんばせ)に微笑みさえ浮かべながら、アインズはシズの掌から真円を受け取った。

 指先につまめるほどのそれをためつすがめつしながら、至高の存在は第四階層守護者の胸部に、新たな核を埋め込んだ。

 岩塊は新しくなった心臓を、存外すんなりと受け入れる。

 

「これでよいはずだ。シズ、ガルガンチュアを起動してみるといい」

 

 言われたシズは矢も楯もたまらず岩肌に手を触れ、彼の起動パスコードを打ち込み始める。

 蜥蜴人への侵攻以来、一度も起動することのなかった岩塊は、しかし確かに起動してくれた。

 だが、あの時のような光と熱の暴力はなく、ただ静かな碧い輝きを灯し出す。

 森の木漏れ日とも見紛う、優しい煌き。

 巨大な岩塊が、ゆっくりと身体を動かし始める。

 アインズたちと共に、シズは彼の分厚い岩盤の胸から離れてみる。

 

「…………ガルガンチュア?」

 

 裁き待つ虜囚のように硬直しきっていた両腕が自由に動き出し、その磐の掌を眺めるような仕草をとった。岩で出来た指先を器用に開いては閉じてを繰り返し、さらに自分の身体を意識したかのように、顔をあちこちに向け始める。言うまでもないがこんな動作、今までのゴーレムではありえないものである。

 岩塊の巨人の視線が、湖の中を漂う存在たちを認識したように集中した。

 シズは声を潜めた。

 自分の心臓も止めてしまいたいほどに、彼女は彼から発せられる何かに、全神経機関を集約する。

 

『……………………シ、ズ』

 

 彼の声だ。

 

『……………………シズ……デル、タ』

 

 彼の声が、今、聞こえた。

 

「シズ!」

 

 姉の小さな声で我に返った。見上げると、泣き腫らした顔で妹の肩を叩いている。

 

「シズ・デルタ」

 

 反対側を見やる。女神のような純白の悪魔が、満足そうな微笑みを浮かべている。

 

「行ってやるがいい、シズ」

 

 背中からかかる声に振り返る。

 至高の御方は、少女の何もかもを許すように、祝福のごとき小さな頷きを返してくれた。

 シズは即座に、御方の魔法の帳から抜け出した。冷たい湖の水が、熱くなった頬に心地よい。右眼からも熱い何かが迸るが、それらはすべて、この湖が和らげてくれる。

 そうして、シズは彼のもとへ。

 ガルガンチュアの、傍へ。

 自動人形は、彼の瞳を見つめ返す……見つめ返すことができる!

 巨大な体には不釣り合いなほど可愛らしい輪郭。生まれたての赤子のようにじっとこちらを見据えてくる瞳。かつてのような大地の脈動とはまた違った趣の、自然の息吹そのものを感じさせる核の煌き。

 

「…………ガルガンチュア」

 

 機械の表情は無機質で、しかし昂然とした様子を表すように色めき立つ。

 その声も、名前を呼ぶだけなのにどこか熱っぽい。

 

『……………………シズ・デルタ』

 

 優しい巨岩の声。

 少女は差し出された岩の指先に、そっと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    【終】

 

 

 

 







 ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。


 はい。ようやくガルガンチュアに意思が宿ってくれました。万々歳です!
 原作書籍6巻でギルメンたちとの会話でにおわされた程度の「“熱素石”をコアにゴーレム作り」というキーワードから、何とか形になってくれました。さすがは至高の御方々、ここまで見抜かれてガルガンチュアを作成していたとは「……え?」


 ただ、シズのこれから進む道のりは楽な道のりではありません。新たな世界級アイテムの確保という使命もそうですが、その合間に、ガルガンチュアとの絆を確固たるものにしていかなければなりません。
 それはきっと苦悩に満ちたものになるでしょう。
 愛と言うのは、平坦に進むものではありません。
 けれど、きっと大丈夫。
 シズはもう、ひとりじゃないのですから。


 次は誰の逢瀬と巡り合えるでしょうか。


 それでは、また次回。               By空想病



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