冬空を突き刺すようにそびえ立つディスティニー城は多くの人で賑わっていた。
ディスティニー城の前にある噴水広場には、ぜひともディスティニー城をバックに写真を撮ろうとするカップルが溢れ、ベストポジションを取り合い殺伐としている。
巷で流行っている自撮り棒たるものが多く見受けられる中、撮影係を兼ねた清掃スタッフは手持ち無沙汰になっていた。
「おぉ、意外に大きいんだな」
「そりゃお城だからね。あれ?比企谷くん、ディスティニー城に来るの初めて?」
「ん。…小町が幼稚園の頃に家族で来たことがあるらしいがあまり覚えてない」
物珍しそうに、比企谷くんはスマホでディスティニー城を撮り始める。
すると、それを勘違いしたスタッフさんが私達の元へと寄ってきた。
「2人の記念に写真を1枚!私がお撮りしましょう!」
ハキハキとした女性のスタッフさんはドヤ顔さながらに比企谷くんに声を掛ける。
迷惑そうに視線を逸らす彼を他所に、スタッフさんはグイグイとスマホを受け取ろうと手を伸ばした。
「せっかくの思い出です!彼女さんと幸せな写真を残しましょう!」
「わ、私、彼女じゃないです…」
ふと、私が小さく呟くと、スタッフさんはニヤニヤとした顔で私達を交互に見比べる。
照れてるんですね?と、言わんばかりな顔で何度も頷きながら、スタッフさんはありがた迷惑な親切心を爆発させた。
「分かります。分かりますよ。…彼氏さん、ここは男がリードする所です」
「…なに言ってんのキミ」
「ぐっと勇気を振り絞って!」
「だからね、キミ…」
「今は今しかないんです!時間は過ぎ行く物なんですよ!?」
「…はぁ、わかったよ。わかったからグイグイ来んな」
ため息を吐き、比企谷くんはスマホをスタッフさんに投げ渡す。
「…海老名さん、悪いけど頼める?」
「…へ?」
優しく掴まれる私の腕。
伝わる体温がほんのりと暖かい。
比企谷くんに導かれるがままに撮影スポットに移動すると、スタッフさんが彼のスマホを構えた。
「彼女さーん!もっと彼氏さんに近寄ってくださーい!」
「え、は、はい!」
ギュッと。
私は思わず彼の腕にしがみ付く。
照れたようにそっぽを向いた比企谷くんの横顔がどこか印象的で、耳を赤くする姿に安心感を覚えた。
恥ずかしいのは私だけじゃないんだね…。
彼以上に頬を赤く染めてしまった私の顔を見られることなく、スマホのシャッターは静かに落とされる。
「あ、あははー。初めての思い出が出来たね」
「…ん。初めての思い出が出来たわ」
元気なスタッフさんからスマホを受け取り、彼は撮影した画像をゆっくりと眺めた。
赤くなった私がバレませんようにと願いを込め、私も彼の隣から画像を覗く。
「…はは。海老名さん、目線が他所を向いてるな」
「比企谷くんだってそっぽ向いてるじゃない」
「ったく、とんだ辱めだぜ。…あれ!?ディスティニー城が天辺まで写ってねぇ!?」
彼は驚愕の眼差しで画像を睨みつけ、悔しそうな顔でスマホを握りしめた。
ディスティニー城へのこだわりが強すぎない?
なんて思いながら、私は彼の腕を軽く引っ張る。
自然に触れてしまったことに驚きながら。
「もう行こうよ」
「ぐぬぬ…。くそが、主役を写し損ねるとは…」
「ディスティニー城が主役だったの!?」
ーーーー★
トクン。と、鼓動の音が大きくなる。
それは海老名さんが俺の腕にそっと触れたから。
その鼓動の高鳴りは、女性に触れられたことによる恥じらいとは少し違った。
暖かく、穏やかに…。
海老名さんの手から伝わる熱が、俺の身体へと充満していくような…。
そっと、隣を歩く彼女を盗みる。
ほんのりと赤く染まった頬を綻ばせる彼女の顔。
教室で硬い笑顔を貼り付ける海老名さんでもなく。
美術室で寂しそうに絵とにらめっこする海老名さんでもない。
隣に居るのは、純粋で柔和な表情を浮かべる海老名さんだ。
「…そんなに、ディスティニーランドが好きだったのか?」
なんて、鈍感を装った質問が俺の口から溢れた。
「え?なんで?」
「…珍しく女の子っぽい表情だったから」
可愛らしい笑顔だったから、なんてのは口が裂けても言えない。
すると、彼女は頬を膨らませ、怒ったような表情で俺を睨みつける。
「酷いなぁ。私だって楽しかったら笑うし、悲しかったら泣くんだからね?」
「作り笑いは良く見てるけどさ」
「作り笑いも可愛いでしょ?」
「あぁ、戸部が惚れるくらいには可愛いんじゃねえの?」
減らず口ばかりを叩くのは俺の悪い癖。
今日はコンタクトなのか?似合ってるな。くらい言った方がよかったのだろうか。
ただ、少なくともそんな事を言うのは俺のキャラじゃない。
「ねぇねぇ、さっき撮った写真、私にも送ってね」
そう言って、彼女は俺の腕を再度掴み直した。
さっきのスタッフじゃないが、その光景はまるでカップルのように見えるだろう。
「……」
「ん?比企谷くん?」
ららぽのフードコートで彼女が口にした言葉を、俺はどうしようもない程に幼稚な態度ではぐらかした。
好き…、だなんて、言われると思わなかったから。
打算や悪知恵を働かせる暇もなく、口からはいつもの
あぁ、終わったんだ。
ほんのりと心地良い美術室で、似た者同士が過ごす日々が。
…なんて思っていたのに。次の日になれば、なんとなく勝手に脚が美術室に向かっていた。
気付けば、下らない会話に興じ、彼女の
「…騙して、隠して、傷付けて…、それって俺が1番嫌悪する、偽善ってヤツなんだよな」
「え、な、何?急にどうしたの…?」
「……。ディスティニー城の噂って知ってる?」
「…っ!」
「ディスティニー城の最上階で結ばれた2人には永遠の愛が宿るんだと…」
…その反応は、知っているんだろうな。
海老名さんにしては歯切れの悪い返答に、似た者同士だからこそ理解できてしまう心情。
美術室で、彼女が俺に言ってくれた言葉。
一緒に、居心地の良い場所を守ろうよーーー。
陽の当たる場所でキャンパスに向き合う顔も。
たまに見せる年相応な可愛らしい笑顔も。
彼女の言葉や行動が、俺のお腹の中で暖かい陽だまりで有り続ける。
「登ろうぜ」
「っ。の、登って…、どうするの?」
まだ明るい内に登りたい。
暗くなってライトアップなんかされちまったら雰囲気が出てしまうしな。
程なく、俺は
「話をしよう。少しだけ、本音をさらけ出してさ…」
すみませんが、内容を大幅に変更させて頂きました。