私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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前話を大幅に修正しています。

すみません。


近い、そのうち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ディスティニー城の噂を知っているか?

 

 

 

彼は静かに私へ尋ねた。

 

その瞳はどこか儚げで、偽りに染まり続けた私には羨ましい程の綺麗な色をしていて…。

 

きっと、奉仕部で過ごした彼の時間が、似通った性格を持つ私には無い()()を授けたのだろう。

 

 

上辺だけをすくい取り、噂の最上階へ登ろうと誘われた事に喜ぶような鈍感な女じゃない。

 

 

私は疑り深くて察しが良過ぎるから。

 

 

彼の雰囲気と切なそうに揺らぐ表情が、私にとって良くない事を言う前触れだと、感じずには居られなかった。

 

 

「話をしよう。少しだけ、本音をさらけ出してさ」

 

「…っ。ほ、本音…」

 

 

聞きたくない…。

耳を塞いで目をつぶりたい。

嫌だ。また私は1人になっちゃう。

 

比企谷くんは優しいから、奉仕部を大切にする傍らで、私とも静かで抑揚の無い関係を持続させてくれるだろう。

 

ただ、それが同情だと気付いてしまえば、私が哀れでしょうがない。

 

 

無意識に歩く私は、ディスティニー城内に設置されたエレベーターへと乗り込み、他の入場者に肩を押される形で奥へと追いやられていた。

 

まるで、もう彼の隣にいちゃダメだよ、って言われてるみたいに。

 

 

エレベーターの上昇中も終始無言な比企谷くんと私は、きっと数分後には少し前の関係に…、互いに無干渉だった頃の関係に戻ってしまう。

 

 

チン、と。

 

 

エレベーターは上昇を止めて扉が開く。

人波にさらわれるまま、私達はエレベーターから観覧テラスへとたどり着いた。

 

 

そこで、私は彼を見失うために足元に目を向けた。

 

このまま、何事も無かったように逃げ出せたら……、なんて虫の良い事を思いながら。

 

 

それなのに。

 

 

 

「海老名さん。結構人多いから、手…」

 

 

 

そうやって、私の心を惑わすんだもの。

 

 

 

「…大丈夫だよ。ほら、あそこなら空いてるし」

 

 

 

私は彼を拒絶して、テラスとは真逆の、風景が全く見えないベンチを指差した。

 

夜になれば、綺麗な夜景が写るこの場所で、昼間の明るい時間に、それも観覧柵から離れたベンチに座る2人を、周りはどう思うのだろう。

 

 

カップルのようには……、見えないだろうな…。

 

 

「…意外に高いんだな」

 

「うん…」

 

 

口は重く、心は空っぽ。

 

 

「……」

 

「言いたい事があるなら、早くいいなよ。…私に気を使うことなんてないからさ」

 

 

風が強く吹き付ける。

髪はゆらりと舞い上がり、彼のアホ毛は左右に揺れた。

 

 

「…奉仕部の事。俺は結構大切に思ってる」

 

「……」

 

「あの2人に居なくなられたら、多分悲しくなるし。2人が悲しんでると、俺も悲しいし」

 

「…そう」

 

「俺にもそういう優しさってのがあったみたいだ」

 

 

彼がふわりと笑うから、空っぽになった私は思わず彼に見惚れてしまう。

 

誰よりも優しくて、誰よりも一生懸命で、そんな彼だからこそ、あの2人は惹かれ、私は惚れて。

 

自分を卑下してばかりの君は、人間味の溢れる凄く暖かい人間なんだよと、私は心の中で呟いた。

 

 

「…比企谷くんは、2人の事が大切なんだね…」

 

「ん…。小恥ずかしいがそうなんだろうな…」

 

 

だめだ。

 

涙腺が弱く震えだしちゃう。

 

我慢しなくちゃ、今にも涙がこぼれ落ちそう。

 

 

「私は…、っ」

 

 

あなたのことがとても好き。

 

2人に負けないくらい、比企谷くんが好き。

 

それなのに、過ごした時間は彼女たちには到底及ばず、彼の信頼を得ることも出来ず。

 

 

彼の隣に立つ権利は

 

 

私にはない。

 

 

だから、私は居なくならなくちゃいけないの。

 

 

 

ーーーそう思っていた。

 

 

 

「でも…、海老名さんと一緒に居る時は心がフワフワする」

 

 

 

彼の言葉には魔法が掛けられている。

 

ふわりと浮かぶ優しさの言葉が、一つ、また一つと、彼の口から紡がれた。

 

それは私の耳に入ることなく、直接心へ響くような。

 

そんな甘い声。

 

 

「落ち着かないっていうか、ドキドキするっていうか…」

 

「…っ!」

 

 

彼は恥ずかしそうに頬を掻きながら、赤色に染まる暖かい笑顔を向けてくれる。

 

 

「…大切な人って言うよりも、側に居て欲しい人って感じ…」

 

「…ぁぅ、あ、あの、それって…」

 

 

そっと。

 

優しい香りの風が私を包み込んだ。

 

 

 

「…す、す、す、好きって…、こういう事なのか?」

 

「っ!!ぅ、そ、それは…、わ、私にも分からない…、分からないけど!!」

 

 

私はギュッと、彼の手を両手で握る。

 

 

「わ、私は…、比企谷くんの手を握ると幸せな気持ちになるの…」

 

「…そうなのか」

 

「う、うん…」

 

「…そっか」

 

「…うん」

 

 

彼の目が光るように潤み、そんな切ない視線で私を見つめた。

ほの少しだけ肌寒いディスティニー城の天辺で、彼は小さく勇気を込める。

 

 

……こ、これはアレだ。

 

こ、こ、こ、告白!

 

告白されるパターンのヤツだ!!

 

 

「それじゃあ、そろそろ降りるか。寒いし」

 

「………うん?」

 

「ん?」

 

「あ、あぁ、夜になったら告白してくれる気?比企谷くんって意外にロマンチストなんだから」

 

「え?告白?そんなのしないけど?」

 

「おいちょっと待てよ」

 

 

……あれ、私がおかしいの?

 

いま、すごく良い雰囲気だったじゃない。

 

それなのに、なんで彼はそそくさとこの場を後にしようとしているのだろうか。

 

 

「告白する流れだったじゃない。相思相愛を確かめたんだから、後は告白するだけだよ?」

 

「え?なんだって?」

 

「そこで難聴!?お、おかしいよ!私、絶対に告白されると思ってたのに!」

 

「こ、告白って…、おま、恥ずかしいこと言うなし…」

 

 

あれ!?

私の勘違いだったの!?

 

ドキドキとかフワフワと側に居て欲しいとか、告白よりも恥ずかしいセリフをいっぱい口走ってたくせに!!

 

ふと、彼は途端に呆れたような顔で私を見つめた。

 

 

「…海老名さんも言ってたろ、()()()()()って」

 

「む」

 

「好きかもしれない、なんて曖昧な気持ちのままに告白なんて出来ないじゃん」

 

「…れ、恋愛観のクセが強い…」

 

 

 

空に近いこの場所で、彼はほんのりと頬を赤らめる。

 

恋に悩む1人の男の子。

 

彼は曖昧な関係を望まず、ただ真っ直ぐに本物だけを求めるのだろう。

 

一瞬、強くて冷たい風が私と比企谷くんの間を通り過ぎた。

 

 

それはまるで、私達を隔てた壁を取り払うような、綺麗で素敵な藍色のつむじ風。

 

 

そっと。

 

 

彼が小さく呟いた。

 

 

 

 

「…それが分かったらさ」

 

 

「うん…」

 

 

「告白させてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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