私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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頑張るぞい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張るぞい!!

 

とは言ったものの…。

今の私と比企谷くんを取り囲む環境はあまりよろしくない。

 

 

例えば、あれだけ悪態を付いてしまった私に対する戸部くん達の嫌がらせ。

 

例えば、何かと突っかかってくる相模さんの陰口。

 

 

そんな悪意が教室に充満してしまえば、優し過ぎる彼はきっと無茶をする。

 

また、自分を傷付けようとする。

 

そうさせないためにも、私が頑張らないといけないんだけど…。

 

 

「…どうしたらいいんだろ」

 

 

あれだけ自分のために周りを利用してきた私が、彼1人を守るための方法が一つも思い浮かばない。

 

……むぅ。

 

最近、パジャマになると悩んでばっかりだな…。

 

そしてまた、時間は24時になろうとする。

 

今日が明日へと変わる。

 

 

「…誰かのために頑張るって、すごく難しいんだなぁ」

 

 

そんな難しい事をなに食わぬ顔をしてやってきたのが彼なわけで。

 

優しい彼の頭には、きっと自分よりも他人を優先するための不思議回路が廻られているのだ。

 

 

そうやって、少しばかり自己嫌悪に更ける夜。

 

 

明日のことは明日の自分にバトンタッチ。

 

明日は比企谷くんに頭を撫でてもらおう。

 

できれば褒めてもらいながら。

 

俺のためにありがとな、姫菜。

 

……なんて。

 

 

 

「ずるいぞ。明日の私」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「それでね。比企谷君のために頑張る算段を考えながら寝たんだよ」

 

「……うん。それは出来れば俺に内緒で頑張ってくれ」

 

 

朝の教室。

 

鞄を置くや直ぐに向かったのは比企谷くんの席だった。

 

普段は早い登校の彼は、私が教室へ着いたときには既にイヤホンを耳に付け、ノートを開き予習をしていた。

 

 

「はぁ…。少なくとも、直接的な嫌がらせは無いと思うぞ?」

 

「へ?なんで?」

 

「12月ってのは学生でも師走な気分になるんだ。そんな無駄なことに興じる時間も惜しいくらいに忙しいからな」

 

「ほうほう。来週には期末テストもあるもんね」

 

「そ。だから海老名さんも、そんな下らんことを考えてないで勉強をしなさい」

 

 

それだけ言うと、彼はまたノートに目を向ける。

 

意外に勤勉なんだなぁ…。

 

今日は頭を撫でてもらうつもりだったんだけど…。

 

 

「下らなくないと思うけど…って、海老名はショボンとします」

 

「え、君っていつからクローンになったの?」

 

「でも実際に、あんまり変な事は起きてないんもんね。私も勉強に集中しようかな」

 

 

そう思いながら、私は彼のノートへ無意識に視線を移した。

 

綺麗な字が羅列され、細かな計算式に淡々と数字が当てはめられていくノート。

 

 

……ん?

 

 

「…比企谷くん、そこ間違ってる」

 

「む」

 

「その上の問題も間違えてるよ。あ、これも違う」

 

「…好い気になるなよ?」

 

「え!?なんで!?」

 

 

彼は恥ずかしそうに、私の指摘した箇所を消しゴムで消していく。

ノートに書かれた半分以上の解答が消えると、彼は涙目になりながらノートをそっと閉じた。

 

 

「そういえば、数学が苦手なんだっけ?」

 

「…苦手じゃない。嫌いなだけ」

 

「あはは…。私、数学は得意だから教えてあげるよ」

 

「……」

 

「ほら、いじけないで。放課後、美術室で一緒に勉強しよ?」

 

「…頼む」

 

 

案外素直な所もあるんだ。

 

なんて、からかう気にもなれず、私はそんな彼の頭を優しく撫でてあげる。

 

柔らかい髪質は撫で心地が良く、倒してと倒してもぴょんと伸びるアホ毛はどこか可愛らしかった。

 

 

すると、そんなふんわりとした空気に亀裂を入れる1人の生徒。

 

 

彼女は怒ったような、寂しいような口調でその空気に乗り込んできた。

 

 

「ヒッキー!!私も教えてあげるけど!?」

 

「…おまえに何を教わるんだ」

 

「ははーん。良いの?そんなこと言って…。私、数学だけならヒッキーと同じくらいだし」

 

「だめじゃねえか」

 

 

そんな一幕。

 

嫉妬深い彼女が、純粋で寂しそうな瞳のままに私と比企谷くんを交互に見つめるものだから、なんだかご主人がお出掛けしてしまったペットのように見えて…。

 

…ゆ、結衣も誘ってあげようかな…。

 

でも、そうしたら雪ノ下さんも来るだろうし。

 

ついでに一色ちゃんも来ちゃったり…。

 

 

……ちょっと比企谷くん、なんなのこの比企谷ハーレムは…。

 

 

「ゆ、結衣ぃ…、その、私達はただ勉強するだけだからさ…」

 

「うぅ」

 

 

どうどう。

 

結衣が今にも噛み付いてきそう。

 

わ、私だって心苦しいけど、コレは戦いなの!

 

恋の戦争にルールは無いわ!!

 

 

「ごめんね、結衣。今日は私が比企谷くんに……」

 

 

と、私が口を開いた時だった。

 

 

「ちょっと待てし!」

 

 

威勢のある声が、金色で情熱な女王様から上げられる。

 

 

「…あーしのことはどうするの?」

 

「へ?ゆ、優美子?」

 

「あーしだって算数苦手だし。国語も社会も道徳も苦手…」

 

「…道徳…」

 

「結衣は雪ノ下さんに教わりな。あーしはヒキオと一緒に姫菜に教わるから」

 

 

ちょ、優美子、なに勝手な事言ってんの?

 

下心があったわけじゃないけど、美術室で2人きりになれるチャンスだったのに…。

 

気付けば、比企谷くんはどこ吹く風にスマホでツムツムをプレイし始めていた。

 

俺に関わらせるなと言う空気を出しながら、一つ足りとも視線をこちらへ送ることをしない。

 

 

か、カオスってこの事だ。

 

 

恋する人を取り巻く、暗黒な裏世界。

 

 

……なんだかんだ、君って人を惹きつける能力があるんだよね…。

 

 

そんな人を好きになったんだから、私も…、結衣も雪ノ下さんと大変だよ。

 

 

 

 

「…あ、あははー、それじゃぁ放課後に3人で勉強会だね〜…」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

で、放課後の美術室。

 

陽当たりの良い窓際の席で微睡む比企谷くんと、デッサン用の模型に興味津々と歩き回る優美子。

 

この2人は勉強をする気が無いのだろうか…。

 

私が呆れながらに教科書を開こうとすると、優美子は比企谷くんの元へ、とてとてと歩み寄っていった。

 

 

「おいヒキオ。これ見ろし」

 

「あ?デッサン用のリンゴがなんだよ」

 

「へへ。…アイ ハブ ア ペーン。アイ ハブ アン アポー……、んっ!アポーペーン!!」

 

「…TPPだ」

 

「PPAP!!これのどこが環太平洋戦略的経済連携協定なんだし!」

 

 

と、2人でケラケラ笑い合う。

あれ!?この2人ってこんなに仲良かったっけ!?

 

それよりも、勉強はしないのかな…。

 

そんな2人に向かって、私はため息をわざとらしく吐く。

 

すると、それに察した比企谷くんが、優美子からリンゴを奪い取り「ニュートンか…」と呟いた。

 

 

「ほら、もう勉強しようよ」

 

「ん。それじゃあ頼む」

 

 

比企谷くんは教科書を持って、のそのそと私の右隣へ席を移した。

 

それに習って優美子も私の左隣へと席を移す。

 

なんだか、仲の良い兄妹を持ったお母さんの気分になってきたの気のせいかな…。

 

 

「比企谷くんはこの問題をやってね。教科書を見ながらでいいから。それでも分からなかったら私に聞いて?」

 

「あいよ」

 

「優美子は…、【道徳とは何か】について、1600字以内の論文を書いておいて」

 

「おっけー」

 

 

おっけーなんだ…。

 

まぁ、優美子は今更勉強をした所で赤点は免れないだろうし、それだったら、努力だなんて無価値な事に時間を使わず、静かにしていてもらおう。

 

途端に静まる美術室で、私は比企谷くんの動く手と、書き記されていくノートに目を向けた。

 

さらさらと、シャーペンがノートを走る音。

 

その音をBGMに、時折見せる真面目な横顔に心を擽られる。

 

なんだか、変な気分だなぁ…。

 

こうやって、苦手面を堂々とさらけ出す所は幼くて可愛らしいのに、横顔だけは一端の大人みたいなんだもん。

 

 

「…面白い男の子だよね。本当に」

 

「…おい。俺の横顔を見て面白いって言ったな?どれ、disり合いに興じようってんなら乗ってやろうじゃねえか」

 

「む?あーしもdisり合いには自信あるし!」

 

 

私を挟んだアホな子が2人。

 

案外、結衣の事もバカに出来ない2人だよね。

 

 

「集中して?2人とも、あんまり私を困らせるなら、末代の孫まで腐らせるよ?」

 

「「!?」」

 

 

1人は好きなった不思議な男の子。

 

もう1人、私を理解してくれる高慢な友達。

 

 

変に凝り固まった先入観か、それとも臆病な私が招いた災いか。

 

こんなにも面白い2人と一緒に居れる機会を、年が終わりを迎えるこの時期まで見逃し続けていたなんて。

 

 

 

あぁ、そっか…。

 

 

 

奉仕部は、こういう関係を築いていたんだね。

 

 

これだけ暖かい関係を、彼女達はこの1年で築き上げていたんだね。

 

 

 

そう思うと、彼を奪おうとする事に心苦しさを感じてしまう。

 

 

 

「……」

 

 

 

失う辛さを知っているから、その分彼女達に申し訳ないと思ってしまうんだ。

 

そんな辛さを覚えつつ、私はカリカリとノートへ夢中になる大好きな彼を見る。

 

優しく微笑みながら、解の無い答えを求めて。

 

 

 

「…ん。出来た。答えは15だ」

 

 

 

「答えは…、y=3x-2だよ」

 

 

「……あらら」

 

 

 

 

 

 

 


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