私のアトリエへいらっしゃい。   作:ルコ

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依頼の内容

 

 

 

 

 

 

 

 

キャンパスに鉛筆を向けるも、やはり気分が乗らないためか筆は進まない。

 

昨日よりも幾分雲が多い空を眺めながら、私は鉛筆を机に置き溜息を吐いた。

 

誰も居ない美術室には私の陰気な溜息がふわふわと。

 

どうしてこんな気分になってるんだろ…。

 

ほんと、修学旅行の前に戻れるなら奉仕部に向かう私を無理矢理にでも止めてやりたい。

 

 

…ん、そういえば昨日、比企谷くんに届いたメールでめぐりん先輩が部室に来てると結衣が言っていたっけ。

 

めぐりん先輩って城廻さんのことだよね。

 

城廻さんが部室に来るってことは何か依頼でもあったのかな。

 

 

「…その依頼で、あの3人が仲直りしたりして」

 

 

……。

 

…そうだよ。

 

あの3人のことだ。

きっと同じ方向を向き直すことができるのなら、なんだかんだ協力し合っていつも通りに戻る!!

 

…はず。

 

 

そんな淡い希望を抱くこと数秒。

 

 

ガララ……と。

 

 

私しか居ない美術室の扉が控えめに開かれる。

 

 

「…うす」

 

 

陰気臭さが増したかな。

 

昨日よりも目が死んでる気がするのは私の気のせい?

 

 

「は、はろはろー…」

 

「……」

 

「…座ったら?お茶は無いけど」

 

「…マッ缶ならある。1人分だが」

 

 

1人分かい。

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

「それで?昨日はどうだったの?」

 

「…ん。袂を分かつった。って感じ」

 

「……ちっ」

 

「…女の子が舌打ちをしてはいけません」

 

 

ほんとに思い通りにならない人だよ君は。

 

彼はゆっくりと缶を傾けると、窓の外に目を向ける。

 

小さな溜息を静かに吐くと、だらりと肩を垂らした。

 

…いつもより疲れているのかな。

 

 

「…何があったの?」

 

「……」

 

「この場所に来たってことは、何か相談したいんでしょ?」

 

「…相談って程じゃねぇが。…ちと面倒な依頼が来ちまってな」

 

 

面倒…。

 

奉仕部とは貧乏くじばかりを引く部活なのだ。

 

私の時もそうだけど、彼らはどうしてそんな問題事ばかりを引き受けちゃうんだろ…。

 

 

「ん。話してみなさい」

 

「…生徒会選挙で…、えっと、…、あぁ、なんだっけ。…あざとい奴。…色エンピツみたいな名前の…」

 

「もしかして、一色さんのこと?」

 

「おぉ、そうだそうだ。一色だ」

 

 

 

かくがくしかじかと。

 

 

 

掻い摘んで語られた奉仕部事情に耳を傾ける。

 

比企谷くん曰くーー

 

 

生徒会選挙が行われる。

 

一色さんが会長に立候補する。

 

その立候補は意地悪な友人の仕業。

 

一色さんは生徒会長をやりたくない。

 

ただ、立候補者は1名のみ。

 

信任投票で落ちて笑われたくない。

 

 

etc……。

 

 

ふむ……。

 

なんと言うか…。

 

 

「面倒だね」

 

「あぁ、面倒だ」

 

「それで?解決策は?」

 

「…一色の応援演説を俺が…」

 

「却下」

 

 

私は彼が言い終わる前に却下する。

 

どうせ自分が下手な応援演説をして落選させることで、落選理由を一色さんから自分に向ける、とか言うのだろう。

 

彼が言うことなんて想像が付くし、それを実行させる気だってない。

 

 

「……。雪ノ下と由比ヶ浜にも却下されたよ」

 

「当たり前でしょ。はい、他の解決策をはよ」

 

「……」

 

「……ないんだね」

 

 

ゆるりと脚を組み直すと、影のある表情で俯く。

飲み終えた空き缶の縁を指でなぞりながら、彼は私に視線を合わした。

 

 

「…海老名会長。よろしくお願いします」

 

「比企谷副会長。よろしくお願いします」

 

「…人選ミスだ」

 

「そっちこそ」

 

 

2人分になった陰気が美術室に立ち込める。

 

何度目かの溜息を吐くと、彼はおもむろに鞄から文庫本を取り出した。

 

なんとなく、その姿が絵になっていて心がドキって……。

 

 

え?ドキ?

 

 

……なにそれ。私らしくない。

 

 

 

「…っ、ちょっと比企谷くん?どうして本を読み始めたのかな」

 

「…考えても仕方がない。一晩眠れば何か思い付くかもしれん」

 

「…。その件について、結衣や雪ノ下さんは何か言ってるの?」

 

「……。だったら自分が生徒会長になる、ってよ」

 

「雪ノ下さんが?」

 

「由比ヶ浜も」

 

「あはは。…でも、結衣はともかく、雪ノ下さんは会長でも簡単にこなせそうだね」

 

「……」

 

 

良い案だと思った。

 

雪ノ下さんなら生徒会長だろうが涼しい顔をして務めることだろうし、何より、選挙の相手が雪ノ下さんであるなら、たとえ一色さんが落選したとしても恥にはならない。

 

 

ただ、彼の顔がどこか悲しげに、わがままな子供のように、ほんの一瞬だけ曇った顔がすごく印象的で。

 

 

3人がふんわりと過ごすあの部室から、1人欠けてしまう、そんな想像が頭を過る。

 

 

 

「…雪ノ下さんが生徒会長になったら…、奉仕部は…」

 

「……。あいつのことだ、生徒会長と奉仕部部長、二足の草鞋になっても上手くやるだろ」

 

「…ほんとにそう思ってる?」

 

「ん…。思ってるよ」

 

 

……ウソ。

 

雪ノ下さんなら生徒会長になろうが、律儀に部室へ顔を出すだろう。

けど、必然的に3人で居る時間は減ってしまう。

 

そのうち、奉仕部の活動は限られていく。

 

きっと、そうなってしまったら、奉仕部はバラバラになる。

 

そう危惧しているのは私だけじゃないはずだ。

 

 

「……」

 

「…まぁ、雪ノ下が生徒会長になると決まったわけでもないし」

 

「…え?」

 

「あー、あれだ。雪ノ下が居ないと由比ヶ浜も…、いや、まぁ、アレだろうし。……何か良い案を、…考えとくわ」

 

 

優しく揺れていたカーテンが大きく捲れ上がる。

 

風が後押しするように、彼の柔らかそうな髪をなびかせた。

 

君は、雪ノ下さんのことも、結衣のことも、一生懸命に考えているんだね。

 

ほんとは、1番あの場所を守りたいと思っているのは君のクセに。

 

 

「そっか。うん、そうだね。それがいいよ」

 

「…なんで笑ってんの?」

 

「え?ふふふ、いやぁ、比企谷くんって可愛いなーって思って」

 

「く、口説いてるつもりか?でもすみません一瞬ドキッとしましたけど冷静に考えてみたら友達でもない海老名さんとお付き合いするつもりはありませんごめんなさい」

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

私たちって友達じゃなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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