ドラゴンクエストⅧ シアンの人   作:松ノ子

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第16話

 

 ゼシカは老婆との話の後、願いの丘の麓へ足を伸ばしていた。

 足元まで伸びた枯れかけの茂みを踏み分けながら、森の中を進んでいく。

 

「特に変わった事はないのよねえ」

 

 森を歩いても、願いの丘へ辿り着くことはない。

 目の前にそびえたつようにある丘を見て、呟いた。

 嫌な感じもしない。静かな森だ。

 しいて言うのならば、魔物に一匹も遭遇しない事だろうか。

 だが、神父の話だと、この近辺は元々魔物があまり現れないのだという。暗黒神が復活の兆しがあった二年前は魔物が多く出現してはいたが、神父がこの教会に派遣された当時は、遠くで見かけることがあっても、魔物は決して、人里に下りてくることはなかったという。

 それは、この丘の加護のおかげなのだという。

 

「願いの丘の加護のおかげというけど、あの丘に群がる魔物はなんなのかしら……」

 

 一度は、斜面を下りて川沿いの道から願いの丘へ登ることも考えたが、あそこには魔物が群れをなしているので、ひとまず後回しだ。

 今まで考えてもみなかったが、願いの丘とは元々どのような場所だったのだろうか。

 かなり昔の建物であろう残骸があちこちにあった。

 そして、不思議な話が一つある。

 あれは、決戦前の事だっただろうか。神鳥の魂と同調して空を飛んでいた時に、何かの理由で願いの丘の頂上へ降り立ったことがあった。

 すると、あの不思議な夜の時には確かにあったものがなくなっていたのだ。

 それは、月の世界を繋いだ壁と窓の残骸が姿を消していた。夢のような出来事であったが、ゼシカも仲間達も驚いた。このような事があるのかと。

 今考えてみても、おかしな出来事だった。やはり、この丘には何かあるのだ。

 

「でも、何も感じないわ」

 

 ため息を一つこぼして、近くにあった木の根元に腰を下ろして休息を取ろうと思った時だった。

 重々しい鐘の音が微かに聞こえた。

 最初は、教会の鐘が鳴っているのかと思ったが、二度目の鐘の音で全身の肌が粟立ち、眼差しが鋭くなった。

 それは、教会の澄んだ鐘の音とはかけ離れたあまりに歪んで濁った音色だった。

 三度目の音色はずっと近くで聞こえた。

 すぐさま体勢をととのえて、腰帯に差した杖に手を伸ばしながら、辺りを見回す。

 木々の間から覗く大きく歪んだ笑みに、眉を寄せてその魔物の名を呟いた。

 

「リンリン……」

 

 黄金のハンドベルを巨大化させたようなリンリンは自分が知る大きさより、更に巨大だった。

 こちらの姿に気づいた魔物は、下卑た笑みをさらに広げて、大きく体を震わせて、濁った音色を辺りに響かせた。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 一瞬の間の後、どこに隠れていたのか、三十はゆうに超えるだろうリンリンに囲まれていた。リンリンの特性は、その形の通りだ。己の体を使って、仲間を呼び寄せるのだ。

 小さく舌打ちをして、後方を見る。背後は行き止まりだ。前も無数の魔物で塞がれている。

 夕暮れにはまだ早い時刻だが、このリンリン達が何らかの原因である事は間違いない。

 そもそもリンリンは臆病な部類に入る魔物だ。自分より強い相手なら、一目散に逃げ出す。

 自分の知っているリンリンならば、そうするだろう。

 だが、この魔物達は怯えるそぶりを見せるどころか、好戦的。普通のリンリンではない。

 

「……やっぱり、ルーラを覚えとくべきだったかしら」

 

 このような得体の知れない魔物と戦いを交えるのは、得策ではないが、空を飛ぶ術もないならば、戦いは避けられない。それに、ここで見逃せば、この辺りに住む人々にどのような被害が及ぶのか分からない。

 じりじりと距離を縮めてくる魔物達から目を離さずに、鞭を握りしめ、大きく振り上げると地面に向かって叩きつける。鞭の先が地面に触れた瞬間、魔力を一気に流し込んだ。

 膨大な魔力を流し込まれた地面が中から爆発するようにめくりあがる。鞭を左右にうならせて、割れた地面をリンリン達に投げつけた。

 地面の下敷きとなったリンリン達の間を駆けぬけるが、木々が盾となり、下敷きになる事のなかったリンリン達にすぐに囲まれる。

 その状況が、自分が待っていた状況だった。片づけるのならば、この瞬間だ。

 両手を前に突きだして、大きく息を吸う。

 

『 この身に宿る魂よ この身に宿る魔力よ 我が言霊に応えよ 』

 

 紡ぐのは、全ての魔力を解き放ち、全てを破壊する最強呪文。

 目の前にいるのは、得体の知れない魔物達だ。少しずつ倒していく余裕も、呪文を選んでいる余裕もない。二年前ならば、援護をしてくれる頼もしい仲間がいた。だが、今は一人なのだ。

 

『 退けよ 打ち掃え 』

 

 言霊によって具現化された魔力が渦を巻いて、全身に纏わりつく。それらを解放する最後の言霊を舌に乗せようとした時だった。

 くらりと視界が暗転し、膝から勝手に力が抜けて地面に座り込む。

 そのはずみで腰帯から抜け落ちて転がっていく杖を呆然と目で追って顔を上げると、リンリン達の体が小刻みに震えて、金属をすり合わせたような小さな音を出していた。

 魔物達の身体が僅かに赤みを帯びていく。それに伴い、身体が急速に冷えて、力も抜けていく。

 下卑た笑みがますます広がるのを見て、ようやくそこで自分の魔力をこのリンリン達が恐ろしい速度で吸い上げているのだと気付いた。

 何が起こっているの、と声に出そうとして、吐き気が込み上げて、口元を手で押さえる。

 脂汗が額に滲み、急激に魔力を吸われたせいで霞んでいく視界をなんとか振り払おうと目を凝らす。

 自分の魔力を吸った魔物達は血を浴びたかのように身体を真っ赤に染め上げ、空気に溶けるように徐々に消えていく。

 異様な色に染まった魔物達が消えたのを見た後、地面に倒れ込み、意識を手放した。

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