倭は店を出てから1人で島を散策していた。すれ違う人たちは頭を下げて丁寧に挨拶し、にこやかに微笑んでくれる。
本当は自分だってこういった平和が好きなんだ。自分の気持ちに素直になれないで、相手へ不快感を与える言葉をいつも言ってしまう。反省はしているつもりだった。
緩やかに吹く風が、彼の髪をなびかせる。
「いつか世界から……」
「戦争を無くす」
倭の言葉に続き、聞き慣れぬ声が不意に耳に入る。
「久しぶりだね、〝兄さん〟」
――兄さん?
双子の兄はいるが、弟は実在しない。そんな根拠もなしに弟だと言われても、誰も信じやしない。
ましてや弟だなんて、あり得ない。
「〝兄さん〟はどちら側なの?」
「どういう……意味だ?」
倭は、自らを弟と名乗る見知らぬ少年に聞き返す。
この時、彼は頭が妙な違和感を覚える。頭痛と言うべきなのか、頭が痛く手でおさえる。
「それはね、兄さんの選択次第だよ」
「お前は一体……何を……」
《あ、頭が……痛い》
《おいおい、誰だよ……この俺に干渉してくるやつはよ》
《だ、駄目だ……お前が……》
《うるせーなヘタレ、俺に変われよ。そしたらよ、その頭痛も無くなるぜ》
「なんだよてめぇはよ、ええ! 俺に弟なんていねーし、どちら側だなんて知ったことかよ!」
「そうか――またの機会に聞くよ……じゃあね兄さん」
どちら側とは何を意味するのか、彼の言動に今は気づきもしなかった。
これが組織の運命を大きく左右することになるとは、まだ知らなかった。
ここは、春風島の第八基地。
夕と心は、優人に頼まれた書類の片付けを行っていた。沢山あるが、ほったらかしにしていても山積みのようになるだけなので、できるだけ少なくしようと手早く取りかかっている。
3人は、どのような内容を話すのかひじょうに気になり、夕はたまに外の方へ視線をそらす。
前に1度未確認機の襲撃があり、基地は軽傷を負った。数名の命が絶たれ基地を守るどころか、優人の救援に向かえなかった。
おまけに、彼の機体情報が得たいの知れない者に渡ってしまったこと。
次こそ大丈夫。前回のようにならないため、警備は厳重にさせている。
集中しようと嫌な考えを振り払った次の瞬間、格納庫が大きな火花を散らし爆発した。
慌てて外へ飛び出すと、ISが上空に滞空している。背部からは瞬く間に光り輝く粒子を放出し、その色は真っ赤だった。
血を思わせるようなカラーリング、両腰にはスカート状の装甲が添えられている。
どういった仕掛けがあるのか検討はつかないが、警戒は決して怠ってはいけないだろうと即時に判断した。
「心は優人に連絡を……! あたしはこいつをおさえる!」
「了解です!」
夕はISを展開すると、紅の機体へ向かい愛機を駆る。向こうはこちらの存在に気づくと、応戦態勢に入る。
左腕をこちらに向けると、赤い光が迸る。
すんでのとこでかわすと40ミリの弾倉を選択。弾数は1500もある。〝96式突撃砲〟を発砲する。
だが、着弾前に弾丸の軌道を読まれてしまい、全てかわされてしまう。
夕は、軽く舌打ちする。
そして妙なスカート状の装甲から、鋭利な物体が射出されたかのように見えた。
「ファング……!」
なにかを叫ぶ声が聞こえた次の瞬間、背後からまるで稲妻の如く機体全体に衝撃が走る。
態勢が崩されると、前方から粒子ビームをたっぷりと浴びせられる。
ここで1つ分かったこと。
それは、実力が天と地の差だということだ。起き上がると目前に、紅の機体が腕を伸ばし首根っこを掴んだ。
「おいおい、もう終わりか? ちっとは本気だせよ、これじゃあ戦い甲斐ねぇーじゃねぇかよ!」
敵機のパイロットの声は殺意に満ちている。神経が凍りつくような感じだ。
「ご苦労、仁。後はデータをいただく。君には眠ってもらうよ……天城夕」
「き……、貴様っ! よくも……!」
眼帯の少年が裏切った。自分達を騙してこの基地を襲撃したのだ。
しかし、よく見れば眼帯など着けてもいない。赤く輝くその瞳、そこから瞬く間に光彩を放出しているかのように思えた。
「人違いは勘弁だな~なんならデータついでに殺してあげようか?」
不敵な笑みを浮かべながら、ケーブルを取りだして接続させデータ抽出を開始した。
抵抗しようと機体を操作してもいうことをきかない。どうやらウイルスプログラムが侵入したらしいのだ。完全に制御が向こうの権利となっている。
機体情報がほぼ抜かれたところで制御の解除がされた。
「ほら、大人しくしな。死んじゃうぜ」
――こんなやつらに、こんなやつらに殺られて……
「たまるかぁ!」
叫んだ瞬間、掴まれていた腕を強引に振りほどきケーブルをしっかり掴む。
しかし、これは敵の計算のうちの1つだった。気づいたときにはISが強制解除されていた。これがなにを意味するのか、ほんの数秒足らずで気づいた。
殺される――!
右肩に懸架されていた大剣を握ると上へと振り上げる。
もう分かっていた。次は振り下ろされるということを。
そして腕が振られるのが見えたときだった。金属どうしがぶつかり合う音がきこえると同時に、突然目の前に影が覆い被さった。銀と青のトリコロール、自分の知っている機体星野優人が搭乗する〝銀翼〟であった。
「仲間は殺らせない!」
「ほほー、仲間ね。てめぇーらまとめてあの世へ送ってやるよ……!」
鍔迫り合いをほどくと、相手は一旦距離をとる。
「お前たちは何者だ?」
優人は敵機を睨み付けながら聞く。
「――そうだな、血を求め、ありとあらゆる戦場を転々としてきた戦争が好きで好きでたまらない傭兵……いいや戦争屋なんだよ!」
敵機パイロットの声はどこか不気味さを覚える。
このパイロットは頭が狂っている。
――戦争が大好きな傭兵だと? ふざけるな!
こんな奴がいるから争いが起き、多くの人達が大切な者を失い悲しむんだ。許せるはずがない。
優人の怒りは頂点に達した。
「お前は狂っている! 何が戦争好きだ……ふざけるな!」
敵機に急迫し剣を振りかざす。
大剣で受け止められ、火花が散る。
「狂っているか、そいつはありがてぇ誉め言葉だ……だがてめぇーの命はもらってく!」
鍔迫り合いをほどくと左腕下部の〝PSハンドガン〟が数発放たれた。
〝銀翼〟を巧みに操作しながらビームをかわすと、敵機の懐にもぐり込み拡張領域からビームライフルを取りだし至近距離で撃ち込む。
仁は相手との距離を離すためハンドガンで牽制した。しかし、〝銀翼〟のパイロットの腕は確かなものであり少々手こずる。
「こいつでどうだ、ええ!」
両サイドのスカート状から遠隔誘導兵器〝ファング〟が数基射出される。
多方向から繰り出されるビームを巧みにかわし、数基撃ち落とす。
流石に並々ならぬ訓練をこなしてきた優人でもかなり手こずる。
焦りを覚え始め、気付けば機体のエネルギー残量は既に半分を切っていた。
このまま持久戦に持ち込めば、確実に負けてしまう。負けるのが嫌なんてことはない。それよりも負ければ死が待っているかもしれない。
ISのリミッターを解除しているなら、SEを貫通して肉体へ直接影響を与えることができる。
――このままでは……
優人は死を覚悟して敵機に向き直る。
〝弾翼〟を身にまとった心が優人の救援に来ると2人の前に庇うように降り立つ。
状況は3対1と優勢になるが、実力では向こうが格段に上だ。連携を上手くこなせても勝てるかどうかの相手ではない。
「目的は達した。退くぞ」
少年は通信機で彼に撤退するよう伝える。
「分かったよ……」
「……逃がすものですかっ!」
唯一の近接武装〝デュランダル〟を握ると、紅の機体へと急接近する。とっさに振り返って大剣が振り上げられ、片手に握る〝デュランダル〟が宙に舞う。距離をつめて追加攻撃を仕掛けようと態勢に入る。
夕が再びISを身に纏うと〝96式突撃砲〟の銃口から火が噴き、2機の間に割って入る。
〝鉋〟を4本拡張領域から取り出すと片手に2本ずつ握る。
2刀流は見てきたが、4刀流は見たことがない。
体の奥底から沸き上がるこの感覚、これは最高に気分が良い。久々に楽しめる戦闘だ。
――面白い!
「相手になってやんよ、ガキ共っ!」
「行けっ!」
ビット兵器〝エクサランス〟を展開した〝弾翼〟は、紅の機体の動きを止めに入る。プラズマ砲が平和の島の上を迸る。
彼女の攻撃は無駄弾となり、空の彼方へと消え去る。〝銀翼〟がカバーするかのように4本の刃が煌めく。だがそれは大剣により防がれた。
「残念」
一瞬パイロットの口角が上がったかのように見えた。
警告音が彼の耳に飛び込む。センサーを使って後ろに振り向こうとした瞬間、一条の光が迸る。空を自由に泳ぐ遠隔誘導兵器を次々と撃ち抜いていく。
ハイパーセンサーで、粒子ビームが飛来した方角を見つめる。拡大を行うと緑の色をした機体がスナイパーライフルを構えている。
紅の機体はあちらに興味を示したのか、鍔迫り合いをほどくと飛んでいく。
「邪魔すんじゃねー!」
彼の進行先に青と白のトリコロールの機体が立ちはだかる。昔お目にかかった――
「パリのガキか!」
腰背部から〝PSビームダガー〟を引き抜くと、すかさず投擲。反射的にかわすと、一気に距離をつめ大剣を振りかざす。シールドを掲げ、真っ二つになり直接ダメージを受けることは無かった。
左へ飛び抜くと、今度は横凪ぎ払いをされ、機体が地面に叩きつけられる。
「……っ!? なぜ貴様が……貴様がここにいる?」
倭は機体を起こすと、ライフルと一体化ソードの展開をし鍔迫り合いへ持ち込む。
「答える必要なんて、ないんだよ!」
強引に振りほどかれ態勢を崩す。まただ、また誰かの命が、この男の手により奪われてしまう。
駄目だ、絶対に駄目だ。
――俺は……力が欲しい!
右目の視界が黒い膜により封じられ、不思議な感覚にみまわれる。5感が研ぎ澄まされ、計器から吐き出される数値、相手の動きがスローモーションに見える。
たった一動作だけで、相手の武器をこぼれ落ちさせた。
次に左肩後部の突起を掴み勢いよく引き抜く。〝PSビームサーベル〟がスカート状の装甲を切り裂く。
彼の息はあがり、動きが停止する。モスグリーンの機体が隣に並ぶと直接話しかける。
「大丈夫か倭?」
「……嗚呼」
声が小さく、あまり元気のない返事だ。親友の見せたあの動き、一体なんなのだろうか?
こんな力を持っていることに気づかなかった。
「やってくれるじゃねーかよ、ええ! パリのガキがっ!」
右サイドのスカート状の装甲から予備の〝PSファング〟が射出される。〝零〟が〝暁〟の前に外套状の〝PSフルシールド〟を展開させ、迸る粒子ビームから守る。
攻撃オプションが尽きたのか、飛び回る牙の回収を終えると上昇を始めた。
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