春風島に調査へ向かった倭と翼は、島民の星野優人と出会い心境に変化が現れた。
『僕は必要だと思わないときは力に頼らないし、それに私設武装組織と違う形で平和のために活動する』と彼の言葉を聞いてから、特に倭の心に響いた。
彼と出会ってから夏休みを過ぎた。
広い海に囲まれて浮かぶ1つの島。南西大平洋海盆にある無人島に1機のシャトルが着陸する。鋼鉄製の大きな扉が、鈍い音をたてながらゆっくりと開いた。
中にはいくつもの鋼鉄製の扉で区切られ、ISがそこで静かに眠っている。
今回ここに呼ばれた理由は1つ、中国ゴビ砂漠にて他国との合同軍事演習が行われるという情報が入り、ただちに武力で介入せよと。
だけどこれは罠ではないかと疑問が浮上し、彼らの意見がばらばらなのだ。その意見を纏めるため、彼らだけではなく組織のメンバー全員が集合し最終決定を決めるのだ。
ブリーフィングルームでは開発者の陣博士、吉良直哉、それに予備マイスターの幸村麗奈、沢村一乃とマイスターの行動を監視する吉良茜が既に座って彼らが来るのを待っていた。
その中に組織を全面的に支援をしている吉良直信が、全体を見渡せる位置に座っていた。
マイスターたちが席に着くと早速本題へと入った。
「どうやら中国のゴビ砂漠で合同軍事演習が行われるという情報が入った。何故軍事演習に武力で介入するのか、お前たちは分かっていると思うが、今回は今までとは違う規模の大きいミッションだ」
軍事演習が行われる日にテロ組織が燃料タンクを強奪しようと考えている。
偶然演習と重なったにてしも、テロ組織は何かしら情報を掴んでいると思うのだが。
「そいつはもしかすると――罠かもしれないんだろ?」
と翼は言った。
仮に連合軍と名付けよう。連合軍はテロ組織の行為を紛争幇助対象に武力介入を決行すると予測し、あえてテロ組織を見過ごす。
介入行動が終わると同時に一気に攻撃を仕掛けてくることだって考えられる。
「やつらは、鹵獲をする可能性が高いでござる」
佐助の口から『鹵獲』と言う単語を聞き、マイスターたちは少しざわついた。
「……それでも俺たちは、紛争幇助対象に武力介入することに変わりはない」
組織は紛争幇助対象に武力介入し、紛争を終わらせる。
どんな過酷なミッションであろうと失敗は許されない。
祖父の命令とは言え、争い事を生み出すISを多くでも減らせるなら黙って従うしかない。
「ブルーコスモスにミッションの失敗は許されない。ミッションプランの提示を急ぎましょ」
普段こういうことを言わない遥は珍しかった。
失敗は許されない。紛争を無くすためにこの組織に入った。
だからこのミッションは成功させる。遥の胸はそれでいっぱいだった。
しかし、この結論に納得がいかない者が声を上げた。
「やはり私は、この作戦を実行するべきでない」
異を唱えたのは、1stチームの予備マイスターである沢村一乃。
この作戦はあまりにも危険が伴い、介入したところで鹵獲されることは目に見えているからだ。
だからこそ、武力介入は見送るべきだと主張している。
「ほう、君はこの作戦に反対するのか。では、そのまま見過ごせと言うのじゃな」
直信は、一乃を睨み付ける。
彼には、どうしても今回の介入を実行させたかったのには理由がある。
理由はあるが、そのことを口にせず遠回しに実行に移すよう脅しているのは誰も気付いていない。
返答に詰まり、若干顔を下に向けた。
「私も反対します」
そう言ったのは、一乃と所属が同じ予備マイスターである幸村麗奈。
彼女もこの作戦は、実行すべきでないと判断した上で反対したのだ。
「しかし、これは絶好のチャンスとは思わんかね、君は?」
直信は、どうしてか彼女らを冷たく見据えている。
「そうかもしれません……ですが!」
反論を始めた麗奈だが、彼の表情を見てから言葉を詰まらせる。
どうして反対するのだという、表情に表れていたからだ。
「そこまで心配するというなら、バックアップに回ればよいではないかね?」
彼の提案に戸惑いを隠せぬが、ここで従わないと自分の身がどうなってしまうか。
麗奈は渋々、彼の提案を承諾した。
そして作戦の説明を一通りを終えたところで、マイスターたちは準備に取りかかったのだ。
「緊張するよな」
ISを身に纏った翼が気楽なコメントをする。しかも、ライフルや照準の微調整を行いながらだ。
彼といったらこれから一番の大仕事をやるというのに、どうして気楽でいられるのか不思議だ。
倭はまったく表情1つ変えずに、ただじっと待機している。
いつでも任務を遂行できるといった状態であった。
「大丈夫なの?」
遥は吉良倭を見て不安に思う。
今回は、本当に規模の違うミッションを遂行し、大きなリスクが待ち構えている。
「……俺は任務を遂行する。ただそれだけだ」
彼女へ淡々と答える。
「それができるのかどうかが――」
「……問題ない」
「でも……今回は介入後、連合軍は確実に攻撃を仕掛けてくるのよ。それに規模が違うと思う。下手したら死ぬかもしれないんだよ」
「俺は死なない。……目的を達するまでは」
「倭の馬鹿っ!」
遥は怒鳴ると格納庫から出て行く。
後を追うように倭が彼女に声を掛ける。
「遥!」
「…………」
声を掛けられ立ち止まるが、背を向けたまま何も話さない。
彼女は分かっているつもりだ。
彼の過去に起きた例の任務。本当に変わってしまったのは、パリ襲撃事件などではない。
彼にとって、大切で身近な存在。
彼女もその子を知っていた。まさか自らの手で、命を奪うだなんて思いもしなかったはずだ。
力を求めていた彼にとって残酷な運命が突きつけられ、心の傷を深く抉り、穴がぽっかり空いてしまった。埋めても埋めても、埋まりきれない。
正直自分は、彼にどう接すればよいのか、分からないのだ。
「なんにもないよ……」
悲しげな表情の彼女に、なんて言葉をかけてやればよかったのか。俯いたまま行く彼女を、ただ目で追うだけであった。
中国ゴビ砂漠にて、私設武装組織ブルーコスモスは武力介入を開始した。
翼と遥はテロ組織を捕捉すると、すぐさま先制攻撃を仕掛ける。
大型トラックの後部座席には、弾薬や銃を構えたテロリストたちが待機していたのだろう。派手な爆発が起きた。
「介入は終了した。引き上げるぞ……遥」
「分かったわ」
その直後である。合同軍事演習はやはり表向きだけであって、BCのISが介入した途端に〝暁Ⅱ式〟と〝零〟に向かって砲撃が始まる。
前方より大量のミサイルが2機のISを襲い、地上に降りざるを得ない状況へと追い込まれる。
〝零〟は外套状の〝PSフルシールド〟で攻撃から身を守り、〝暁Ⅱ式〟は〝零〟と背中合わせで〝PSシールド〟の展開を行い激しい猛攻を耐え続ける。
「くそっ……これじゃ反撃すらできないじゃねーか」
翼が軽く舌打ちをしながら文句を吐き捨てた。
「いつまで続くのよ」
いつ攻撃が止むのかは分からない。しかし、よくこの短期間でこれだけのミサイルをつくれるとは敵ながら天晴れだ。
油断はできない。ミサイルの雨は降り続け、いつしか空は煙によって灰色へと変わり果ててしまった。
同時刻、〝暁〟は上空から6つの砲門から光を放ち〝零〟、〝暁Ⅱ式〟を襲うミサイルを払い落とした。
今度は〝暁〟に照準が絞られると大量のミサイルが放たれる。
〝ニーダー・ブレンネン〟の重装備だと機動性を殺してしまい、ミサイルを全てかわせることができない。
倭は焦りの表情を1つも見せない。この機体には球体状のフィールド〝PSフィールド〟が搭載され、ありとあらゆる攻撃から身を守ることができる。
それが今展開され衝撃が走る
。が、気にもとめず両肩と両膝の〝PSキャノンⅡ〟を解き放ちミサイルを撃ち落とす。
しかし、ミサイルの雨は降り止まず今度は〝暁〟の動きが封じられる。
「……動けない」
一方ゴビ砂漠の上空で滞空する〝BC〟の輸送機から、月光椿が搭乗する〝紅蓮〟が降下を始めた。
灼熱の砂漠に機体を着地させると、大きな砲身〝PSバズーカ〟をがっしり構える。
ミサイルを撃ち出すISの部隊に大きな損害を与えるために、椿は粒子のチャージが完了したところでトリガーを引いた。
敵機が反応したときには、すでに解き放たれた巨大なエネルギーに呑み込まれていった。
敵の攻撃が始まってから20分が経つ。
「攻撃がやんだ? り、離脱する……」
つまり〝紅蓮〟が、敵機を片付けたことを意味する。
翼は警戒しながらも機体を浮上させ〝暁Ⅱ式〟とそれぞれの離脱ルートへと別れて飛び去る。みんなは無事なのか、離脱もできたのか、確認したいところだが早急に離脱しなければならない。
なぜなら、戦術予報では〝紅蓮〟が一掃してもすぐ離脱するように言われたからだ。
おそらく理由は、後方に部隊を控えているかもしれないからだ。
――〝紅蓮〟のおかげだ、一刻も早く離脱しなければ……
「倭は……それに遥も無事なのか?」
警告音が翼の耳に飛び込む。ハイパーセンサーで視認すると、前方から6機編成の部隊がこちらに向けて接近している。
戦術予報が的中してまったのだ。
「あれは……中国のISか」
この作戦は、やはり鹵獲が目的だったのだ。
右手に鹵獲専用の網が収納されているカーボンネットが射出され、蜘蛛の巣のように広がり〝零〟に迫る。
かわそうと機体を右に動かすと、今度は右側からカーボンネットが射出された。
あれは囮だったのだ。
翼は悔しげに舌打ちをした。
〝零〟はカーボンネットにより動きが封じられ、次は背部から巻き付けられ完全に動きが封じられてしまう。
遥も同様敵の奇襲を受け、包囲され鹵獲寸前までに追い込まれていた。
『ブルーコスモスに失敗は許されない』とあの時言っていたことを思い出す。
なんて自分は情けないんだろうか。
なんであんなことを言ったのかは自分でも分かっているつもりだった。この危機を脱するためにはこれを使うしかない。
「ごめんなさい……でもやるしかない!」
モニターには〝単一仕様能力発動〟と表示されていた。
――Vモード発動!
機体は輝き出し、薄い金色へと変わった。敵の攻撃をくらっても怯まないのがこの単一仕様能力の特徴だ。
むしろ当たれば当たるほどエネル ギーが回復していく。
――いける!
確信した遥はスロットルを全開にし、一気に上空へと飛び上がった。
「一気に目標を殲滅する」
腰部後方の装甲裏から〝PSビームサーベル〟を抜き取ると、機関砲を斬り落とし、立て続けに流れるような太刀筋で敵の武器を両断した。
混乱した敵は隊列を乱し始める。隙を逃さずスラスターを全開に噴射すると同時に、瞬時加速を使用する。敵へと振り下ろされる光刃が煌めき、爆発へ変える。
飛行形態に変え離脱しようとしたときだ。突然機体が動かなくなった。
「鹵獲された!?」
大小様々なネットが飛行形態となった〝暁Ⅱ式〟に絡まり、ついには自然と地面へ落ちた。
正方形を描くように4機のISがホバリングを行いながら、鹵獲した〝BC〟のISを運び始める。
もう駄目かと思った矢先、突如後方で大きな爆発が起きた。
ハイパーセンサーで後方を確認したところ、離脱したはずの〝朧〟が救援に駆け付け、敵機を蹴散らしていたのだ。
「大丈夫でござるか? 拙者は椿の救援に行く」
「う、うん分かった……ありがとう」
2機は敵機の動きが無くなったところでこの場を後にし、離脱した。
予定では全機離脱しているはずなのに、連絡が一切ないことに違和感を覚える。
仲間の身を心配して連絡をとろうとしたそのとき、彼の耳に警告を知らせる電子音が鳴り響く。
――敵!?
「終わりにしてやるよ!」
――この声、まさか!?
プライベートチャネンルで、聞き覚えのある声が耳に入る。
あの深紅の機体はそうだ、あの事件の真犯人。やつは――
「仙道仁かっ!」
6つの砲門から粒子ビームを放つ。だがそれは〝暁〟の空の彼方へと消える。戦闘開始から既に一時間が経とうとしている。
疲れのせいか、かわせる攻撃もかわせない。地面へ叩きつけられると、〝紅の機体〟が銃口を翳す。
口元を歪めてこう言った。
「ここがてめーの墓場だ! 覚悟しな」
銃身から光が迸り、彼の機体を傷つける。衝撃が身体中に走り、意識を持っていかれそうになった。最後の力を振り絞り起き上がろうとする。
だが力強く踏みつけられ、機体を押さえつけられると思うように動かせない。剣先を向けられ、絶体絶命の彼に成す術は無かった。
ここで終わってしまうのだろうか?
まだ、理念すら実現もできていない。
――ふざけるな! 俺はまだ……死ねない!
だから頼む……動いてくれ。
刹那、一条の光が〝紅の機体〟を直撃する。光が頭上から来たのを思い出すとすぐさま振り仰ぐ。
視界の先には目にしたことのない、ISが空中で滞空している。背部からまばゆく放出される粒子、あれは間違いなく組織の機体。
あの光景が思い浮かぶ。上空から降り注いだビームが兵器を破壊し、命を救ってくれた。翼を広げた神のような存在。また救われた。
「大丈夫、倭?」
「そ、その声……」
声の主は幸村麗奈であった。彼女は予備マイスターであり、彼を助けるために指示を受けてと言うより無理矢理ここへ来たのだ。
「私たちより先に、〝2ndチーム〟が助けたみたいよ」
それは彼女の話すことで分かったのだ。 上空で倭を見下ろす機体は、〝2ndチーム〟で間違いない。
まさか彼らが助けに来るとは思いもしなかった。
彼女の後ろに青い粒子を放出する組織のISがホバリングをしながらゆっくり近づいてくるのだ。
「無事で良かったね、〝暁〟のパイロット」
プライベートチャンネルで呼び掛けてきたのは、2ndチームのメンバー姫神梓。
「お、お前が……そのパイロットなのか?」
倭は、見たことのないISのパイロットに問う。
「そうよ。それより早くここから離脱をしな……あんたたちの仲間は、私のチームが救うからさ」
麗奈は、黙ったまま倭の機体を支えながら戦線を離脱したのだ。
同時刻、鹵獲された〝零〟の前に1機のISが舞い降りた。前面を覆う外套状のシールドに、内側へマウントされるスナイパーライフル。
さらにこの機体にはある秘密を装備している。ビームを歪曲させることができる〝フレキシブル・アーミング〟と呼ばれる特殊武装。陣博士が総力を上げて開発した自慢の武装らしいのだ。
「沢村一乃だな、早く神道翼を連れて離脱するんだ。ここは我々が君たちの離脱を護衛する」
そう言ったのは、2ndチームのリーダー沖田宗司。
その横にはもう1機、見慣れぬ機体が隣接していた。
「いいから、さっさと行けって言ってんだよ。俺たちがこいつらを抑えんだからよ」
喧嘩腰に言い放ったのは、沖田と同じく2ndチーム斉藤平助。丁寧な口調の沖田とは違い、斉藤は荒っぽい。
2人は、横目で一乃たちが離脱した確認を終えると敵機を牽制する。
翼は、バケツに水が溢れるぐらいの疲労が溜まり、機体を操ることが精一杯だ。ときどき意識が遠くへ行きそうになるが、振り払いなんとかこの戦闘中域から離脱に成功する。
かくして、このミッションは残念ながら失敗という形で幕を閉じてしまった。
これは彼らにとって初めてのことであり、苦い思いでもある。
次回は終盤に向けゆっくりと物語が進みます。
最終章は他章と比べ長くなります。