諸星圭、彼は極星寮にある自室の部屋の窓際に座り夜空に浮かぶ満月を眺めていた。いつもは騒がしいここ極星寮も、夏休みということで今居るのは寮母であるふみ緒と、一つ年下の一色のみだ。そのせいかはわからないが、聞こえてくるのは風が吹き、揺れる木々の音のみ。時刻は午前二時を回ったところだ。少し冷えた風を心地よく感じながらも、その表情は今年の春の朝方に浮かべていた表情とは違い、どこか真剣で、何かを考え込んでいるようだ。何かとは当然彼に想いを寄せている女性四人のことだ。
「どうしたもんかな…」
その言葉は小さく呟かれ、ただ呟いたというわけでもなく、彼自身に問いかけているようでもあった。ゆっくりと目を閉じると浮かんでくるのは、この夏に体験した四人の女性とのデートの記憶。そして、彼の横で楽しそうに笑う彼女たち。
目を開け、窓際から離れ備え付けの机の引き出しを開ける。その中にある一冊のアルバムを手に取り、一ページ目からその日を思い出すようにゆっくりと見ていく。次へ、次のページへと捲られていく。写真と写真の間には小さな字で日付と場所、どういった経緯で撮られたものか簡潔にまとめられて書かれている。
最後の一枚を見終えて、一息吐いてからアルバムを閉じて引き出しの中へ戻した。
「連絡は明日の方がいいか」
時間を確認して、ベッドに横になる。答えが出たのか、しばらく目を閉じると小さな寝息が部屋を支配した。
翌日、彼が目を覚ますと太陽は昇りきっていた。この時間に起きるのは珍しく、大体は太陽が昇り始める頃に起床し、後輩である一色と畑仕事をするためだ。
一色に一言謝っておこうと、身支度を整えてから一色の部屋に向かう。ノックをして、入室許可をもらい中へと入る。
「慧、朝は悪かったな」
「いえいえ。一応起こしには行ったのですが、あまりにも気持ち良さそうに眠っておられたので、起こすのも悪いかなと思いまして」
苦笑を浮かべて謝罪をする諸星と、首を横に振り、爽やかな笑顔を浮かべて理由を説明する一色。
「あんたたち、飯の時間だよ」
パイプ管からふみ緒の声が聞こえ、二人は立ち上がって食堂へと向かった。
食事を終えた二人は、それぞれ用事があるようで、各自の部屋に戻っていった。諸星は携帯と財布を鞄に入れて持ち、部屋を出る。どうやら、今日も今日とて十傑の仕事があるようだ。彼の仕事は基本的に雑用的なものが主であり、そのほとんどが他の十傑たちから回ってくる書類の処理である。たまに外部からの試食会という名の寸評会に赴くこともある。荷物を見る限り、今日は前者のようだ。
彼に与えられた仕事部屋に着き、奥にある机に鞄を置き中から携帯を取り出して、椅子に座る。
しばらく携帯とにらめっこをしていたかと思うと、メール画面を起動し文章を打ち込んでいる。文章を打ち終えたのか、またしばらく携帯とにらめっこをしている。一つ息を吐いてよしっ、と気合いを入れると送信ボタンを押した。送信先は、件の四人の女性である茜ヶ久保もも、小林竜胆、榊涼子、吉野悠姫だ。
「やっべ、なんか今から緊張してるよ」
来る日を想像したのか、掌にはじんわりと手汗をかき、心臓が普段より少しだけ速く鼓動している。今からこんな状態で当日はどうなることかと心配ではあるが、一先ずは机の上に置かれている書類を片付けなくてはならない。また一つ息を吐いて書類に手を伸ばし、作業を開始した。
一方、諸星から送られてきたメールを確認した女性陣も、それぞれ決意を新たにし、当日まで思い思いに過ごしていた。一年の二人は、秋の選抜に向けて実家にて調理をしながら。三年の二人は、各々の仕事をこなしながら、期待と不安を胸にその日を待つ。
そして、諸星が指定した当日。涼子と悠姫は実家から戻り、秋の選抜に向けての準備もほぼ完了した。ももと竜胆もこの日の仕事を終わらせた。諸星に指定された場所、彼と涼子が最初にデートをした帰りに寄った公園に四人は集まっていた。周囲には夜の八時になろうという時間のせいか、人は四人以外にはいない。
お互いに適当な挨拶をして公園にあるベンチに腰を降ろした。約束の時間までもう少し。四人は顔を合わせた最初こそ、夏休みのことなどを話していたが、時間が迫るにつれて言葉数が少なくなっていき、今は誰も話さずに彼の到着を待った。
そして、約束の時間になったと同時に、公園の入り口から一つの足音が聞こえてきた。四人はベンチから立ち上がって、彼が目の前に来るのを待つ。
「よっ。待たせてごめんな」
軽い調子で右手を顔の辺りまで挙げてそう言ってきたのは、諸星だった。そんな彼に、四人は呆れた顔をしてやれ、五分前には来いだの、女を待たせるのは感心しないだの、各々文句を言っていた。
そんな、彼らにとっては、いつも通りの会話を一通りして、諸星はまず頭を下げた。
「改めて、今日は集まってくれてありがとう」
お礼を述べた後、ゆっくりと顔を上げた。その表情は真剣で、これから今日呼び出された本題が始まるのだと、その場にいる全員が思い、彼の次の言葉を待った。
彼が頭を上げてからどれくらいの時が経ったのだろう。きっとそれはほんの数秒だったのだろう。しかし、彼が口を開くのを待つ四人にとっては、それが数分にも数十分にも感じられるほどの緊張が場を支配していた。四人は四人とも彼から目を離さずに待つ。
「俺はさ」
ゆっくりと彼は口を開いた。
「俺はさ、遠月に来て良かったって思ってる。皆に会えたこと、ライバルと呼べるやつができたこと………好きな人ができたことが、俺をここまで導いてくれたんだと思ってる」
好きな人、その言葉を聞いた四人は顔を強張らせ、背筋が自然と伸びた感じがした。四人の緊張感は一気にピークを迎えた。だが、彼の口から紡がれるのは、今まで彼が体験したことばかり。一向に彼女たちが望む答えが言われることはない。
いい加減、痺れを切らした竜胆が四人を代表して、そんな彼にツッコミをいれる。
「おい圭、私たちはお前の昔語りを聞きに来たわけじゃないんだよ」
そう言った彼女の表情は険しく、そんな彼女を見た諸星はビクッと反応して、口を閉じてしまった。
「あ〜…その…お、俺だって緊張してんだよ!」
口を開いたかと思えば、今度は言い訳をし始めた。なんとも情けない男である。そんな彼を見て、四人はまた呆れた表情を浮かべた。先ほどまでの緊張感はどこへやら。四人ともため息を吐き、やれやれと言った表情に変化している。
「皆してそんな顔しなくたっていいじゃんかよ!だーもう!言えばいいんだろ!俺が好きなのは」
「「「「わー!待った待った!」」」」
彼が答えを言おうとすると、全員が止めに入る。それもそうだろう。こんな雰囲気もくそもない形で言われたらたまったものではない。こんな形で言われるくらいなら、まだ先ほどの緊張感の中で言われた方がマシというものである。むしろ、緊張感があった方が自然だろう。現に、彼女らは口々に先ほど言ったような文句を言っている。そんな彼女らに彼はたじたじになり、とりあえず謝罪をする。
数分が経って、漸く全員が落ち着きを取り戻した。本当に雰囲気もくそもあったものではない。これがこれから四人の女性たちに対して、告白への答えをする雰囲気とは思えない。だが、全員が全員笑っていた。これが俺たち、私たちなのだと。一頻り笑いあった後、静寂が訪れる。そこには最初の緊張感こそ無いものの、四人が真剣な顔で彼の目を真っ直ぐと見つめていた。
「なんか色々とあったけど、言わせてもらうぞ」
そんな彼女らを、彼も真剣な顔で見つめ返し、そう言う。そんな彼に対して、彼女らは頷くことで応えた。次に言う人物が彼の意中の人物。ある女性は祈るように、ある女性は優しげな表情で、ある女性は堂々と立ち真っ直ぐと見つめ、ある女性はいつも持ち歩いているぬいぐるみをより一層強く抱きしめながら、彼の言葉を待つ。
そして、ゆっくりと彼は深呼吸をしてから口を開いた。
「俺が好きなのは――」
諸星が遠月学園を卒業して、数年が経った。彼は両親が経営していたレストランを継ぎ、そこの料理長をしている。両親の世代から近所の評判は良くまた、遠月を卒業した彼が料理長を務めているということで、近所の常連だけではなく、全国各地からその味を確かめようと訪れる客もいるほどの盛況ぶりである。調理場をまとめる彼の回りの料理人たちは、遠月の卒業生もいれば料理人を目指す見習いまでいる。そこはまさに戦場。次々とやってくる注文と皿を各自が捌いていく。
昼の時間の営業が終わり、片付けと昼食を食べ終わり仕込みを諸星一人でしていると、一人の女性が厨房へと入ってくる。
「どう?もうすぐ出かける時間だけど終わりそう?」
「ああ。もうちょっとで終わるよ」
首を傾げて問いかけてくる女性に、彼は作業している手を止め微笑を浮かべて応える。
「義兄さんと、義姉さんももう来て待っているわよ」
「おっと、じゃあちょっと急ぎますか」
彼は止めていた手を動かし作業に戻る。
今日は彼の両親と妹の命日であり、その墓参りに行くのだ。
一通りの作業を終えて、副料理長に引き継ぎをして厨房をあとにする。
着替えを済ませて、兄が運転する車で埋葬されている場所に向かう。現地に着き、墓参りを終わらせた後、彼の兄と姉は先に車に戻った。今、墓前にいるのは彼と、その妻になる女性のみである。
「父さん、母さん、葵、俺さ、こいつと結婚することになったよ」
そう語りかけながら、隣に立つ女性の肩を掴み抱き寄せ、女性に微笑みかける。女性もまた、そんな彼に微笑み返す。微笑みあった後、墓の方へ二人で向き直る。
「俺にはもったいないくらいの良いやつなんだ。これからは俺とこいつを見守っててくれ」
抱き寄せていた肩から手を離して、目を閉じてもう一度合掌をする。女性もそれに習い同じく合掌をする。
「それじゃ、また来るよ。さ、行こう」
ゆっくりと目を開け、別れの挨拶をすると、隣に立つ女性の手を握り、その場を去っていく。彼らの握られた手の薬指には、太陽に照らされ光輝くシルバーリングがはめられていた。
春に近づく桜の木には、蕾ができており、彼らのこれからを祝福するように、ゆっくりと今の季節には早い開花をしていた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
これでこの作品は完結でございます。
誰と結ばれたのかは、皆さんのご想像にお任せします。
初作品かつ見切り発車ということで、かなりのグダグダぶりでしたが、皆様のおかげで無事完結させることができました。深くお詫び申し上げます。
次回作は特に決めていません。書きたいなあと思う作品もあるんですが、また書きたくなったら書きたいと思います。
それでは最後まで長文失礼しました。