「あのねリン。リンは夢……あるかな?」
日に照らされ透き通った青い髪を風で靡かせながら彼女は言った。
「夢か……そうだな。考えた事はなかったが……今の--と過ごす時間がずっと続けば幸せだと思う」
その言葉に彼女は照れたように笑う。
「え、えと、あ、ありがとう……」
「なんでそんな事を聞くんだ?」
首をかしげながら、照れてる彼女に問いかける。
「リンは夢を持ってるのかなって気になったんだぁ」
「まぁ、他の奴等みたいに金持ちになるとか、プロになるとか、そう言った大層な夢はないな。俺は大切な友達と一緒に泣いたり笑ったり、遊んだり、こういう穏やかな時間を一緒に共有できればそれで満足だ」
「フフ。リンらしいね」
何故か小さい子供を見るような目で笑みを浮かべている彼女。
「なんだその微笑ましい物を見る目は」
「リンはやっぱり優しいんだなっと思ったんだよ」
「……別に優しくなんかない。そ、それより--はどうなんだよ?」
優しいと言われて照れたのか、彼女から視線を外しリンは話を逸らした。
「えっと、わ、笑わないって約束してくれる?」
「そんなに面白い夢なのか?」
「そ、そんなんじゃないけど……え、えと、そ、その」
唸ったり、焦ったり、視線をさまよわせ右手と左手の人差し指同士をくっつけ慌てる姿に思わず笑ってしまう。
「クク。まぁ、落ち着け。笑わないと約束するから教えてくれないか?」
しばらく視線をさまよわせていたが、リンの言葉に落ち着いたのか、彼女は深呼吸し、息を調えた。
「わ、わたしの夢は、お、お嫁さんなんだ。す、好きな人と結婚して、子供も作って、幸せな家庭を持ちたいかな?ありきたりだけど、そのありきたりな幸せがわたしは欲しいかな?」
「そうか。いい夢じゃないか。良い相手が見つかるといいな。俺はその夢応援するぞ」
「むぅー」
応援すると言ったリンだが、頬を膨らませ、彼女は怒っていた。何故怒ってるかは分からないが、全然怖くなく、むしろ可愛らしくついつい頬を指で突く。
「な、なにするの」
「すまない。可愛いからつい頬を突いてしまった」
笑いながら言うリンに彼女は。
「ッ!うぅー」
自分の顔を見られないように後ろを向き今の表情を両手で隠す。平気でこういう事を言うため、いつも真っ赤染まる顔を隠すのに大変な彼女。
「ずるいよ……す、少しは気にしてくれてもいいのに……」
リンの暖かな笑みに自分の感情がたかぶり、心臓がドクン、ドクンと激しい鼓動を伝えてくる。それが少し心地良く、幸せな気持ちになる。それと同時に自分の事を応援すると、全然気にしていないふうに思えて少しだけ寂しく感じる。
そんな事を彼女が考えていた時だった。
「でもさ。そうなった時は寂しくなるな。こうやって気軽に話せなくなるし、会う時間も少なくなるのは……辛いな」
寂しそうに笑うリンに彼女は慌てて弁解する。
「だ、大丈夫だよ。これは夢だから、そ、それにこれは……」
(リンがいないと叶わない夢だから)
後半の言葉は彼女の心の中で留める。いつか言えたら良いなと願いながら。
これはリンがいて初めて叶う夢なのだ。一生変わることがないと彼女は断言できる。それぐらいリンに救われた。あの暗い、暗い、何もなく、希望のない世界にいた自分を。眩しいと思えるくらいに明るい世界を自分に見せてくれた。
「それにこれは、の後はなんだ?」
「う、うん。なんでもないよ。それより、遊ぼうよ」
立ち上がり、リンに手を差し伸べる彼女。
「あぁ、そうだな。今はこの時を楽しもう」
リンは彼女の手を取り、互いに走り出す。この一瞬の刹那を大事にするように。
目が覚めたリンが見た物は、見た事がある白い天井と鼻につくような病院特有の匂いだった。
「またか……」
体中には点滴やチューブなどが付いており、前回運ばれた時とまったく一緒だった。違った点と言えば、夕日が落ちる時間帯じゃなく、鳥のさえずりが聞こえ、太陽が昇り輝く心地よい朝だった。
「さっきの夢は……」
目が覚めたリンは先ほどの夢の光景を思い出す。夢で見た少女を見たとき、ひどく懐かしいと感じた。初めて見る少女のはずなのだが、頭はそれを理解しているはずなのに心はそれを否定していた。自分の記憶のはずなのに覚えていない事に物足りなさや不快感を感じリンは顔を顰める。思い出そうとすれば頭痛がリンを襲う。まるで思い出してはいけないと、何かが訴えかけているようだった。
夢の中のリンは何回も少女の名前を呼んでいた。しかし、その部分だけは何故か聞き取れず、思い出すのはあの綺麗で見惚れるような水のように透き通った青い髪と、愛しいと感じた眩しい笑顔だけだった。
「目が覚めましたか?」
リンが思考の渦に囚われていると、いつもと変わらない抑揚な声を聞き、視線を天井から声を出した人物へと移す。
「あぁ。おかげさまでな……レキ?」
レキを見た時、レキと夢で見た少女がダブった。夢で見た少女とは正反対なはずなのに、姿が重なったのだ。
「どうかしましたか?」
レキの方もリンが自分を見る目が何か違う事に気づいたのだろう。じぃっと綺麗な琥珀色の目でリンを見つめていた。
「い、いや、なんでもない。それより学校はいいのか?」
「……そうですか。単位は取ってありますから遅れても問題ないです」
しばらく黙って見られていたが、リンの疑問にレキは答えた。
「それより何か聞きたい事があってここに来たんだろ?」
リンの問いかけにレキはこくりと首を縦に振り肯定する。
「また、あの力を使いましたね」
「……やはり見えてたのか」
「はい。私は目がいいので暗闇でも見えてました」
あの場所でレキに受け止められた瞬間、なんとなくだがリンは見られたと確信していた。
「ああするしか、皆が助かる方法はなかった。それに見ていたのなら分かるだろ?」
リンの問いかけに黙るレキ。
あの時、本来ならリンが悪魔化しても止められるはずはなかった。あの時、魔力がなく、力も出せていなかった。飛行機と衝突した後、止まっていたはずの逆噴射が再開したのだ。まるで都合よく感じるほどに故障したタイミングと再開したタイミングが良かった。誰かの手のひらで転がされてるような。意図的な感じがしたのだ。
(俺の考えすぎか?)
そう思考しながらも話を続ける。
「俺がやったのは飛行機の向きを横にずらしただけだ」
リンがやった事と言えば正面から受けず、すこし受け流すように魔力の壁を展開し、飛行機を真横にスリップさせるように停止させようとしただけだった。
「誤魔化さないでください。血を吐いていたでしょう?」
表情一つ変えず、レキの視線がリンを貫く。
「……それにあの時は人に戻った後は傷も直り、血を吐くこともなかったはずです。今は傷も中途半端に残り、血を吐いていました」
「……」
核心をつかれたリンは何も言えなかった。この話題をされたくなかったため、話を逸らしていたが、レキにはすべてを見透かされていた。
もともとリンは人間状態でも回復力が普通の人間とは圧倒的に違うのだ。悪魔化すれば、傷など瞬時に回復する。だが、それも魔力があればの話なのだ。
バスジャックの時、ライネルから受けたナイフに何か塗られていたのだろう。魔力を使おうとすると何かに阻害されているようで少ししか出せなくなっていた。例えるなら、水を出すのに蛇口と泉ぐらいの差があるのだ。魔力を出そうとするにも蛇口のため、どんだけ魔力を練ろうとも出す量が圧倒的に少なく、膨大な魔力を瞬時に練れないため傷も回復しない。
リンの瞬時に再生するのも圧倒的な魔力があっての事、魔力があまり使えない、魔力がない場合などは再生できず、傷も回復しないのだ。
「言いたくないのなら別にかまいません」
レキに嘘は通用しないと理解していて、なおかつ、レキに嘘をつきたくない為、黙っている
とそんな言葉を貰った。
「すまない……いつか話す」
「いえ、それでは私はこれで失礼します」
聞きたい事をすべて聞いたのか、レキは椅子から立ち上がり、部屋を出るため歩きだす。
「レキ」
「なんでしょうか?」
「あの姿は……醜かっただろう?」
呼び止め、首を傾げてこちらを見るレキにリンはあの初めて会った時に聞けなかった事を聞いた。
「リンさんが何を思っているのかは分かりませんが、私は……あの姿を初めて見たときから一度たりとも醜いと思ったことなどありません」
どこか乾いた笑みを浮かべ聞いてきたリンに、レキはリンの紅い瞳を見つめいつも通りの声でそう言い部屋を出て行った。
レキが部屋を退室した後、リンはベットに寄りかかりながら先ほどの言葉を思い出す。
「一度たりとも思った事はない……か」
そのレキの言葉にリンは目から涙がこぼれ落ちる。今まで生きてきた中でそんな風に思われた事などリンにはなかった。
神の教団に狙われた頃から、むこうは一般市民関係なく巻き込み目撃者なども殺していた。同じ人であるにもかかわらず、小さい虫を潰す。そんな簡単な作業のように人を殺していた。
嘆き悲しむ者、絶望する者、パニックになる者、その光景はまさしく地獄だった。一方的に行われる虐殺。死がはびこみ、あるのは悲鳴と絶望。血が辺りを鮮血に染め上げ、地獄と言う戦場を作り上げる。
そんな状況の中、リンが出来ることは一つしかなかったのだ。自分の中に宿る力を使い敵を殲滅させること。
そして悪魔化したリンは人を助けるために敵を殲滅した。だが、生き残った人達が自分に向ける視線はまともな物じゃなかった。まるで化物を見るような目で、恐怖で体を震わせ逃げる者、罵声を浴びせリンを罵しる者、恐怖で錯乱して襲い掛かってくる者もいて、人が持つ狂気部分を今まで垣間見てきたのだ。
だからレキの言葉は本当に嬉しかった。自分が忌み嫌う悪魔の姿を肯定してくれたことに。
「ありがとう。レキ」
本人はいないが、感謝の言葉を口に出す。レキのおかげで少しだけだが、自分は化物じゃなく、人だと思えたから。
それからしばらく、リンの涙が止まることはなかった。
あれから数時間の時が過ぎ、目を真っ赤に腫らしたリンだが、顔を洗いに向かい、気持ちを落ち着かせる。
部屋に戻ると来客が来たのか、ドアが少し開いていた。リンは何も考えず、部屋に入る。
部屋に入ると後姿だが、見慣れた黒髪が見え、すぐに綴だと分かった。
「綴か。来てくれた……の……か……」
リンは自分のベットに戻り、綴の顔を見て言葉を失う。そこにいるのは人間じゃなく夜叉だと、リンの直感がやばいと告げていた。
「フフ。元気そうで何よりだなぁー」
いつもの口調がここまで恐ろしいと感じる事は無かった。
「い、や、その……」
いくつもの窮地を脱出してきたリンだがさすがにこの時だけは、あまりにもプレッシャーで言葉が詰まり、出ず、あたふたし、普段見れない様な姿を晒していた。
「なんだぁー?」
そのリンの姿に綴はさらに苛ついたのか、オーラが増し、目つきが鋭くなる。さらに強烈な死のビジョンが頭に浮かぶ。蛇に睨まれた蛙の様に、何も出来ず、ただ死を裁かれるのを待つ罪人だと自覚していた。
「本当にすまない。だが、どうしてもあいつらを助けてあげたかったんだ……」
リンは目を瞑り覚悟を決め、精一杯気持ちを込め謝罪する。
「はぁー、もういいよ。お前はいつもこんなんだからなぁー」
リンの謝罪が届いたのか、綴は怒りを抑え、呆れた様に右手で頭を抑えていた。
「リン。顔を上げろぉー」
許しを得たので、顔を上げるといつものやる気の無い、普段の綴がそこにいたのだが、次の瞬間。
「ッ!!」
バチン、っと頬を思いっきり叩かれた。いきなりの事で何も対応できず、何も考えられず、ただ、呆然と頬を押さえる。
「これで今回のはチャラだからなぁー」
そう言って話す綴だが、顔は真面目で、さらに言葉を紡ぐ。
「いつも心配する私の身にもなれ。どれだけ、苦しいかリンにはわかるかぁ?」
「……」
悲しそうに、どこか辛そうに問いかける綴にリンは何も言えず、黙る事しか出来ない。そんな事など考えた事などなく、誰かが自分の帰りを待っている、そんな当たり前の事がリンにはなかったため、綴の気持ちなど理解していなかった。
自分が傷ついたり、いなくなった時、苦しんだり、悲しんだり、もしかしたら、泣いていたのかもしれない。そう考えるだけで、自分がどれだけ綴を苦しめたのだろうと想像すらできなかった、いや、想像すらしたくなかった。
「……ただ、今回も無事で何よりだよ」
「ッ!」
俯くリンに綴は優しく包み込む様に抱きしめる。一人の存在を確かめる為に、強く、より強く、抱きしめる手に力を込める。密着した体から聞こえる心臓の音に互いが存在を確かめあい、満たされていく。
「……ありがとう。こんな自分を心配してくれて」
リンは思う。彼女達は皆、優しすぎると。理子といい、レキといい、綴といい、彼女達は自分にとってもはや、なくてはならない存在だとこの時、リンは改めて自覚した。彼女達の存在が人に絶望していた自分を変えてくれた。彼女達がいない世界などもはや考えられない。
「これから無茶する時は必ず連絡する。それから、これからも綴と一緒にいたい」
「え……ッ!!え、えっとなぁー」
リンは特に他の意味はなかったのだが、綴にとっては理解すると同時に顔を紅葉させる。喉が渇き、顔が熱く、何も考えられず、思考が止まった。
「愛の告白よ!」
「キャー。教師と生徒の禁断の恋!」
ドアの隙間から覗く看護士達がその現場を見ており、キャー、キャー、と盛り上がっていた。止まりかけた思考を繋ぎとめ、顔の熱を収め、すぐさま彼女達の所へ移動し、脅す。
「おい……言ったら分かってるよなぁー?」
ドスの聞いた声に看護士達は頭を縦にブンブン、と体を震わせ頷く事しか出来なかった。
「え、えっとだなリン。わたしはぁー仕事に戻るから、体に気をつけろよぉー?」
「あぁ、今日は見舞いありがとう」
どこか照れながら言う綴に疑問を持ちながらもお礼をいい、それを見た綴は自分の頭を右手でクシャクシャと掻き乱しながら部屋出て行く。
辺りの空が暗く染まり、朝とは正反対の静かな街のビルの屋上に一人の人物がいた。その人物は携帯を操作し、ある人物に電話をかける。
『もしもし、どちらさまでしょうか?』
電話の向こうにいる。いつも通りの丁寧な口調の彼に思わず笑みをこぼしながら、その人物は自分の正体を明かす。
「こちらⅥよ」
「戦乙女(ヴァルキュリア)ですか。一体何のようです?」
「あなたのお気に入りの『紅い死神』に会ったわよ」
「……別にお気に入りではありません」
電話の向こう側で一瞬言葉に詰まったライネル、分かりやすい反応に誰もいない屋上にいる彼女は喉をならし笑う。
「フフ。分かりやすいわね。それより、いつまでそんな口調で喋っているつもりかしら?」
さっきまで笑っていた彼女だが、ライネルの口調に不愉快さを滲み出し、怒りを表す。
「私がどんな喋り方をしようともそれは自由でしょう?」
「……」
しばらく互いに押し黙り、沈黙が場を支配するが、
「はぁ、まあいいわ。それより、彼とってもいいわね。ボスからはあなたがメインで任されてるから、一応言っておくわ。彼、気にいったから少し関わりあおうかしら」
何かおもちゃを見つけた子供の様に無邪気な笑顔なのだが、その笑みにはどこか狂気が交じり合っていた。
「もうすでに手を出したのでしょう?そちらにいる部下から報告が来てますよ」
言葉は丁寧なのだが、どこか攻め立てる様な口調で問いただす。
「それは誤解だわ。私はちゃんと彼が魔力を使えるか使えないか見極めようとしただけよ」
都合の良い事を、と、内心穏やかではないライネル。
「……それで結果は?」
「報告を聞いたのなら知ってるでしょ?」
「Ⅵの戦乙女(ヴァルキュリア)の意見を聞きたいのですよ」
真剣な口調を聞き取ったのか、彼女の方もおしとやかな大人の女性の笑みをやめ、真剣な表情で意見を言う。
「そうね。実験は成功と言った所かしら。飛行機は全然止められて無かったわ。私があと少し、糸をそのままにしていたなら、恐らく墜落してたでしょうね。魔力の方も制限がかかっていて力を発揮できていなかったわ」
「ならば、そのままにしとけば良かったのでは?」
「フフ。撃墜させても彼は死なないでしょ。それぐらいで死ぬ人物なら、神の教団の危険リストにならないでしょう?それに言ったでしょ……私は彼が気に入ったの。あの絶対にあきらめない目に確固とした意思。なんて素晴らしいのかしら」
彼女の独白を聞いていると後半から聞き取っている携帯の音から何らかの音が聞こえ、自分が何を言おうとも通じていなかった。
「はぁ、まったく『紅い死神』は危険な人に目をつけられましたね」
携帯を切り、彼女がいたであろう場所がこの後、どうなっているか予想でき、向こうで潜伏している部下に後処理を任せようと考えながら、ライネルは神の教団があるであろう本部に向かい歩き出す。
一方で、携帯を切られた事など気づかず、彼女は一人でぶつぶつと呟やいていた。
「あぁ、はやくあなたに会いたいわ。可愛がってあげるのに」
笑みを浮かべる彼女はとても美しいと誰もが感じるが、その光景を見れば誰もが絶句するはずだ。
辺りが暗く、何も見えない夜に線が煌く、すると、ビル屋上にあった柵やコンクリートの壁が切り刻まれる。まるで紙の様にいとも容易く、切り刻まれるその光景は誰もが恐怖を感じ、逃げ出したくなるだろう。しかし、同時に糸が舞うその中心で妖艶な笑みを浮かべ、優雅に腕を滑らせ、踊る彼女を見れば、まるで戦場に舞い降りた戦乙女だと、死ぬと分かっていても近づきたいと思う人間もいるはずだ。
これこそが彼女が戦乙女(ヴァルキュリア)と呼ばれる由縁であった。
しばらくして彼女は落ち着いたのか、動きを止めた。辺りを見渡せば、ビルは崩壊一歩寸前であり、あらゆる場所が綺麗に切り取られていた。
「やりすぎたかしら?」
狂気の笑みはなりを潜め、普段のおしとやかな女性に戻った彼女は自分でやったであろう場所を眺め、呟く。
そう考えてる所で、
「戦乙女(ヴァルキュリア)様、後処理は我々にお任せください」
ライネルの部下達が周りから集まり、彼女に膝をつき、命をまつ。
「あら、気が利くわね。それじゃよろしく頼むわ」
部下にそう言い彼女はビルから飛び降りる。普通の人ならばひとたまりもないが、彼女は着地する瞬間、腕を横に滑らせると衝撃も音もなく、優雅に降り歩き出す。
「あぁ、『紅い死神』君は私を満たしてくれるかしら」
自分の頬に手をやり、満たしてくれる存在の死神を想い、歩を進める。
次の日、ライネルから受けた傷は抗体が自分の体に出来たため、魔力を引き出せる様になり、体もある程度動かせる程にまでなっていた。
リンは今女子寮の目の前の建物から、アリアが帰るであろう女子寮の屋上のヘリポートの場所を見つめる。
「さて、キンジはアリアを引き止めれるかな?どう思う?」
柵に手をつき寄りかかりながら、紅いコートを風で靡かせ、どこか確信的な笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「私には分かりません。ただ風は言っています。大丈夫だと」
「別にどぉーでも私はいぃーんだがなぁ。ただ、残ってくれた方が仕事を押し付けれるからありがたいかなー」
その言葉に答える声が二つ。リンの右側と左側の後ろにはドラグノフを担いだレキと右手に煙草を持ち、煙を吐く綴が立っていた。
「俺もキンジなら大丈夫だと思うさ。あいつらほどぴったりなパートナーはいないんだからな」
「その割にはもうヘリが出発しそうだよォ」
見れば、俯き、今にも泣きそうなアリアがヘリに乗り込んだ。それを確認した操縦士はヘリを操作し、徐々に空に浮き上がる。
その時、
「アリア!!アリア!アリアーーっ!!
キンジの叫び声がこちらにまで聞こえる。その声が通じたのか、スライドの扉が開きアリアが何か文句を良いながら嬉しそうに飛び降りる姿が見えた。
「さすがあいつらだな」
アリアが降りた後、ロンドンの役人達が慌てふためき、連れ戻すために降りてくる。
「撃ちますか?」
「いや、大丈夫さ。アリアのパートナーがなんとかしてくれるさ」
レキが構える準備をしていたがリンはそれを止め、傍観する。
その直後、素のキンジが屋上から飛び立ち、アリアと共に女子寮の下の温室のビニールハウスに突っ込んでいった。
「元気なやつらだなー」
どこか呆れた様に吸い終わった煙草を地面に押し付ける。
「いいじゃないか。ああいうのも悪くないと思うぞ?」
そう言いつつ、リンは柵から下がり、レキと綴がいる場所まで下がる。
「どうしたぁ?」
リンが何故ここに下がってきたのか理解できず、首を傾げる。レキはと言うとリンの腰に掴まる。リンもレキを左手で横抱きし、右手で綴を同じ様に抱える。
「俺達も一緒な事をやろうと思ってな」
「ちょ、落ち着け!」
暴れる綴を押さえ、そう言い放ちリンは一歩を踏み出し、走り出す。徐々にスピードが上がり、そのまま柵を足場にし飛び立つ。
距離が足りないが、魔力に足場を作りそのままキンジとアリアがいるビニールハウスに飛び込む。
「ん?お、おい!アリア今すぐここから離れろ!」
「何よ!?そうやって誤魔化すわ……け!?」
アリアと言い合っていたキンジだが、上から振ってくるリン達に思わず顔を引き攣らせ、怒鳴り、アリアの方も気づき、魚の様に口をパクパクさせ、すぐさま避難する。
リン達はと言うと綴は顔を引き攣らせ、女の子の様な可愛らしい悲鳴をあげ、レキは変わらず無表情で佇んでいた。
破けていない、ビニールの耐久が高い所を狙い着地したリン。それでも破けたが、ある程度衝撃を吸収してくれたため、痛みはなかった。
「なかなか、楽しかったな」
そう思っていると頭に銃が突きつけられる。
「フフフ。覚悟は出来てるだろうな?」
ただ、それすらも今のリンには気にならない。
「ハハハ。楽しいな……本当に楽しい」
いつも軽くしか笑わないリンだが、この時、心の底から満面の笑みを浮かべていた。
それを見ていた周りは唖然としている。唯一見た事ある綴が一番最初に戻る。ただでさえ1回か2回しか見てない物を見て、怒りが収まり、つられて笑顔になる。
「まったくぅ、しかたがないやつだなー」
アリアとキンジはその笑顔に夢かと錯覚する程だった。いつも表情を変えず、笑うとしても軽く声を鳴らす程度、なのに、今は顔も笑顔で、とても男女関係なく、その笑顔は美しいと感じた。
レキはただずっとその笑顔を見つめていた。何を考えているかは本人にしか分からないが、眼に焼き付け、記憶に刻み付けているようにも見えた。
この楽しい一瞬の刹那の思い出をリンは心に刻みつけ。また物語を一歩踏み出そうとしていた。
やっと投稿できます。遅れてすみません。1万文字までほんのちょっとだけ足りません。あとちょっとが出なかった……
武偵編はこれで終わりです!長かったですねー達成感が結構あります。皆さん、お知らせの時、感想下さってありがとうございます。とっても嬉しかったです。今日ここまで来れたのも皆様のおかげですよ。