「アリーザ、スタン、どうする?外で食べるか?」
「いやぁ、今日は船でみんなと食べたいかな」
「私も」
といった流れで、晩餐は停泊させたままの騎空艇で開くこととなった。
付き合いの認可が下りていれば、飲み散らかしても問題ないよう外食で済ませるところであったが。
「ふぅー…やっぱり船が落ち着くなぁ」
スタンは、葡萄酒を喉に通してから、フォークで肉の薄切りとポテトを二枚刺しにして口へ運ぶ。
ぐびぐびと勢いよく飲んでいるわけではないが、わりかしいつも通りなスタンの一声で、団員達の活気もどことなく元に戻りつつあった。
「まぁなんだ…暫く待てばイイ答えもらえるかもしれねーしな」
「そうだぜ。あんま気に病むこたぁーねぇさ」
スタンの両隣から、ラカムとアギエルバが恩情をかける。
少々のことなら茶化してしまうアギエルバも、今日ばかりは労ってやろうという情を持ったらしい。
「しかしなんだ。意外と…言うか、君自身はそこまで堪えていないように見えるな」
アリーザとスタンを交互に見返すカタリナ。
「…そう見えるかな?」
「あ、いや、そう振舞っているのなら失礼した」
アリーザは、女連中に囲まれ、憂いと憤りを愚痴っている。
彼女と比較すれば、スタンがどこか軽く見えてしまうのは無理もないだろう。
「これでもちょっとは堪えてるよ。でもまぁ…想定してた答えじゃあったし、アリーザほどじゃないよ」
ふっと寂しげな笑いを振りまいて、また葡萄酒に口をつける。
「んー?あー…野暮かもしれねぇけど、それってどういこうことなんだ?」
三杯目のリットルグラスを飲み明かしたアギエルバが、まだどうにか気遣いながら疑問を投げた。
「カタリナさんやイオなら知ってるかもなんだけど、ほら…十五年くらい前までさ、バルツじゃ内戦やってたんだよ。種族間抗争ってヤツ」
「それで察してたってワケか…俺も聞いたことぁあったが、そんなに根深いもんなのか?」
「まぁ…そうだな」
ふと、スタンの言葉に、間が空く。
「根深いね」
視線をテーブルに落としながらゆっくりと言った。
これは、あまり良くない話題か…と、ラカムとカタリナが次の言葉を考える。
が、大層な間を生む前に、アギエルバがその太い腕でスタンの肩をがっしりとホールドする。
「だーからどうした!?っつう感じだよな!!」
間近から放たれる酒気よりも、彼の陽気で他意の無い様子に、スタンはきょとんとする。
「俺ぁドラフだしお前ぇはエルーンで、ラカムとカタリナはヒューマンで、団長やアルルメイヤはハーヴィンだけどよ、そんなこと気にする奴がこの船にいるかってんだよなぁ!?」
ガハハと笑いながら言ってくれる彼に、スタンは心底、温かみを感じた。
それだけじゃない。周囲でそうだそうだと言ってくれる皆にもだ。
「ハハッ、んじゃあれか!?もういっそ今この場で結婚式挙げちまうってのはどうだ?」
「いいねェ!」
ラカムの提案に場が盛り上がりそうになったその時だった。
「あ…いや!!ちょっと待って!!」
スタンが止めに入る。
え?どうしてよ?と、場がやや盛り下がる。
「えっと…すまない。今の空気なら俺も行っちゃえー…って思うんだけどさ」
スタンはやや離れたところに居るアリーザを一瞥する。
ついさっきのテンションはあちらに伝わっていないようだ。
「あまり大きな声で言えないから…ちょっといい?」
席を立ち、カタリナとラカム、アギエルバだけに聞こえるよう小声で話す。
「さっきも言ったけど…実際、この国の種族差別ってのはかなり根深い。多分、みんなが考えてる以上なんだ」
スタンが続ける。
彼に家族はいない。居ないというより、件の紛争や迫害の強い期間に殺された。
バルツにおいてエルーン族の立場は非常に弱いのだ。
そして、立場の強いドラフがエルーンと婚姻などとは、もはや汚名と言っても過言ではない。
ましてや良家がエルーンと血を繋ぐことは有り得ないほどに。
「アリーザは両親に可愛がられてるんだ」
良家であるアリーザの両親ならば、私兵や傭兵を使い彼女を攫いに来る可能性が捨てきれない。
もし来るとすれば自分達が滞在している期間…また、いつまで滞在するかをあちらが知らないことからして、早いうち、ヘタすると今夜にでも乗り込んでくるだろう。
「もちろんだけどアリーザは自分の親がそんなことするなんて思っていない」
アリーザは本当に可愛がられている…もとい、非常に甘やかされて育った。
「でも…我々に対して…君に対して、本当にそこまでするだろうか?」
カタリナが疑問を返す。
スタンの身の上すべてを知っているわけではないが、彼は幼少の頃にアリーザ一家に拾われた。と聞いていたのだ。
それを語ったのはスタン本人だが、全ては話してはいなかった。
「あぁ、俺は拾われたよ」
「アリシアさんにじゃなくて、アリーザにな」
幼少も幼少、まだ5歳にも満たないだろう頃だ。
スタンは物乞いで生活費を稼ぎ、路上で寝食していた。
そんなある日のこと、いつも通りに薄汚いストリートで物乞いをしていた折、暫く姿を見かけていなかった物乞いの友人が、驚きの情報を持って帰ってきた。
高級街で物乞いしたらスゲェ稼げるんだぜ!!と。でも憲兵がたくさんいるから見つかったら捕まってこうなる。とも。
その子の左手首から上は無くなっていた。
彼は見たことも無い大金を見せびらかす。物乞いで得た金はアルミホイルに分けて包んで飲み込んでいたらしい。
彼が受けた罰に怯えた子供が殆どの中、スタンはそれを実行した。
地図を頼りに、マンホールを降りて、二日ほどさ迷った。
どうにか高級街に着いたものの、随所に憲兵が張り巡らされており、人前に立てるのは極僅かな時間でしかない。
憲兵に見つかりそうになったらドブ塗れの排水溝の中に逃げ込む。
お金が手に入ったらアルミに包んで飲み込む、憲兵から見つかったらドブに頭から突っ込む。それを繰り返す。
文字通り汚いものを見る目で蔑まれ嘲笑されても物乞いを繰り返していた中、「あの子可哀想だよ、助けてあげようよママ」と言ってくれたのが、アリーザだった。
その時、アリシアはスタンを蔑んで見ていた。当然と言えば当然である。
アリーザ一家に使用人として雇われてからも、彼女がスタンを見る目は変わらなかった。
ただ、娘の前では優しい母親を演じたいのか、時折べたべたと接してくる。
スタンはそれがすごく嫌だった。
「だから…だからさ、ここに滞在する間は、見張り数人を常に付けて、いつでも戦える状態にしとかなくちゃダメなんだ…!!」
一通り、説明し終えた。
「…スタン…?」
カタリナが、やや心配げな表情で彼を見つめている。
「え?なんだよカタリナさん…」
スタンが三人に説明した内容に嘘はない。
しかし、彼女の様子からして、何か自分が怪しまれているのではないかと…不安が襲う。
「おい、ちょっと落ち着け…」
ラカムが瓶から水を注ぎ、彼へと手渡す。
「なんだよ…落ち着け、って、どうしんだよ皆…」
「いや…お前の説明には納得したから…まずは水飲んだほうがいいぞ」
アギエルバまでが心配している。
「君の、今の表情を見てるとな。何事かと思ったのだよ」
カタリナが言う表情という言葉で、スタンはハッとした。
水を注がれたグラスに反射する自分の顔。
湾曲してやや歪んでいるものの…強張ったようで、必死な形相であることが、確認できた。
グラスから目を逸らし、一気に水を飲み干す。
「…ごめん、皆……ちょっと酔ってたかも」
スタン自身、ここまで必死めいて説明するつもりはなかった。
酒のせいということもあったろう。
だがそれ以上に、蓋をあけた嫌な記憶が、彼の本心を露呈させていた。
「けどスタン。今の話は本当なんだろう?」
「あぁ、本当だ」
ゆっくりと、今一度アリーザを一瞥する。
彼女が相変わらず女性達に愚痴っている様子を見て、スタンは心底ほっとした。
「けど、アリーザには伝わらないようにしてほしいんだ」
「あいつは両親を信じきってるから…それとなく皆に伝えてほしい」
大分落ち着いたスタンへ、カタリナとラカムとアギエルバは軽く相槌を打つ。
「まぁなんだ…この一件が終わったらよ、また飲みなおしてそん時ぁ思いっきり俺らに愚痴ってくれや」
「…あぁ、楽しみにしてるよ」