やや他愛の無い話になりかけたのも束の間。
タルウィに入ると、噂通り魔獣達が襲い掛かってきた。
「ちょっと!!これマズイんじゃないの!?」
魔獣自体はどうということはない。
だが、この暗闇ではヘッドライトが照らす場所でしか戦えないといった状況が、スタンをだいぶ苦しめていた。
直線状に伸びた明かりに照らされた魔獣ならば対処に困ることはないものの、ライトの当たらない真っ暗闇から唐突に飛び掛る魔獣が恐ろしく厄介だ。普段以上の反射神経を要求される。
「っお!?…くそっ!!」
背後からの一撃を、スタンは勘だけで避けるしかない。
直撃だけは避けられても被弾はする。
みるみるうちに増える傷口を見るに耐えかねたのか、マギサが叫ぶ。
「お願い!!モーさん!!」
ボンッ!!と鳴った火炎の中から、ばちばち燃え盛る魔人モラクスが出現する。
赤と橙の混ざった強烈な明かりが周囲を一気に照らした。
「ごめんなさいね。最初からこうしてればよかったわ」
「いやっ…十分!!助かったよ!!」
二人は今一度周囲を見渡す。
スタンの周囲に魔獣が十体、四輪を陣取るマギサの周囲に三体の獣。
「モーさん。私はいいからスタンの手助けお願い」
こくりと頷いた魔人モラクスが地面を蹴飛ばし魔獣の群れに突っ込む。
その勢いは蹴った地面が大きくえぐれるほどで、ダブルラリアットに巻き込まれた五体の魔獣の四肢がぐちゃぐちゃになって夜空へ飛び、燃える肉片が軌跡を描く。
むくりと立ち上がったモラクスの傍に居た一体の魔獣が、その恐怖に身を震わせていた。
しかしモラクスはこれまた遠慮なく、渾身の蹴りを入れる。
一点に集中されたあまりの威力に、燃え盛りながらも木っ端微塵に吹き飛ぶ死体はロケット花火のようだ。
「っしゃぁ!!」
スタンの剣が、モラクスに照らされてから二体目の魔獣突き刺す。
周囲を見渡すと、魔獣はもう見当たらない。
モラクスの両手で首をわしづかみされヘシ折られている魔獣で最後だったらしい。
「マギサさん!!そっちは!?」
「余裕、よ」
四輪の周囲には、黒い炎に包まれた死体だけが転がっている。
恐らくは“ヴァルプルギス”を使ったのだろう。
スタンは、心底、マギサを連れてきて良かったと安堵した。
「で…黄金の花ってのはどこに咲いてるのかしら?黄金ならモーさんに照らされてキラキラ光りそうなものだけど」
確かに、黄金の花が実在するならマギサの言う通りに照り返すのだろう。
「見渡す限りじゃあ…何もないかな………ぁっ?」
「どうしたの?」
スタンの目に、一瞬だけ何かが見えた。
「ぁ…あっ!!あそこほら!!」
スタンが指差す先に、僅かばかりの反射する何かが見える。
「んっ…んん…あれは…?」
マギサはしかめっ面で凝視する。
が、反射しているだろうチカチカとした光は二つだけ。
それも、黄金ではなく赤っぽい感じがする。
「…いや…アレ…なんか動いてない?」
「…こっちに近づいてる感じがするわね…」
見間違えではなく、間違いなくこちらへ近づいてきていた。ものすごい勢いで。
それが近づいてくるにつれ、地面に振動が走る。
「スタン君…構えたほうがいいわ」
「…ですね」
視界に捉えきれてない距離の今まですら、先ほどまでの魔獣の比ではないとわかる。
足音がまずヤバイ。
まだ二十メートル先あたりに居るのにも関わらず、足音が生む振動だけでスタンの体が地面から飛び上がっている。
「好き勝手暴れてくれるじゃねぇか…手前ら」
モラクスの倍以上あろう巨躯を持つ、恐竜のような生物。
“こいつが星晶獣か”
人語を喋ってることも踏まえ、ただの魔獣でないことは明らかであった。
二人は何を確認し合うまでもなく戦闘態勢に入り、モラクスが飛び掛かる。
「“ウォール”」
マギサが唱える魔法が自身に付与された瞬間、スタンも思い切って踏み込む。
ベストなタイミングだ。
モラクスがハイキックを喰らわしたことによって、星晶獣は仰向けに倒れかけている。
付与された魔法は、一時的でこそあるものの、攻守共に増強されるサポートタイプ。
剣先にまで加わった勢いが、仰向けの喉仏に狙いを定めた。
「!?」
振り切られた刃は、ぎゃりっ!!…と鈍い音を残す。首を切断するに至らなかった。
頚椎どころか器官の半分まで届いたかすら怪しい。
「馬鹿!!仕留めなさいよ!!」
「違う!!コイツの外皮が硬すぎるんだ!!」
「ごっ…ぉ゛!!オオァ゛ッ!!」
星晶獣がぐるりと二本足で立ち上がる。
叫び声のせいか、裂けた喉から流れる血がびしゃびしゃと飛散した。
その姿を、マギサは舐め回すような視線で観察する。
モラクスのハイキックは顎にジャストミートしていた。にも関わらず、外皮が砕けてさえいない。
魔人の渾身一撃が入ってなお、肉が押し潰れない魔獣などそうそういないのだ。
これはスタンの言うように、外が異常なまでに硬いと考えたほうが良いだろう。
「わかったわ!!二人は仕留めなくていいからそいつを転がして!!」
三人は気を通わせたのか、モラクスは星晶獣の六時に、スタンは八時の位置につく。
また、マギサはモラクスの背後。即ち星晶獣、モラクス、マギサが直線になるよう位置取った。
この星晶獣…名をドゥルジという。
件の御伽噺に登場していた元人間である。
“こいつら…相当な手練だ”
先ほどの会話から連携を取るだろうことを察知していた。
己が向く方向を変えても三人は立ち位置をキープする。
尻尾を振り回し手前の二人から始末しようにも射程からぎりぎり外れている。
場数を踏んでいることが見て取れるのだ。
“面倒臭ぇな…!!”
浅くと言えども喉を裂かれた今、ドゥルジとしてはこれをやりたくなかったが…長引くのも不味いと踏んだのだろう。
“プリミティブストライク”
体内にて生成した魔力を、口から光弾として撃ち出す広範囲攻撃。
まるでショットガンのように辺り一面へと撃ち放たれる。
「っ゛~!!」
正面に位置取っていたモラクスは、光弾の多くを受ける羽目となった。
背後のマギサを守るには避けるわけにも吹き飛ばされるわけにもいかない。
腹部から顔面を両腕でガードし、脚もぴたりと閉じて背後へに向かう流れ弾の一切を塞ぐ。
広域に飛散する光弾一発が、巨木数本を焼き消し、また一発が岩盤を深く抉る。
撃ちだされて一秒と絶たない刹那の瞬間にもらった数たるや二十四発。
文字通り「絶え間なく」発生する爆発音は、もはや一種の衝撃波に近い。
十分以上…十二分過ぎるほどに、モラクスは耐えている。
だが、マギサの表情が焦燥に変わることはない。
何故ならば、眩い光の中に落とし込まれる影が、ドゥルジの足元に届いたからだ。
スタンは、光弾が撃ち出された瞬間、前へと飛び出していた。
ドゥルジの視点では、光弾の眩さに彼の姿は見えていなかった。
「ぜぁ゛っ!!」
二度目の刃が狙ったのは、ドゥルジの右脚の小指…否、爪先だ。
爪を破壊までせずとも十分な激痛を走らせたことだろう。
だが、本気中の本気で斬り込まれた刃は、骨の髄にまで達した。
「イ゛っ!?ガアァッ!!」
あまりの激痛に耐えかねたドゥルジは右側に横転。
何が起きたのか…転げたまま足元を見ると、指がぱくりと割れていた。
視認することで激痛が一瞬で加速する。
爪先から頭の天辺までが真っ赤に燃えたような…否、言葉に表すなど到底不可能だ。
「おい」
足元とは反対側、二本脚で立っているならば己の頭上であった位置から、男の声。
首を動かし視線を上げると、剣の切っ先を己が目へと向けるスタンの姿がそこにある。
“ぶち殺す!!”
今一度、光弾を撃ち込む動作を取るも、スタンは早々と察知し、首が上がりきらなくなる位置にまでステップした。
限界を超えしてまいそうなほどに首を捻り上げると、最初の一手で切り裂かれた喉仏の傷がみりみりと開き出す。
「ダ~メっ」
グチュリ!!とえぐい音。
マギサは、血の沸いた喉仏に、刃が付いた杖“イリージョンセプター”を抉り込んでいた。
「が…ッ゛~~!!!!?!!」
この余りにもふざけた状況と想像を絶する激痛で、呻きたくて叫びたくて仕方が無い。
なのに、刺された杖のせいで声は声に成らない。
ドゥルジの巨躯が暴れ狂いそうになるも、マギサはそれを許さなかった。
「ブッ飛びな」
手始めに、膨張する烈火“イラプション”、器官に直接撃ち出された炎が、肺をも焼き尽くす。
立て続けに、黒い炎を纏う“ヴァルプルギス”、頭にまで灼熱が達したのか、目玉が真っ黒に焼き焦げる。
「あら、ホントに丈夫なのねぇ…“メテオスォーム”!!」
これはヤバイ…と感じ取ったスタンは一目散にその場から走り出す。
ドンッ!!ドンッ!!ドドン!!
ドゥルジの体内から、にぶい衝突音が聞こえる。
そう、マギサは巨躯の体内に、流れ落ちる隕石を「直接」お見舞いしているのだ。
いよいよ、ボンッ!!と弾け、死体は散り散りに吹き飛ぶ。
血液が全て蒸発していたおかげか、マギサが帰返り血を浴びることはない。
降りしきる乾燥した血のあられが、舞い散る薔薇のように魔女を彩った。