スタンは周囲を今一度見渡す。
魔獣の姿やそれらしき気配はもうなかった。
「はぁ…っ…」
深く息をつき、その場にへたり込む。
もしマギサが居なかったら、一人で星晶獣と対面していたならば…今頃は間違いなく死んでいた。
正直なところ、やや無謀とわかりながらも、勢いに任せての行動だった。
「ぁ…これ…?」
マギサは、足元に薄く積もった赤黒い塵の中に、何かを見た。
拾ったそれを確かめるように、ふっと息を吐いて塵を取っ払う。
「ねぇ、これって星晶石よね?」
「え…えぇっ!?ホントに!?」
スタンが慌てて駆け寄る。
彼女の小さな手に丁度収まるくらいの透明な鉱石の中には、ドゥルジの面影が薄っすらと眠っていた。
「魔眼って感じじゃなかったけど、やっぱり星晶獣だったのね」
「そうですね…攻撃とかもう、滅茶苦茶だったし…」
懐へ飛び込んだ、あの一瞬を思い出す。
判断が遅れていようものなら、光弾に巻き込まれ、痛みすら感じずに消し飛んでいただろう。
間違いなく生身で耐えられるものではない。
あの時の判断…即ち経験と本能、そして大きな“運”が、今に至たらせた。
過ぎった走馬灯がスタンの身を今更ながらに震わせる。
「私だって…怖かったんだから…」
はっとして、マギサの顔を見つめる。
彼女が視線を落とす先にある自らの掌は、小刻みに震えている。
普段の可憐ではいからな色香はそこに無く、戦いの最中に魅せる妖艶で整然とした風格はまっさらに消え去っていた。
戦士とは程遠い、一人の女性だ。
「ごめんなさい…」
「本当よ…馬鹿っ…!!」
二人とも、悔いるようで悲しむような、そんな表情でいる。
「俺がこんな馬鹿なことに付き合わせちゃったから…」
「…違うわ」
マギサは、自らが抱いた過剰な自信は過ちであったと、悔やんでいる。
スタンがこのタルウィに向かう理由を話した時、ゼタのことが脳裏に浮かんだ。
いつだったか、同じ船に乗るゼタが己の身一つで星晶獣狩りをしていたと耳にしたことがあった。
ならば、自分もやってのけるくらいわけはないのではないか、加えてスタンのサポートもあるならば…と、だがそれは過ちであったと、自分とスタンに言い聞かせた。
団員が布陣を敷いて星晶獣を狩ることは何度もあった。
だがそれは、団の持つ総戦力を注ぎ込んで行うもの。
状況に応じて動ける人数を割き、なるべくして敵の情報を得てから完璧な布陣を整えて挑む。
情報が全くない状況なら被害を最小限に抑えられるだろう布陣で挑み、確実に仕留めるまで三日三晩狙い続けたこともあった。
それは、自分達が“一人の個人”ではなく“団という複数体”であるからこそ。
団の一人が失うことは、個人ならば四肢を失うと同義。
一が集結し十と成り、十が一であること…それが、“団”なのだ。
「だからもう、こんな無茶はしないで」
意思を確かめ合うように、マギサが問う。
スタンは、すぐには答えない。
彼女が気持ちが真剣であるからこそ、今一度自身の胸中を交錯させる。
「はい。もう、こんな“無茶”はしません」
嘘は無い。心の底から偽り無く、そう答えた。
「私もよ。もうこんな無茶はしないわ」
それは、スタンが今までに見たことのない、どんな時よりも優しい微笑みだ。
「ふぅ…っ…」
今度はマギサがその場にへたり込む。
「あ、水、飲みますか?」
やはり相当に緊迫していたのだろうと、スタンは細長めのスキットルを腰巻きから取り出した。
これはウィスキーの携帯などに使う表面が湾曲した銀製の水筒だが、頑丈さと邪魔にならないサイズ故に、彼は普通の水筒のように愛用している。
上蓋を親指で外してから渡す。
「ありがと、頂くわっ…あっ!?」
掌に滲んでいた汗と意外な重みせいで、スキットルはマギサの手からするりと地面に落ちてしまう。
「やだ。ごめんなさいね」
「…ぁっ?」
モラクスの炎で照らされる地面が、妙な色を発した…ように見えた。
「…えっ?」
最初はぼんやりとだけ照ったような気がした水の道は、次第に、間違いなく、黄金色を帯始めた。
二人はその様子に絶句する。
流れる水の道が輝いているのではなく、水の道に咲いていた花びら達が、黄金色を発したのだ。
「うっそぉ…」
驚き冷めやらぬスタンを差し置き、マギサは黄金を帯びた花を一本、茎から摘む。
すると、茎から上の花弁がじわじわと輝きを弱めていった。
「…ふむ…?」
試しに、スキットルから摘んだ花弁に水滴を落とす。すると、また黄金色を放ち出す。
「なるほど、ね」
確かめるように、まだ輝きを伴っていない花の根元へ水を注ぐ。
その花はゆっくりと輝きを帯び始めた。
「一定量以上の水を吸収すると黄金に輝く花…って感じかしら」
「おぉ、なるほど!!」
「ふふっ。なんかすっごく唐突なオチだけど…これで目標達成ってヤツじゃないかしら?」
スタンは慌てて、剣の刃先で花を根元から掘り返す。
「マギサさんは何本要りますか!?」
ざっくざっくと掘り返し、もう既に十本くらい掘り返してある。
「じゃあ、私には一本お願いね」
「わかりました!!」
行きとは違い、帰路はだいぶ快適なものとなった。
後部座席に丁重に置かれた根元から摘んだ三十本あまりの黄金の花達が、オープンな車内を煌びやかに彩ってくれる。
花の揺れを気にしたスピードを落としての安全運も一因だろう。
「はぁー、もう…ロマンチックが止まらないわ」
「ハハハ、何言ってるんですか」
二人はだいぶご満悦な様子だ。
マギサは助手のシートを少し後ろに倒し、ほぼ露出しきった長い脚をダッシュボードの上に投げ出す。
あられもないエロティックが、ロマンチックをやや減らした。
「なーんかさ、スタン君、ちょっと変わった?」
「え?」
「内心の深いトコロまで聞きたいってわけじゃないんだけど、ほら、いつもなら…この国に来るまでまでなら、こんな冒険しないタイプだったでしょ?」
マギサの指摘は尤もだ。
また、スタン自身もそのところは多少なりの自負がある。
「変わりましたね」
「またなんで?」
「この国に戻ってきたから…でしょうね」
「そっか。イイと思うわ。そーゆーの」
アリーザ邸に入ったあたりからその予兆が見て取れていた。
それはマギサのみならず、他の団員も多々気づいていたことだろう。
いつものスタンならアリーザを嗜めるだけで気軽にボディタッチをしたりしない。
ましてや母親の目の前でなどと、これまでの彼では考えられないことだった。
また、アリーザとアリシアの険悪な空気の前で、ああも冷静でいられるなど、到底考えられない。
どこか男らしくなった…というより、心境に大きな変化が見受けられた
その横顔は、ミステリアスで…どこか憂いを感じる。
「せっかくなんだし、私に対して仰々しい話し方なんてのはいいわよ」
まだ街灯一つない田舎道ということもあり数秒と道から視線を外せないが、スタンは横目でマギサをなぞる。
目が合った。
同じくしてか、スタンもマギサを解した。
彼女は一線以上に踏み込まない。
それはきっと、知られたくない部分があると理解してくれているからなのだろう。と
「そうだな。今はそのほうが楽かも」
「でしょ?」
なんだか、こっちのほうが自然な気さえした。
「…私が、アンタに乗っちゃった理由なんだけどさ」
「うん?」
互いが一息置いた後、唐突に、意外な話題が出てきた。
「ゼタなのよねぇ」
「ゼタさん?」
「あの子がなんか前に言ってたの知ってるかな?アタシ一人で星晶獣倒しちゃったよー。ってヤツ」
「又聞きだけどなんか聞いたことあるな」
「それでさぁ、じゃあ私にも出来ないはずないでしょ。って思っちゃったのよねぇ」
「えっ!?理由それなの!?」
スタンはマギサを二度見三度見しながらケラケラと笑うが、少しムッとしたマギサの様子にちょっと調子に乗りすぎたと反省する。
「あー…でも実際、マギサが居なかったら俺死んでたよ。マジで」
「まぁ確かにそれはそうでしょうけど…私一人でもアレは死んでたわよ」
マギサはスタンと違い、運動能力が高くない。
簡単に燃やし尽くせる魔獣や、モラクスのサポートで間に合うあたりが限界だ。
もしあの場にスタンが居なかったら、結果としてジリ貧でモラクスを消し飛ばされ、裸になった自身は一撃で死んだと安易に想像がつく。
「二人じゃないと勝てなかったわ」
「うん。二人じゃないと勝てなかった」
車窓から流れる空気が心地良い。
寒くもなく、しつこくもなく、程良かった。
「これはアナタが貰っておいて」
マギサは先程拾った星晶石をスタンに手渡した。
「いいの?」
「いいのよ。私は一人だったら挑もうなんて勇気はなかったし、その点じゃアナタのほうが一歩上って感じだもの」
「勇気…ねぇ」
そうは言われたものの、スタンにはどうにもこれが勇気とは思えなかった。
「でもさぁ」
「うん?」
「ゼタが一人で倒したってアレ嘘よね」
「まだ続くのそれ!?」
「だってさぁ…仮に倒してたらあの子が強いんじゃなくてアルベスの槍のおかげでしょ」
「…ハハッ!!!間違いないや!それか、星晶獣がただの魔獣だったとかってオチ」
まぁ確かに。星晶獣を一人で狩るなんて到底無理と思うのが普通だ。
「あぁっ」
「ん?」
スタンがもう一度マギサを見返すと、彼女はにやりとしていた。
「今の、ゼタに言っちゃおーっと」
「えっ!?やめてよ!!今の嘘だからホントに!!」