ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第9話 いざデビューミニライブ

「それでは本日のレッスンはここまで! 明日は本番に備えてしっかり休むこと。いいな!」

 ベテラントレーナーさんの通る声がレッスンルームに響きました。

「はい!」

「は、はい」

「……あぁ」

「あうぅ……」

 それぞれ返事をします。本日はデビューミニライブ二日前の金曜日で、私達四人揃っての最後の練習日でした。明日の分までしっかりと通し練習をしたので、私以外は疲労困憊(ひろうこんぱい)でがっくりと床に座り込んでいます。

 

「最終リハーサルの出来はどうでしたか?」

 ベテラントレーナーさんの評価が気になったので、思い切って訊いて見ました。

「正直言って完璧にはまだ遠いが、及第点は超えている。お前達四人の連携を当日も維持できれば必ずいいライブになるだろう。だから全力で頑張って来い!」

 厳しくも優しい激励でした。ベテラントレーナーさんをはじめ、トレーナーを務めている四姉妹の皆さんはとても暖かい方々です。

「ありがとうございました」と言って一礼しました。

 

 デビューミニライブまで1ヵ月半と短い練習期間でしたが、年末年始の休日を潰して練習してきたおかげでだいぶ様になってきました。もう少し時間があればより高いレベルを目指せたでしょうが仕方ありません。プロは限られた納期で最大限の成果を出さなければいけないのです。

 

「しかし、毎回思うけどトキは化物だね。あれだけ通しで続けて練習したのに、息一つ切らしていないなんて……」

「はい。体力には自信がありますので」

 確かに数時間続けてのリハーサルだったので結構な運動量ではありましたけど、私の場合能力が能力ですからこれくらい全然余裕です。というより生まれ変わって以来、体力の限界を感じたことがないのです。本当に人間なんですかね、コイツは。

 

「大空に飛び立って……、おうちに帰りたい……」

「の、乃々さん!? 帰ってきて下さい!」

 ボロボロの半死半生状態で現実逃避している乃々ちゃんをほたるちゃんが必死に引き戻します。美少女同士が戯れている姿を見ると何とも和みますね。

 最後の練習日もこのような感じで、いつものようにレッスンの時間が過ぎていきました。

 

 

 

 二日後、集合時間より20分早く346プロダクションに到着しました。待ち合わせ場所であるエントランス周辺で佇んでいると、後ろから「おはようございます!」と声を掛けられました。

 振り返るとほたるちゃんがいましたので私も挨拶を返します。そして案内されるまま、ロケバス仕様のハ〇エースに乗り込みました。

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「ああ、おはよう。少し早いけど四人共揃ったから行こうか」

 既に犬神P(プロデューサー)、乃々ちゃん、アスカちゃんの三人が乗っていましたので、挨拶もそこそこに犬神Pが運転するハ〇エースでミニライブの会場である大型商業施設に向かいます。

 この車はとてもいい車なんですけど、風評被害で犯罪者御用達(ごようたし)扱いになっているのが泣けます。

 

「…………」

 それにしても空気が重いですね。こんな沈黙は初顔合わせの時以来ではないでしょうか。

 皆緊張した面持ちでうつむいています。

「皆さん、ライブまではまだ何時間もあるんですよ。今から緊張していたら本番前に疲れてしまうので、少しリラックスしましょう」

 緊張を少しでもほぐそうと声を掛けました。

 

「そうだぞ。俺なんてこれ以上ないくらいリラックスしているんだから」

「犬神Pはもう少し緊張感を持って下さい」

「はい、すいません……」

「ふふっ……」

 私と犬神Pの掛け合いで三人が笑ってくれました。犬神Pも道化役をしっかりやって頂いているようで何よりです。

 

「今はのんびりするのも悪くない、か……」

「そうですね。確かに今から緊張していたら身が持ちそうにありません」

 アスカちゃんとほたるちゃんには少し笑顔が戻りました。

「うぅ、期待……。プレッシャー……。重いです……」

「大丈夫ですって。コメットなんて誰からも期待されていませんから、期待やプレッシャーなんて感じることはないですよ」

 フォローはしましたが、乃々ちゃんの表情があまりすぐれないのがちょっと気がかりでした。

 一方で犬神Pが「……その言葉は俺には結構なダメージなんだけどなぁ」とぼやいています。

 

 口ではこんなことを言いましたが、このデビューミニライブの重要性はよく理解しています。

 コメットは期待感の薄いプロジェクトですが、このライブが成功すれば346プロダクション内での扱いは変わってくるでしょう。逆に大失敗すればこれで解散になる恐れすらあります。

 命を掛けてこの三人をサポートすると誓った以上、なんとしてもこのライブは成功させなければいけません。改めて強く決意しました。

 

 

 

 小一時間ほどかけて、目的の大型商業施設に到着しました。演者用の簡易な控え室に荷物や衣装を置いた後、犬神Pの先導で特設ステージに向かいます。

 既にスタッフの方々が設営準備を始めていました。ものづくりをする職人の働く姿は良い刺激になりましたので、彼らのためも頑張らなければいけません。

 

 川島さんや高垣さんが出演するような大きなステージと比べると、確かに規模・装備共に大きく劣ります。しかし商業施設内のお客様が行き交うT字路正面スペースに陣取っており、それなりに観客も見込めましたので、無名の新人のデビュー会場としては十分だと思います。

「目立たないところは……ないですか……」と乃々ちゃんが黄昏(たそがれ)ていました。

 

「結構、観客は多くなりそうだ」

「……ええ、そうですね」

 とりあえず、デビューミニライブで観客0人という事態は避けられそうで良かったです。

 私もプロのアイドルなので観客が一人でも一万人でも100%の力でやり抜く気ではいます。

 でも流石に観客0人だと、未来永劫ネタにされそうなのでほっとしました。日曜日は七星医院の休診日なので一応家族を呼んでいましたが、家族は純粋な観客とはいえませんし。

 

「司会の方の合図に合わせて、四人揃って舞台中央に出ます。そして……」

 その後はステージでの立ち位置や、紹介されてステージに出る際のタイミング等、細かい打ち合わせを行いました。ライブ後はCD購入者を対象としたサイン会がありますので、そちらの流れも併せてチェックしました。

 仕事は『準備八割・本番二割』と言われますので、立ち位置等を間違えないよう四人でしっかり確認します。一方、犬神Pは関係者との調整でバタバタと走り回っていました。

 

 しかし、こんなところでこの私がアイドルとしてライブをするのですか。今までは現実感がなくフワフワした気分でしたが、現実を突き付けられると頭がぐるぐるして胃が痛くなりました。

 人前に出ることは営業のプレゼンテーション等で何百回と経験があるのですが、それとアイドルとしてのライブではプレッシャーが全然違います。私の数十ある職務経歴にもアイドルという仕事は入っていませんので、ここから先は私にとって完全に未知のエリアでした。

 

 

 

 ステージでの打ち合わせ後は、一旦控え室に戻りました。ミニライブは13時開演なので早めの昼食を取りましたが、正直全く食欲がないです。サンドイッチを無理やり一切れつまんだものの、それ以上は手が伸びません。他の三人も同じような感じでした。

「………………」

 車の時以上に空気が重いです。ただ、私も今はフォローする余裕がありません。

 

 気を紛らわせるために今日の衣装を改めて確認しました。予想通りフリッフリの可愛いデザインです。平均年齢13.8歳のフレッシュなグループに相応しい衣装だと言えますね。

 ちなみに私の累計年齢で計算すると平均年齢22.8歳となり、一気にアダルティになります。

 

 こんな衣装、お仕事モードがなかったら絶対に着れないでしょう。ただでさえ女性ものの衣服を着ていると女装しているような感覚に陥るのに、素でこんな可愛い衣装を着たら絶対憤死します。

 やはりジャージが一番です。本当はパンツもトランクスがいいのですが、それをやるとお母さんに半殺しにされかねないのでショーツで我慢しています。

 そして、胸に巻いている可愛い布切れは大胸筋矯正(だいきょうきんきょうせい)サポーターだと必死に思い込んでいます。ブラじゃないのです。

 

 衣装を見ながらそんな下らない事を考えていると、いい時間になっていました。そろそろメイクや着替えをしなければいけません。

 得意の営業スマイルを作って声掛けを──と思ったところで、圧倒的な違和感に気付きました。

 

 上手く、笑えません。

 

 馬鹿な。営業スマイルは過酷なブラック企業での勤務を経て身につけた、私の最強スキルです!

 習得以降、生まれ変わり後であっても使えなかった状況はありませんでした。

 もしかして緊張し過ぎている? 私に限ってありえないと思いましたが他に考えられません。

 

 初ステージであることの緊張と、あの三人のためにデビューミニライブを絶対成功させなければいけないという気負いのせいで、知らず知らずのうちにこうなってしまったのでしょうか。

 ライブで笑顔を作れないのは正に致命傷です。能面のような表情で歌とダンスをしたところで、誰も喜ばないでしょう。ですが、どうすればいいか皆目見当がつきません。

 

「そういえば、ノノはどこに行ったのかな」

「先程外に出て行ったきりです。もう20分くらい経つので、お花を摘みに行ったのなら少し遅いですよね……」

「えっ……!?」

 大混乱の中、アスカちゃんとほたるちゃんのやり取りを聞きはっとしました。ライブ直前に他の用事なんてある訳がないでしょう。これって、もしかしたら『逃亡』でしょうか。

 

「と、とりあえず確認してみます!」

 急いでスタッフの方に訊いてみたところ、乃々ちゃんの姿を見た人はいませんでした。最寄りの女子トイレも確認しましたがもぬけの殻です。

「乃々さんがどこにもいません!」

「そろそろ、メイクと衣装の準備に入らないとマズイ時間になるけど……」

 二人はもちろん、スタッフの方々も困惑しています。

 

 うかつでした。私ですら雰囲気に呑まれているというのに、乃々ちゃんなら感じるプレッシャーは更に深刻なはずです。それこそ、いつ逃げ出してもおかしくないくらいに。

 これは、こうなることを予測できていたのに対策を怠っていた私のミスです。リーダーとして散々偉そうなことを言っておきながらこのザマですか。あぁ情けない。

 

 ともかく後悔していても仕方ありません。ミスをしても挽回すればいいだけです。いなくなったのなら見つければ万事解決です。

「手の空いている方、手分けして至急乃々ちゃんを捜して下さい!」

 私はそう叫んで、それぞれの担当エリアを決め一斉に捜索を開始しました。

 

 

 

 私の担当はフードコートエリアでしたが、休日のお昼時なので非常に人が多いです。目視で捜していたらキリがないので、『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で気配の察知を始めました。

 この能力をもってすれば、人が発する気配を察知しそれが親友のものか否か判別すること等造作もありません。

 

 そうするとフードコートの外れにあるテーブル席のあたりから乃々ちゃんの気配を感じたので、近づいてその下を覗き込んでみたところ、涙目になった乃々ちゃんが体育座りで隠れていました。

 とりあえず、事件や事故に巻き込まれた訳ではないようなので一安心です。

 

「無事でよかったです。……まずは、そこから出ましょうか?」

「うぅ……」

 LINEでアスカちゃんとほたるちゃんに乃々ちゃん発見の連絡を送った後、テーブルの下から出てくるようお願いすると、彼女は渋々立ち上がりました。

 その辺りにあったベンチに二人で並んで座ります。暫くした後、私から話しかけました。

 

「怖いですか?」と問いかけると、乃々ちゃんは何度も何度も頷きます。

「こんな人前で、ライブとか、絶対にむーりぃー……」

 彼女は元々思考がネガティブですから、本番直前となれば身が(すく)むのは仕方ないでしょう。

「あら、奇遇ですね。実は私も同じ気持ちなんです」

「えっ……」

 そう言うと、少し驚いた様子でした。

 

「いつもの笑顔が先ほどから全然作れないんですよ。本当に、困ってしまいましたねぇ」

「嘘ぉ……。だって、いつもしっかりしてるのに……」

「私も一応人間ですから、緊張もしますし乃々ちゃんに愚痴も言ってしまいます。だからライブを怖いと思う気持ちは全然おかしくないんですよ」

「どうすればいいか、迷ってるんですけど……」

「どうするかは最終的に乃々ちゃんが決めることなので、私から命令することはできません。

 ただ、この1ヵ月半皆で必死になって頑張ってきたのに、ここで諦めるのは何だか勿体(もったい)無いなと私は思います。できれば私達四人であのステージに立ちたいです」

 

 これは嘘偽りのない、私の本当の気持ちでした。

 元々本意ではないアイドル生活でしたが、この三人と知り合って仲良くなって、皆で厳しいレッスンを耐えてきたので『何の成果も得られませんでした!』というのはちょっと寂しいです。

 お仕事モードを抜きにしても、ワンステージであればやってもいいかなとか思っちゃってます。恥ずかしいですけどね。

 

「同感だよ」

 そんな言葉が不意に後ろから聞こえました。声のした方向を見ると、息を切らしたアスカちゃんがそこに立っていました。

「ボクも、ガラになく緊張しちゃってね。さっきなんて足が震えてきたから、どうしようかと考えていたよ。それでも、ボク達四人の今までの成果をあのステージで披露したいと思うのさ」

 アスカちゃんも私と同じ気持ちのようです。その内ほたるちゃんも駆け足でこちらに来ました。これで、コメット全員そろい踏みです。

 

 ほたるちゃんが乃々ちゃんに、ゆっくりと語りかけました。

「私、今までデビュー直前で毎回プロダクションが倒産しちゃって……。

 今度こそやっとデビューできるって浮かれていて、乃々さんの気持ちを考えていませんでした。本当にすいません。

 私もとても怖いですけど、でもこの四人なら絶対にいいデビューライブができると思うんです。だから、もしよければ一緒にライブをやってもらえると嬉しいです」

 少し前までのような悲壮感を感じさせない、とても優しい笑顔でした。

 

「ほら、それぞれ一人ではとても無理ですけど、私達四人なら何とかなりそうじゃないですか? 仮に乃々ちゃんが失敗しても皆で全力でフォローしますから、どうでしょうか?」

 私から最後の説得を試みました。はてさて、この結果は『一天地六(サイコロ)(さい)の目次第。鬼と出るか、蛇と出るか』といったところですか。

 暫くすると、考え込んでいた乃々ちゃんが口を開きました。

 

「こ、怖いですけど……、みんながいるなら、ほんの少しだけ、頑張ってみます……」

 乃々ちゃんがそう言うと、皆ほっとして笑顔になりました。

 正直冷や汗ものでしたが何とかなってよかったです。体を動かしたからか私を含め四人ともいい感じで緊張がほぐれたようなので、結果オーライと言っていいでしょう。

 私もいつのまにか営業スマイルが戻ってきましたので、これで後顧(こうこ)の憂いはありません。

 

 その後、大至急でメイクを行い衣装に着替え、ステージの舞台袖で出番を待ちます。

 まだ少しだけ余裕があるので緊張を押し殺しながら時間を潰していると、犬神Pがこちらに近づいて来ました。いつになく真剣な表情です。

 

「皆がこの1ヵ月半、本当に頑張ってきたことは俺が一番良く知っている。その頑張りをお客様に見せれば必ず応えてくれるはずだ! だから、精一杯頑張れ!」

 そう言うと、ぐっと親指を立てるジェスチャーをしました。

 ふふふ、まだまだ尻の青い小童の癖に小癪(こしゃく)なことです。でも少し勇気を頂きましたので「ありがとうございます」とでも言っておきましょうか。

 

 

 

 そして、デビューミニライブが始まりました。

「それでは、コメットの皆さんです! どうぞ!」

 司会の方の合図に合わせて四人で一斉にステージへ向かい、事前に指定された位置に立ちます。

 観客席を見ると、想定していたよりも多くのお客様がいました。なんだかもの珍しげにこちらを見ています。

 司会の方からマイクを渡されましたので、事前に丸暗記したセリフをしっかり抑揚を付けて吐き出します。

 

「皆さーん、こんにちはー! 私達、このたび346プロダクションからデビューすることになりました『コメット』です♥ 本日はこの素敵なステージで初めてのミニライブをやらせて頂くことになりました! まだまだ不慣れな四人ではありますが、是非楽しんでいって下さいね♪」

 得意の営業スマイルを崩さないよう気をつけながら続けました。

「それではお聴き下さい! コメットで、『Comet!!』」

 

 

 

 

 

 

 いつもの曲が流れ始めました。

 

 何百回と繰り返した動きを再現しながら、曲に合わせて必死に歌います。

 

 ふと観客席を見ると、観客の皆さんが笑顔でこちらを見ていました。

 

 笑われている訳ではなく楽しんで頂いているようです。

 

 かつて誰からも必要とされず、社会の底辺でもがき苦しんでいた芋虫を見て頂いています。

 

 このステージでは、私はいらん子ではないような気がしました。

 

 必要とされているのでは、とすら感じます。

 

 そう思うとなぜか無性に楽しくなってきました。

 

 そんな気持ちが時間と共に増幅されていきます。

 

 こんなにも楽しい事が今まであったでしょうか。

 

 ああ、もう曲が終わっちゃいそうです。

 

 もっと続けたい。もっと私を、私達を見てもらいたいと願いました。

 

 でもそんな儚い願いは叶いません。

 

 デビューミニライブはまるで流星のように、一瞬で過ぎ去りました。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 全力でやりきりました。四人で揃って観客席に向けて深々とお辞儀をすると、至る所から拍手が聞こえてきました。

 喝采とはいきませんが、今の私達には十分すぎるお返しです。

 

「…………ル。……コール」

 ふと、客席から何か聞こえてきたので、耳を澄ましました。

「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」

 複数のお客様が、手拍子に合わせてそんなことを言っています。

 

 は? え、マジ!? アンコール!?

 想定外の事態で少しパニックになりましたが、必死に心を落ち着かせて観客席に問いかけます。

「あの、私達まだ持ち歌が今のしかなくて……。アンコールでも同じ歌とダンスになっちゃいますけど……」

 

「いいですよ」

 ステージの近くに居た、ふくよかな初老の男性がそう言ってくれました。

 舞台袖から身を乗り出していた犬神Pに目配せしたところ、両手で丸のサインを出しています。

 アスカちゃんとほたるちゃんは問題はなさそうです。乃々ちゃんを見たところ緊張していますが続行不可のジェスチャーは出していなかったので、あと一回ならなんとか持ちそうでした。

 要望がありできる体制がある以上、プロとしては応えるしかありません。

 

「皆様、暖かいご声援を頂き本当にありがとうございます!

 それではもう一度、コメットのミニライブをお楽しみ下さい!」

 私が叫ぶと同時に、再び曲が流れ始めます。またあの時間が楽しめると思うと、胸がとても熱くなりました。

 

 

 

 アンコールをやりきりミニライブを終えると、四人とも舞台裏でへたりこみました。

 肉体的には問題ないですが、精神的な疲労が凄まじいです。これはどんなブラック企業でも体験したことのない部類の疲れでした。でも、何だかとても心地いい疲れです。

 

「皆さん、お疲れ様でした」と、声を絞り出しました。

「これぞ正に非日常、って感じだね……」

「お、おつかれさまでした」

 アスカちゃんとほたるちゃんからそんな返事が返ってきました。

「もう、む……、むーりぃー……」

 乃々ちゃんは極度の緊張と疲労のためか、何だかボロボロです。

 

 一安心すると、やっと鼓動が落ち着いてきました。

「私、なんで今までデビューできなかったのか、やっとわかりました。きっと、この四人で最高のデビューをするまで、神様が止めて下さってたんですね……」

「はい、きっとそうですよ。私も皆とデビューライブができて本当に良かったです」

 ほたるちゃんは最高の笑顔でした。何だかこっちまで嬉しくなります。

 

「今まで文句一つ言わず、こんな不出来なリーダーについてきて頂きありがとうございました」

 アスカちゃん、ほたるちゃん、乃々ちゃんに向かって深く頭を下げました。こんなに素晴らしい仲間には今まで出会った事がありません。私にはとても釣り合わない素敵な子達です。

 

「フフフ、何勘違いしているんだい? これはほんのプレリュード(序曲)さ。ここからボクたちの物語を紡いでいくんだからね。まだまだトキには頑張って貰うよ」

「ま、まだ続くんですか……。もりくぼはアイドル辞めたいですけど……。でも、コメットなら、そんなに悪くないかもです……」

「そうです! ここからがスタートですよ。朱鷺さん」

 そんなことを言いながら四人で抱き合って笑いました。皆とても光り輝いています。

 

 そのうち犬神Pがこちらへやってきました。

「今日は本当に素晴らしいライブだった! 不安と緊張に耐えてよく頑張った、感動した!」

 彼はそう言って涙目になっていました。Pの貴方が一番感動していてどうするんですか。

 泣きたいのはこっちですよ。全くもう(怒)。

 

 

 

 デビューミニライブは本当に楽しかったです。

 人から注目して見て貰えることがこんなにも楽しいとは思いませんでした。特にアンコールの時なんて、ドーパミンとアドレナリンの放出が凄まじかったです。どっばどばです。

 私は意外と自己顕示欲が強い人間なんでしょうか。今まで薄汚れた裏街道を爆走してきたので、ついぞ気付きませんでした。

 これほど楽しくてやりがいのあるお仕事は、他にはなかったです。

 

 あれ? もしかしてこれって、私が前世の時から探し求めてきた『やりがいのある理想の仕事』なんでしょうか?

 ……いやいやいや、ありえないでしょう。だって私、累計年齢50歳のオジサンですよ?

 でも、今までのお仕事では決して得られなかった達成感と充実感と感動に包まれています。

 もう否が応にも認めざるを得ません。今明かされる衝撃の真実! ですね。

 

 私の天職は『アイドル』です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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