ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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こんなSSを100話も書いたアホがいるらしい(大後悔)


後語⑨ ギャルゲーになった私はどうすりゃいいですか?

 二連撃。右脚、左脚────

 瞬く間もなく連打したものの、二撃目は一瞬早く避けられました。

「さすが最強の捕食者────」

 襲いくる死の”鎌”を真横に飛び回避します。正面の敵を軸に半円を描き、再び引き戻す力で背後を取りました。

「百裂脚ッ!」

 軽く跳び頭部目掛けて突き蹴りを連続して繰り出します。スピード、タイミング共に文句なしのジャストヒット。

 

「くっ!」

 とっさに距離を取ると(きら)めく白刃が私のいた場所を()ぎ払いました。半呼吸、動き出しが遅れていたらひとたまりもなかったはず。

「……」

 威嚇するかのように巨大な顎をカチカチと鳴らしました。お前を喰らうぞと言わんばかりです。トラックでも全損間違いなしの技を受けて無事とはやりますね。

「さて、どう料理しましょうか」

 全長二メートル、体重百キロ超の”巨大カマキリ”を前に仕切り直します。

 

「はいっ!」

 鋭いハイキックは前脚に弾かれました。しかし先手はこちら、続いて連撃。高速で叩き込み確実に外装甲を削ります。

「はっ、守るだけしか脳がないんですか?」

 煽りながら後ろに飛んで距離を開けました。すると怒りからか直線的に突っ込んできます。

 至近距離なら出掛かり、そこを潰せば怖くない。かわしてやり過ごすと相手の勢いを利用しカウンター気味に蹴りを叩き入れます。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」

 百裂脚、百裂脚、更に百裂脚!

 鋼鉄のように硬い外殻が衝撃に耐えられず削れていきます。

「……ッ!」

 ようやく狙い続けてきた前脚が砕けました。のけぞるのと同時に思い切り跳び上がる。

「スピニングバードキック!」

 反転して両足をプロペラ状に回転し顔に必殺の蹴りを浴びせるとピキッと音を立てました。そのまま頭を垂れます。

「これで終わり!」

 左右交互の足で百裂脚を繰り出し、最後に天空脚を放つと完全に崩れ落ちました。これぞスーパーアーツ────鳳翼扇(ほうよくせん)

「対戦ありがとうございました」

 消滅していくカマキリに向かって一礼をします。ウィーン、トキ。パーフェクトゥ。

 

「ふう……」

 タオルで軽く汗を拭いてから自室のベッドに腰掛けました。窓から入ってくる生ぬるい夜風はもう夏を感じさせます。

 もちろん今戦ったのは本物の巨大カマキリではありません。私のイメージ力によって本物に限りなく近づけた幻影────いわばシャドーボクシングを超本格化したリアルシャドーです。

 某格闘技漫画でやっていたのを面白半分に真似してみたらなんか普通にできたので、ちょっと体を動かしたい時にラジオ体操代わりによくやっています。

シャドーとはいえダメージを受けたら実体にもフィードバックされますが、まず負けることはないので問題ないでしょう。今回は100%中の30%程度に制限した上に私本来の技は封印した縛りプレイですが完勝でしたし。

 

「う~ん、運動性能的には問題ないですけどしっくりきませんね」

 鏡台の前に立ち、自分の格好をまじまじと眺めました。チャイナドレスを基調としたデザインの格闘服はストファイシリーズでお馴染みの春麗(チュンリー)のコスプレです。

 来週開催されるゲームショーのゲストとして私達コメットが出演する予定ですが、今回は出展するメーカーのキャラの衣装を着るという契約となっていました。いくつかの候補から選んでいいとのことなので衣装を持ち帰り試着をしています。今は春麗の衣装なので、先程のリアルシャドーも彼女の技縛りで戦っていました。

 とても好きなキャラではあるんですが、私は太ももの筋肉が少ないので脚線美としては今一つなので駄目ですね。よし、次行ってみよー。

 

「キャミィはおさげを作るのが超クッソ激烈にめんどくさいから止めときましょう。ヴァンパイアのモリガンは背中の翼の接合部が強度的に厳しいですか……」

 いくつか試しましたがこれだというものには中々巡り合えません。それでも粘り強く探していると目に留まるものがありました。

「ヨルハ二号B型衣装セット! そういうのもあるんですか」

 これってニーアオートマタの2Bですよね? よし、早速着替えましょう。

 

「ほー、いいじゃないですか。こういうのでいいんですよ、こういうので」

 試着して自分の姿を眺めてみました。黒いゴシックドレスにサイハイブーツという通な組み合わせであり、セクシーながらも少女らしい面もある奥深いデザインに仕上がっています。

 私なら目隠しの状態でも動ける上に原作のアクションが殆ど再現可能ですし、冷静沈着な性格でミステリアスな雰囲気なのも共通していますから正にぴったりですね。こういう衣装はルックスとスタイルが余程良くないと全く似合わないので両親の遺伝子に感謝です。

 

 その後はニーアレプリカントのカイネと最後まで迷いましたが、あちらは露出が際どいので最終的には2Bに内定しました。スマホを手に取りアスカちゃん達にその旨伝えます。

「とりあえず決まりはしましたけど……」

 それにしても私に割り振られたのは戦う強い女性キャラの衣装が殆どです。イメージ的に仕方がないとは思いつつ釈然としない気持ちがあるのもまた事実でした。

 

 能力的に仕方ないですが、私のファンはキッズや女性、シニア、ファミリー層が中心なので普通のアイドルとは明らかに違うんですよね。この間なんて格闘家兼大工兼農家、時々アイドルなんて紹介をされていましたし。

 別にガチで恋をしろという訳ではないのですけど、せっかくアイドル活動をしているんですから346プロの他の子達のように普通の女子として扱ってほしいという気持ちは心の奥底に燻っています。まあ全長二メートルの巨大カマキリを瞬殺しておいて言えた義理ではありませんが。

 

「~~♪~~~♪」

 そんなことを思っているとスマホから着信音が鳴りました。そのまま手に取ると通話ボタンをタッチします。

「はい、七星ですが」

「龍田です。夜分申し訳ございません」

「いえ、別に暇でしたからいいですよ」

 電話の相手は龍田さんでした。仕事の打ち合わせでしょうか。

「で、何の用です?」

「はい、実は……」

 そのまま用件を伺います。

 

「……つまり、私に新作ゲームアプリの監修になってほしいと」

「ええ、貴女の類まれな知恵と知識をお借りできればと思いまして」

「ですが私はゲームを作る側としてはド素人ですよ。そんな意見が参考になるんですか?」

「監修と言ってもそれほど本格的なものではありませんから心配しないで下さい。いくつかアドバイスを頂ければ十分ですので」

「売り出すための名義貸しって訳ですか」

「似たようなものだと思って頂いて差し支えありません」

 つまり新作ゲームの広告塔として私のネームバリューを使いたいということでしょう。豪華声優陣でユーザーを釣るのと同じことです。そういうゲームは声優だけが豪華でゲームはクソなのが多いですから困りますよ。

 

「それにしても、何でゲーム作りになんて関与しているんですか? 貴方の本業はテレビマンでしょうに」

「こちらに色々とも事情がありまして。それに他の業界にもツテは確保していますから」

「はあ、そうですか」

 相変わらず謎が多いです。追求してもはぐらかされるだけなのでこれ以上ツッコミませんが。

 

「お引き受け頂けないでしょうか。こちらとしては七星さんが頼りですので」

「別にいいですよ。ちゃんと事務所を通してオファーを頂ければ構いません」

 闇営業をしちゃうと問題になりますからね、仕方ないね。

「お引き受け頂きありがとうございました。既に346プロダクションと犬神P(プロデューサー)には話を通していましたので、これで受委託成立です」

「手回し良すぎですって」

 外堀は既に埋められていました。ですが毎度のことなのでもう驚きもしません。

 

「でも名義貸しだけってのは嫌ですよ。監修したゲームがクソゲーだと私のところに苦情が来るんですから助言はちゃんとさせて貰います」

「もちろんです。そのための場もこちらで用意させて頂きますので」

 また良からぬことを企んでいそうですが、これ以上詮索しても詮無いでしょう。

 

「そういえば聞き忘れていましたけど、私が監修するゲームってどんなジャンルなんです?」

「ジャンルとしては七星さんに最もふさわしいものではないかと」

「そうなるとやっぱりRPGですか?」

「いえいえ、より相応しいジャンルですよ」

「もったいぶらないで教えて下さい」

「……です」

「は?」

 うわあ、一番ありえないのが来ちゃいましたよ……。

 

 

 

「お待たせしました。待ちましたか?」

「いや。俺も今来たばかりだから……」

 午前の仕事が終わってから待ち合わせの駅前広場に駆け足で近づくと犬神Pが既に待っていました。表情がやや引きつっていますが気のせいでしょう。

「それじゃあ行きましょうか」

「あ、ああ」

 二人で並んで歩き出します。

 

「今日の趣旨はわかってますよね?」

「うん、だけど本当に意味あるのかい、疑似デートなんて……」

「あるかはわかりませんが、何もしないよりかはマシでしょう。お忙しいところお手数ですが半日よろしくお願いしますよ」

「ああ、わかった。それにしても君の監修するゲームがよりにもよってギャルゲーとはなあ。でもゲームに詳しい七星さんならぴったりかもしれないね!」

「言うほどそうですか……?」

 

 これまで色々なゲームをやってきましたが正直ギャルゲーというジャンルには手を出したことがありませんでした。なので監修しようにも良いアドバイスができる気がしません。

 今からプレイするにしても時間がなさすぎるので、どうしようかとコメットの皆に軽く相談したところギャルの心を知るにはまずデートをしてみようということで今回の疑似デート企画が成立したのです。

 なお相手役は手軽にこき使えるという点を考慮して犬神Pになりました。彼ならば私と二人でいても違和感はないですしスキャンダルになることもないので適任です。そもそも私には対等な関係の男友達が一人もいないですからね、仕方ないね。

 

「今日の予定はどんな感じだったかな?」

「まずはウインドウショッピングを楽しんでから映画を見るようですよ。そして喫茶店で楽しくお喋りをするらしいです」

「なんともベタだなあ……」

「あの子達も交際経験がある訳ではないですから仕方ないでしょう」

 今日のルートはコメットの皆に決めてもらいました。それに合わせていくつかの指示書も貰っています。

 

「皆の指示の通り今日は仕事に関する話は無しですから気を付けて下さい」

「確かに仕事の話をしてたらデートじゃなくてただの打ち合わせになっちゃうしね」

「ということでまずは買い物に行きますよ。来週水着での撮影があるので私の水着でも見に行きましょうか」

「ああ、わかったよ」

 そのまま最寄りのショッピングモールに足を運びました。

 

「よいしょっと」

 水着売り場の試着室で露出度の高いビキニに着替えました。うわあ、これは予想以上に布面積が狭い。

「今度のはどうでしょう?」

 カーテンを開けて犬神Pに水着姿を披露します。さあ悩殺されるがいい!

「うん、今年のトレンドの落ち着いた大人っぽい色でいいと思うよ。でも七星さんの年齢を考えると露出はもう少し抑え目の方がいいかな」

「そ、そうですか」

「タンキニやハイウエストみたいなレトロなデザインも試してみたら?」

「たんきに……?」

 量産型雑魚モビルスーツみたいな名前です。ハイウエストの方は上位機種っぽいですがガンダムに蹴散らされてそう。

 

「随分水着に詳しいじゃないですか。てっきり何でも似合う似合うって塩対応をしてくるかと思いましたよ」

「一応これでもプロデューサーだからね。仕事をしていたら自然と詳しくなってしまうものさ」

「貴方に遅れを取るとは一生の不覚! でもお陰で店員さんが近づいてこないのは助かります」

 こういう店に一人で入ると店員さんがサバンナのライオンの如く執拗に売り込みをかけてくるのでいつも躊躇していました。あいつら目が血走ってるので正直怖いんです。

 

「七星さんは雑談を伴う接客業が死ぬほど大嫌いだよねえ」

「私は服屋で声をかけてくる店員が美容院で絶え間なくマシンガン世間話を仕掛けてくる美容師の次に嫌いなんですよ!」

「俺に怒られても……」

「ああいうのはこっちがかえって気を遣うんです。口を動かす前にまず手を動かしなさい!」

「面倒な客だなあ」

 でも実際に声をかけられたら笑顔で応対してしまいます。そんな自分の小市民さが情けない。

 

 その後はミニシアターで以前から見たかった映画────『メガシャークVSメカシャークVSイカシャーク3D』を二人で見ました。いやあ、前評判通り一部のスキもない糞映画で逆に楽しかったです。隣にいる犬神Pが終始無表情なのも笑えました。

「あれを映画と呼んでいいものか迷う」

「何言ってるんですか、ちゃんと起承転結あっただけでも大分マシですって」

「映画のハードル低くない?」

「世の中には想像を絶する映画があるんですよ」

 ぐったりした犬神Pを引き連れて少々お高めの喫茶店に入りました。

 

「いらっしゃいませー。こちらの席にどうぞ」

 若い女性の店員さんに案内されるまま窓際の席に座りました。

「私はカフェラテでお願いします。犬神さんはどうしますか?」

「俺はブルーマウンテンで。あとこのラバーズ・ドリームもお願いします」

「承りました」

 店員さんがカウンターに消えていきました。

 

 ラバーズ・ドリームとは何じゃらほいと思いメニューに目を落とします。そこにはよくバカップルが人目を憚らず飲んでいるアレがありました。一つの容器にストローが二つ刺さったアレです。

「うわあぁぁ……」

「何かすっごく嫌そうな表情だけど……」

「正真正銘本音が表れた表情ですよこれは。いたいけなJCとこんなのを飲もうって変態がPとは泣けてきます」

「いや、指示にあったんだって!」

 そういえば乃々ちゃん達の指示書にそんな事が書いてあったような気がします。あまりにも嫌な情報だったので脳が勝手に忘れようとしていたのかもしれません。

 

「おまたせしました~」

 そんな事を話しているうちに注文したものが運ばれてきました。もちろんラバーズ・ドリームとやらもです。

「ごゆっくりおくつろぎ下さい。……フッ」

 あの嘲笑(ちょうしょう)! きっとこのバカップルめと思っているに違いないです。私が店員だったら絶対そう思いますもの。

「……とりあえず、飲もうか?」

「え、あっ、はい!」

 これも皆の指示ですから仕方ありません。犬神Pと一緒にストローを手に取るとゆっくりドリンクを吸い込みます。ああ、顔が近い! 恥ずかしい、恥ずかしいですって!

「大丈夫かい、顔が赤いけど」

「赤くないですよ、私を赤くさしたら大したもんですよ!」

「なんで長州……?」

 全力でドリンクを飲み干してから一息つきます。ああ、恥ずかしかった。

 

 その後は仕事に関係ない雑談をします。疑似デートなのも影響したのか自然に男女間の話になっていきました。

「そういえば今まで聞いたことなかったけど、七星さんはどんな人がタイプなのかな?」

「とりあえず二世帯住宅でウチの両親と同居してくれる人ですね。あと祖父が七星家の名は絶対に残したいって言っているので婿入りしてくれることが大前提です」

「いきなり重くない?」

「体重がですか!?」

「いや、愛がさ……」

「だって、一度付き合うからには添い遂げる覚悟が必要でしょう? なら将来のことを考えるのは当然だと思いますけど」

「束縛が激しそう」

「そんなことありませんよ。風俗くらいなら大人の付き合いもあるでしょうから普通に許します」

「浮気したら?」

「市中引き回しのうえ公開で八つ裂き確定」

「本気でやりそうだから止めてね」

 私重くないもん! 他の奴らが軽過ぎるだけなんだもん!

 

「ま、その前に私のキャラじゃ男は寄ってきませんけどね。フフフ……」

 自嘲(じちょう)気味に笑いました。今まで築きあげてしまった七星朱鷺という個性は強烈であり極めて強固です。その暴力的な個性は面白がられることはあれど、女性として惹かれる人はいないでしょう。

「そんなことはないよ。七星さんは魅力的なアイドルだと思う」

「見え透いたお世辞ですね。アイドルと言っても他の子と私は決定的に違います。どこまでいっても珍獣扱いには変わりありません」

 その覚悟でこの力を奮ってきたんです。後悔はないですがもしも普通のアイドルとして活動していたらという思いは今も振り切ることができていませんでした。

 

「どんな人間だって自分を理解してもらうには時間がかかる。でも伝えようとする努力は怠ってはいけないよ。諦めたらそこで全てが終わってしまうから」

 反吐が出るような綺麗事を聞いてイラッとしました。

「だから無理ですって。しょせんマイノリティはマジョリティの笑いのタネにしかなりません」

「そんなことはないさ。個性は人それぞれだけどそれに優劣なんてないんだよ。今は理解され辛いかもしれないけど、わかってくれる人は絶対に増えるはずだ」

「これは道徳の授業ですか? 誰も彼にも自分を理解してもらうことなんて不可能です」

「確かに全員が正しく理解するなんて夢物語だね。でも、中には本当の自分をわかってくれる人間が必ず存在する。君はそのことまで否定するのかい?」

「それは────」

 家族や事務所の人達の顔が頭をよぎりました。

 

「どうしても時間はかかる。だけど諦めないで欲しい」

 犬神Pがそのまま言葉を続けます。

「俺がプロデュースするアイドルは最高で、本当に可愛い子なんだって、皆に伝わるよう俺も精一杯努力するからさ。だから一緒に頑張ろう!」

 それはあまりにも真っ直ぐな言葉でした。

 

「ま、まあ、そこまで言うのならやってあげなくもありませんけど? というかよくそんな真顔で恥ずかしいセリフと言えますね!」

「いや、つい……」

「あー恥ずかしい! ほーんと恥ずかしい!」

「そ、そろそろ出ようか。会計行ってくるよ!」

 クサさが既定値を超えたのでギップルが出てきそうでした。本人も恥ずかしくなったのか逃げるようにレジに向かいます。

「……でも嬉しくない、こともありません」

 その後ろ姿に向かって、聞こえないようにそっと呟きました。

 

「ありがとうございましたー」

 外に出る頃にはすっかり日が傾いていました。

「今日はこれで終わりだけど、少しでも役に立ったのかな?」

「私にもわかりませんけどそれなりに楽しかったので役に立たなくても別にいいです」

 腕を頭上に上げて思い切り伸びをします。

 

「そういえば指令書のアレだけどやらなくていいの?」

 犬神Pがメモを見て呟きます。

「あ、アレですか。別にいいんじゃないですか、やらなくても」

「そう? ならいいけど」

「さあ、早く帰りましょう!」

 犬神Pを置いてさっさと歩き出しました。

 とりあえず上手くごまかせました。そう思って私にも渡されたメモを眺めました。『二人で手を繋いて歩く』────そこにはそう書かれています。

「……できる訳ないじゃないですか」

 疑似デート中はずっと緊張していて手に汗をかいていたんですから、恥ずかしくて手を繋ぐなんてできませんでした。

 

 

 

「それでは本番5秒前、3……2……1」

「RTAーCX特別編、はーじまーるよ!」

 スタジオに私のタイトルコールが響きます。

「さて、本日は特別編とのことですがどんなクソ企画なんでしょう、龍田さん?」

 台本通り真横にいる彼に話を振ります。

「今回は現在開発中のゲームタイトルの監修を七星さんにお願いしたいと思います」

「どんな判断だ。金をドブに捨てる気ですか」

「開発中のアプリは三本ありますが、本日は都合により二本についてアドバイスをお願いします」

「相変わらず人の話を聞きませんね」

 さて、事前に渡された台本にはここまでの流れしか書いてありませんでした。もちろん試遊するゲームの名前すら聞かされていません。これ以降は全てアドリブで対応しなければならないという地獄が待っています。うう、怖い。

 

「時間が押しているので早速いきましょう。まず一本目のアプリは────」

「こちら、『朱鷺めきメモリアル』です」

「そのタイトルで大丈夫?」

「問題ありません。ネタ元の企業様からは公式に許可を頂いています」

「私パワプロとプロスピが大好きなんですよ! それにスポーツクラブって健康的でとても素敵ですよね!」

 露骨に媚びを売りました。スポンサーを第一に考えるアイドルの鑑。

 

「タイトルだけで何となく内容はわかりますけど、取り敢えずゲーム紹介をお願いします……」

「本作の主人公は私立みしろ中学校に入学したばかりの男の子です。この学校で三年間を過ごし、卒業式の日に意中のヒロインから伝説の樹の下で愛の告白を受けることが目的になります」

「でも待っているだけじゃ駄目なんでしょう?」

「ヒロインを射止めるには勉学やスポーツに励み魅力を磨かなければなりません。勉強や運動などのパラメータが設定されていますがコマンドを実行することで増減するので、意中のヒロインと仲良くしつつ告白されるのに必要なパラメータを上げることが必要です」

「簡単に言えばパワプロのサクセスですよね」

「あちらのほうが後発ですが、概ね同一と考えて差し支えありません」

 どうやらゲーム性は原作どおりみたいです。

 

「それでは早速プレイしていきましょう。スイッチ、オォン!」

 開発機材の電源を入れてプレイスタートです。オープニングムービーは開発中との話なので名前入力画面になりました。

「主人公は男の人の名前のほうがいいですか? それじゃあ犬神一郎っと……」

「さすが七星さん。担当Pの名前を無断使用するのに躊躇がありません」

 それほどでもない。

 すると学校の教室から話が始まりました。どうやら皆新入生らしく自己紹介をしています。そのまま進めたら主人公のお幼馴染という設定の七星朱鷺さんが自己紹介を始めました。顔グラありなので多分この子がヒロインなんでしょう。

 ん? この名前に既視感を感じる……。

 

『みなさんはじめまして。名前は七星朱鷺です。趣味は音楽鑑賞でクラシックとかを良く聞きます。みなさんこれからよろしくお願いします』

「私じゃない!」

 思わずその場でひっくり返りました。

 

「……龍田さん、ちょっと」

「はい、なんでしょうか」

 立ち上がってコントローラーを机に置いた後、手招きして彼を呼び寄せます。

「どういうことなんです?」

「メインヒロインである清楚可憐と評判な七星朱鷺さんですが、何か?」

「何で私がゲームに組み込まれてるんじゃい!」

「何故と言われましても、朱鷺めきメモリアルなのですから当然でしょう?」

 よくわかんないけどとりあえず死んで欲しい。

 

「アナタ、ショウゾウケンッテシッテマスカ?」

「よく存じております。ですがご安心下さい。ご家族と事務所には承諾を得ていますので一切問題はありません」

「本人に取りなさい!」

「ああ、そうでしたね。申し訳ございません、すっかり失念していました」

 ぐぬぬ……。

 

「そんなことよりも先程の自己紹介に覚えはございませんか?」

「……確かに記憶にあるような」

「当時の同級生の方々に取材を行い、実際の自己紹介を忠実に再現しています」

「ぎゃあああああああああああ!」

 クラシックとかを良く聞きます♪ ってコイツ完全に猫被ってるじゃないですか! 何を考えていたんだ当時の私!

「積もる話はおいておいて今はプレイに集中しましょう。はい、コントローラーです」

「最初からヘビーなのがきてしまいましたよ」

 途中退場は一切認められないようです。

 

「ま、まあメインヒロインがアレでも他のヒロインを攻略していけばいいんですもんね!」

「そんな七星さんに残念なお知らせです」

「……何?」

「本作は346プロダクションのアイドルの方々もヒロインとして登場予定ですが、あいにく開発がそこまで進んでいない状態でして。今日の段階ではヒロインは七星さんだけです」

「この学校廃校にしたほうが良くない?」

「ということで七星さんを攻略しましょうか」

「狂いそう」

 自分を攻略する。世界広しといえども私が唯一で最後の経験者に違いありません。というか誰もそんな経験したくないです。

 

 その後オープニングが無事終わりました。伝説の樹が明らかにエクスデスなのが気になりましたけどツッコミに疲れていたのでスルーします。

「まずは運動コマンドでも選びましょうか。何事も体力は大事ですし」

 コマンドを選択していくと下校画面になりました。好感度を稼ぐためヒロインの七星さんに一緒に帰ろうと声をかけます。

『朱鷺、一緒に帰ろう!』

『ごめんなさい。一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……』

 主人公を放置して帰宅していきました。

「なんだァ? てめェ……」

 朱鷺、キレた!!

 

 ケッ、このアバズレビ○チが、カマトト振りやがって! 心の中で悪態をつきますが相手は私ですから誹謗中傷は自分に跳ね返ってきます。

「転校前の七星さんも付き合いが悪かったとの評判なので、これも原作通りです」

「こんな嫌な女は無視して乃々ちゃんとかを攻略したいんですけど」

「大丈夫です。ここから名誉挽回ですよ」

「挽回する名誉残ってます?」

 ジェリドみたいに汚名挽回しそう。

 

「そういえば部活動にも所属できるんですか」

 え~と、体育会系は野球部やサッカー部、テニス部のようなメジャー部が揃っています。文化系は文芸部なんていいかもしれません。文芸少女達に囲まれて毎日ドキドキしそう。

「……RTA部?」

 原作では電脳部があったはずですが、謎の部活に置き換えられていました。

「そちらは色々なゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)に挑戦する部です」

「潰したほうが良くない?」

 青春が灰色に塗り潰される前に。

「根性と雑学のパラメータが上がりやすいですがストレスもマッハで上昇します」

「わかるわ」

 あんなの常人の神経でできる訳がありません。やっている人達は大抵マゾか変態か、マゾで変態です(体験談)。

 

「せっかくだから私はこの地雷部活を選ぶぜ!」

 その場のノリでRTA部に入部します。こういうのは勢いが大事。

「ちなみにヒロインの方の七星さんもこの部に所属しています」

「この子言うほど清楚可憐?」

「清楚可憐です」

「アッハイ……」

 物凄い圧を感じました。でもそんな部にいる女はこちらからお断りです。

 

「なおRTA部に所属していると文化祭イベントでじゅうべえくえすとのRTAがミニゲームとしてプレイできます」

「今すぐ辞めますので辞表を受け取って下さい」

「残念ですがRTA部に限り一度所属すると辞められない仕様です」

「呪いの部活か何か?」

 悪質な宗教団体みたい。

 

「そういえばこのゲームにも爆弾システムってあります?」

 確か原作では隠しパラメータとして傷心度が設定されており、傷心度が上昇し一定の値に達すると爆弾が発生します。その状態で傷心度がさらに上昇すると爆弾が爆発し、主人公に対する悪い噂が流れて他のヒロインの好感度が下がるというシステムが搭載されていました。

「ええ、もちろん。試しに傷心度を上げてみては?」

 指示に従い七星さんをデートに誘ってすっぽかす行為を何度か繰り返します。すると悪い噂が流れているという注意メッセージが流れました。好感度を確認すると七星さんのところに爆弾マークが付いています。

「お、付いた付いた」

 疲れていたので爆弾がシアーハートアタックなのは華麗にスルーしました。

 

 そのままゲームを進めると傷心の七星さんに出会います。

「……この子、何で廊下の真ん中なのに胡座(あぐら)で座っているんでしょうね」

 そのポーズは明らかに私の奥義前の態勢です。

「これ確実に殺しにきてません?」

「まさか、気のせいでしょう」

 声を掛けると無視するのどちらかを選ぶコマンドが表示されました。こんな狂人と関わり合いになりたくないので無視して廊下を進みます。すると画面が薄緑の光に包まれました。

北斗有情破顔拳(ほくとうじょうはがんけん)ッ!!』

 フェイタルケーオー、ウィーントキパーフェクトという効果音と共に暗転します。するとゲームオーバーという画面が表示されました。

「さて、次のアプリのテストに行きましょうか」

「ええ……」

 KOされてゲームオーバーになるギャルゲーの需要はこの世にないと思いたい。

 

 

 

「さて、二本目のアプリは────」

 気を取り直して次のゲームの紹介に入りました。さっきのは地雷過ぎたので今度こそまともなギャルゲーであることを祈ります。

「我々の渾身の作品────『朱鷺プラス エブリディ』です」

「一周年持たずにサービス終了しそう」

 素直な感想がつい口から漏れ出てしまいました。いや、本家さんとは何の関係もありませんよ? ホントですホント。

 

「予想は付きますが紹介をお願いします」

「こちらは登場するヒロインと恋人同士になり、相思相愛の親密な関係を楽しむゲームです。ヒロインがプレイヤーの彼女になってから後を主軸としている点が最大の特徴と言えますね」

「……ちなみにこのソフトのヒロインは?」

「七星さんだけです」

 需要がニッチ過ぎる。

 

「で、でもリリースの段階ではもっと増えますよね?」

「いえ、七星さん以外にはいませんが」

「それはもうサイコパスの発想では?」

「申し訳ございません。そこは譲れませんので」

「譲ってほしかったなあ……」

 こういうソフトではニュージェネレーションズを起用するのが鉄板だと思います。ネタキャラを一点採用する漢気は別のところで使って欲しかった。

 

「とりあえずプレイしていきましょうか」

 抵抗しても無駄なのでゲームを進めていきます。プレイヤーは転校したての男の子でテニス部に入部を希望しているらしいので、そこでヒロインと出会うんでしょうね。

 テニスコートに移動するとヒロインである私がいました。お、生意気にも3DCGの出来はかなり良いです。でもテニス部なんて陽キャ連中の巣窟にいないでしょう私……。

『はい、なにか御用ですか?』

 先程の朱鷺メモと違いボイス入りなのでちょっと驚きました。でもこの声はよ~く聞いたことがあります。

 

「このボイスですけど、もしかして……」

「声は高垣楓さんに暫定アフレコ頂いています」

「クソゲーならではの豪華声優陣!」

 無駄に豪華過ぎるのも困りものです。

「嫌がってませんでした?」

「いえ、ノリノリです。八海山の純米大吟醸三本セットで快く引き受けて頂きました」

「あのクソ寒ダジャレお姉さんめ……」

 

 その後はヒロインの自己紹介に入りました。

 美少女キャラで成績もトップクラス、家が医者のお嬢様なのにそこはかとない残念さはさすが私です。設定は元ゲームのヒロインと丸かぶりなのに扱いが本家とは偉い違いですよ。

「このゲームってガチャでヒロインにプレゼントを買ったりするんですか?」

「いえ、買い切りアプリですのでガチャ要素は一切取り入れていません。服装、髪型、プレゼント等のアイテムはミニゲームで得た資金で購入する形です」

「流石有能プロデューサー、格が違う。カードとかデッキとかスタミナ制を持ち出さなくてよかったですよ」

「まさか。そんなゴミのような改悪をするわけがないじゃないですか」

「そうですよねえ、あはははは」

「はははははは」

 名作ゲームをアプリ化で周回ガチャゲーに魔改造してはいけないって、はっきりわかりますね。

 

 思ったより3Dの出来が良いのでヒロインを眺めたり周囲を観察したりしてみます。

「いつもの3Dゲームみたいにスカートは覗かないんですか?」

「自分のスカートをめくればいつでも見られるものをわざわざ覗いたりしませんよ。でもちょっとだけ……」

 ローアングルで覗こうとすると画面にQTEが表示されました。ムービー内で画面に表示された特定のキーを入力をするアレです。

「え、え、え?」

『へ、変態!』

 反応できずにいると、ぐしゃっと言う効果音と共に画面が赤く染まりました。そのままバイオで死んだ時のような画面のようなものが表示されます。

 

「何が始まったんです?」

 第三次世界大戦でしょうか。

「スカートを覗かれた七星さんから逃げるというアクション要素です。先程はほうきの一撃で頭蓋骨から尾底骨にかけて一刀両断されたのでゲームオーバーになりました」

「いくら私でもパンツ見られたくらいで殺しはしませんよ……。ちなみに逃げ切れた場合はどうなります?」

「逃げ切っても隕石が直撃して死亡します。七星さんのスカートを無断で覗くのは万死に値しますから例え本人が許しても私が許しません」

「熱でもあるんですか?」

「いえ、至って平常ですよ」

「貴方がまともなボケを放棄した瞬間にこの企画は終わるんですからしっかりして下さい!!」

 仕方ないので一回リセットを掛けて最初からやり直しました。

 

「でも猫被りすぎじゃないですか。実物と乖離し過ぎてクーリングオフ喰らいそうですよ」

「安心して下さい、交際後は素の七星さんに戻ります」

「その要素いる?」

「いります」

 笑顔で断言されてしまいました。需要……あるんですかね?

 

 ゲームを進めると主人公と七星さん(ゲームの方)がだんだん仲良くなってきます。七星さんは部の人達と上手く馴染めていないので打ち解けるように訓練をしていました。

『恥ずかしい……』

『大丈夫だよ。さ、言ってみて』

『オッス朱鷺だよ、一緒に帰ろ?』

「草生える」

  自分と同じ顔をしたキャラにこんなセリフを吐かれると死にたくなりません?

「いやーきついっス……」

「なお製品版では七星さんに吹き替えて頂きますのでよろしくお願いします」

 地獄かな?

 

『何やってんだ~? 俺らも混ぜてくれよ!』

『楽しそうだねぇ~!』

 ゲーム内では微笑ましい光景に三人組のヤンキーが割り込んできました。なるほど、ここで主人公が七星さんをかばって好感度爆上げというわけですね。

『や、止めて下さい!』

『俺らとも仲良く楽しもうぜ~』

『きゃーーーー!』

 ヤンキー達が主人公を無理やり連れ去りました。ヒロインはその場に一人取り残されます。

 

「そっちがさらわれるんですか……」

「現代はジェンダーレス時代ですから」

「ゲームとはいえなんか凄い負けた気分」

 呆然としていると急にミニゲームに切り替わります。これはバーニング……じゃなくてファイナルファイトみたいなベルトスクロールアクションじゃないですか!

「愛しの彼を取り戻すために戦いましょう」

「なにこれ」

 私は一体何をやらされているんだろう。

 

「今日は新作のアプリを二本試遊して頂き、七星さんにアドバイスを貰いました。これから内容をブラッシュアップさせて近日中にリリースします」

「もう好きにしてください」

 本音を言えばリリースを思い留まって欲しいですが、もう製作も進んでいるので今更止めるわけにも行きませんでした。改善して欲しいところは山のように伝えたので後はなるようになれです。

「それにしてもよく三本もアプリを作る資金がありましたよね。どこかの会社がバックアップしているんですか?」

「いくつかの企業からは出資してもらいましたが私個人も拠出しています。少なく見積もっても私の全財力の五分の三はつぎ込みました」

「……冗談でしょう、龍田さん?」

「私がそんな嘘を言うような人間だと思いますか?」

「この人完全に頭おかしい……」

「という訳ですので、完成したら是非ダウンロードをお願いしますね」

「よ、よろしくお願いしま~す」

 人は自分の理解の及ばないことが起きると恐怖を覚えると言われていますが、今の私はその感情でいっぱいでした。恐怖心、私の心に恐怖心……。

 

 

 

 それから暫くして朱鷺メモや朱鷺プラスが無事リリースされてしまいました。まともに遊べるゲームに仕上がっているのか内心ビクビクでしたが、ネタ要素は多数あれど意外にもギャルゲーとして良質な出来のようでストア評価は5点満点で4.7点をキープしています。

 あの番組に釣られてアプリを購入してくれたファン達が沢山いたのか売上は上々みたいですが、結局三本目のアプリはどうなったんでしょうか?

 

「……♪……♪♪」

 部屋でくつろいでいるとスマホの着信音が鳴りました。電話の相手はゲーマー系アイドルの三好紗南ちゃんのようです。

「はい、七星です」

「朱鷺ちゃん! 今まで辛かったよね! 気付いてあげられなくてごめんなさい!」

「……え、一体何のことです?」

 謝ることは無数にあれど彼女から謝られる覚えは一切ありません。

 

「さっきリリースされたアプリゲーやってさ……。今まで明るく笑ってたけど辛い思いをしてたんだなってわかったんだ。でもそれに気付いてあげられなくて、ほんとに自分が恥ずかしいよ」

「アプリゲーって、そんなのありました?」

「え、だって朱鷺ちゃんが監修したんでしょ? 『死神みたいな異能(ちから)を持ってる超人(わたし)はどうすりゃいいですか?』ってゲームはさ」

「見たことも聞いたことありませんよそんな地雷ゲー……」

 

 話が噛み合わないので一旦電話を終わらせて同名のアプリを探します。するとそれは直ぐに見つかりました。アプリを提供しているのは朱鷺メモと同じ龍田さんの所有する個人企業です。このソフトだけは無料アプリなのでそのままダウンロードしてプレイを開始しました。

 内容ですが、ひょんなことから世界を崩壊させかねない異能を持たされた少女がアイドルを目指す日常をコミカルに描いたビジュアルノベルです。一方でとんでもない力を持たされたヒロインが抱える苦悩を知った主人公がヒロインの心を命懸けで救うという熱く泣ける展開も含まれた素晴らしいギャルゲーでした。しかしたった一つ大きな問題があります。

 

「メインヒロイン、七星朱鷺!」

 最後の最後にとんでもない爆弾を投下しやがりましたねあのドラゴンは。

 私の過去や能力を手に入れた経緯は誰にも話したことがないので、細かい設定や力を手に入れた経緯等は異なります。

 ですが人ならざる力を得てしまった人間が抱える苦悩や絶望、辛酸を()めつつもアイドルとして認められたいという気持ちはヒロインとリンクしていました。紗南ちゃんはこのゲームをプレイすることで私が日頃感じている苦しみや辛さを感じ取ったのでしょう。

 クリア後に某掲示板の感想スレを見てみましたが、殆どが肯定的な感想です。同時に私をネタにしてきたことに対する後悔の念が伝わってきました。皆さん私が監修したということで私の思いが代弁されていると思い込んでいるようです。いや製作には一ミリも関与していないんですけど!

 

「で、どういうつもりなんです?」

 龍田さんに電話がつながったので質問します。

「おや、早速バレてしまいましたね」

「もしかして前回の企画もゲームの認知度を上げて最後のアプリをダウンロードさせるための宣伝だった訳ですか? どうしてそんなことを────」

「一言で言えば『民衆の不理解を破壊するため』でしょうか。世間の多くは七星さんの魅力に気付かず異能だけを切り取って面白おかしく(はや)し立てている。そのような状況が許せないというだけの話です」

「理解してもらうのに時間がかかるのは仕方ないですよ」

 犬神Pの言う通り、一朝一夕というわけにはいきません。

 

「私はこう見えても気が短い方でして。世間が変わるのを待つよりも世間を変える方を選んでしまいました。それに私も誤解を加速させることを色々してしまいましたから、その贖罪です」

「それにしてもやり過ぎじゃないですか。こんなことに時間を浪費するだけならまだしも、私財の五分の三をつぎ込むなんておかしなことをしていますし」

「無事原資以上の収益はありましたからご心配なく。それに私が好きでやっていることですから。それではまた次のお仕事でお会いしましょう」

 一方的に通話を切られました。

「はあ……」

 龍田さんがなぜ私にこだわるのか、コレガワカラナイ。

 

「……なんてことがあったんですよ。本当に意味分かんないですよね!」

 次の日、プロジェクトルームでアスカちゃん達に事の経緯を報告しました。

「朱鷺さん、それ本気で言っているんですか?」

 ほたるちゃんが可哀想なものを見る目で私のことを見てきます。

「もりくぼでも、龍田さんがなんでそんなことをするのか流石にわかるんですけど」

「え~? ナニソレイミワカンナイ!」

 芸能界で出世するにしてはジュラル星人並みに回りくどいです。

 

「……やれやれ、こんなに鈍い子が現実に存在するとは思わなかったな」

「飛鳥さん、朱鷺さんに伝えるのは……」

「わかっているさ。彼の気持ちをボクたちが勝手に伝えていいのものじゃない。時期が来れば朱鷺だってきっと気付くだろう」

「なんですかその思わせぶりな態度は。ちゃんと教えて下さい!」

「あわわわ……。む~りぃ~……」

「こうなったら絶対に謎を解いてみせます! 名医とうたわれたじっちゃんの名にかけて!」

「本当に気付くでしょうか……」

「すまない、自信がなくなってきたよ」

 アスカちゃんの呆れたような溜息が部屋の中に響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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