ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第10話 邂逅

 ミニライブの後は、CD購入者を対象としたサイン会でした。

 時間までしっかり休んで体調を整えた後、サイン会場に移動しました。CD購入者は四人のうち一人を指名して、指名された人がCDのジャケットにサインをする形式です。

 全員のサインが欲しいのなら四枚買わなければいけないという集金システムですが、前世でよく見られたA〇B 4〇等の握手券商法よりはあくどくないでしょう。

 

 とはいっても、正直コメットは無名もいいところなのでCD購入者はそう多くありません。

 新人アイドルの発掘に熱心なアイドルファンや、私達四人の友人・家族が購入者の多くを占めていました。ただ、それ以外の方にも結構売れたので良かったです。

 アイドル活動について知られたくないので級友はライブに呼んでいませんでしたが、家族は来てくれていたのでお父さんとお母さんと朱莉にCDを購入してもらいました。家族相手にサインなんて何だか小っ恥ずかしいです。

 

 

 

 そのうち、先ほどアンコールをして頂いたふくよかな初老の男性がCDを持参されたので笑顔でサインをしました。既に他の三人のサイン入りCDを手にされています。

「ああ、ありがとう。今日はたまたま通りかかったんだけど、君達のライブはとても良かったよ。まだまだ荒削りだけど、光るものがあった」

「ありがとうございます!」

 腰をしっかりと曲げ、敬礼の姿勢をとりました。こう言って頂けるお客様は本当に大切にしなければいけません。

 

「君も、素晴らしかったと思うよ」

 褒めて頂きました。恐らくダンスのことを言っているのでしょうね。流石は『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』です。

「ありがとうございます。ダンスは大の得意なんです」

「いや、確かにダンスも良かったけども、なんと言っても君はとても楽しそうだったから。こっちまで楽しい気分になれたな」

「……そんなに、楽しそうに見えましたか?」

 ある程度自覚はしていましたが、目に見えてわかるくらいだったのでしょうか。

 

「そりゃあもうね。まるでアイドルが天職みたいな感じだったさ。僕もアイドルの子達は結構見てきたけど、君みたいな子はとても珍しいよ」

「そうですか。そこまで顔に出るタイプではないと思っていましたが……」

「顔と言うか、全身からそんなオーラを出していた。正に私の歌を聴け! って感じだったね」

 滅茶苦茶恥ずかしいです! 恥ずかしさのあまり顔から火を噴き出しそうです。ビームのような闘気なら本当に出せるんですけど。

 

「346プロさんの『コメット』で、メンバーは七星君、二宮君、森久保君、白菊君の四人だね。よおし、ちゃんと覚えた。歳を取ると記憶力が衰えてしまうから嫌なもんだ」

「ああ、そのお気持ちよくわかります」

 歳を取ると人の名前が中々覚えられなくなるんですよね。そのせいで営業をやってた時は顧客と下請けの担当者の名前を覚えるのが結構大変でした。

「いや、君はまだ若いじゃないか。……ははっ、中々面白い子だね。それじゃあ、また」

 彼はそう言って颯爽と去っていきました。コメットとしてああいう優良なファンの方を増やしていかなければいけません。これから頑張りましょう。

 

 

 

 その後、CDを手にしたピンク髪のギャルがこちらに近づいて来ました。

「やっほ★ お疲れ様っ!」

「あれ、美嘉さん? どうしてこちらに?」

「たまたま近くで撮影やってるから、ちょっと様子を見にきたよー」

 

 城ヶ崎美嘉さんは同じ346プロダクションの先輩さんです。

 カリスマギャルとして非常に人気が高く、ライブだけでなくファッションモデルのお仕事も数多くこなしている超売れっ子です。

 何かとコメットの事を気にかけて頂いており、見かけによらずとても優しくて良い子です。私と同じピンク髪で姉キャラという共通点があるため、個人的にも仲良くして頂いています。

 

「コメットを代表して、朱鷺のサインちょーだい♪」

「その、わざわざ買って頂かなくても、CDなら後でお渡ししますけど……」

「ダメダメ! それじゃ売上になんないじゃん。せっかくのデビュー曲なんだから、バーン! と売れた方がいいっしょ★」

「……本当に、ありがとうございます」

 人の情けが身に沁みます。CDに丁寧にサインをして、美嘉さんにお渡ししました。

 

「さっきスタッフさんからライブのビデオ見せてもらったけど、超ノリノリだったじゃん! 目立ちたくないってあんなに言っていた子と同じ子とは思えないよね~」

 そう言って悪戯っぽく笑いました。

 うう、またそのネタですか。私の中の羞恥心がアクセル全開ノーブレーキで海へダイブです。

「やってみたら、意外と楽しかったので……」と正直に告げました。

 

「ヘヘ、でも良かったよ。遠慮してて損したらバカらしいし、ライブなんて楽しんだ者勝ちなんだからさ!」

 素敵な笑顔でそう言ってもらえると、何だか救われた気になりました。

「色々と気にかけて頂いて、本当にすいません」

「気にしなくていいって! 莉嘉がいるからコメットのみんなは妹みたいに思っちゃうんだよ」

「そうなんですか。一度莉嘉ちゃんに会ってみたいです」

「じゃあ、今度連れてくるね~。ってヤッバ、休憩時間もうオワリじゃん! それじゃ!」

 

 そう言って美嘉さんは慌ただしく戻っていきました。ご自身も忙しい中フォローをして頂き本当に有難いです。

 莉嘉ちゃんは美嘉さんの妹さんで、何回か写メを見せてもらいましたが活発な感じでとても可愛い子でした。なんとなく朱莉に似ていますし、字も一字同じなので妹のように思えます。そのうちお会いしてみたいですね。

 

 

 

 

 暫くして暇になってしまいましたが、今度は大柄で筋肉質な男性が私の方に近づいてきました。黒髪の短髪でアイドルファンにはあまりいないタイプの人です。それでもお客様は神様ですから、購入して頂いたCDにサインし営業スマイルで手渡すと、何やら話しかけられました。

 

「あの……。俺の事、覚えてないスか」と言われましたが、一ミクロンも心当たりがないです。

 一体誰でしょうねと考えていたところ、次の言葉を聞いて完全に固まりました。

巣駆来蛇(スカルライダー)の、元総長です」

「あっ……」

 一瞬、完璧にフリーズしました。

 

 マズい。間違いなく復讐でしょうが考えうる最悪のタイミングです! 普段なら一蹴しますが、この会場で世紀末バスケ(流血沙汰)はできません。

 トラブルになる前に、何とかして闇から闇に葬る必要があります!

 と、とりあえず、どこか適当に秘孔を突きましょう。そうだ、残悔積歩拳(ざんかいせきほけん)(意志と無関係に足を後ろへと進ませる北斗神拳奥義です)がいいですかね! 

 

 そんなことを考えてテンパっていると、元総長が言葉を続けました。

「俺、アイドルとか全然わかんねぇんですけど。今日のライブはなんか、いいと思いました」

 そう言うと、彼は赤い顔をしてサイン済のCDを持って走り去りました。全くもって意味不明な言動でしたが、とりあえずは助かったようです。

「まさかドMさんだったとは、この私の目をもってしても読めませんでした……」

 そんな言葉をついつい呟いてしまいました。

 

 

 

 その後サイン会は無事終了しました。三人はお花を摘みに行ったので、私は先に一人で控え室に向かいます。3回ノックして入ると部屋の中には誰もいませんでした。手前にある安っぽいパイプ椅子に腰掛けます。

 

 少し呆けながら、これまでのことをなんとなく思い返して見ました。

 書類選考騒動から始まり、二次面接での号泣、コメットの初顔合わせ、レッスン、各メンバーとの交流、そして初ライブ。

 11月初旬の頃の私に「YOU、約2ヵ月後にはアイドルデビューしてるから!」といったら、一体どんな顔をするでしょうか。想像もつきませんね、ははは。

 

 そんなことを考えて少し笑っていると、私の正面に『彼女』が突然現れましたので、「お久しぶりです」と言い一応会釈をしてみました。

「そうだね。こうやって直接会うのは14年ぶりかな。僕は君のことをずっと見ていたけど」

 二度目なのでそこまで驚きはしないですけど、北斗神拳をもってしても察知できないとか、本当に人外なんですね。いや、この力自体彼女のものですから当たり前ですか。

 

「感動の再会早々にストーカー宣言とかドン引きです。今更何しにきやがりましたか?」

「おや、冷たいねぇ。せっかく初ライブ大成功のお祝いを言いにきたのに」

 そういって彼女は「うけけけけ」と笑いました。その姿は14年前に一度見たきりですが、全く同じ背格好です。私を現世に生まれ変わらせた神様が、目の前にいました。

 

「生まれ変わり後に面白い事態になるとはあんまり思っていなかったけど、まさかまさかまさか、君が美少女アイドルデビューとはね! 流石の僕も全然予想できなかったよ!」

 この言葉は意外でした。私はてっきり神様がお膳立てしたものと踏んでいたのですが。

 

「はて、私がアイドルになったのは、貴女が仕組んだ事じゃないんですか?」

「いいや違うよ。僕がやったのはせいぜい、君の頭を少しいじって、ささいな能力をくっつけて、超適当に選んだこの世界(アイドルマスター)に放りこんだだけだ。後はあの子達をちょっと強化したくらいで、それ以外は野となれ山となれで成り行きのままさ。僕は、君達人間の自主性を何よりも尊重しているからね」

 

「頭を、いじったとは?」

 この神様、とてつもなく恐ろしい事をさらっと言いました。

「元の君はあの武内P(プロデューサー)みたいにクソ真面目で、正直あんまり面白いキャラじゃなかったからね。思考ベースを女性的にすると同時に、ユーモアを足してドジっ娘属性を付与してみたんだ。ちなみに戻せって言われても戻さないよ」

「なんて事を……。どうして私をそんなに困らせるんですか!」

「まあまあ、そんなに怒らないで。それに君が持つ本質や歪みには一切手を加えていないから問題ないって」

 

 開いた口がふさがりませんが、戻さないと断言された以上諦めるしかないでしょう。まぁ今の私の性格はそれなりに気に入ってますから、別にいいですけど。

 どこかにチェーンソーでも落ちてませんかね。アレさえあれば神様でもバラバラにできそうな気がするんですが。

 そんなことを考えていると、彼女はベラベラとしゃべり続けました。

 

「ともかく、計画通りではなく成り行き任せだからこそ、こんなに面白いライブが見れるんだよ。君も、君の仲間も、単独の力ではこの舞台に立てなかったし、そもそも立とうとすら思わなかっただろう。

 人間は互いに影響し合い、高め合い、単独の力では成し遂げられないことをやり遂げてしまう。これは、僕みたいな存在には到底真似できない最強の能力だよ。やっぱり人間には無限の可能性が詰まっているね!」

 そういって神様は逆立ちしながらケタケタと笑いました。こんな感じでも結構深いことを考えていたようですが、私にとっては超どうでもいいです。

 

 なんだか和やかムードになってきましたが、これはまたとない好機です。このままの軽~いノリで私の14年間の悩みをサクッと解決してもらいましょう。

「そういえば、折り入ってご相談があるんです♥」と言って両指を組み、得意の営業スマイルで切り出しました。

 

「わかってるよ。性別と能力のことだよね。僕はその可愛い姿の君の方が断然好きだから、男には何があっても、絶対に、100%誓って、死んでも戻さないけど、能力の方は考えてあげるよ」

「本当ですか!?」

 前のめりで神様に詰め寄りました。正直なところどちらも望み薄だと思っていたので、能力だけでも消してもらえれば助かります。

 

「消したり、オンオフを付けたりはしないけど、別のヤツとの交換には応じてあげなくもないよ。そうだね、じゃあ孫悟空と同じ能力はどうだい?」

「今とあまり変わりませんし、はちゃめちゃが押し寄せてきそうなので勘弁して下さい。異星人や人造人間等と戦うアイドルなんて、巨大ロボットに乗って戦うアイドルくらい需要がありません。後ライブ中に急に金髪になったらアイドル史上最大の事件になります」

「僕的には斬新なライブパフォーマンスだと思うけどなぁ。なら黄金聖闘士(ゴールドセイント)は? 君の星座に合わせてあげるよ」

「……私の星座は蟹座なんですよ。デスマスク(蟹座の黄金聖闘士)さんは星座カースト制度上、ダントツの最弱なので却下です。やられ声が『あじゃぱー』とか何なんですか、あれ。まだトキの方がマシです」

「じゃあ、コブラ」

「ヒューッ! 漢としては憧れますが左手のサイコガンは本当に許して下さい。お願いします! 何でもはしません」

 

「なんだいなんだい、最近の若者は贅沢だねぇ」

 そう言って神様は膨れっ面をしました。ちょっと可愛いです。

「はいはい、お婆ちゃん。いい加減80年代の少年ジャンプからは離れましょうよ。あの時代は色々とバイオレンス過ぎますので、まんがタイムきららなんていかがでしょうか。それに私は累計年齢50歳のオジサンなんですけど」

「嫌だよ。だって僕は今日の君達のライブのような、友情・努力・勝利のベッタベタな王道を往く80年代少年ジャンプが大好きだからね。それにこんな可愛い姿で言っても全然説得力ないよ~」と言いながらスカートをめくってきたので慌てて止めます。

 他愛もないことを言いながら、一人と一柱は共に笑い合いました。まさか、こんな風に神様に軽口を叩ける日が来るとは思いませんでしたね。

 

「しかし、ライブ中の君は何とも楽しそうだったなぁ」

 神様目線からもそう見えましたか。その言葉に対し素直に「ええ」と応えます。

「アイドルが君の天職?」

「非常に残念無念ですが、どうやらそうみたいです」と言って軽く笑いました。

 彼の孔子は晩年に『五十にして天命を知る』という名言を残しましたが、その天命がアイドルだなんて大爆笑必至ですよ。自分のことながら草を禁じ得ません。

 

 しかし、前世ではやりがいのある理想の仕事を探して数十社転職してかすりもしなかったのに、現世では一社目で引き当てるなんて皮肉なものです。

 単発一回目で一点狙いのSSRゲットとか某重課金音ゲーも真っ青な幸運っぷりです。アイドルなんて職業、前世では百万回引いても当たるはずがなかったんですけど。

 

「そうかい。……それは、本当によかった」

 意地の悪い神様は、珍しく優しげな口調でこう言いました。こちらの調子が狂うので、そういうセンチメンタルなのは止めてほしいです。お涙頂戴の三文芝居は別の世界線でやりましょう。

 その後暫し雑談しましたが、神様は唐突に「そろそろ失礼するよ。あまり長居しても悪いしね」と言いました。別にぶぶ漬けを出す(帰れと言う)つもりはないんですけど。

「あらあらもうお帰りですか。ではその前にぱぱっと能力を消し……」と言った私の口を、神様は人差し指で遮りました。

 

「それはダメ。あの力は前世で散々苦労した君への特別な贈り物なんだからね。あっそうだ、君がトップアイドルになったら考えてあげないこともないかな」

「えぇ……」

 この神様ま~たとんでもないことを言い始めました。私みたいなドブ川がトップアイドルとか、それこそむーりぃーに決まってるじゃないですか。核ミサイルが落ちて世紀末が来ない限りありえません。

 私の困り顔を見て、神様はいつものように「うけけけけ」と笑いました。

 

「それじゃあね。記念すべき君のファン第一号として陰ながら応援しているよ。

 ああ、それと君は気付かなかったかもしれないけど、僕は心から笑っている君の笑顔が、困り顔と同じくらい大好きなんだ!」

 

 

 

 次の瞬間には、まるで最初からそこに何もなかったかの様に消えていました。

 こんな口説き文句を残して行くなんて、ああ見えて意外とシャイなんでしょうか。急に現れたり消えたり本当に天邪鬼な神様です。

 性別を変えたりとんでもない能力を押し付けたりするなんて、何てドSな女でしょうか(怒)。

 

 でも、荒みきった前世の私の心は、そんな神様の気まぐれのおかげで本当に救われたのです。

「……最高の家族と、仲間と、お仕事を得る機会を与えて頂き、本当にありがとうございました。意地悪だけど優しい優しい神様さん」

 そう呟いて、私は暫くの間、誰もいない空間に向かって深々とお辞儀をしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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