ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

13 / 101
本話の関連話は4話と10話になります。哀れな被害者が語る箸休め的な軽い小話です。
第1章のネタバレを強く含みますので、先にそちらをご覧頂くことを強くお勧め致します。



裏語② 被害者Aの熱い自分語り

 全国制覇。

 今から考えると本当に馬鹿げていたが、それが当時の俺の夢だった。

 

 俺の居場所なんてどこにもなかった。適当に入った工業高校は入学早々先公がムカついたんで、にやけた顔面をぶん殴ってやったらすぐに退学させられた。

 ボクシングジムも小煩(こうるさ)い先輩をちょっと小突いてやったら出入り禁止だ。俺からするとどいつもこいつも貧弱すぎた。

 家にはくたびれたオヤジに、辛気臭い顔のオフクロ。どっちも腐ってやがると思ったもんだ。

 本当に全てがクソつまんねぇ。だから、自分で居場所を作った。

 

巣駆来蛇(スカルライダー)

 それが、俺が作った新しい家──暴走族だった。最初は俺だけのチームだったが、俺の様にどこにも行き場のない不良達が集まっていった。俺は初代総長として、そいつらの(ヘッド)を張った。

 気に入らない奴の顔面に自慢の拳を叩き込んで言うことを聞かせていったら、更に規模がでかくなっていった。ひょっとしたら俺達で天下を取れるんじゃねえか、そう誤解するくらいにな。

 だが、あの日全てが終わった。あの『ピンクの覇王』が、俺の家・プライド・面子の全てを一瞬で破壊し尽したんだ。

 

 

 

巣駆来蛇(スカルライダー)を今週中に解散しなさい。あと、今後一切の暴走行為を止めなさい」

 定例集会前に変な女が突然乱入してきて慇懃無礼(いんぎんぶれい)にそう言った。珍しいピンク色の髪で結構背が高く、物静かな感じのスゲェ美人だった。

 制服なので多分高校生だろうか。どこかの令嬢の様な清楚な感じで、俺が普段接しているようなギャル女共とはだいぶ毛色が違っていた。

 

 こいつは自分が何を言っているのか理解しているのだろうかと思った。俺達みたいな奴らに関わったらロクなことにならないと、わからない歳でもないだろうに。

 当然拒否したが、その後に言った言葉の方がもっと訳がわからなかった。

 

「ではこうしましょう。貴方、私と一対一で決闘して下さい。貴方達はそういう男っぽいのが好きでしょう? それで私が勝ったら、さっきの二つの命令を飲んで下さい。仮に私が負けたら、私に何でもして頂いて結構ですよ」

 女子高生から決闘を申し込まれたのは、もちろん生まれて初めてだった。

 しかも負けたら自分を好きにして良いとか抜かしてやがるので、その時は完全に()められているんだなと考えたさ。

 

 勝ったからって別にどうこうするつもりはなかったが、俺も巣駆来蛇(スカルライダー)の看板を背負っている以上ガキ──しかも女子高生なんかに喧嘩を売られたとなったら、イモ引く(逃げる)訳には行かなかった。

「面白れぇな姉ちゃん。別にあんたには興味はねぇが、女にコケにされたら漢として下がれねぇ。わかった、やってやんよ!」

 そう言って決闘に応じた。寸止めしてやりゃ泣いて逃げ出すだろうと軽く考えていたんだ。

 今から考えれば『なんて無謀なことをしたのか』とぞっとする。無知は罪とは正にこのことだ。あの時の俺をぶん殴ってでも止めたい。

 

 

 

 そして決闘と言う名のヤンキー解体ショーが幕を開けた。

 俺は開始早々この拳をアイツの顔面目掛けて放った。俺の左ジャブはボクシングジム内でも一目置かれていたし、路上の喧嘩において絶対的な武器だった。仲間からは『猛虎の牙』なんて呼ばれていて、俺も相当な自信を持っていたんだ。

 当たる直前のタイミングで止めてやればいいかなと考えていると、左腕が急に動かなくなった。

 

 気付くと、俺の左拳は至極(しごく)あっさり(つか)まれていた。

 

 訳がわからなかった。プロボクサーや当時対立していた別の暴走族の女特攻隊長ならまだしも、こんな枝の様に細い女がヘビー級の俺の拳を軽々と受け止められるはずがないんだ。

 『理解不能』というアラームが頭の中で鳴り響いている最中、ピンクの覇王が冷酷無比な笑みを浮かべた。地獄の底でなければ見られない様な凄惨(せいさん)を極めたあの笑顔は、今でも夢に出てくる。

 

──その後のことは、殆ど覚えていない。人間には嫌な記憶やトラウマを自動的に封印する機能があると以前テレビでやっていたが、この時の記憶が多分そうなんだろう。

 かろうじて、バスケットボールみたいに上下に何度もドリブルされた様な記憶が残っている。

 俺の体が何であんな風に弾むのか理解できないがな。

 

 何にしても強さの次元が違った。俺があと数十年ただひたすらに鍛えようがピンクの覇王の足の爪の先にすら届かない、そう思うくらいに圧倒的な差があった。

 アイツは人間と同じ姿形はしているが全く別の生物だ。俺が戦闘力5の農夫ならピンクの覇王はラディッツ、いやブロリーだろう。

 この時点で、俺のプライドは二度と修復することが出来ないくらいバキバキにへし折られた。

 猛虎の牙なんて根元から全て引っこ抜かれちまったんだ。今やマンチカンにも劣るくらいさ。

 

 目が覚めると擦り傷だらけで、しかもパンツ一丁になっていた。

 慌てて服を着るとチームの皆が全員ブッ倒れていたので急いで介抱した。気を失っていただけで誰も怪我はしていなかったので、安心したことを憶えている。

 

「おい! 大丈夫か、何があった!」

「ビ、ビーム……」

 仲間達が真っ青な顔をしてそんなうわごとを呟いていた。落ち着かせて詳細を訊いたところ、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』との話だった。皆その光に焼き払われたらしい。

 

 もう、何がなんだか、無茶苦茶だ。

 馬鹿馬鹿しいから説明するまでもないが、小学生でも知っているとおり人間は空中浮遊しないし手からビームを出すこともできない。例え天地がひっくり返ってもだ。

 恐らく恐怖で錯乱(さくらん)して、何かしらの集団幻覚を見たのだろうと思った。全員精も根も尽き果てており、もう暴走する気力なんてなかったので、その日はなし崩しで解散したような記憶がある。

 

 家に帰り、全身にできた擦り傷の痛みに耐えながらふとスマホを開くと、見知らぬアドレスからメールが届いているのに気付いた。

 先ほどピンクの覇王にやられた時と同じ位の時間に来ており、猛烈に嫌な予感がしたので急いで開くと、口にするのも(はばか)られる光景が飛び込み絶句した。

 

 女子高生とは、他人に対して、ここまで無慈悲になれるのだろうか。

 

──その30分後、 俺はLINE上に設けた巣駆来蛇(スカルライダー)のグループでチーム解散と暴走行為の禁止を宣言した。正に断腸の思いだったさ。

 この時、巣駆来蛇(俺の家)と面子も木っ端微塵(こっぱみじん)に粉砕されたんだ。

 その後、ピンクの覇王とメールのやり取りをした。

 

 

 

『あんたの言うとおり、今解散した。バイクも売るつもりだ。だから写真消せ』

『そうですか。これからは真面目に地道に生きて下さいね。それでは』

 

『ちょっと待てよ』

『なんです? あの写真は今消しましたよ。もう貴方に用はありませんが』

 

『あんたのせいで、巣駆来蛇(スカルライダー)もプライドも面子も全て潰れた。何もかも失っちまった。

 こんなになっちまって、俺は何の為に生まれてきたんだ。これからどうすればいい?』

『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

 

『馬鹿にしてんじゃねぇ!』

『申し訳ございません、大変失礼致しました。

 不意のご質問のため、辺り一面、緑萌える草木豊かな大草原になってしまいました。あと少しで小さな家まで建設されそうな勢いでしたよ。噴き出したお茶を返して下さい、後掃除して下さい。

 さてお客様、弊社にお問い合わせを頂きましたご質問の件ですが、そんなこと私は知りません。私は貴方のお母様ではないのですから。

 世間様は他人にはとても冷たいのです。極獄(きょくごく)のブリザードであり貴方の質問には何一つ答えてくれないのです。

 ただ、笑わせて頂いたお礼として一つアドバイスしますが、まず独力で生きることです。平日の夕方に集会をしていたくらいですからお優しいご両親に養って頂いているんでしょう。その時点でまだお子様です。こういう哲学的で高尚な質問は子供には百年早いのです。

 まずは、自分で稼いだお金でちゃんとゴハンを食べられるようになった後に、これからを考えましょう』

 

『別に親の(すね)なんて(かじ)ってねえし』

『図星ですか。おやおや、その立派な体躯でまだお母様の乳房に吸い付いているとは情けないですね。メタルギアソリッドに出てきた、有効視野範囲がガバガバなゲノム兵並みの情けなさです。

 私が貴方くらいの歳の時には、ヘドロの様なブラック企業で血と汗と涙と鼻水と(よだれ)まみれになりながら不眠不休で働いてましたよ』

 

『あぁ? 舐めてんのか! わかった、やってやんよ。自立なんて朝飯前だ』

『見た目の通り結構気概があるじゃないですか。いいですよ、その意気です。はみ出し者仲間及び人生の大先輩として生暖かく応援していますから、精々頑張って下さいw』

 

 

 

 ピンクの覇王に煽られ、俺は働いて一人暮らしをすることに決めたが、そこからが大変だった。

 一人で暮らすためにバイクを売った金でアパートを借りようとしたが、どの不動産屋も保証人が居ないことを知ると怪訝(けげん)な顔をしたし、俺の職業(無職)と学歴(高校中退)を聞いたとたん門前払いだった。今考えりゃ当たり前だがな。

 アイツに見得を切った手前親は頼りたくないので、仕方ないから住み込み可な建設会社に入ったが、ありゃ住み込みと言うよりタコ部屋だ。

 体力には自信があったが、苛酷な労働環境で毎日全身がバラバラになりそうだった。

 一人で生きることの大変さがその時になってようやくわかったんだ。

 

 悔しいがピンクの覇王の言う通りだった。結局そこを一週間で脱走し、両親に頼んでアパートの保証人になって貰い別の建設会社に就職した。

 今の会社の社長は金髪オールバックでやたら偉そうだが、結構いい人なので上手くやっていけている。いつもタンクトップで将来は師匠の為に巨大な墓を建てたいという謎の夢を語っているが。

 ともかく、巣駆来蛇(スカルライダー)をやってた時は全国制覇だの何だの言っていたが、結局俺は一人で生活することすらできないクソガキだったんだ。

 

 ピンクの覇王のサイヤ人並みの強襲は正に悪夢としか言いようがなかったが、おかげで全国制覇なんていう馬鹿げた夢から早く目を覚ますことができ、人生を浪費せずに済んだ。

 オヤジとオフクロも俺の更正と社会復帰を大層喜んでおり、アイツのことを『救世主』だなんて(あが)(たてまつ)っているが、死神の間違いだろう。

 まぁこれはこれで良かったのかなと無理やり思い込もうとしていた頃、かつての巣駆来蛇(スカルライダー)の仲間から電話があった。

 

「大変です! あのピンクの覇王が芸能事務所に……!」

「お、おい、ちょっと落ち着けよ」

 詳しく話を聞いてみると、()()()()()()()()()()()()()()()()()とのことだった。思わず部屋のカレンダーを見たが、当然4月1日ではない。

「はは、お前何言ってんだ。あの化物がアイドルとか、ぜってぇありえねぇだろ……」

「いや、本当なんです! ネットで検索してみて下さい!」

 最初は悪い冗談だろうと笑い飛ばしてたが、346プロダクションという芸能事務所のホームページに掲載されているとの話だったので一応覗いてみると、あの悪鬼羅刹(あっきらせつ)が確かにそこにいた。

 

 『七星朱鷺 14歳の中学二年生で~す♥ コメットのリーダーで、皆のお姉さん的な存在なんです! 皆さん、よろしくお願いしますね♪』

 

「…………は?」

 

 『理解不能』というアラームが再び頭の中で鳴り始めた。全世界探しても、お前の様なドブ川系アイドルが居るか!!

 しかも14歳!? 人生の大先輩とか言っといて俺より三歳も下じゃねぇか!? とも思ったさ。

 あれだけの力と残虐性と凶暴性を持ちながら、なぜアイドルなのかが全く理解できない。アイドルよりも悪魔超人の方がまだイメージに近いくらいだ。お前が目指すべきものは格闘技世界チャンピオンだろうが。

 いや、アイツほどの力があったら何でも可能だ。俺が目指した全国制覇でさえも。それをこんなことに使うとは、後悔しないのか……。

 

 

 

 ホームページには週末に某大型商業施設でデビューミニライブをやると書いてあったので、一応様子を見に行ってみた。

 ミニライブが始まると、確かにピンクの覇王がそこにいた。他の可愛い女達に混ざって、新人のアイドルに上手く擬態しながら初々しく振舞っているが絶対に騙されてはいけない。アイツの本性は黒い汚水で満たされたドブ川なのだから。

 

 そしてライブが始まった。

 俺はアイドルのライブなんて生まれてこの方見たことがなかったので、あのライブが他のアイドルのライブと比べて良いのか悪いのかは判断できない。

 ただライブ中、あのピンクの覇王はなんか楽しそうに見えた。

 巣駆来蛇(スカルライダー)の集会に乗り込んで来た時の鬼気迫る感じとは全く違い、心の底からライブを楽しんでいる様子で、そんな姿に思わず引き込まれてしまった。本性はドブ川の癖に。

 ぎこちないところもあったが、楽しげな姿から比べたらそんな些細(ささい)なことは吹っ飛んだ。スゲェ熱いライブだと心から思ってしまった。

 その後他の観客と一緒にアンコールまでやってしまったが、今から考えると何とも恥ずかしい。

 

 ミニライブの後はCDの購入者を対象にしたサイン会だった。声をかけるべきか散々迷ったが、ここまで来た以上逃げるのも男らしくないので、CDを購入し意を決してピンクの覇王のところに向かった。

 アイツの目の前に立ち、「あの……。俺のこと、覚えてないスか」と声をかけると、きょとんとした様子だった。以前は金髪でピアスをしていたので、わからないのも無理はないだろう。

巣駆来蛇(スカルライダー)の、元総長です」と言うと、「あっ……」と短く返事があった。一応覚えられてはいたようだ。

 

 何でアイドルをやっているのか、写真は本当に消したのか、メールでのアドバイスへの感謝等、色々言いたいことはあったが、いざ面と向かうと上手く言葉が出てこない。

 そのうちなぜかとても嫌な予感がしたので、頑張って何とか声を絞り出した。

「俺、アイドルとか全然わかんねぇんですけど。今日のライブはなんか、いいと思いました」

 そんなことを言うとなんだか急に恥ずかしくなったので、その場から猛ダッシュで逃げ出した。

 

 

 

 その後ピンクの覇王を少しずつメディアで見るようになったので、出演情報は一応全てチェックしている。アイツだって絶対に適正がないであろうアイドルを頑張ってやっているのだから、俺も頑張って働いて人生の目的を見つけなければならない。

 

 それと、あのドブ川を応援する奇特な奴は中々いないだろうから、一応ファンになってやろうと思った。

 なんというか、アイツは俺と似たものを感じる。見かけこそ深窓の令嬢(笑)だが、この社会に上手く馴染めずにはみ出していた底辺が持つ、特有の雰囲気を持っているんだ。

 そんな奴がリア充や生まれついての勝ち組だらけの芸能界で、アイドルとして成功したら傑作だと思う。そんなジャイアントキリングを是非見てみたい。

 

 かつての巣駆来蛇(スカルライダー)の仲間にも声をかけているが、あの幻覚の際に感じた幸福感が忘れられない奴が多いようで、俺が言わなくても自ら進んでファンになっている。皆、目が怖いので心配だが。

 ピンクの覇王こと七星朱鷺がこのままアイドルに擬態するのか、それともその本性を見せるのかはこれからわかるだろう。まぁどっちに転んでも応援してやるさ。 本当のファンなら売れる前や落ち目の時にこそ応援しなくちゃいかんしな。

 

 今日の郵便で届いたプラスチック製のカードを眺めながら、そんな昔のことをふと思い出した。そのカードにはこんな文字が刻印されている。

 

 『コメット オフィシャル・ファンクラブ会員証 No.00334 虎谷(とらたに) (たけし)

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。