ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「~~~~~♪」
サプライズパーティーの翌日、いつもの通り学校から346プロダクションに直行します。
昨日はとても楽しくて今日も何だか気分がいいので、懐かしい『バスト占いのうた』をついつい口ずさみながら更衣室へ向かいました。
同性に対する恋愛感情はありませんが、前世の影響からかアレには結構関心があります。
女性のことを胸のお山の大きさで判断してしまうのは良くないです。大きいお山、小さいお山、みんな違ってみんないいんです。
ただ、小さいお山をステータスやら希少価値だと自分から誇る子はあまり好きではありません。小さいお山は本人がそれをコンプレックスに感じているからこそ、価値があるのです。あの青髪はそれがわかっていません。
ちなみに私のお山はEカップに近いDカップです。最近急激に成長していますが、自分の胸部にくっついていると違和感しかないので困ります。使い道もありませんし。
あまり大きいと動き難くなるので、できれば72cm程度に減らして欲しいです。まな板みたいでとても動きやすそう。
「ふあっ……!」
更衣室から何やら短い悲鳴が聞こえました。慌てて突入しようとしたところ、お団子髪の美少女と入れ違いになります。
そのまま更衣室に入ると、ほたるちゃんが胸を隠してうずくまっていました。
「どうしました!? 大丈夫ですか!」
慌てて声を掛けます。どこか具合でも悪いのでしょうか。そうだとしたら一大事です!
「い、いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで……」
ほたるちゃんは苦笑いをしながら立ち上がりました。どうやら体調が悪い訳ではなさそうなのでほっとします。
「何があったんですか?」と優しく問いかけましたが、なんとなく察しはついていました。
「棟方さんに急に触られて……。すこしびっくりしちゃって……」
予想通り、彼女が原因ですか。すれ違ったときに満面の笑顔でしたからね。
部署は違いますがコメットの皆と同年代の14歳で、妹っぽい感じがする正統派美少女です。『黙って座ってさえいれば』と言う限定条件がつきますけど。
棟方さんは可愛らしさとは裏腹に、かな~りぶっ飛んだ性癖を持っています。具体的にいうと、女の子のやわらかい部分が超大好きなんです。特に女性特有の二つのお山には目がありません。
アイドルになった動機も『女の子といっぱいお友達になれる!』という下心以外の何物でもないものでして、筋金入りと言っていいでしょう。
そして隙さえあれば女の子と濃密なスキンシップを図ろうとしてきます。
幸いな事に普段は元看護士でアイドルの
そのため今まで蓄積してきたフラストレーションが一気に大爆発し、棟方さんの担当P(プロデューサー)ですら制御不能な状態となっています。
所構わず誰彼関わらず、もう触りまくりの揉みまくりです。可愛らしさとコミュニケーション能力の高さで許されていますが、普通の人が棟方さんと同じことをやったら速攻でお縄でしょう。
「ボクもこの間触られたよ。髪の毛を触られるよりはマシだけど、気分が良いとは言い難いな」
「もりくぼも、もまれまくりました……。ぺったんなんですけど、楽しいんでしょうか……?」
レッスン後ティータイムでも棟方さんの事が話題に上がりました。どうやら三人共被害にあったようです。おのれ何とも羨まし……、もといけしからんです。
「朱鷺さんも気をつけて下さいね。さっき触られた時、棟方さんは『コメットもあとは朱鷺ちゃんでコンプだ~!』と張り切っていましたので……」
「そうですね、気をつけます」
棟方さんには346プロダクションに所属したての時に色々とアドバイスを頂いたので、あまり事を荒立てるつもりはなかったのですが、淫獣と化した先輩を何とか止めなければいけません。
それも、棟方さんが千川さんに喧嘩を売って強烈なトラウマを植え付けられる前にです。
私が柳さんに代わり登山の厳しさを教えてあげましょう。私の能力は凶悪なので普段は日本銀行の金庫くらい厳重に封印していますが、今回ばかりは仕方ないです。
翌日、346プロダクションの中の更衣室で着替えていると、棟方さんの気配を察知しました。右から四番目のロッカー内から彼女の気を感じますので、そこに潜んでいるのでしょう。
本人的には上手く隠れているつもりでしょうが『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』の前では全くの無意味です。
棟方さんを誘い出すために、わざと彼女に背を向けました。
「いっただきまーす♪」
棟方さんは気配を一気に解放し──扉を勢いよく開け私の後ろ姿に躊躇なく躍り掛かりました。
恐らく勝利を確信していたでしょう。
しかし、その両手は虚しく空を切りました。
一体何が起きたのか、把握できなかったと思います。
周囲の子達も、理解できなかったでしょうね。
──私は棟方さんの背後に
「へ?」と
「半人前の技では私は倒せませんよ……」と優しく、かつ、ドスの利いた声で語りかけました。
女に目のくらんだ女の背後をとること等、たやすいことです。
「えええぇぇー!?」
ひどく動揺しているのが背後からでもわかります。
柳さんや体育会系のアイドルの皆さんならいざ知らず、私のような明らかに文化系な女に避けられるとは思っても見なかったのでしょう。
「あ、甘く見てただけだからっ!」
私の手を振り払い、捨て台詞を残して走り去って行きました。まだ諦めた訳ではなさそうです。
レッスン後はプロジェクトルームで
棟方さんが部屋の外でこちらの様子を伺っています。少し距離があるためそこからだと私に触れることはできないのですが、何を企んでいるのでしょうか。ちょっと楽しみですね。
ステンバーイ……ステンバーイ……と待機している中、風切り音と共に何かが疾風の如く飛んできました。
ただ、私には『放たれた矢も止まって見える』程度の動体視力があります。
雑誌を読みながらその物体を二本の指で軽く受け止め、飛んできた方向に超スピードで投げ返しました。
──これぞ北斗神拳奥義 『
「はぁーん!」という可愛い悲鳴がプロジェクトルームの外から聞こえました。
声のした方向にテクテクと歩いていくと棟方さんがうつぶせで倒れています。その手には小型の吹き矢らしきものが握られていました。
確認したところ彼女のお尻に吹き矢の矢が刺さっていました。恐らく、逃げ出そうと背を向けた瞬間に
棟方さんは気持ちよさそうな顔で眠りに落ちていました。ごく小さな矢なので血は出ておりませんが、流石にこんなものが刺さった状態ですやすや眠る人はいないので、強力な睡眠薬でも塗ってあったのでしょう。
恐らく、柳さんの部屋から無断で睡眠薬を拝借したんだと思います。吹き矢は忍者系アイドルの浜口あやめさんが所有していたので、彼女から借りたのかもしれません。
私を昏睡させてからゆっくりとお山を堪能するつもりだったのでしょうが、『策士策に溺れる』とはこのことですね。
まぁ普通、吹き矢の矢が瞬時に反射されるとは思わないでしょうけど。
このまま放置していると風邪を引きかねないので、お姫様抱っこで寮へ連れて行きます。所持品の中から鍵を探し出して彼女の部屋の扉を開け、ベッドに寝かしつけました。
棟方さんは黙っていれば美少女ですから、これに
部屋内の様子を語るとR-18に成りかねないので、コメントは差し控えさせて頂きます。
その翌日も、通常通りダンスレッスンをこなしました。トレーニングウェアから制服に着替えるため、廊下を抜けて女子更衣室に向かいます。
「朱鷺おねーさん。おはようごぜーます!」
笑顔の仁奈ちゃんがトコトコとこちらに近づいてきましたので、「おはようございます。仁奈ちゃん」と優しく返します。
そうすると、仁奈ちゃんが急に抱き付いてきました。
この可愛い生命体は一体何なんでしょうかね。『まったく、小学生は最高だぜ!!』という名言が頭の中でリフレインしています。僅かに残った理性を必死に保ちつつ、仁奈ちゃんに事情を訊いてみました。
「あらあら、急に抱き付いてどうしたんですか、仁奈ちゃん?」
「こうすると、朱鷺おねーさんがとっても喜ぶと教えられたんでごぜーます」
誰だか知りませんがナイスでーす。
「そうなんですか。一体誰がそんな素敵な事を?」
「愛海おねーさんです!」
「えっそれは……」
その瞬間、全てを悟りました。
次の瞬間、棟方さんが「油断したね!」と叫びつつ獣のような俊敏さで跳びかかってきました。ほのぼのしすぎて彼女の接近を察知できていませんでしたよ。淫獣の眼光がギラギラと輝いていて怖いですねぇ。
避けることは容易ですが、仁奈ちゃんに下腹部を拘束されているので、下手に動けば怪我をさせてしまうかもしれません。
この状況下を切り抜ける技はアレしかないでしょう。
「……
そう呟くと、私は仁奈ちゃんの拘束をすり抜けて彼女を抱き抱えました。そのまま、棟方さんのルパンダイブを華麗に回避します。
「あが!!」
棟方さんはそのまま重力に魂を引かれて自由落下し、廊下の床に熱いキスをしました。
「な、なにが……」と、ぶつけた鼻を押さえながら驚愕しています。
「油断? なんの事でしょうか? これは『余裕』というものです」
『仏の顔を三度まで』という
ただ女性を殴打する趣味は持ち合わせてませんので、ここは某グルメな貿易商さんをリスペクトしてアレを使いましょうか。
「おしおきターイム!」と満面の笑顔で言い放った後、棟方さんにアームロックを仕掛けました。もちろん十二分に手加減していますので痛くはないはずです。
ちなみに先ほど使用した技が北斗神拳究極奥義──『
この世で最強の物は無。その無より転じて生を拾うことで、誰もその実体を捉えられなくなる。
また、意思を持たぬことで拳の姿を消し、防ぐ手立てのない無想の拳を放つ。
正に攻防一体の究極奥義です。
深い哀しみを背負った者のみが成しうると言われており、本来なら『北斗の拳』のケンシロウとラオウしか使えない技なのです。あと『蒼天の拳』の
私に与えられたのは『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』なので、当然
どうやら前世での辛い体験により、知らず知らずのうちに深い哀しみを背負っていたようです。
原作では
しかも偉そうに解説しましたが、自分でもこの技の原理がどうなっているかよくわかりません。現世では原作が存在しないので調べようがないのです。体感で十数年前に読んだきりなので、その知識はもうあやふやですし。
とりあえず半透明人間状態で無敵になれるということは理解しています。
スーパーマリオでスターを取った状態が近いかもしれません。こう表現すると究極奥義もありがたみが全然ありませんね。
「ギ、ギブギブ!」
棟方さんがそう叫んで私の膝をバンバンと叩きました。殆ど力を入れていませんので、ちょっとオーバーですよ。
「それ以上いけねーでごぜーます」
優しい仁奈ちゃんが慌てて止めに入ったので、素直に棟方さんを解放しました。
「はぁ、助かった。仁奈ちゃん、ありがと~」
そう言いながら、今度は仁奈ちゃんのお山に触れようとしたので止めました。
まったくこりない悪びれないその姿勢は、悪質な
「ちょっとお話がありますので、ご同行下さい」
「はい……」
棟方さんの首根っこをひっ掴み、プロジェクトルームに連行しました。
「正直、最近の棟方さんはやり過ぎです」
部屋内でお互いに正座して向かい合い、棟方さんに説教をしました。
「まぁ、自分でもちょっと問題かな~? とは思ってたよ。正直やりすぎたね!」
テヘッと笑ってペロッと舌を出しました。一応は自覚があったようでよかったです。
「でも、朱鷺ちゃんもきっとあたしの気持ち分かるでしょ? でしょ!?」
「私もお山は嫌いではありません。ですが、嫌がる相手のお山に無理やり登るのは言語道断です。本物の登山でも、登る際には登山届を出しておくでしょう? ですから、登る前にちゃんと本人に承諾を頂きましょう。ルールとマナーは大切です」
「うん、わかった!」と言って私のお山にタッチしようとしたので、デコピンで迎撃しました。
全力のデコピンだと頭部がもげるので、ごく軽くですけどね。
その後は登山前の挨拶について、二人で繰り返し練習しました。
「それでは先ほどの言葉をもう一度です」
「貴女のお山に登らせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「よくできました。はい、どうぞ」
そう言って、私は自分の胸部を突き出しました。
「え、ホントにいいの?」
「別に減るものじゃないですからいいですよ」
流石に男性相手だと気持ち悪いのでご容赦頂きたいですけど、相手が可愛い女の子なら特に問題はありません。今後の棟方さんのためにも、挨拶の練習の報酬になってあげましょう。
「やったぁ! それじゃわきわきしちゃうよ~♪」と言いつつ、私のお山を両手で鷲づかみにしました。
『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』
ははは、なんだかくすぐったいですね。
『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』
……………………
『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』
ん? んん?
『ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに』
!!!!!!!!
「ス、ストップ! ストップ! もう終わりです!」
慌てて棟方さんの手を私のお山から引き剥がしました。もう少しで危うく何かに目覚めるところでした。これ以上やられるとまずいですよ!
「ケチぃ~! やわらかさが、すてき♪ だったのに……」
抗議の声は聞かなかったことにしましょう。
「でも最高の揉み心地だよ! 14歳でそれなら将来はF、いやGも夢じゃない!」
「……恐ろしい未来予想は止めて下さい」
その後は和やかにアイドルトークと洒落込みます。なぜか
場末の立ち飲み屋にいるオジサン達のような品のない会話を繰り広げました。お互いにJCで、なおかつアイドルなんですけどねぇ。
「でも、346プロダクションの人で、あたしのプロデューサーと清良さん以外にあたしの趣味を理解してくれた子は初めてだよ」
「まぁ、そうでしょう」
こんな特殊性癖を持つアイドルが至るところにいたら
「完璧な人なんてどこにもいません。誰だってどこかおかしいです。人の目を気にすることなく、好きなものを『好きだ』って胸を張って言える棟方さんは、素敵だと思いますよ」
私の場合、前世の記憶保持と『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』は口が裂けても口外できませんので、自分の気持ちに正直な棟方さんにはちょっと憧れますね。
誰とでもすぐ仲良くなれる点も羨ましいです。私は基本的に他人を信用しないタイプですから。
「……ありがとう、朱鷺ちゃん! いや師匠!」と言って棟方さんが急に抱き付いてきました。
「あの、師匠って何のことですか……?」
「だってお山について私以上に情熱があるじゃん! だから師匠って呼んでいいよね!」
「ダメです」
即お断りしました。
それに師匠という称号は、私よりも棟方さんの方が相応しいとなんとなく思います。
その後、棟方さんは帰国した柳さんにもしっかりとお灸を据えられました。暫くは彼女のP同伴で被害者の方々に謝罪して回る日々だったそうです。
ちょっと可哀想ではありましたが、自業自得ですから仕方ありません。謝罪が終わった後に慰めてあげましたが、本人は全くへこたれていませんでした。
またいつか何かをしでかしそうで怖いです。
「おはよ~! 先生!」
「……おはようございます、愛海ちゃん。出会い頭に引っ付くのは止めて頂けないでしょうか」
「いいじゃん。減るものじゃないし!」
私の懸命な説得により暴走状態は収まりましたが、あの日以降やたら彼女に絡まれるようになりました。師匠と言う不名誉な称号は頑張って返上したのですが、なぜか代わりに『先生』と呼ばれています。変わったお友達が一人増えてしまいました。
「やっぱりあの二人……」
「前から怪しいと……」
「どこまで進……」
周囲のひそひそ話が、鋭利な刃物のように胸に突き刺さります。
人の口に戸は立てられませんが、ただ一つ、声を大にして言いたい。
私、そっちの趣味はありませんよ!