ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第13話 チーム年齢詐称

「ただいま~」

 ファッション誌のモデルのお仕事を終えて帰宅すると、通販サイトである密林からの荷物が玄関に鎮座(ちんざ)していました。このサイズの段ボールは『例のアレ』に間違いないでしょう。

 ぃやっほう! と喜び勇んで小躍(こおど)りしながら、自分のお部屋まで持って帰ります。

 

 やや焦り気味に開封の儀を済ませるとお目当てのものが出てきました。

 『EMS-10 ヅダ』──機動戦士ガンダムIGLOO(イグルー)に出てきたモビルスーツのプラモデルです。しかもパーフェクトグレードで、お値段はなんと! 8,190円(税込)でした。高い!

 ざっと中身を拝見しましたがパーツ数が多く、その造形は精緻であり非の打ち所がありません。これはいいものです。あと10年は戦えそうです。

 

 先日、アイドルとしての初給料が出ました。両親からは「自分で稼いだお金なのだから、自由に使ってよし!」と言われたので、検討の末購入したのが家族用の豪華カニ鍋セットとヅダでした。

 初給料でこのようなものを買ったアイドルは有史以来私が初めてであり、最後でしょう。

 

 ジオン軍の欠陥機(敗者の中の敗者)と連邦兵に笑われ(ののし)られながらも、最期に見事な輝きを見せたあの機体は私の心を掴んで離しません。

 ヅダのパイロットであるデュバル少佐の声優さんはトキ(北斗の拳)と同じ方なので、親近感もあります。私も次回散る際には滑稽(こっけい)な過労死ではなく、ああいう有終の美を飾りたいですね。

 

 なにせ私も前世では負けに負け続けた負け犬人生を送ってきましたので、どうも負け組びいきになってしまうのです。人類の歴史は勝者によって作られてきましたので、敗者は常に悪者にされるか歴史から抹消されてしまいます。

 だからこそ、私くらいは負け組の肩を持ってあげたいのです。徳川家康より石田三成、薩長陣営より新選組や白虎隊の方が好みです。

 

 高評価のレビューを見て思わずポチりましたが、最近は仕事で忙しいのでこれを作るのは相当先になってしまうでしょう。こうしてまた積みプラモデルが一つ増えてしまいました。お部屋の一角にある積みプラモデル専用コーナーに飾っておきます。

 

 部屋は自らの心を写す鏡とよく言われますが、ならばゲーム機とガンプラとアイドルのBlu-ray(ブルーレイ)とB級映画のDVDで占領されたこの部屋の持ち主は、一体どんな精神構造なんでしょうかねぇ?『お前精神状態おかしいよ……』と言われても返す言葉が見つかりません。

 しかも至るところに目覚まし時計が仕掛けられているこの環境は、世間様と比べて尋常ではないでしょう。

 

 アイドルとしてお仕事をえり好みする気は毛頭ありませんが、お部屋訪問と寝起きドッキリだけは受けたくないですね。特に後者はリポーターの方を無意識のうちに抹消しかねません(笑)。

 この日はテンションが上がってしまって寝付けなかったので、軽く40kmくらいジョギングをしてから床に着きました。

 

 

 

 わたし、気になります。

 ヅダをゲットした次の日、346プロダクション内に設けられたカフェテリアで紅茶に口を付けながら、そんなことを思いました。

 視線の先には、甲斐甲斐(かいがい)しく働くウエイトレスさんがいます。

 

 安部菜々(あべなな)さん──通称ウサミン。声優アイドルを目指しウサミン星からやって来た永遠の17歳で、趣味はウサミン星との交信。この時点でどこから突っ込んだらいいのか分からないくらい設定が盛りだくさんです。

 そのインパクトは、個性豊かな346プロダクションのアイドルの中でも上位に入るでしょう。ちなみにウサミン星は東京から電車で一時間で名産品は落花生だそうです。某おもしろ半島で確定ですね。

 

 小柄ですがとてもスタイルが良く、笑顔が素敵な女性です。私としてはアイドル業に対する真摯(しんし)な姿勢とプロ意識の高さがとても魅力的に映ります。私が目標とするアイドルの一人です。

 鳥華族での一件以来仲良くさせて頂いており、お互い下の名前で呼び合える仲になりました。

 正直もっと人気が出るべきですが世間様は何とも見る目がありません。何かきっかけさえあれば大ブレイク必至だと思いますので、早くその日が来ることを切に祈ります。

 

 そして私個人としては、彼女に関して一つ気になる点がありました。

 菜々さんは普通のアイドルと匂いが違うんですよね。辛酸を飲み干したというか、苦虫を喰らい尽くしたっていうか……。

 もっとはっきり言うと、苦労と失敗を重ねてきた人特有の匂いがするんです。私の中の負け組力測定スカウターの数字が跳ね上がっていきます。

 まるで全身の傷口に塩水を塗られた『因幡(いなば)白兎(しろうさぎ)』のような印象を受けるのでした。

 

 

 

 その内バックヤードに入って行き、暫くして私服で出てきました。本日の勤務が終わったようで、「よっこいしょ……」と言って椅子に座り休憩をされています。

 カフェテリアの隅で一息吐いている彼女に近づき、挨拶をしました。

「おはようございます。菜々さん」

「あ、朱鷺ちゃん。おはようございます!」

 

 仕事後にも関わらず、嫌な顔をせず挨拶を返してくれました。

「今日はもうお仕事は終わりですか? もしそうならお邪魔してもよろしいでしょうか」

「はい! 全然いいですよ」

 笑顔で受け入れて頂いたので菜々さんの対面に座ります。

 

「明後日のイベントの件、よろしくお願いします。あのようなイベントは慣れていないので、もし不出来な点がありましたら遠慮なく指摘して下さい」

 そう言って一礼します。

「こちらこそよろしくお願いします! ナナも人に指摘できるほどしっかりできている訳じゃないので、何かあったら教えて下さい!」

「ふふっ……。ありがとうございます」 

 二人で笑い合いました。恐らく私が緊張しないように、わざとこういうことを言ってくれているのでしょう。その気遣いが何だか嬉しいです。

 

 明後日は新規開店する某アミューズメント施設(要はゲーセンです)のオープニングイベントがあり、私と菜々さんの二人で司会進行のお仕事を頂きました。

 お店の特徴や魅力をお客様にわかりやすくお伝えしたり、当日ゲストとして来店される大人気の声優さんをご紹介したりするのが役割です。

 トークが中心で歌や踊りがないのは残念ですが、貴重な経験ですので是非やりたいお仕事です。そのうちマジックアワーの司会とかもやってみたいですからね。

 

 今回のお仕事では当初、声優アイドルを目指す菜々さんとゲーマーアイドルの三好紗南(みよしさな)ちゃんが指名されていました。

 ですが紗南ちゃんは既に別の仕事が入っていたため、同じ犬神Pの担当アイドルでレトロゲームのRTA(リアル・タイム・アタック)を趣味とする私が代役を務めることになったのです。

 趣味の件では現在進行形で大恥をかいていますから、こんな役得でもないとやってられません。

 

「でもライブがないのは残念です。菜々さんと一緒にやってみたかったんですけど」

「そう言って貰えるとナナはとっても嬉しいです! 今度機会があったらその時はよろしくお願いしますね!」

 そんなやり取りをしていると、いいアイディアが浮かびました。

「あ、そうだ。菜々さんはこれから用事はありますか?」

「特にないですけど、何でです?」ときょとんとした表情をしました。

 

「ライブが出来ない代わりに、これから二人でカラオケに行きませんか?」

「カ、カラオケですか……。菜々はリアルJKなので、JCの朱鷺ちゃんとはちょっと選曲が合わない気が……」

 顔を引き()らせて動揺しています。永遠の17歳のリアル世代にはちょっと興味があったので、選曲で探りを入れようとしたのですが、かなり警戒している感じでした。

 

「全然構わないですよ。私もカラオケは家族やコメットの皆とでしか行ったことがないので、普通のリアルJCとは選曲が違いますから問題ないです」

 菜々さんは「で、でも……」と呟き、困惑した表情を浮かべました。もう一押ししましょうか。

 

「そうですか……。やっぱり、私みたいな奴とカラオケなんて行きたくないですよね……」

 頑張って涙目にして、ため息をつきながら黄昏(たそが)れました。まるで薄幸の美少女のようです。実際には醗酵の微少女ですけど。

「いや、そんな事ありませんよ! 全然OKです!」

「良かったです♪ では、早速行きましょう」

 気が変わらないうちに346プロダクションの近くのカラオケボックスに強制連行しました。菜々さんって本当にいい人です。

 

 

 

「~~~♪~~~♪」

 菜々さんの熱唱に合わせてリズムよくタンバリンを鳴らします。歌がとても上手なので羨ましいですね。ボーカルレッスンに真剣に取り組んでいることが良くわかります。

 曲が終わった後は激しくタンバリンを揺らしました。菜々さんは成し遂げた感じです。

「ナナの歌はどうでしたか……?」

「とっても素敵でした! 流石リアルJKアイドルです!」

「えへへ、そんなに褒めても何も出ませんよ!」

 和やかムードでお互い笑い合いました。

 

 しかし十八番が『碧いうさぎ』というのはどうなのでしょうか。いや名曲だとは思いますけど、完全に世紀末の頃の曲です。201X年に生きるJKアイドルの選曲ではないでしょう。

 しかも歌っていた方はあんなことになってしまいましたしねぇ。オクスリはダメ、ゼッタイ。

 ただ私も先ほど『ロード 第一章』を熱唱したので人のことは言えません。こちらも歌っていた方はあんなことになってしまいました。悲しいなぁ。

 

 選曲中には色々と雑談をしました。

「ホームページにもありましたけど、朱鷺ちゃんってゲーム好きなんですか?」

「はい。流行のソーシャルゲームではなくてテレビゲームが中心ですけどね。菜々さんはゲームはお好きですか?」

「最近は根気がなくなってきたのでテレビゲームは殆どやってないですけど、昔はRPGとかよくやっていましたよ! 小学生の頃にはFF7・8・9を予約して買いましたし」

「へぇ~そうなんですか」

 盛大に自爆しているのに気付いているのですかね。リアル17歳の小学生時代には既にPS3が存在していたはずなんですけど。

 

 ウサミン星人の詳細についても探りを入れてみましたが「い、いい女には秘密の一つや二つあるものです!」とはぐらかされてしまいました。もう少しで特定できたのに残念です。

 とりあえず永遠の17歳のリアル世代について大体アタリが付けられたので収穫はありました。予想は26で、誤差プラマイ1~2といったところでしょうか。流石に30はないと思います。

 

 その後も00年代前半の懐かしアニソンや『学園天国』『LOVE&JOY』『大都会交響楽』等の世紀末的懐メロがそろい踏みでした。とてもリアルJKアイドルとJCアイドルのカラオケ大会とは思えません。

 まぁ、実際には永遠の17歳と累計年齢50歳(年齢詐称同士)ですから仕方ないです。

 

 しかし、折角この能力があるのに北斗的な歌がないのがとても悲しいです。原作がないので当然でしょうけど、それでも悔しいですね。一応弾き語りで色々と歌えますが、この世界ではオリジナルソングになってしまうので残念です。

 

 最近の曲だと楓さんの『こいかぜ』が大好きですけど、あれは歌唱力がずば抜けた楓さんだからこそ素晴らしいのです。私が歌っても失笑されるのがオチです。

 私のスペックは『Da(ダンス):天下無敵・Vi(ビジュアル):そこそこ・Vo(ボーカル):今後にご期待下さい』というキワモノなので、おうたの方も磨かなければいけません。

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』があるからといって、何でもできる訳ではないのです。

 

「それじゃ最後はアレ、いきましょうか」

「そうですね! 346プロダクションのアイドルらしく、アレにしましょう!」

 最後は『お願い! シンデレラ』のデュエットで締めました。いつかステージ上でこの歌を一緒に歌いたいですね。

 とても楽しい時間で、あっという間でした。

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」

「ああ、頑張ってこいよ!」

 イベント当日は残念ながら雨だったので、お父さんに車で送ってもらい某アミューズメント施設に到着しました。やはりベ〇ツのSクラスは乗り心地がいいです。VIPなお嬢様気分です。

 

 前世の私が地方で勤務していた時の愛車は、10年落ち10万kmオーバーの激安中古ワ〇ンRでした。あれも小回りが利いて維持費が安かったので気に入っていましたが、高速道路でエンジンブローは勘弁してほしかったです。あの時は死ぬかと思いました。その後死にましたけど。

 

 事前に指定されていた裏口から施設に入ると、既に菜々さんが来ていましたので挨拶しました。

「おはようございます。菜々さん」

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

 今日も素敵な笑顔です。

 

 スタッフ用の更衣室で、貸し出されたコンパニオンスーツに着替えました。

 しかし結構際どい衣装です。ゲームキャラっぽい感じでおへそなんて丸出しですし、スカートもかなり短いです。ローアングルで覗かれたら多分見えるので、一応見せパンを履いておきました。

 

 別にパンツを見られても死にはしませんし恥ずかしくもないですが、アイドルとしてのイメージは守らなければいけません。まぁ私のパンツに需要はないでしょうけど。

 ブーツもヒールが高くて歩き難いです。誤って転んで人の秘孔を突かないように気をつけないといけません。以前それをやって殺人未遂を起こしたことが三回程あります。こんな危険なドジッ子は中々いないでしょう。

 

 その後は菜々さんと一緒に、店長さんやスタッフの方とステージ上で打ち合わせを行いました。事前に頂いた台本は完璧に暗記していましたので、実際の動きと合わせて再確認します。

「まずオープニングの挨拶で、それからお店のアピールですよね。それから……」

「オープニングはまず朱鷺ちゃんから話を始めて……」

 一通り確認を済ませると、暇潰しに店内を見て回りました。おっ、あのクレーンゲームの景品はヅダのぬいぐるみじゃないですか。イベント後にプレイしていきましょう。

 

 そのうち開店時間になりました。オープニングイベントまで少し時間があるので、更衣室で待機します。

「うう……。緊張します……」

「焦っても仕方ないので、リラックスしましょう」

「朱鷺ちゃんは落ち着いてますね……」

 一応緊張はしていますが、今回は営業のプレゼンに似ているので先日のデビューミニライブほどではありません。

 某謙虚なナイト風に表現すると『ほう、経験が生きたな』といったところでしょうか。

 

 

 

 そしてオープニングイベントの時間になりました。

 二人でステージ上にあがると、ゲームを楽しんでいたお客様がこちらに集まってきました。こういう好奇の目線にもだいぶ慣れてきましたね。

「みなさーん! アドラーズ横浜店にご来店頂きありがとうございます♪ 今日は新しくオープンしたばかりのこのお店の魅力を、346プロダクション所属のアイドルグループ 『コメット』の七星朱鷺と!」

「同じく346プロダクション所属のアイドル、安部菜々こと『ウサミン』がバッチリお伝えしちゃいまーす♥」

 

 パラパラと拍手を頂きました。掴みはそれなりに上手くいったようです。二人で軽いジョークを交えながら、台本通りにお店の長所をわかりやすく紹介してきました。

 その後、ゲスト声優さんの祝辞のパートになりましたので、私と菜々さんは分かれてステージの両端から一旦降りようとします。その時アクシデントが起きました。

 

「うひゃあ!!」

 菜々さんが段差で(つまづ)いて、勢いよく転びました。ヒールの高いブーツなので危ないなとは思っていましたが、その不安が的中してしまったのです。

 何だか嫌な倒れ方だったので、慌てて菜々さんに駆け寄りました。

 

「……大丈夫ですか?」

 イベントは進行中なので小声で問いかけます。

「はは、ちょっと気が緩んでました。こ、これくらい。……痛ッ!!」

 立ち上がろうとしましたが苦悶の表情を浮かべました。転んだ時に右足で踏ん張っていたので、怪我をしてしまったのでしょうか。患部を確認したいですがブーツがあるので出来ません。

 

 その後何とか立ち上がりましたが、とても辛そうで見ていられませんでした。

「この足で立ちっぱなしの司会は辛くないですか? 私に任せて頂いてもいいですよ?」

「……ナナは大丈夫です。やれます」

「でも……」

「今回のお仕事、このお店はナナを指名してくれたんです。だから途中でリタイアなんて、絶対にできません」

 

 その表情は真剣です。こんな強い決意でこのお仕事に望んでいたとは思ってもみませんでした。第三者が水を差すことは出来ないようです。

「わかりました。でも、絶対無理はしないで下さい」

「はい!」

 

 その後も二人でイベントの司会進行を続けました。菜々さんが心配でしたがいつもと変わらない素敵な笑顔なので、怪我をしているとは到底思えません。

「それでは引き続き、アドラーズ横浜店で素敵な時間をお過ごし下さい!」

 予定していたプログラムを全て消化し、無事イベントが終わりました。お客様に向かって笑顔で一礼をした後、二人でお店のバックヤードに向かいます。菜々さんは右足を引きずっていました。

 

 

 

「痛い痛い痛い~!」

 バックヤードに入るなり涙目で悶絶しました。先程までの笑顔は吹き飛んでいます。

 ここでうずくまっていると通行の妨げになるので、どこか個室に移動した方が良さそうです。

「とりあえず更衣室に行きましょう」

「えっ! ちょっ……」

 菜々さんをお姫様抱っこして更衣室に向かいました。凄く軽いです。

 

「とりあえず足を見せて下さい」

「うう……」

 更衣室に着くなり、菜々さんの足を取ってブーツを脱がせました。

 うわぁ……。これは、私が想像していたより遥かに酷いです。

 

 骨は異常ありませんが重い捻挫(ねんざ)のようで、右足の足首が真っ赤に腫れ上がっていました。大きさも1.5倍くらいになっています。

「これでよく司会なんて出来ましたね……」

 普通なら立っているのもキツいのに、笑顔で司会進行をするなんて並みのアイドルでは到底真似できません。

 

 菜々さんは痛みに耐えながらも、照れくさそうに答えました。

「ナナはプロのアイドルですから、お客様の前ではウサミンとして笑顔でいなければいけないんです。だから、こんな怪我なんて何ともありません!」

 

 彼女のこの言葉に、ハッとさせられました。いかなる困難をもはねのける精神力、自身の矜持(きょうじ)と責任に殉じようとする覚悟は、正に黄金の精神です。

 やはり菜々さんは私が目標とする『プロのアイドル』だと改めて思いました。本当に尊敬すべき方です。

 

 ならば私も、素晴らしいものを見せて頂いたお礼をしなければいけません。

「少しだけ痛むかもしれませんが、我慢して下さい」

「へ!?」

 素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる菜々さんを余所に、私は右手の人差し指で患部の近くの秘孔を優しく突きました。それと同時に微量の気を送り込みます。

「これで大丈夫です。すぐに歩けるようになるでしょう」

「そんな馬鹿な……。えぇ!?」

 すると、足首の腫れが目に見えて引いて行きます。一分も経たずに菜々さんの足は元通り綺麗になりました。

 

 北斗神拳は相手の秘孔に気を送り込み、肉体を内部から破壊することを極意としています。秘孔とは肉体の血の流れ、神経の流れの要所でして、肉体の破壊以外にも治癒を促進するものや一時的に剛力を引き出す秘孔等も数多く存在します。

 

 原作のトキは秘孔技術を医療に応用し重病人を救っていましたので、私も当然の権利のように同じことが出来ます。

 流石に不治の病や体の欠損は無理ですけど、肩こり、腰痛、生理痛等、大体の病気は治せちゃうのです。明らかに人間を超えた力なので普段は表立って使わないようにしていますが、今回は特別です。

 

「……朱鷺ちゃん。貴女は一体、何者なんですか?」

「それは秘密です。いい女には秘密の一つや二つあるものでしょう?」

「うぐっ。そ、そうですね……」

 人差し指を口に当て、菜々さんの質問に対し悪戯っぽく返しました。こう言われてはぐうの音も出ないでしょう。

 

 その後は着替えてお店を後にします。退店前に店長さんに挨拶をしに行きました。

「今日は良かったよ~。またイベントがある時は宜しく頼むね! 本部にも推薦しておくから!」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします!」

 

 暖かい言葉を掛けて頂きました。菜々さんの頑張りが見ている方にも伝わったようで、本当に良かったです。彼女がアイドルとして成功する日はそう遠くないように思えました。

 因幡(いなば)白兎(しろうさぎ)だって最終的には神様になれたんですから、菜々さんも必ず大人気の声優アイドルになれるでしょう。私が保証します。

 

 

 

 退店後は二人で簡単な打ち上げをしました。お互い未成年なので健全にファミレスです。

「朱鷺ちゃんは何飲みます?」

「お酒はダメなんで、オレンジジュースください」

「わかりました!」

 お互いにオレンジジュースを頼みます。こういう時は未成年の身を心から呪いたくなりますね。ノンアルコール日本酒とか焼酎は普及しないのでしょうか。いや、お給料をつぎ込みかねないので普及しなくていいです。

 

「カンパーイ!」

 グラスを軽くカチンと当てます。サラダやソーセージをつまみながら、アイドル活動等について雑談をしました。菜々さんは346プロダクション内のカフェで臨時をバイトしているため情報通であり、色々役に立つ情報を教えて頂けるので助かります。

 

「あ、そうそう。朱鷺ちゃんはあのプロジェクトの噂を知ってますか?」

「はい?」

 唐突にそんな話題を振られました。全く思い当たるものがないので間の抜けた返事を返してしまいましたが、菜々さんは構わず小声で話を続けます。

「シンデレラプロジェクトのことですよ」

「……しんでれら、ぷろじぇくと?」

 

 私はこの時初めて、私のアイドル生活を大きく変えることになるプロジェクトの存在を知ったのでした。

 

 


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