ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

19 / 101
第16話 突然! 無人島生活

「汚物は消毒だ~~!!」

 

 眼前に広がる日本海に向かってなんとなく叫んでみましたが、虚しさだけが残りました。

 この漁港に着いてからもうどれくらい経ったでしょうか。時刻は既に朝8時を迎えていますが、送迎の船はまだ来ていません。

 快晴で気持ちがいいですけれども、(さざなみ)の音を聞くのにもそろそろ飽きてきました。

 

 本日は犬神P(プロデューサー)が取って来た体力仕事の第二弾で、初めてとなる地上波テレビのお仕事です。

 その番組の名は『突然! 無人島生活』。前世で似たような番組があったような気もしますが、今となってはどうでもいいことでしょう。

 

 二人のアイドルが水や調味料、調理器具、狩猟道具等を手に、二泊三日の無人島生活を乗り切るサバイバル番組です。

 サバイバルとはいいましたが未成年のアイドルも出演する番組なので、それ程ガチな企画と言う訳ではありません。もちろん、芋虫を生で食べたり底なし沼に落ちたりする等の危険な行為は一切ないです。

 

 あくまでも『サバイバル風』のテイストで、アイドル達が昆虫や野生動物を怖がったり、食料を調達する等して共同生活する風景を楽しむ。時には喧嘩(けんか)もするけれど、協力して課題に取組み解決する姿を応援する。そんな番組で、346プロダクションのバラエティ事業部が手がけています。

 

 深夜枠の30分番組で一回のロケ分を前・中・後編に分けて放送する方式ですが結構人気が高く、ファンが多いアイドルの回だと時間帯トップの視聴率を稼ぐこともあります。

 346プロダクションに所属する新人バラエティアイドルの登竜門的な存在です。

 今では大活躍の輿水幸子(こしみずさちこ)さんも新人時代には準レギュラーと化していました。リアクションがいいから色々と使いやすいんですよねぇ、あの子。

 

 私は出演者ではありますがフルで出る訳ではありません。同番組では『助けて! シンデレラ』という制度がありまして、二日目に数時間だけ助っ人のアイドルを呼ぶことができるのです。

 今回、私はその助っ人枠で出演することになりました。

 当然、メインの出演者である二人のアイドルは既に撮影を始めています。ただ、その子達がちょっと問題なんですよね。今から気が重いですが、コメットのためにも頑張って目立ちましょう。

 

 

 

 それから少しして迎えの船が来ました。

「おはようございます。346プロダクションの七星朱鷺と申します。本日はよろしくお願い致します」

「七星さんですね。こちらこそ、本日はよろしくお願いします」

 若い女性スタッフさんに挨拶をした後、船に乗り込みました。ナイスなボートです。

 

 30分ほどして目的の無人島に到着し、無事大地に立ちました。やはり地に足が着くというのは素晴らしいです。

 その後スタッフさんに誘導されて、あの二人が拠点にしている洞穴(ほらあな)に向かいました。整備されていない山道なので少し歩き難いです。

「撮影は順調に進んでいるんでしょうか?」

「いやぁ、何せあの子達ですから……。色々ありまして……」

 道すがらスタッフさんに質問したところ、言葉を(にご)されてしまいました。残念ながら私の予想は外れてくれなかったようです。

 

 目的地の洞穴(ほらあな)に到着すると、その前で二人の女の子が言い争いをしていました。

「麗奈、遊んでないでちゃんと働け!」

「ちょっと休憩してただけよ。だいたい、こんな作業レイナサマには地味すぎるのよ!」

「もっと真面目にやんなきゃダメだろ」

「ハン! これだから熱血ヒーローオタクは嫌なのよ」

「な、何だとーっ!」

 

 正に一触即発です。

 この番組の今回の出演者は、『南条光(なんじょうひかる)さん』と『小関麗奈(こせきれいな)さん』でした。

 

 南条さんは14歳で、とにかく特撮のヒーローが大好きな子です。アイドルになるきっかけも『ヒーロー番組の主題歌をゲットし自分がヒーローになる』ためですから、その熱意は本物です。身長は140cmで同年代に比べるとかなり低いですが、ちゃんと出る所は出ています。

 ヒーロー、いやアイドルとして『誰かを助けたい』『役に立ちたい』という強い信念を持っている子です。

 

 一方、小関さんは13歳で、自分のことを『レイナサマ』と様付けで呼ぶビッグマウスであり、女王様的なキャラクターを目指して頑張っている子です。実際のところはコミカルな言動や小物臭が隠し切れない残念系アイドルですが、そんな所が逆に可愛らしく思えます。

 ただ、くじけない強い心や上昇志向等、アイドルに欠かせない資質と才能を持っています。

 

 それぞれ単体ならあまり問題はないのですが、こうしてペアにするとお互いの強い個性がぶつかり合ってしまいます。さしずめ『正義のヒーローVS悪の女幹部』といった感じでしょうか。

 番組的には相性の良くない二人が協力して共同生活を乗り切ることを期待しているようですが、今のところはあまり上手くいっていない感じでした。

 

「おはようございます。七星です。お二人とも、本日はよろしくお願いします」

 いがみ合う彼女達に近づき挨拶をすると、こちらに気付いたようです。

「あっ。おはようございます! 朱鷺ちゃん、今日はよろしく!」

「レイナサマの手伝いをできるなんて、アンタ、本当に運が良いわ。アタシの手足となって働けることを光栄に思いなさい! フフン」

 

 私の手を取ってぶんぶんと振り回す南条さんを尻目に、小関さんが悪態をつきます。

「こら、麗奈! せっかく来てくれたのに失礼だろ!」

「ヒャーッハッハッハ……! ゴホッゴホ……コホン」

「大丈夫か……?」

「へ、平気よっ!」

 何だか前途多難な出だしでした。こういうのには慣れっこですから別にいいですけどね。

 

 

 

 合流後は中年の男性ディレクターさんやスタッフさんと一緒に、撮影の段取りを確認しました。

 まず助っ人である私の紹介をした後に、二人が私に手伝って欲しいことを依頼します。その後、私は依頼された仕事を行うという流れでした。

 

「それで、依頼の内容は何ですか?」

「ふふ、愚問ね。決まってるじゃない! 『レイナサマ他一名に美味しいご飯を食べさせること』よ! 光栄に思いなさい」

 高笑いする小関さんを余所に、南条さんが続けます。その眉間には(しわ)が寄っていました。

 

「昨日の目標は拠点探しと食べ物の確保だったんだけど、麗奈がイタズラばっかりしていたから、食べ物探しの方まで手が回らなかったんだ」

「レイナサマに妥協はないのよ。例え無人島生活であってもイタズラは欠かさないわ!」

「ああ、そういうことですか……」

 小関さんは困ったことにイタズラが趣味なんです。根は優しい子なので人を傷つけるイタズラは絶対にしませんけど、この状況でやられたら南条さんもイラッとくるでしょう。

 

「じゃあ、食事は抜きで?」

「小さな魚が獲れたから、それを焼いて二人で分けて食べたんだ。あと食べられる木の実を少し」

「スタッフさんにお願いして、こっそり食料を分けて貰えば良かったでしょうに」

「そんなズルはダメだ! 例え人が見ていなくても、正義のヒーローは卑怯な真似はしない!」

「だからってアタシまで巻き込まないでよ。全く、南条はイイ子ちゃんね!」

 

 どんな状況でも自分が信じる正しい道を突き進むとは、南条さんらしいです。心が根腐れしているドブ川としては、特撮ヒーローのような清く正しく美しい心が心底(まぶ)しく感じました。

 ですが、食べ盛りの可愛い子達がお腹を空かせているだなんて許せません! お姉ちゃん(勝手に自称しました)として、彼女達には美味しい料理をお腹一杯食べてもらいましょう。

 

 

 

 打ち合わせ後、早速撮影に入りました。

 助っ人の衣装は毎回ランダムで選ばれますが、今回の私の衣装はメイド服でしたので既にそちらに着替え済です。ミニスカートではなく、クラシカルなロングタイプの方でした。

 

「えーそれでは『助けて! シンデレラ』を使うぞ! 今回の助っ人はこの人だ!」

 南条さんの合図に合わせて、カメラの前に立ち一礼しました。最高の営業スマイルです。

「テレビをご覧の皆様、初めまして♪ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()七星朱鷺と申します。よろしくお願いします!」

 ちゃんとグループ名を強調しました。こういうアピールは地味ですが大切です。

 私の名前なんて食パンの袋をとめるアレくらいどうでもいいですから、是非コメットのことを覚えて欲しいです。皆様、どうぞコメットに清き一票を!

 

「それでは、今回のリクエストはなんでしょうか?」

「フッフッフッ。もちろん、レイナサマに極上の料理を提供することよ! しっかり働きなさい、手下一号! アーッハッハッハッ……、ゲオゲホ……!」

「麗奈、しっかりしろ!」

 小関さんの背中を南条さんが優しくさすっています。仲が良いんだか悪いんだかわかりません。

 

「承知致しました。レイナお嬢様、ヒカルお嬢様。私の全力をもって、美味しいお料理をお二人に提供致しましょう」

 メイドっぽく二人のことをお嬢様と呼び、自信満々に言い切りました。視聴者様にインパクトを与える絶好の機会ですから頑張りましょう。

 

「はい、カーット! OK!」

 ディレクターさんが声を張り上げました。ここでの撮影は終わりなので次のシーンに移ります。ここからどう行動するかは助っ人に任されています。

 

 

 

 撮影スタッフと南条さん達を引き連れて、早速海辺の岸壁に移動しました。

 火サスのラストシーンに出てきそうな程、見事な岸壁です。

「この状況で食材といえば、やっぱり魚だね」

「はい。まずはお魚を獲りたいと思います」

「いいわ。早速海に飛び込んで獲っていらっしゃい!」

 

 そう言って小関さんが私に(もり)を渡します。無人島生活では(もり)を使った素潜り漁が定番ですから、私も同じことをやると思ったのでしょう。

 でもそれではインパクトに欠けます。何より2月の冷たい海には入りたくないので、某聖帝様をリスペクトした斬新な漁をお見せしたいと思います。

 

「いいえ、素潜りはしません」

「……? じゃあ、どうやって魚を獲るのよ!」

「私のオリジナル漁法をご披露します。名付けるのであれば、投槍漁(とうそうりょう)といったところでしょう」

 そう言いながら、番組から支給された長い釣り糸を(もり)の持ち手に固く結び付けました。釣り糸の反対側は私の胴に巻きつけます。こうしないと後で回収できないですからね。

 

「それでは漁に入りますので、カメラを回して頂いても良いですか」

「は、はい……!?」

 カメラマンさんが困惑していましたが、ディレクターさんの指示で撮影が始まりました。

 

 意識を海に集中させ、以前デビューミニライブで乃々ちゃんを探し出した時のように、お魚の気の察知を始めます。冬場なので数は少ないですが、それでも一定数の存在は感知できました。私には魚群探知機など不要なのです。

 魚群の中でも特に大きい獲物に照準を合わせました。標的の移動速度や動く方向を計算しつつ、最高のタイミングを図ります。

 

「とどめだ!!」

 冷徹な叫び声と共に、直立したまま槍投げの要領で(もり)をブン投げました!

 そのスピードは弾丸に迫る勢いと言ってもいいでしょう。

 全力で投擲(とうてき)すると獲物が砕け散るので、これでもだいぶ加減しました。

 

 (もり)が海に飛び込む音がここからでもよく聞こえます。

 釣り糸の感触から、無事お魚をゲットできたことを確信しました。

 その後は釣り糸をたどって獲物を引き寄せます。

 

 すると(もり)に貫かれた哀れなお魚が顔を覗かせました。

「これは、スズキですね。やりました」

 お魚を両手で持ち、笑顔でカメラにアピールをしました。

 1メートルは超えていますので中々のサイズです。最初の獲物としては悪くないと思います。

 

「す、凄い!」

「フ、フン! 手下の癖に中々やるじゃない」

 南条さんが目をキラキラさせています。一方、小関さんはやや悔しがっていました。

 スタッフの皆さんがざわざわしていますが、気にしないよう努めます。

 

「じゃあ、どんどんいきますよ」

 そう言って漁を再開します。その後、マダイ、マダコ、ヒラメ、カレイ、メバル等、様々なお魚を乱獲していきました。なんだか竜宮城ができそうです。

 調子に乗って百発百中の勢いで投げていきましたので、ちょっと獲り過ぎてしまいました。後でスタッフの皆さんにも手料理を振舞(ふるま)ってあげましょう。

 

「はい、カーット! OK!」

 そう言うや否や、ディレクターさんが小走りで駆け寄ってきました。かなり興奮しています。

「いや~朱鷺ちゃん、もう最っ高! 凄くインパクトのある映像が撮れたよ! この後もよろしく頼んだからね!」

「ありがとうございます。この後も頑張ります」

 そう口にしてディレクターさんに一礼しました。

 テレビ映えするダイナミックな漁法ですから、気が(たか)ぶるのも無理はないです。

 

「ちょっと朱鷺! アンタ助っ人の癖に目立ちすぎよ! ザコはザコらしくしてなさい」

 小関さんがそう言って、あっかんベーをしてきました。確かに少し派手だったかもしれません。

 この番組のメインは彼女達なので申し訳ないですが、これもコメットが生き残るためなんです。生き残りが決まったらお二人のために全力で働きますので、今はお許し下さい。

 

 

 

 続いては森に入って山菜取りをします。

 背の高い雑草を刈り取るため、草刈り鎌を手にしながら奥に進んでいきます。

 私が前世で小中学生だった頃、給食以外の食事はロクに与えられなかったので、野山を駆け回り山菜を取っていました。リアル草食系男子でしたので、食べられる山菜の判別はお手のものです。

 

 ちなみに毒キノコで二回ほどほぼ()きかけました。ツキヨタケさんとイッポンシメジさんは絶対に許しません。いや、完全に自業自得ですけどね。

 

 撮影はされていますが、ディレクターさんの反応はいまいちといった感じです。

 しかし、流石に山菜取りで派手なアクションはできないので仕方ありません。精々(せいぜい)超スピードで草を刈るくらいです。

 運がいいことに、セリ、ナズナ、ハハコグサ、ハコベ等が生えていたので採集しました。どれも春の七草ですから問題なく食べられます。

 

 採集を続けていると小関さんがおもむろに近づいてきました。

 なんだかニヤニヤしており、手を後ろに隠しています。

「これでもくらいなさい!」

 そう叫んで、数匹の(へび)を私に投げつけてきました。

 

 ふふ、何とも可愛いイタズラです。女の子らしく悲鳴を上げるはずと考えているのでしょうが、私にとって(へび)は嫌悪の対象ではありません。

 『貴重なタンパク(げん)』であり、ごちそうなんですよ。

 

 回避と血抜きを兼ねて、草刈り鎌で全ての(へび)の頭部を瞬時に切断しました。

 亡骸(なきがら)から真っ赤な鮮血(せんけつ)が噴水のように勢いよく吹き出ます。

 衣装にかかるとマズいので避けましたが、ここぞとばかりにドジッ子属性が発動し足がもつれたため、返り血が髪と顔に付着しました。

 その後、笑顔で小関さんに近づきます。

 

「もう、だめじゃないですか。こんなイタズラをしては」

「ちょっ、ちょっと、怖いわよ!」

 血の気の引いた表情をしてダッシュで逃げるので追いかけます。

「レイナお嬢様、なぜ逃げるんですか?」

「きゃー! 顔、顔!」

 何かと思ってコンパクトミラーで顔を見てみると、ギャルゲーに出てくるヤンデレなヒロインが一仕事した後のような姿になっていました。「中に誰もいませんよ」とか言い出しそうです。

 

 こんな奴に超スピードで追っかけられたら、さぞかし怖いでしょうね。

 でもこれはこれで面白いので、血に染まった草刈り鎌を滅茶苦茶に振り回しながら満面の笑顔で小関さんを追跡しました。完全にホラー映画です。

「ふふふ。どこに行くんですか? どこにも逃げ場なんてありませんよ?」

「早く、誰か助けて~!」

「私がいれば、手足なんて要りませんよねぇ?」

「ぎゃ~!」

 

「いいよいいよ~! レイナちゃん、ナイスリアクション!」

 その後、ディレクターさんが納得するまで追いかけっこをしました。いい()が撮れて満足されていたので良かったです。

 小関さんが犠牲になりましたが、輿水さんに負けないくらい素晴らしいリアクションでした。

 

 

 

 無事食材が集まったので、本拠地でお昼ご飯を作ることにしました。簡単な調理スペースを設けます。

「朱鷺ちゃん、何か手伝うことあるかな?」

 南条さんからお手伝いの申し出を頂きました。相棒である小関さんは先ほどの疲れのためか横になって休んでいるので、彼女一人で手持ち無沙汰(ぶさた)な感じです。

 

「お二人はお客様ですから、休んでいて頂いて構いませんよ」

「でも、じっとしているのは性に合わないんだ……」

「それでは、山菜を洗って頂いてもいいでしょうか」

「わかった、任せてくれ!」

 凄い勢いで山菜を洗い始めたので、優しく扱って頂くようお願いしました。私と同じで力の加減が上手くないようです。でも、一生懸命なところがなんだか可愛いと思いました。

 

 お昼ご飯ですが、獲れたての新鮮な魚介類がメインなので、素材の味を生かすためにもシンプルに(まと)めたいと思います。そうなるとやはり和食がいいですね。先ほどの(へび)は唐揚げにしましょう。

 そう考えて、とりあえずお魚の下処理を始めました。もちろん調理風景も撮影されています。

 

 前世ではイカスミより黒いブラック外食産業に身を置いていましたので、料理の腕は一流です。更に『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を併用することにより、その相乗効果はとてつもないことになります。

 

 もはや調理風景そのものが一つの『舞』と言えるでしょう。死神の舞ですけど。

 ディレクターさんをはじめ、スタッフの皆さんが息を呑んで私を見つめています。

 空中でお魚を瞬時に(さば)く等のテレビ映えするド派手なアクションを交えつつ、手際良く料理を仕上げていきました。

 

 出来上がった料理を簡易なテーブルに並べていきます。

 メニューですが、お刺身の超豪華盛り合わせ、カレイとヒラメの煮付け、タコの酢の物、白身魚と山菜のてんぷら、(へび)の唐揚げ、春の七草のおひたし、つみれ汁の計七品となりました。

 ものの見事に居酒屋メニューです。私が食べたいものを作っていったらこのザマですよ。

 

 食事シーンを撮影する前に南条さんから声を掛けられました。

「朱鷺ちゃんはいいなぁ。あんなに凄いアクションが出来て、料理も上手いなんて……。アタシはどっちも全然だ」

 彼女らしからぬ気弱な発言です。お腹が空いているから考えが暗くなっているのでしょう。

 そのまま独り言のように話を続けました。

 

「この仕事、アタシ達のPが頑張って取ってきてくれたんだ。だからアタシも頑張ろうって思ったんだけど、初日は全然ダメで……。このままじゃPに合わせる顔がないよ」

 暗い表情を浮かべた南条さんに、超軽くデコピンをかましました。

「痛っ!」

 頭を抱えて悶絶(もんぜつ)する南条さんに語りかけます。

 

「貴女が理想とするヒーローは、そんな簡単に諦めるような軟弱者なんですか? まだロケは半分残っているんですから、ここから挽回すればいいだけです。チャンスは自分で掴むものですよ」

 南条さんはハッとした表情を浮かべました。

 

「……そうか、そうだな。こんなことで落ち込むなんて、アタシとしたことがどうかしていたっ! 負けるわけにはいかない……! 打ち破っていくぞ! とりゃ!」

「その意気です。私みたいな馬鹿げた能力なんてなくても、誰だってヒーローになれるんですよ。その心があればね」

「アタシに任せろー! 期待なら、いくらでも背負ってやる!」

 『復ッ活ッ!! 南条光復活ッッ!』です。やはり、ヒーローはこうでなくてはなりません。何度倒されようが立ち上がって大切なもののために戦う。その姿こそ真のヒーローなんですから。

 

 

 

 その後は食事シーンの撮影になりました。

「では、頂きます!」 

 元気良くそう叫ぶと二人共一心不乱に食べ始めました。よほどお腹が空いていたのでしょう。

「美味しい!」

「フ、フン。まあまあね」

 先ほどと比べて表情が明るいです。見ていてこちらまで嬉しくなってきますよ。

 やはり成長期の子供にはお腹一杯でいて欲しいです。空腹は本当に辛いですから。

 

 しかしどちらも(へび)には手をつけません。貴重な命を頂いた以上、お残しは許しませんので絶対に食べてもらいましょう。

(へび)の唐揚げも美味しいですから、是非召し上がって下さい」

「でも(へび)でしょ。どう考えてもゲテモノじゃない」

「騙されたと思って、とりあえず一口食べてみて下さい。苦情があればその後受け付けますので」

 二人は恐る恐る、から揚げを口に運びます。

 

「……あれ、全然いけるよ!」

「鶏肉に近いけど、それよりもさっぱりした感じね。合格点をあげてもいいわ」

「そうでしょう。敬遠されがちですけど、蛇は結構美味しいんです」

 なんていったって前世の幼少期頃のメイン食材でしたから、味は私が保証します。

 大自然の中でのびのび暮らした(へび)が、暗くて狭い所で育てられたブロイラーの鶏に劣る訳はないのです。確かに獣臭さはありますけど、香辛料を使うことで上手く中和しました。

 

 

 

 こんな感じで、食事シーンの撮影は一通り終わりました。

 二人で食べ切れなかった残りの料理はスタッフの皆さんが美味しく頂きました。大変好評で完食頂いたので良かったです。

 

「是非次回は正規の出演者として来てくれよ!」

「ありがとうございます。機会がありましたらよろしくお願いします」

 ディレクターさんから熱いラブコールを頂きましたが、私とペアになりたがる奇特な子なんていないでしょう。

 いや、愛海ちゃんならノリノリで付いてきそうです。寝込みを襲われそうですけど。

 

 なお、私の出番はこれで終わりでしたので、彼女達にお別れのご挨拶に行きました。

「ほら麗奈、ここから頑張って挽回するぞ! だからイタズラなんてやめよう」

「うっさいわね。自分らしくすることの何が悪いのよ」

 う~ん。相変わらず歩調が合いませんねぇ。ここはちょっと発破を掛けておきましょうか。

 そう思って二人の間に割って入りました。 

 

「それでは私はこれでお(いとま)します。ところで、お二人とも仲違いした状態で本当にいいんですか? このまま見所がないと、多分全編に渡って私の特集になってしまいますよ」

 彼女達の表情が一気に曇りました。

「そ、それは嫌だ! せっかく貰えた仕事なんだから、ちゃんと放送して欲しい!」

「小関さんもそう思いますか?」

「当たり前じゃない!」

「では、どうすればいいかわかりますよね」

「……わかったわ。一時休戦よ、南条。レイナサマの本気を見せてあげるわ!」

「ああ。一緒に頑張ろう、麗奈。二人で頑張れば何でもできるさ!」

 

 私という共通の外敵に対抗するため、正義のヒーローと悪の女幹部が共闘する。なんとも心躍る展開です。

「では、私は一足お先に失礼します。残りの撮影も頑張って下さい!」

「そっか、何だか寂しいな。そうだ、アタシ達のことだけど、苗字だと固っ苦しくて嫌だから名前で呼んでくれ!」

「……はい、わかりました。小関さんもそれでいいんですか?」と一応訊いてみます。

 

「……アタシも、それでいいわよ」

 超小声で呟きました。ちょっと顔が赤いです。

 ほほう、これがツンデレですか。思わず落とされかけました。

「ありがとうございます。光ちゃん、麗奈ちゃん。それでは、また346プロダクションでお会いしましょう」

「ああ、またな!」

「フン。今度はちゃんとしたイタズラをしてあげるわ! 首を洗って待っていなさい!」

 

 笑顔の二人と別れた後は本土に戻り、そのまま東京へとんぼ返りしました。

 余裕があれば海の幸を堪能(たんのう)したり温泉に浸かったりしたかったのですが、他のお仕事もあるので仕方ありません。

 コメットの生き残りが決まったら、ゆっくり温泉にでも行きたいです。

 

 

 

 その後少しして、無事に番組がオンエアされました。

 前・中・後編のうち中編はほぼ私の特集みたいなものでした。投槍漁や調理シーンは中々の迫力でしたよ。

 ヤンデレ状態での追跡シーンはホラー風に演出されていて、自分のことながら超怖かったです。記念すべき地上波デビューで鎌を振り回したアイドルは人類史上初でしょう。もう死にたいです。

 

 放送中は某掲示板の実況スレの勢いが凄かったですね。リアルタイム検索でも、私の名前が話題のキーワードとして取り上げられました。視聴者にインパクトを与え知名度を上げるという目的は無事達成できたのです。

 欲を言えばコメットにも注目して頂きたかったですが仕方ありません。また頑張りましょう。

 

 後編では光ちゃんと麗奈ちゃんが協力し頑張って課題に取り組んでおり、見てて微笑ましかったです。中・後編は時間帯トップの視聴率が取れ、バラエティ事業部として手ごたえを感じたそうで、あのコンビで他番組にも出演するようになりました。これからの活躍が本当に楽しみです。

 

 なお、私の方は『346プロダクションの猟犬』『スネークイーター』『電光石火のメイド』『恍惚(こうこつ)のヤンデレズメイド』といった有難い異名を視聴者様から付けて頂きました。絶許です。

 

 皆さ~ん、もっとコメットのことを話題にしてもいいんですよ?

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。