ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第19話 最強の敵!

 時はきた! それだけだ。

 とうとう、あの番組に出演する権利をゲットすることができました。

 先日の無人島生活をきっかけに、色々なバラエティ番組に出演して滅茶苦茶なことをやってきた苦労がようやく報われたのです。

 

 その番組の名は『ITACHI(イタチ)』。

 毎回100名が出場し、1st、2nd、3rd、FINALの4つのステージに分かれた巨大フィールドアスレチックにアクションゲームのように挑戦する様子を放映した番組で、多くのファンから支持されています。

 地上波テレビのゴールデンタイムで不定期に放送されている、スポーツエンターテインメントの特別番組です。

 

 今まで私が出演してきたバラエティ番組は地上波の深夜帯や衛星放送なので、若者層への知名度はそれなりに上がりましたが、ファミリー層や年配の方にはあまり知られていません。

 ゴールデンタイムで活躍できれば、そういった方々の認知度も急上昇するはずです。

 その状態でコメットのアピールをすれば、コメットの知名度が上がり人気も高まるに違いありません。正に完璧な作戦です。

 そのためには完全制覇がノルマとなりますので、気合を入れて挑戦しましょう。

 

 ですがこの番組の出演にあたり、高難易度アスレチックよりも遥かに邪悪で凶暴な『最強の敵』が私を待ち受けているのです。

 その最強の敵──赤くて三角形の布きれを手にしました。

 この布切れを、世間様一般で広く用いられている呼称で呼ぶとこうなります。

 

 ブルマ。

 

「いーやぁーーー!」

 思わず自室のベッドの上で悶絶しました。

 

 

 

 ITACHIは高い難易度が売りですが、一昨年の完全制覇後に大規模な改修を行った結果、誰にも攻略できない最終鬼畜兵器に魔改造されました。

 前回なんて出演者は2ndステージに2人進むのがやっとで、完全制覇は夢のまた夢となってしまい、視聴率も下降傾向です。この状況で困ってしまったのがテレビ局です。

 

 しかし難易度を下げるのも盛り下がる要因になってしまいます。

 そして視聴率改善の妙手(みょうしゅ)として考えられたのが『アイドルの積極起用』と『ブルマ』でした。

 現役の人気アイドルを多数起用すれば、ファンが自動的に付いてくる。しかもブルマとなればファン以外の男性視聴者も食い付くだろうという安易な判断です。

 そして、よりにもよって本大会からこの制度が導入されてしまいました。

 出場する女性アイドルは、全員漏れなく体操着とブルマを着用しなければなりません。

 

 何ですか。何の罰ゲームなんですか!

 ブルマを履いたアイドルを眺めるのは嫌いではありませんしむしろ見たいですが、自分が履くとなると事情は異なります。ファッションモデルなど大抵のことはお仕事モードでごまかせますが、流石にブルマを履く羞恥心(しゅうちしん)はごまかしが利きません。

 水着はアイドルになった時から覚悟していたので耐性もありますし、下着とそう変わらないのでそこまで抵抗感はありませんが、ブルマは完全に想定外でした。

 

 彼の信長公は『人生50年』という名言を残し、最期は本能寺で壮絶な討ち死にをされました。志半ばでしたが、日本史に残る立派な散り方だったと思います。

 一方、私は累計人生50年にして初めてブルマを履くのです。なんと滑稽(こっけい)なことか!

 

 体は少女でも根っこの精神はオジサンですから、気分的には完全に変質者ですよ。

 最近では、体操着やスクール水着は女の子が恥ずかしくないように改良されています。

 現世でもブルマは世紀末頃に絶滅していたので、こんなものを履くことにならなくて良かったと心から安堵(あんど)していましたが、ここに来てこの仕打ちは酷くないですか!

 しかしこれもコメットの生き残りのためなんです。ギギギ……。

 

 おもむろにジャージを脱ぎ、下着姿になりました。そのままブルマを装着します。

 そして姿鏡で、ブルマを履いた微少女をまじまじと眺めました。

 

「フ……フフフ。ファーハハハハーー!!」

 草花が生い茂る一面の大草原が広がりました。ヤバイヤバイハライタァイ。

 この姿を全国ネットのゴールデンタイムで(さら)すのですから狂っているとしか思えません。

 一応は中学生の私でもキツいです。もし二十代後半で物怖じせずブルマを履けるアイドルがいたら、その人は勇者ですね。

 

 ここまでやって万一コメットが解散させられたら、この世界を世紀末にしましょう。

 そうだそれがいい、それが一番です。いや、むしろこの時点で世紀末にすべきか。

「私には、むーりぃー……」

 乃々ちゃんみたいなことを(つぶや)きながら不貞寝(ふてね)しました。

 

 

 

 そしてITACHIの収録日になりました。

 参加者100名のうち、予選なしの芸能人枠はおよそ20名です。通常は一プロダクションに一枠ですが、大手である346プロダクションには二枠配分されることになりましたので、私とあのアイドルが出演する予定です。

 

 収録は神奈川県内の赤山スタジオで行われますので、最寄駅であの子を待っていました。朝から撮影開始なのでまだ眠いです。

 待ち合わせ時間の8時ちょうどに、スーツケースを手にしたカワイイ美少女が現れました。

「おはようございます、輿水さん。本日はよろしくお願いします」

「おはよう、朱鷺さん。カワイイボクと共演できるなんて本当に幸せ者ですね! フフーン!」

 

 輿水幸子(こしみずさちこ)さんは346プロダクション内でもトップクラスの大人気アイドルです。

 ことあるごとにご自身を『カワイイ』と称する子で、そのカワイさには絶大な自信と確信を持っています。本当にカワイイですしファンも多いので、自意識過剰という訳ではありません。

 同じ14歳ですが背は142cmとかなり低いです。私と並んで歩くと、もはや母娘ですね。

 ライブやモデルはもちろんのこと、リアクションがいいのでバラエティ番組にもよく出演されています。ITACHIの出演も、そのリアクション芸を買われてのことでしょう。

 カワイすぎて思わず腹パンをかましたくなります。私が全力で腹パンしたら初代ピッコロ大魔王のようにお腹に大穴が開くので止めておきますけど。

 

「はいはい。ずーしーほっきーと同じくらいカワイイですよ」

「ずーしー……? 何のキャラかはわかりませんが、ボクと同じくらいならよっぽどカワイイんでしょうね!」

「ええ、それはもう。夜道で出会ったらダッシュで逃げるくらいカワイイです」

 あのインパクトはゆるキャラ界でも随一でしょう。初見時は思わず真顔になりましたもん。

「でもボクと一緒に仕事が出来るなんて、朱鷺さんは人生最高のラッキーですよ!」

「そうですね。では、行きましょうか」

 

 

 

 合流後はタクシーを拾って赤山スタジオへ向かいました。

 到着すると既に参加者と見学の方でごったがえしています。その中で一際大きい人だかりがありました。その周辺にはテレビカメラが何台もあります。

 

 あのお方は『ミスター ITACHI』こと山口さんじゃないですか。 人気の高いITACHIオールスターズの一人です。ITACHIにのめりこむ余り、お仕事とご家庭を失うという最高にロックな人生を送っているとテレビでやっていました。

 

 今はチーム山口を結成し選手を続けながら後進の指導に当たっているそうですが、インタビューの様子を見るにITACHIには並々ならぬ情熱を持っているようでした。

 そんな人生をこれから完膚(かんぷ)なきまでに否定すると思うと本当に申し訳ないです。

 でも仕方ありません。彼にはなってもらわないといけないのです。コメットの犠牲にな……。

 

「むー。なんでカワイイボクよりあんなオジサンが皆から注目されているんですか! 全然納得がいきません!」

「まぁまぁ。相手はITACHI界の大スターなんですから仕方ないですよ」

「このボクのカワイイ姿を1秒でも長く放送した方が視聴率もアップするのに!」

「では本番で活躍して注目されましょう」

「フン、まぁいいです。出場さえすれば、超絶カワイく咲き誇るボクを誰も放ってはおかないですからね!」

 憤慨(ふんがい)する輿水さんを超適当になだめていると集合がかかりました。

 

 参加者が全員集められ、収録についての説明を受けます。

 従来収録は2日間に分けて行われていましたが、難易度が高すぎるためどうせ誰もクリアできないだろうとの判断により、1日で強行するとのことです。事前にも聞いていましたが、確認の連絡でした。

 撮影にかかる経費を節減したいという意図もあるようです。コストカットの波はここまで押し寄せているのでした。

 

 

 

 参加者100名の集合映像を撮った後、1stステージの収録が始まります。

 順番ですが、輿水さんは76番、私は77番です。ITACHIオールスターズなどの有力な出場者は80番以降に固められていますので、期待されていない枠と言えるでしょう。

 『可愛くブルマを見せ付けて落ちろ』という番組の魂胆が見え見えです。そうは問屋が卸さないんですけどね。

 

 1stステージですが、この時点で普通の人には超難関です。

 左右に設けられた5つの足場を渡っていく『クワッドステップス』

 転がる足場にジャンプして飛び移る『ローリングヒル』

 手足の筋力で自身を支える『タイファイター』

 回転する円柱に取り付けられた突起をつかみなら進む『オルゴール』

 トランポリンからバーに飛び移り、更にサンドバッグに飛び移る『ダブルペンダラム』

 合計860kgのコンテナを全身で押して進む『タックル』

 球状に()った壁を登る、番組恒例の『そり立つ壁』

 ロープで足場に飛び移る『ターザンロープ』

 足場の無い壁を登る『ランバージャッククライム』

 これを115秒以内にクリアしろと言うのですから、クリア者が殆ど出ないのも納得です。

 

 そんなことを考えていると、颯爽(さっそう)とトップバッターが現れました。

「はいさい! 我那覇響(がなはひびき)だぞ! ITACHI完全制覇目指して頑張るぞ、おー!」

「響ちゃん、頑張って!」

「なんくるないさー! 自分、完璧だから余裕さー!」

 

 おお! あれは765プロダクションの我那覇響さんと天海春香(あまみはるか)さんです!

 お二人ともアイドル界の実質的トップです。ライブのblu-rayは穴が開くほど視聴しましたが、生のはるるんと我那覇くんは初めて見ました! 思わずテンションが上がってしまいましたよ。

 

「よし、真剣勝負だーっ!」

 そう叫んで軽快な動きで1stステージを突き進みます。

 どんどん難関エリアを攻略していきました。これはひょっとしてクリアまでいけるんじゃないでしょうか!

 

 しかし、その快進撃も『そり立つ壁』で止まってしまいました。

 何度助走しても壁の上に手を掛けることができず、ずり落ちてしまうのです。

 最後の一回も失敗してしまい、仰向けで大の字に倒れてしまいました。

「うぎゃー!」

 そのままタイムアップになります。背の高い男性でも難しいエリアですから、仕方ありません。

 むしろここまでよく来れたといっていいでしょう。大健闘だと思います。

 

 その後暫くは一般参加者の方々でしたが、皆ボロボロですね。1stステージすら誰一人クリアできません。でも彼らが悪いのではないのです。明らかに仕様が悪いのです。

 そうするうちにまたアイドルが登場しました。

 

日高愛(ひだかあい)です! 元気だけなら誰にも負けません! よろしくお願いします!」

 ステージから観客席は結構離れていますが、ここまで響くくらいの物凄い大声です。一体どんな声帯をしているのでしょうか。

「愛ちゃん、怪我しないように気をつけてね……」

 傍らに佇む少女が先ほどの女の子を気遣っていました。

 

 彼女達は876プロダクションの日高愛さんと水谷絵理(みずたにえり)さんですね。

 ライブのblu-rayを何度か見たことがありますが、日高さんの持ち歌の『ALIVE』は私の大好きな曲の一つです。なにせお母さんがあの伝説的なアイドルである日高舞さんですから、そのプレッシャーに負けずに良くやっていると思います。

 健康的な身体で体操着が似合っています。思わず「ナイスブルマ」と呟いてしまいました。

 いや、私もブルマなんですけど。

 

「うおー!」

 豆タンクのような怒涛(どとう)の勢いで突き進んでいきます。

 なんだか危なっかしいですが、『クワッドステップス』と『ローリングヒル』を立て続けにクリアしました。

 続いては『タイファイター』です。

「きゃっ!?」

 両手両足で踏ん張っていましたが、途中の大きい段差で落ちてしまいました。

 あそこは結構難関のようです。

 

 

 

 私達の出番はまだ先なので、会場からちょっと離れた場所で早めのお昼を取ることにしました。

 一応お弁当は支給されますが、経費削減のあおりでショボいロケ弁だと事前に聞いていましたので、自分で作ってきたのです。

 輿水さんを誘ったらついてきてくれました。野外ぼっちランチは前世の運動会を思い出してしまうので良かったです。あれは未だにトラウマです……。

 

 レジャーシートを広げてお弁当を取り出しました。

「はい、どうぞ」

「これは中々美味しそうですね。カワイイボクが食べるのに相応しいランチです!」

 

 メニューですが、ハムとレタスのサンドイッチ、クロワッサンの卵サンド、ボトルサラダ、鶏のから揚げ、鮭と玉葱のマリネ、チキンソテーのアボカドソース添え、各種スイーツとフルーツです。輿水さんも食べるかと思って結構大量に作ってしまいました。食べ切れるでしょうか。

 そのまま二人で談笑しながら食べます。天気がいいのでピクニックにきたような感じですね。

 

「そういえば、輿水さんはほたるちゃん達と同じ学校なんでしたっけ?」

「ええ、そうです。エスカレーター式の私立中学校なので、受験を気にしなくていいからラクですよ。346プロダクションの資本が入ってますから、芸能活動にも理解がありますし」

「いいですねぇ。羨ましいです……」

 こちとら普通の公立校なのでそういう配慮は全くないです。しかも最近の活躍によって、人気者どころか今や腫れ物を触るような扱いですよ。覚悟はしてましたから別にいいですけどね。

 

 そんなことを話していると、一匹のハムスターがお弁当に向かって突進してきました。そのハムスターを追いかけて、一人の少女がこちらに来ます。

「こら、ハム(ぞう)! 勝手にいなくなったらダメだぞ!」

 その少女は我那覇さんでした。

 

 逃げ回るハムスターを我那覇さんが捕まえます。

「なになに? 『そのお弁当があまりにも美味しそうだったからついカッとなってやった、今は反省している』だって? ごはんは朝ちゃんと食べただろ!」

 ハムスターと会話しています。動物の言葉がわかるというのは本当のようですね。(うらや)ましい能力なので北斗神拳と交換してもらえないでしょうか。

「あの……、もしよろしければ、召し上がりますか?」

 緊張しつつ、我那覇さんに声を掛けました。

 

「え、いいの? お弁当がイマイチで少なかったから、もし貰えたら嬉しいぞ!」

「ええ、構いませんよ」

 そのままレジャーシートの一角に座られました。

「そういえば自己紹介してなかったな! はいさい! 自分、我那覇響だぞ!」

「よく存じております。私は346プロダクションでアイドルをやっている七星朱鷺と申します。どうぞよろしくお願いします」

 相手はトップアイドルですから、思わず緊張してしまいます。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫さー」

「そうですよ。響さんはとても気さくな方ですから、緊張する必要はありません」

「輿水さんは我那覇さんとお知り合いで?」

「同じアイドルですから、色んな番組で競演してますよ。まぁカワイイボクの次くらいにカワイイですね!」

「大体バラエティ番組さー! 幸子は毎回良いリアクションだから人気だぞ!」

「それよりも、もっとカワイさを称えて欲しいですよ!」

 

 ああ、そういえばなんとな~く路線は似てるような気がします。

 人気アイドルの夢の競演ですので、断りを入れた後で写メを撮らせてもらいました。

 その後、我那覇さんとハム蔵くんがお弁当を平らげました。美味しく食べて頂いたのでとても嬉しく思います。

 

「響ちゃん、どこー!?」

 我那覇さんを捜す声が聞こえます。声の主は天海さんでした。

 アイドルアワード受賞者にしてアイドルオブアイドルズ。女の子の憧れである、あの閣下(かっか)です。

「ごめん春香! ついお腹が減って……」

「それはいいけど、スケジュールが空いて別の現場に行くことになったから準備してね。……あれ、貴女は?」

 

 不思議そうな表情で私を見つめます。軽くパニックになりましたが早く挨拶をしなければ!

「346プロダクション所属アイドルの七星朱鷺です! よ、よろしくお願いしましゅ!」

「……しゅ?」

 肝心なところで思いっきり噛みました。死にたい。

 

「天海春香です。こちらこそ、よろしくお願いします!」

「天海さん、我那覇さん! 一つお願いがあるんですけど……」

「お願い?」

「サイン下さい!」

 念のため持ってきた色紙とサインペンを差し出しました。ファン精神丸出しです。

 

「これでいい?」

「できたぞ!」

 二人からサインを頂きました。やった! 今度アスカちゃんに自慢してやりましょう。

「今度は一緒にお仕事ができるといいね」

「私のランクではまだ難しいと思いますけど、もしその時がきたらよろしくお願いします!」

「そんなこと無いと思うよ。すぐ人気になると思うから、頑張って!」

 (あわただ)しく別の現場に移動するお二人を敬礼して見送りました。生で見れた上会話まで出来るなんて、感動です。

 

「カワイイボクにも感動していいんですよ!」

 輿水さんがドヤ顔で胸を張りました。なぜ対抗しているのでしょうかねぇ。

「はいはい、カワイイカワイイ」

「ムッ。何だか馬鹿にしてませんか……?」

「そんなこと無いですよ」

 輿水さんの頭を撫でて良い子良い子します。こんな感じで楽しいランチタイムが終了しました。

 

 

 

 その後暫くして、ようやく私達の順番が来ました。当然の如くまだ誰もクリアしていません。

 まずは輿水さんからなので、二人でスタート地点近くに移動しました。

「あれ、まだジャージを脱がないんですか? ブルマ姿は義務でしょう?」

「ボクのカワイイブルマ姿は激レアですからね! ギリギリまで隠しておいて、スタートの直前でご披露(ひろう)するんですよ!」

 ドヤ顔で言い放ちました。殴りたい、この笑顔。

 

「では続いて、346プロダクション所属の大人気アイドル、輿水幸子さんです!」

「フフーン! カワイくてカンペキなボクが華麗に完全制覇してあげますよ!」

 無駄に自信満々です。その自信を乃々ちゃんやほたるちゃんにも分けて欲しいですね。

 

 そして輿水さんの挑戦が始まりましたが、トラブルが起きました。

 スタート直前にジャージの下を脱ごうとしたところ、靴に(から)まって中々脱げません。

「あ、あれ。何でですか!?」

 そのまま時間だけが過ぎていきます。

「おおっと、これはどうしたことか! ズボンが脱げない!」

 アナウンサーさんも困惑しながら実況しています。

 

「どうする、このままいけるか? これは大きなアクシデントだ!」

 なおも脱げません。助けたいですが私には何もできないのが歯がゆいです。

「行け行け行け!」

「えぇ!?」

 スタッフさんが行けと指示を出しました。

 輿水さんは困惑しましたが、やむを得ずジャージが絡まったまま進みます。

 そのまま『クワッドステップス』に挑戦しましたが、ものの見事に池へ落ちました。

 しかも、顔面から。

 

「やっぱり無理だー! 何しに来たんだ幸子ぉーー!」

 アナウンサーさんの絶叫と観客の大爆笑が赤山スタジオに広がりました。この日一番の大盛り上がりです。

 ……こ、これが、真のバラエティアイドルの実力ですか。

 狙わずにこんな芸当をやってのけるとは、幸子……恐ろしい子!

 今回の逆MVPは間違いなく彼女でしょう。アイドル、いや芸人として一番おいしい所を持って行きました。

 ならば私も、もう一人の346プロダクション代表として頑張らなければいけません。

 

 

 

 輿水さんの喜劇が終わったので、いよいよ私の出番です。

 攻略にあたり私は二つのプランを考えました。

 プランAは『王道スポーツアイドル』です。

 各ステージにまともに挑戦し、わざと苦戦する素振りを見せながらも、なんとか完全制覇するというスタイルです。番組的には盛り上がる展開です。

 プランBは『邪道世紀末アイドル』です。

 各ステージのエリアの趣旨を完全に無視し、縦横無尽に駆け回りつつ余裕で完全制覇するというスタイルです。インパクトは大ですが番組的には微妙な展開です。

 

 私は迷わずプランBを採用しました。

 プロとしては、お仕事に対して手を抜かず真剣に取り組むべきだと考えたのです。全力を以ってぶつかることがITACHIの製作者さんに対する礼儀だと思います。

 ブルマの恨みもありますから、遠慮なく犠牲()の犠牲にしてあげます。

 

 意を決してやむなくジャージを脱ぎ、体操着とブルマになりました。恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっているのが自分でも分かります……。

「続いては、346プロダクション所属のアイドルであり、最近バラエティ番組で話題の七星朱鷺さんです!」

「コメットの七星朱鷺です! よろしくお願いします」

 こらこら、『コメット』の七星朱鷺ですよ。一番大事な単語を抜かしてどうするんですか。後で強く抗議しておきましょう。

 

 そして私のチャレンジが始まりました。

 早速、北斗神拳に伝えられる飛翔軽功の術──『雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)』を使い、スタート地点から三回連続で大ジャンプをします。

 これは人の目では(とら)えられない、弾丸が如き速度での移動を可能にする技です。本来なら一回のジャンプでいいんですが、全力でやると衝撃で足場を破壊してしまうので軽めに使って連続でジャンプしました。

 

 なお、この時点で『クワッドステップス』『ローリングヒル』『タイファイター』『オルゴール』『ダブルペンダラム』を飛び越してます。

 ITACHIは途中で池に落下したり、コースアウトやタイムアップになると失格ですが、一部を除きジャンプでエリアを跳び越してはいけないというルールはありません。

 事前に責任者さんに確認しましたから問題無いです。いや、番組的には大問題でしょうけど。

 

 続いては『タックル』です。

 ルール上ここは無視して通り抜けられませんので、押していきます。

 240kg、300kg、320kgの三つのコンテナを全身を使って押し込むのが本来のスタイルですが、アイドルとしては見苦しい姿を世間様にお見せしたくはありません。

 普通に歩きつつ、右手の人差し指で三つのコンテナを押し込んでいきました。

 これくらい、北斗神拳では初歩の初歩です。

 

 押し込んだコンテナに登った後は、足を一切上げないまま高速移動しました。ドムがホバー移動するような感じです。あの5倍は早いですけど。

 これは北斗神拳の技ではありません。足の甲を神速で動かして移動する移動術で、先日闇ストリートファイトで闘った尾張忍者の末裔さんから学んだ技です。目立つ為に使いました。

 現代人でありながらこんな凄い技を隠し持っているなんて、汚いなさすが忍者きたない。

 でも水影心で色々な忍者技をラーニングさせて頂きましたので、とても有意義な一戦でしたね。

 頂いたお弁当とお茶がとても美味しかったですし。

 

 そのままの勢いで『そり立つ壁』の前へ来ました。

 本来ならばダッシュして壁の上を掴んでよじ登るのですが、それでは見栄えが良くありません。垂直跳びの要領でジャンプして易々と壁を乗り越えました。

 勢い余って壁の三倍近い高さまでジャンプしてしまったので焦りましたけど、無事クリアです。

 

 最後の『ターザンロープ』と『ランバージャッククライム』は普通にやるとお猿さんみたいな動きで嫌なので、先ほどと同様に雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)で飛び越します。

 そのままクリアの証明であるボタンを押しました。

 残り時間は100秒なので、ここまで15秒ですか。今回のコンセプトは優雅さでしたのでこんなものでしょう。ガチれば10秒は切れそうでした。

 

「………………おおおぉぉ!?」

 歓声というよりもどよめきが起きました。そりゃそうでしょう。

 5秒くらい間をおいてから「七星朱鷺、1stステージクリアー!」というアナウンサーさんの声が響き、やっと歓声が上がりました。

 営業スマイルを保ちつつ、1stステージを後にします。

 

 

 

 輿水さんが戻っていたので合流しました。

「お疲れ様です、輿水さん。芸術的な転落でしたが、怪我はしていませんか?」

「ああ、朱鷺さん。ボクはカワイイから大丈夫ですよ。それより1stステージクリア、おめでとうございます」

 ごく普通のリアクションが返ってきました。てっきりドン引きされたと思ったんですけど。

 

「私の力に驚いたり、怖がったりしないんですか?」

「驚きましたけど怖くは無いですよ。コメットの皆さんが『朱鷺さんは凄い力を持っているけど、とても優しい子だから怖がったりしないで下さい』と事務所内で言っていましたからね。彼女達がそう言うんですから、そうなんでしょう」

 

 そうですか。

 皆が、そんなことを言ってくれていたのですか……。

 そして輿水さんはその言葉を信じてくれていました。

 346プロダクションのアイドル達は、なぜこうも優しいのでしょうか。

 

「心が広くてカワイイボクに感謝して下さいね! ……あれ、涙目になってませんか?」

「な、泣いてない、泣いてないもんね!」

 嘘です。ちょっとだけ泣いちゃいました。

 

 その後は有力選手20名が出場されましたが、先ほどの私の攻略法がよほどショックだったらしく、全員無残に散っていきました。精神攻撃は基本です。

 こういう反則技で努力をあざ笑う行為は本当は大嫌いなんですけど、今は非常事態ですから仕方ありません。皆のために、もっともっと頑張らないと!

 

 その後は2ndや3rdステージでしたが、その頃にはブルマの恥ずかしさは薄れていました。

 コメットのためだと思えば、こんな恥辱も甘んじて受け入れられます。

 ガンバスターをリスペクトした両腕組みのガイナ立ちでスタートし、いずれも華麗にクリアしました。

 なお、内容は1stステージとほぼ同じ展開なので割愛します。もう全部雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)でいいんじゃないかな、と言う感じでした。見所は何一つないです。

 

 そしてやっとFINALステージです。既に日は落ちていました。

「今宵、FINALステージに残ったのはたった一人。その名は、七星朱鷺14歳! まさかまさかのダークホースです!」

 アナウンサーさんの実況が夜の闇に響きます。

 

「アイドル、いやアスリートとして、どんな気持ちで挑戦するのでしょうか!」

 当の本人はお腹空いたからサクッとクリアして早く帰りたいとか思っていますよ。ですがプロとして、最後まで真剣に取り組む姿勢には変わりありません。

 FINALステージは全身を使った壁登りと綱登りで、30秒以内に24mの高さまで上がるというものでした。なんか地味なんですよねぇ、FINALステージって。

 

「スタート!」

 掛け声と共に、またまた雷暴神脚(らいぼうしんきゃく)で垂直ジャンプします。

 壁登りを完全に無視してそのまま綱を掴み、腕力に物を言わせて再ジャンプし更に綱をつかみます。以降は同じ要領でジャンプし続けました。こちらも闇ストリートファイトで学んだ空中技のちょっとした応用です。

 結局まともに登ることなくボタンを押しました。記録は5秒です。

 

「クリアーーーー!」

 アナウンサーさんの絶叫が周囲に響きました。あまりにも無茶苦茶な攻略の仕方なので、下は騒然とした感じになっています。

「七星さん! 完全制覇した感想はいかがですか!!」

 上で待機していた興奮気味の女性アナウンサーさんからインタビューを受けます。当然の結果ですから特に感想はありませんが、とりあえず適当に言っておきましょう。

 

「はい。完走した感想ですが、自然公園のアスレチックみたいで楽しかったです」

 小学生並みの幼稚なコメントです。

「……あの、難関のステージとか、苦しかった所とか。完全制覇して、何か思うことは?」

「ないです。そんなことよりも、私が所属するコメットのデビューCDが絶賛発売中ですので是非よろしくお願いします! ファンクラブ会員も随時募集中ですよ! 私以外は皆カワイイです!」

 一切の迷い無く断言した後、露骨なダイレクトマーケティングを展開しました。

 ブルマの方が一億倍手強かったです。おまえもまさしく強敵(とも)だった!!

 

「あははは、その……。何かスポーツとかやっているんですか? 結構凄い動きしてますけど」

「特にはやっていません。『北斗神拳』という地上最強の拳法を少々(たしな)んでいるだけですよ」

 その言葉を発した瞬間、会場中が静まり返ります。

 こうして大したカタルシスも無いまま今回のITACHIは地味にその幕を下ろしました。

 なお、次回以降の開催はなぜか未定となったそうです。

 

 

 

 そして ITACHIの放映日がやってきました。後1時間で放送時間ですが、自分のブルマ姿を直視したくないので視聴せずに家の三階にある防音室に()もります。

 この部屋は私が女の子らしくなるよう、ピアノを習わせるために作られたものです。ちょっと前まではギター専用ルームと化していましたが、割と広い部屋なので最近ではボーカルとダンスのレッスン場にもなっていました。

 

 なお、肝心のピアノは部屋の片隅で(ほこり)を被っています。い、一応は弾けるようになりましたよ。猫踏んじゃったとか……。

 最近は忙しくてレッスンに出る暇が無いので、夜間に予定が無い日は朝まで自主レッスンをしていました。何せ一週間寝なくても平気な体力がありますので、寝てる暇があったらレッスンをした方が建設的です。

 

 朝日が差し込むまで自主レッスンを行い部屋に戻ると、スマホに大量のメールとLINEと着信が来ていました。吐きそうです。

 気分を変えようと日課のリアルタイム検索をしてみると『北斗神拳』が話題のキーワードの一位に燦然(さんぜん)と輝いていました。二位は七星朱鷺です。

 そしてコメットはランキングにすら入っていませんでした。

 

 ひょっとして、この『新・三本の矢』路線は大失敗しているのでは? という疑念がこの時点で浮かびました。

 ですが、今さら後戻りはできぬ。できぬのだ……。

 

 

 

 


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