ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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冒頭のみ暴力的な表現が含まれていますので、苦手な方はご注意下さい。
主人公を常識人と勘違いされている方が多いようですが、心を病んでいる重病人という前提で読んで頂けると違和感が少なくなるかと思います。


第21話 暴走の果て

──何もかもが、炎の中に沈みました。微笑みかけた友情も、芽生えかけた愛も、秘密も。

 

 七星医院の屋上は眺めがいいので、私のお気に入りの場所です。

 子供の頃はここでよく星空を眺めていたのをふと思い出しました。持ってきたデッキチェアーに腰掛けて下界を見下ろします。

 そこには、少し前まで街と呼ばれていた瓦礫(がれき)の山が無限に広がっていました。残った建物も勢いよく炎上しています。

 そして、かつてヒトだったモノが至る所に横たわっていました。ヒトのような何かが……。

 

 コメットの強制解散が言い渡されたその日、私の中の何かが粉々にブッ壊れました。

 結局二度目の人生でも世界から拒絶されたと思うと、全てがどうでも良くなったのです。

 そして自暴自棄になった私は、ある考えに至りました。

 

──世界が私を否定するなら、私も世界を否定してやる。

 中学生が恐らく一度は経験するであろう、世界破滅願望です。ふふっ。これじゃアスカちゃんのことを笑えません。

 けど私は普通の中二病患者と違う点がありました。本当に世界を滅ぼす『力』があったのです。

 

 それにしても、世界のバランスなんて本当に(もろ)いものですね。

 核兵器保有国の要人、特に穏健派と言われる方々をサクサクッと闇に葬っていった結果、どの国も疑心暗鬼になり他国との関係が急速に悪化していきました。

 忘れがちですが北斗神拳は『暗殺拳』ですから、そういうことに一番適した能力なんですよ。

 

 各国でそういった活動を行い、意味深ですが実は何の意味も無い犯行声明を出し続けていった結果、とうとう核兵器保有国同士の軍事衝突が始まったのです。

 最初は地味な小競り合いでしたが、エスカレートするのにさほど時間は掛かりませんでした。最終的には核弾頭を搭載したICBM(大陸間弾道ミサイル)の打ち合いになったのです。

 201X年──世界は核の炎に包まれました。

 

 当然、日本も例外ではありません。

 主要都市にICBMがガンガン打ち込まれていきました。

 幸いなことにこの辺りにはまだ着弾していませんが、時間の問題ですね。といっても、核以外の攻撃や暴動等によって既に酷い状態になっていますから、もう滅んだと言っていいと思います。

 頼みの綱である自衛隊や警察はその機能を完全に停止していました。もはや無政府状態です。

 

 世界を相手に無理心中を試みて成功したのは、私が人類初にして最後でしょう。

 全く、強靭で凶刃な狂人を本当に怒らせるからこういうことになるんですよ。

『極悪ノ華』と化した私を止めることは誰にもできません。私の深い絶望を世界中の皆さんに強制的にシェアして頂きました。

「……恨むなら346プロダクションを恨んで下さい」と盛大に責任転嫁をしてみます。

 私が一番悪いことは私自身が良く分かっていますけどね。

 

 人としての心は既に私の中から失われかけていましたが、それでも家族やコメットのメンバー、346プロダクションや競演した他事務所のアイドル達だけはどうしても見捨てることが出来ませんでした。

 わずかに残った良心を振り絞り、政府要人が秘密裏に所有していた巨大核シェルターを力づくで奪取して、皆さんにはそちらに入って頂いたのです。外務的な省の偉い方が色々な裏情報を持っていたので助かりました。

 指導役になってもらうため、武内P(プロデューサー)や今西部長、千川さん、765プロのP等のまともな大人も一緒に保護しています。駄犬も一応命だけは助けてあげました。

 

 Vault-Tec(ボルトテック)社というアメリカの企業が建設した核戦争避難用シェルターで、数十年は余裕で耐えられる設計なので彼女達の身は安全でしょう。

 世紀末世界でも頑張って生きていって欲しいです。

 

 ICBMが飛んでくるまでちょっとだけ時間がありそうなので、持参したボストンバッグから様々な瓶を取り出しました。

 「ろ~ま~ね~こん~てぃ~! こ~く~りゅ~う! まっから~ん!」

 旧ドラちゃんっぽく、ねっとりとお酒の名前を読み上げていきます。

 

 既に国家体制は崩壊していますので、もう法律なんて関係ありません。好きなだけ飲みまくってやりますよ。酒屋の店主さんは既にお亡くなりになっていたのでお金はレジ前に置いてきました。

 世界崩壊を(さかな)に飲むお酒は、中々オツなものです。

 

「でも、四人でもっとアイドルやりたかったな……」

 ふと本音が漏れてしまいました。何だかしんみりとしてしまいます。

 どこで道を間違えたのか、今考えて見れば答えは明白でしたが、いくら『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』があっても過去には戻れません。

 

「……コメットに乾杯!」と一人で叫んで、グラスに注がれた透明な液体を一気に飲み干します。

 その瞬間、(まばゆ)い光に包まれました。

 

 

 

「はっ!!」

 意識が戻ったのに気付くと、学習机に預けていた重い体を引き起こしました。

 どうやら少し眠ってしまったようです。目覚まし時計を確認したところ深夜の2時でした。まだ仕事が残っているのに居眠りとは、たるんでいる証拠ですね。

 でも何だか酷い悪夢を見ていたような気がします。詳細は思い出せませんが、世界を崩壊させるとか何とか……。

 

「ははっ。そんな馬鹿な……」

 何とも荒唐無稽で悪趣味な夢です。私のように善良で良識ある市民がそんな危険なことをするはずがないじゃないですか。そうですよね?

 ちょっと自信がなくなってきたので、悪夢は忘れて仕事を続けることにしました。

 

 趣味繋がりで頂いた模型雑誌の連載コラムの原稿を仕上げていきます。今日の夕方が締め切りなので、今のうちに仕上げなければいけません。原案は完成していますので、後はブラッシュアップさせるだけです。

 

「ぐぅ……」

 パソコンのワードソフトを開き、ヅダの魅力について熱く語った原稿を読んでいると、いつのまにかまた机の上に突っ伏していました。

 脳が睡眠を求めていますが、そんな下らない欲求に負ける訳には行きません。

 

「はあぁぁ!」

 合掌(がっしょう)の構えで闘気を全身に満たし、自らの体力を回復させます。これぞ北斗神拳奥義──『北斗精光法(ほくとせいこうほう)』です。更に秘孔研究の際に新発見した『眠気を取り払う秘孔』を自らの手で突きました。

 これで暫く持つとは思いますが、最近は使いすぎて効き目が薄くなっています。もう一押ししましょうか。

 

 部屋に備蓄してあるエナジードリンクとスタミナドリンクの箱からドリンクの缶を一本づつ取り出しました。

 「まんたーんドリンクっ!」

 そんな言葉を口にして計二本を一気飲みします。そうすると、何となく体力が全回復したような気がしました。

 

 『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を持つ私の体力はほぼ無限と思っていましたが、このところ寝ずに全力で体力仕事等を行った結果、極度の疲労状態となっています。

 特に先日の翼人間コンテストでは相当体力を浪費してしまったため、そのダメージが大きく響いていました。

 

 北斗神拳とドリンク類を併用することでようやく体調を維持している状態なのですが、コメットが大変な時期にのうのうと休んではいられません。

 何となく前世の末期頃を思い出すので嫌な予感がしますけれども、そんなことは気にしていられないです。吐血もし始めましたが、もっともっと頑張って24時間働かなきゃ……。

 

 コラムを仕上げてメールで送信した後は、専用ブラウザを開いて某掲示板に向かいます。お気に入り登録している『女性アイドル板』に移動し、お目当てのスレッドである『コメット応援スレ part17』を開きました。

 新着の書き込みを飛ばし飛ばし見ていきます。

 

『朱鷺先生の貴重なライブシーンが見れるのはコメットだけ!』

『いや、もうソロでやればいいじゃん(いいじゃん)。コメットを出る喜びを感じて欲しい』

『やきうのお姉ちゃん同士、トッキとユッキでユニット組ませたいなぁ』

『アイライクトキサン トキサンアイシテル!』

『次は東京オリンピックかな? どの競技でも金メダル以外獲らなそう』

『恵まれた可憐な容姿から糞みたいな言動がだいすき』

『ピンクは淫乱。トッキはピンク髪。つまりトッキ=淫乱( Q.E.D.証明終了)』

『その理屈だと美嘉姉ぇにも風評被害が及ぶのでNG』

『アレを許容している他の三人はホントぐう聖だわ』

『(スレに居づらくて)辛いです。ほたるちゃんが好きだから……』

『(居て)ええんやで。ワイも飛鳥推しやからな。わかるわ』

『トッキのせいで存在感薄いぞ森久保ォ! もっと頑張れ森久保ォ……!』

 

 よし、ここに火を放ちましょう。

 いつもの通り、私の話題であふれていやがりました。最後の三人は数少ない良心なので、これからも是非頑張って欲しいです。

 くっ!! トキ! トキ! トキ! どいつもこいつもトキ! なぜですか! なぜこんな腐ったドブ川を話題にして、乃々ちゃん達を取り上げないんですか!

 

 少しでもコメットを盛り上げようと考え、ここ最近はスレを誘導したり工作したりしていましたが、結局私の話題になってしまいました。おかしい、こんなことは許されない……。

 キレて思わず『ここはコメット総合だろ? あのメスゴリラみたいなドブ川の話するんだったら朱鷺スレに行けよ』と書き込んでしまいました。

 

 七星朱鷺応援スレはpart57まで伸びています。beam姉貴好きのゲーマーと鎖斬黒朱のメンバー、北斗神拳に憧れる子供達、格闘技及び野球ファン等が和気藹々(わきあいあい)と交流する、現実世界ではありえない超カオス空間と化していました。これもうわかりませんね……。

 30分くらいしてからまたコメット応援スレを覗くと、いくつかコメントが付いていました。

 

『なにいってだこいつ』

『何トッキディスってんだよ、潰すぞ』

『ああ? クイーンをコケにする奴ぁ、俺がシステマで半頃しにしてやんぜ!』

『マジレスとか、おハーブ不可避ですわねwww』

 くっ……。こいつら……!

 

 結局、ステルスマーケティング作戦も上手くいきませんでした。『新・三本の矢』は全て折れてしまいましたので、もう打つ手がありません。

 しかも既に3月も半ばに突入しています。シンデレラプロジェクトはメンバーの欠員が多数出たらしくまだ始まりそうにありませんでしたが、それでも時間がないことは確かです。

 必死になって朝まで新しい作戦を考えましたが、何も思いつきませんでした。

 

 

 

 学校の授業を終えて、346プロダクションに向かいます。

 今日は仕事が入っていないので通常のレッスンです。正直レッスンなんてやっている場合ではないと思いますが、他にできることもないので仕方ありません。2週間ぶり位なので懐かしさすら感じます。

 更衣室でトレーニングウエアに着替えた後、レッスンルームに行きました。

 

「おはよう、ございます……」

 既にアスカちゃん達が来ていたので挨拶します。

「おはよう……って、大丈夫ですか!? 朱鷺さん!」

「はい?」

 ほたるちゃんが酷く慌てています。

「顔が青いどころか真っ白なんですけど……」

「やせたな、トキ……。鏡で自分の顔を見るといいよ」

 飛鳥ちゃんに言われて、レッスンルームの鏡に映った自分の姿を眺めてみました。

 

 これはひどい。

 死人のような青白い顔の少女がそこに立っていました。公家(くげ)かな?

 朝はそうでもなかったんですけどね。秘孔やドリンクの効果が切れてしまったようです。家では体調不良がバレないよう明るく元気な娘を演じているので、その反動が夕方に来てしまったのでしょう。

「あはは、まだ生きてますから大丈夫ですよ。この程度なら北斗精光法で……」

 そう言って合掌の構えをとろうとしたところ、アスカちゃんに右腕を掴まれました。

 

「……もう、我慢の限界さ。何を隠しているのかは知らないけど、これ以上の無理はトキの命に関わる。(しばら)く休息を取るんだ」

 気遣ってくれるのは嬉しいんですが、今は立ち止まっている場合では無いんですよねぇ。

 優しく振り払おうとしたところ、今度はほたるちゃんに左腕を掴まれました。乃々ちゃんも胴にしがみついています。

 

「……離して下さい」

 ちょっとだけドスを利かせてお願いしました。無想転生を使えばすり抜けられますが、あれも結構体力を消費するので使うのは避けたいです。

「嫌です! 飛鳥さんの言うとおりですよ……。これ以上働いたら死んじゃいますから、もう止めて下さい!」

「これ以上は、本当にむーりぃー……」

 二人とも必死ですが、なぜでしょうか。

 

「私の命なんて羽毛布団くらい軽いですから大丈夫ですよ。死んでも悲しむ人はいないですしね。命は投げ捨てるものです」

 どうせ神様の気まぐれで与えられたオマケ人生ですから、いつ逝っても私の生涯に一遍(いっぺん)の悔いなしです。家族だって、こんな汚物が消え去ればきっとせいせいすると思います。

 

──そう言い放った次の瞬間、頬に熱い衝撃が走りました。

 

 涙目のほたるちゃんに、ビンタされました。

 あまりに不意打ちすぎて防御不可です。

 二度目の人生で、初の被ダメージでした。

 

「いい加減にして下さい! 朱鷺さんに何かあったら、私が悲しいです!!」

 今まで聞いたことの無いくらい大きな声で、ほたるちゃんが叫びました。

 えっ!? 私が死んだら悲しいって、そんな、大げさな……。

「朱鷺ちゃんはだめなもりくぼを必要としてくれるし……どこにいても見つけてくれる……。

 朱鷺ちゃんといると、変わらないといけない気になります……。だから、もりくぼ的には、朱鷺ちゃんがいないととっても困るんです……。うぅ……」

「自分の価値にまだ気付いていないのか。ボク達はボク達であることを許されてる……トキのチカラでね。だからトキがいなくなったら、ボク達も存在し得ないのさ」 

 

 ああ、そうか。

 この子達は、こんな薄汚い私のことを、とても大切に思ってくれているのですね……。

 

 累計年齢50歳にして出来た初めてのお友達は、本当に、素敵な仲間でした。

 

 何だか力が抜けていきます。そのまま意識が遠のいていきました。

 

 

 

 重たいまぶたを押し上げると、見知らぬ天井が広がっています。

 どうやらベッドに寝かされているようでした。

「おや、目覚めたみたいだね」

「……気が付きましたか?」

 不意に声を掛けられたので顔を向けると、犬神Pとコメットの皆がいました。何だかホッとしたような表情です。

 

「おはようございます。……ここはどこですか?」

「346プロダクション内の医務室だよ。意識を失った七星さんを皆が運んできてくれたんだ」

「……そうですか」

 度重なる疲労で意識を失ってしまったようです。時間を無駄にしてしまいましたので、早くレッスンに戻らないと。

 

 上体を起こして立ち上がろうとしたところ、犬神Pに取り抑えられました。

「レッスンや仕事のことなら心配しなくていい。当面は休みにして貰ったから」

「……は?」

 この駄犬は一体何を言っているんでしょうか。

「体力仕事の話をした時の条件を覚えているよね。『七星さんの体調を考慮して、これ以上は続行不可能だと俺が判断したらその時点で仕事にストップをかける』ってやつさ。今の体調では仕事はおろかレッスンも無理だから強制休養にしたよ」

 

 ほう。畜生の分際で随分ナメたことを言うじゃありませんか。ちょっと脅してやりましょう。

「私は元気ですから問題ありません。もし強制休養させるなら犬神PのB○Wを(ちり)と共に滅しますけど、それでよろしいですか?」

「ああ、いいよ。好きなだけ破壊してくれ」

 むむむ。犬の癖に今日はやけに強情です。

 

「これはブラフではないですよ。私はやる時はやる女です」

「わかってる。これでも半年近く接してきたからね。車なんて働いてまた買えばいいけど、七星さんの代わりはいないんだ。君が休んでくれるなら惜しくないさ」

 青春ドラマに出てくるような青臭いセリフです。でも、その目は真剣でした。

 

「コメットとシンデレラプロジェクトの件については、さっき俺から皆に説明しておいたよ。まさか七星さんが情報を隠蔽(いんぺい)するとはな。だけど、君の性格を考えれば十分予想できることだった。

 全て、忙しさにかまけてフォローを怠っていた俺のミスだ。本当にすまない!」

 そう言って私や皆に深く頭を下げました。

 

「……そんなことはないですよ」

 犬神Pが悪い訳ではありません。彼はまだ新人ですが、私を含め10名のアイドル達のプロデュースとマネジメントを一任されているため、非常に忙しいのです。

 特に今は年度末で超多忙ですから、個々のアイドルに関してフォローが疎かになっても咎めることは出来ないでしょう。それを利用した私が一番悪いんです。

 

「でも、とうとうバレてしまったんですね。結局何もかも上手く行きませんでしたか」

 皆を悲しませたくないので、あえて報告・連絡・相談を遮断し情報をひた隠しにしていましたが徒労に終わりました。これだけは避けたかったんだけどなぁ。

 

「解散危機は確かにショックでしたけど、それでも教えて欲しかったです。四人で一緒に頑張って、解散阻止に向けて頑張りたかったです……」

「もりくぼも解散はイヤですけど、そのことについて話してくれなかったことの方がもっともっとイヤです……」

「ボク達を心配してのことだったんだろうが、ボクも含めその程度で絶望に呑まれたりはしないさ」

 

 ああ……。私が考えていたよりも、彼女達はずっとずっと強かったようです。

 やっぱり、皆と力を合わせてこの危機に対応するのが正しいルートでした。ルート選択を誤った今となっては、何を言ってもまさに『覆水(ふくすい)(ぼん)に返らず』ですが。

 

「全て私のせいです。本当にすいません」

 結局、私の暴走は皆に多大な迷惑を掛けただけでした。

「いいや、トキの異変をわかっていながらちゃんと気付こうとしなかったボク達にも非はあるよ。残された時間は刹那だけど、何とかして解散を防ぐプランを考えようか」

 アスカちゃんはそう言ってくれましたが、もう終わりです。コメットは解散させられてしまうでしょう。

 そう思うと何だか無性に世界を滅ぼしたくなってきました。あれっ、何かデジャビュが……。

 

 

 

「最後まで、希望を捨てちゃいかん。あきめたらそこでグループ活動終了だよ」

 ふと、ダンディな声が聞こえました。声のした方を見ると、にこやかな表情の男性と今西部長が医務室に入ってくる所でした。

 もう一人の男性には見覚えがあります。デビューミニライブでCDを四枚購入頂いた、ふくよかな老紳士です。

 

 ベッドのそばまで来た後、今西部長が口を開き私に優しく語りかけました。

「七星君。君には大きな心配を掛けてしまった。本当にすまなかったね。

でも、もう大丈夫だ。コメットを継続するか解散するかで統括重役や役員達とずっと協議をしていたのだけれど、今日ようやく結論が出たんだ。今後346プロダクションとしては、コメットもシンデレラプロジェクトと同じ位重要なプロジェクトとして全力で支援していく方針に決定したよ」

 

 マァジスカ。

「で、では、コメットは解散ではなく存続と考えて良いのでしょうか!?」

「ああ、そうだね。だから安心して静養して欲しい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、重い重い肩の荷が下りたような気がしました。次の瞬間、三人から一斉に抱き付かれます。

「フッ。どうやらボク達には幸運の女神が付いているようだ」

「やりましたね! 朱鷺さん!」

「本当に、本当に良かったですよぉ……」

 皆とっても良い笑顔です。この笑顔が守れて、本当に良かった……。

 

「私の今までの努力が実を結んだんですね……!」

 あの頑張りは無駄ではなかったのでした。何だか感慨深いものがあります。

 そんな思いに浸っていたところ、今西部長がばつが悪そうに切り出しました。

「あ、いや、七星君の頑張りももちろん影響したんだけど、存続とは直接は関係がないんだ。何せ(つる)の一声だったから」

 その言葉を聞き思わず「へ?」と間の抜けた声を出してしまいました。まるで意味が分からんぞ。

 

「やあ、久しぶりだね。七星君」

 ミニライブおじさん(暫定です)から声を掛けられましたので、「お久しぶりです」と反射的に挨拶をします。

 コメット存続で浮かれてしまいすっかり忘れていましたが、そういえばなぜこの方が346プロダクション内にいらっしゃるのでしょうか。ここは関係者以外は入れないはずなんですけど。

 

「あの、今西部長。大変失礼ですが、この方はどちら様でしょうか?」

「こちらは白報堂(はくほうどう)の専務の安東さんだよ。大学時代、バスケ部でお世話になった先輩なんだ」

 なんと。白報堂といえば国内でも一、二を争う大手広告代理店さんです。

 芸能事務所の仕事の多くは広告代理店さん経由で頂きますので、346プロダクションにとって最上級のお得意様であり、正に神様的な存在です。

 

「そういえばあの時は名乗っていなかったかな。どうも、白報堂の安東です」

「ど、どうも。コメットの七星朱鷺です……」

 名刺を頂戴した後、改めて自己紹介をしました。そんな超絶偉い方がなぜ私の所に足を運ばれたのでしょうか。そんな疑問を見透かしたかのように、話を続けました。

 

「最近七星君だけがバラエティ番組に出演して無茶なことをやっているから気になってね。今西君に確認したら、346プロさんの中で君達の立場が危うい状態だというじゃないか。

 コメットのような素晴らしいグループをこんな所で終わらせてはいけないと思ったから、役員連中へ説教しにきたのさ」

「いやぁ、安東さんの鬼モードを久々に味わいましたが、あの圧倒的な迫力は大学時代から全く衰えていませんね。役員の多くが腰を抜かしていましたよ」

「ほっほっほ。僕もすっかり好々爺だから、昔みたいに叱る機会なんて殆どないさ。何せ孫には一度も怒ったことがないくらいだから」

「ははは。可愛いお孫さんには嫌われたくはありませんからねぇ」

 旧知の仲らしく、親しげな会話でした。

 

「ち、ちなみに、安東さんの口添えがなければコメットはどうなっていたのでしょうか……?」

 最大の疑問をぶつけてみました。何となく回答は予想できていますが。

「七星君を史上最強のアイドルとしてソロで売り出そうという声が非常に強かったから、恐らく解散させられていただろう。僕も安東さんと君達が懇意だと知っていればもう少し早く解決できたんだが、すまなかったね」

「い、いいえ……」

 かろうじて声を搾り出します。

 

「では、僕はこれから安東さんと一杯飲みに行きますので。七星君はしっかり休んで体調を整えて下さい」

「これからの君達の活躍をとても楽しみにしていますよ。それでは」

 そう言い残して、お二人は颯爽(さっそう)と夜の街へ繰り出されました。

 

 あ、あれ? コメットが生き残れたのは全て安東さんのお陰であり、私一人の力では結局どうにもならなかったということですか。

 私の血の滲む努力よりも、安東さんの一言の方が遥かに力があったのです。

 そうですかそうですか。では、超色物アイドルに堕ちてまで散々頑張ってきた激闘の日々は一体なんだったんでしょうかねぇ!

 

「あはっ! あははっ! あははははは……!」

 ヤケクソになって大笑いした後、その場に崩れ落ちました。再び意識が闇に飲まれていきます。

 

 FATAL(フェイタル) K.O.

 七星朱鷺────『再起不能(リタイア)

 とは、なりませんでした。

 この世から消え去りたいです。本当に、そう思いました……。

 

 

 

 

 


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