ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第25話 私の小さな目標

「チャリティーイベント?」

「はい。朱鷺さんに是非ご協力頂けないでしょうか」

「他ならぬクラリスさんのお願いですからお受けしたいんですけど、個人的にボランティアは性に合わないんですよね……」

 パツキンで修道女姿のチャンネーから不意にこんな依頼を頂きました。私が難色を示すとプロジェクトルーム内に気まずい空気が漂います。

 

 クラリスさんは私と同じく、346プロダクション所属の超美人アイドルです。見た目通り元々はシスターであり、自分の教会を立て直すためアイドルを始めたと以前伺いました。

 その清楚な印象から固定ファンが多く、根強い支持を得ています。アイドル活動の報酬で教会の借金は完済されましたが、アイドルも楽しいので当面はそちらの活動を主にされるそうです。

 

 色々とお世話になっているので本当は協力したいのですが、渋ったのには理由がありました。

 お仕事であれば報酬という対価があるので、その分しっかり働かなければいけないという高いモチベーションが発生します。

 一方ボランティアだと対価が発生しないので、『所詮(しょせん)無償だしなぁ』という気持ちが無意識に働いて手抜きになりがちなんですよね。仕事はきっちりやらなければ済まない性質なので、ボランティアという働き方とは相性が良くないのです。

 

 困り顔の私をスルーしてクラリスさんが話を続けました。

「私が懇意にさせて頂いている児童養護施設でのイベントなのですが、そこの子供達が朱鷺さんの大ファンでして……。出演頂ければ子供達がとても喜ぶと思うんです」

「そうなんですか。ちなみに私のファンとのお話ですが、それはアイドルとしての私と、びっくり人間としての私のどちらでしょうか?」

「……どちらかと言うと、後者です」

「ですよねー」

 案の定、そちらの私でしたか。

 

 世紀末系アイドル路線は卒業済みであり清純派アイドル路線に回帰していますから、これ以上体力仕事をお受けしたくはないのです。会社から来た公式なお仕事でもありませんので、ちょっと心苦しいですがお断りしましょう。

 それに昨日のマジックアワーの収録で精神的に疲労困憊(こんぱい)なのです。友紀さん、のあさん、志希さんの放送事故不可避トリオを制御するなんて、『出来るわきゃねえだろおおおお!』と叫びたかったですよ。 

 マジックアワー史上初の二回撮り直しとか、もはや草も生えませんでした。『君のせいじゃないから、落ち込まなくていいよ』と番組ディレクターさんから励まして頂いたのがせめてもの救いです。あの三人は全く悪びれていませんでしたけどね。

 

「すいません、やはりそのお仕事は……」

 そう言いかけた時、誰かがプロジェクトルームに入ってきました。小学校低学年くらいの可愛い女の子です。とてとてと私の前まで歩いて来ました。

「ななほしさん、こんにちは。こんどのいべんとにでてほしいです。よろしくおねがいします」

 頭を下げてこんなお願いをされました。

「クラリスさん、この子は?」

「イベントを行う児童養護施設のお子さんです。朱鷺さんに出演のお願いをすると言ったら、私も連れて行ってと強くせがまれましたので……」

 

 くっ。美幼女を使うとは中々やります。私の弱点である『可愛い物好き』を的確に射抜いていきましたが、気持ちに変わりはありません。

 社会に貢献したところで家族や乃々ちゃん達が幸せになる訳でもありませんし、私のお腹が(ふく)れる訳ではないのですから。

「お嬢ちゃん。残念ですけど、私は無償ではお仕事をお受けしないようにしているんです。本当にごめんなさいね」

 かなり心苦しいですけど何とかお断りしました。

 

「むしょう?」

「タダという意味ですよ」

 幼女には難しい言葉でしたか。わかりやすく言い換えて伝えました。

 その言葉を聞くと、幼女は覚束(おぼつか)ない手つきでお財布を取り出します。

「タダじゃないよ。おきゅーりょーあげる!」

 そう言って、お財布に入っていた千円を私に差し出してきました。

 

「アキちゃん。気持ちはわかりますが、千円では朱鷺さんは受けて頂けないですわ」

 クラリスさんがそう言って美幼女を(さと)します。

 むむむ。これでは私が守銭奴の悪人みたいじゃないですか。

「……わかりました。その仕事お受けしましょう」

「いいのですか?」

「はい。女に二言はありません」

「本当にありがとうございます。朱鷺さん」

「ありがとーございます!」

 

 アキちゃんと呼ばれた子から、満面の笑顔でお礼を言われました。やはり美幼女には笑顔が似合います。

 千円でも報酬が発生するのであれば、それは立派なお仕事です。それに、この子が置かれている環境を考慮すると千円は相当な大金でしょう。そこまでされているのに無碍(むげ)に断るのは、アイドルというか流石に人としてどうかと思いますからね。

 とにかく引き受けると決めた以上、しっかりお仕事をしなければいけません。

 

 

 

 翌日、プロジェクトルームで当日の出し物をどうするか打ち合わせを行いました。

 クラリスさんとお喋りしていると凄い勢いでドアが開き、ポニーテールの美少女が突っ込んできます。

「おはようございますっ! 元気ですかーっ!! 今日も全力で頑張りましょー!!」

「お待ちしていましたよ、茜さん」

 イベントでは、私とクラリスさんの他にもう一人アイドルが出演します。そのアイドルこそ、今入室してきた少女──日野茜(ひのあかね)さんです。

 

 茜さんは346プロダクションの中でも特に人気が高いアイドルの1人です。いつも前のめりな超元気娘で、思わずこちらも元気を貰えます。

 楓さん同様、コメット解散騒動の際に色々と相談させて頂いたので仲良くなりました。

 

 相談の回答は『気合です! 元気があれば何でも出来ますっ!』だったので、参考になったかというと、アレでしたけど。

 忙しいはずですが、クラリスさんが依頼したところ『何でもどうぞ、どーんと引き受けますよっ!!』と二つ返事で答えてくれたそうです。報酬でゴネたどこかのドブ川と比べて、人間としての器が違いますね。

 

 その後、茜さんを交えて打ち合わせを始めました。

「とりあえず、ミニライブは確定ですか」

「そうですね、やはりアイドルですからライブは必須だと思います。ただ、それだけでは時間が余ってしまうので、他の出し物を決めましょう」

「はい! ラグビーなんてどうでしょうかっ!」

 茜さんがキラキラした目で元気よく発言しました。

「うーん。子供にラグビーはちょっとハードルが高いですから、他のにしましょうか」

「そうですかっ! 残念です!」

 提案が却下されても落ち込まない前向きさが本当に素敵です。

 

「私は聖歌を歌いたいと思います。茜さんは普段どおりの感じで子供達と遊んで頂いて良いでしょうか」

「はいっ、もちろん準備万端、覚悟完了ですっ!!」

 とても元気に返事をします。興奮したゴールデンレトリバーみたいで何だか可愛いですね。

「それで朱鷺さんは……」

「私はとっておきの出し物を用意してきました!」

 クラリスさんの言葉を(さえぎ)るため、大声でかぶせ気味にまくし立てました。

 どうせ私に期待されているのは北斗神拳でしょう。アレはもう披露したくはありませんので、先手を打って別の出し物を用意したのです。

 

「私特製の紙芝居をやりたいと思います。既に用意しましたので、是非ご覧下さい」

デジタル全盛のこの時代、アナログなものが意外と好まれるのです。紙芝居なんて今の子供達には逆に新鮮なので、受けること間違いなしです。しかも内容は、あの名作童話をアレンジした自信作ですから。

「あら、紙芝居ですか」

「おお、今時珍しいですね! 楽しみです!」

「はい、是非お楽しみ下さい。それでは、はじまりはじまり~」

 

 

 

『シンデレラ』

『文・画・語り 七星 朱鷺』

 

 昔々あるところに、シンデレラというとても美しい娘がいました。

 優しい家族に囲まれて幸せに暮らしていましたが、ある時お母さんが亡くなってしまいます。

 その後お父さんは新しいお母さんと結婚したのですが、義理のお母さんとお姉さん達はとても意地悪な人でした。毎日いじめられ、召使いのようにこき使わる辛い日々を送っていたのです。

 

 今日はお城でパーティが開かれる日でした。お姉さん達は綺麗なドレスで出かけますが、シンデレラは留守番です。

『私も行きたかったなぁ……』とシンデレラが落ち込んでいると、美しい魔女が現れました。

『シンデレラ、貴女をお城に連れて行ってあげましょう』

 魔法使いが杖を振るうと、どうしたことでしょう。立派な馬車が現れ、シンデレラが着ているボロボロの服は輝くようなドレスになりました。

『さぁ、このガラスの靴を履いていってね。但し、真夜中の12時を過ぎると魔法が解けてしまうので、それまでに帰ってくるのですよ』

『はい!』

 

 カボチャの馬車に乗って、シンデレラはお城に着きました。

 王子様は美しいシンデレラを見つけると『一緒に踊って下さい』とダンスを申し込みます。

 二人でダンスをしたり、お(しゃべ)りをしたり──まるで夢のような楽しい時間があっという間に過ぎていきます。

 ですが12時を告げる鐘が鳴ってしまいました。慌てたシンデレラが駆け出すと、片方の靴が脱げてしまいます。

 戻っている時間はありませんので、そのまま階段を駆け下りました。

 

 その後、なんやかんやあってシンデレラと王子様は結ばれました。

 シンデレラは玉の輿(こし)で王宮入りしましたが、実はその国は問題だらけであることに気付きました。隣国との戦争が頻発し、国は乱れ、貧富の差が急速に拡大していたのです。

 

 しかし、その状況を変えようとする者は誰一人としていませんでした。王や貴族は連日のパーティーで浮かれており、統治者としての資質に欠けていたのです。

『これ以上不幸な子供を増やしてはなりません。誰も動かないのならば、私が天を握ります!』

 シンデレラはそう固く決意し、救国(きゅうこく)の計画を実行しました。

 

 シンデレラはまず、王様とお妃様、そして王子様を相次いで闇に葬りました。

 愛する者達をその手にかけ哀しみを背負うことで、誰にも負けない強さを手に入れたのです。

 そして自らに歯向かう諸侯を全て粉砕し、唯一女王として君臨しました。 

 その後、国家予算の大半を軍事費に注ぎ込み、烈火のような勢いで対立国家に攻め込みます。

 シンデレラは兵士達の先頭に立ち、敵国の将軍の首をバッタバッタとはねていきました。

 

 シンデレラ軍の勢いは留まるところを知りません。

 敵国を打ち滅ぼした後は大陸統一を目標に掲げ、あらゆる国家に侵略戦争を仕掛けました。

 そして数十年が経ち、シンデレラが目標としていた大陸統一がついに果たされたのです。

 シンデレラはその朗報を聞いた後、『私の一生に一遍の悔いもありません……』と呟き、静かに天へ還って行きました。

 

 その後、統一された国家で人々は争いなく平和に暮らしました。

 シンデレラは大陸の救世主──『剣王』として、いつまでも人々に語り継がれていきましたとさ。

 めでたしめでたし。

 

 

 

「…………」

 心を込めて朗読したのに不思議と拍手はありませんでした。二人とも何だか微妙な表情です。

「頑張って製作して頂いたのに申し訳ないんですが、これはなかったことに」

 クラリスさんに苦笑いで却下されてしまいました。

 

 渾身(こんしん)の力作なのに不思議でなりません。後半はちゃんと劇画チックにしていますし、血飛沫(ちしぶき)とか割とリアルに表現できていると思うんですが、何が不満なのでしょうか。

 深夜特有の妙なテンションで一気に書き上げたので、少しだけバイオレンスになってしまいましたけど。

「朱鷺ちゃん! 大丈夫ですかっ! ちゃんとご飯食べてますかっ!!」

 八の字眉毛になった茜さんに心配されていましたが、私は心身ともに健康なので大丈夫です。

 

「正直、シンデレラってあまり好きな話ではないんですよ。魔法使いに変身させて貰って、その上王子様に選んで貰うなんて、あまりにも受身じゃないですか。幸せは努力して、自らの手で勝ち取るべきなんです」

「確かにそうかもしれませんが、子供達にはちょっと刺激が強すぎるので……」

「では、ヘンゼルとグレーテルが魔女のおばあさんを言葉巧みに騙し、お菓子の家の権利書を奪い取るサクセスストーリーの方が良いですか?」

「そちらも、教育上ちょっと……」

「おなかが空いてるから暗い考えになったんですねっ! とりあえずご飯食べにいきましょう!」

 茜さんに更に心配されてしまいましたが、なぜでしょうか。

 

「朱鷺さんはいつも通り飛んだり跳ねたりして頂ければそれで十分ですから」

「……私はバッタか何かですか?」

 結局紙芝居は却下となり、私の出し物は案の定北斗神拳のデモンストレーションとなってしまいました。

 

 

 

 チャリティーイベント当日、会場である児童養護施設に向かいます。

 門には「白鷺園(しらさぎえん)」と書いてあります。事前に確認した名称と同じなので、ここで間違いないでしょう。施設に入り受付でベルを鳴らすと、職員さんが現れたので名乗りました。

「はじめまして。346プロダクションの七星朱鷺と申します。本日のチャリティーイベントの演者を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します」

「わざわざお越し頂きありがとうございました。職員の司馬(しば)です。こちらこそよろしくお願いします」

 お互いに会釈しました。誠実そうな感じの若い男性です。

 

「先に園長さんにご挨拶をしたいのですが、いらっしゃいますか?」

「すいません。あいにく園長は急な用事で本日欠席させて頂くことになりました。せっかく来て頂いたのに申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず」

 司馬さんがすまなそうに口にしたのでフォローしました。

 

 この白鷺園の園長さんは目と足に重い障害をお持ちだそうですが、仁に(あつ)い人格者で子供達からとても好かれ尊敬されているそうです。ナイスミドルで地域の奥様方からは様付けで呼ばれているという話でした。

 そういう方が園長さんなら子供達も安心して暮らせるでしょう。一目お目にかかりたかったのですが残念です。

 

「控え室を用意しましたので、こちらにどうぞ」

 職員さんに案内されるまま控え室に向かいます。途中、子供達がこちらをチラチラ見てきました。そんなに注目されると恥ずかしいですね。

 控え室に着くとまだ誰もいませんでした。今日のスケジュールですが、まず個別の出し物をやってからミニライブなので動きやすいスポーツウェアに着替えます。

 事前に発注しておいたアレもちゃんと届いていたので一安心でした。

 

「おはようございます、朱鷺さん。本日も清き心を忘れずにまいりましょう」

「おはようございますっ! 燃えるファイヤーアイドルっ、日野茜ですっ!!」

「クラリスさん、茜さん、おはようございます」

 二人同時に控え室に入ってきたので、笑顔で挨拶をします。その後、三人で準備をしました。

 

「疑問に思ったんですけど、この施設って結構古くないですか?」

 失礼を承知でそんなことを訊いて見ました。老朽化がかなり進んでいますが、修繕はあまりされていないようです。

「福祉に対する国の予算は毎年少しづつ削られていますから、どの施設も経営は苦しいようです。特にこの園は子供達の養育の為に色々と手を尽くしているので、設備の修繕は後回しになっているようですね」

「……そうですか。申し訳ありません、事情も知らずに失礼なことを訊いてしまって」

「いえ、私も園長さんから聞いただけですから」

 色々と問題は多そうです。こういった繊細な問題に興味本位で首を突っ込んではいけませんので、余計な詮索(せんさく)は止めておきましょう。

 

 

 

 その後、施設内の集合広場に子供達が集まりました。一般開放していますので、近隣住民の方もチラホラ来場しています。

 先日346プロダクションに来てくれたアキちゃんもいました。笑顔で手を振ってくれたのでこちらも手を振ります。そうするうちにイベントが始まりました。

 

「本日は346プロダクション様主催のチャリティーイベントです。同事務所所属の大人気アイドル、クラリスさん、日野茜さん、七星朱鷺さんに来て頂きました。皆さん、盛大な拍手をお願いします!」

 司馬さんからご紹介があり、盛大な拍手を頂きました。

「白鷺園の皆さん、こんにちは。本日はミニライブや出し物を予定していますので、是非楽しんで下さいね」

 クラリスさんが丁寧に挨拶をします。私と茜さんもそれに続きました。

 

 まずは個人の出し物です。

「私の歌が、みなさんにとっての福音となりますように。心を込めて……」

 クラリスさんは聖歌をご披露されましたが、その澄んだ歌声は見事の一言でした。流石本職のシスターさんです。いや、正に聖女と言えるでしょう。

 私としてはアイドルをやっている時のクラリスさんも今とは違う輝きがあるので、そちらも大好きですけどね。

 

「燃えてますかー!? 熱いですかー!? 本番はまだまだこれからだー!」

 茜さんは子供達と鬼ごっこやドッジボールをしました。物凄い元気さで、逆に子供達の方が終盤バテ気味でしたよ。

 白鷺園の子供達とすぐ仲良くなり、とても好かれていました。やはりトップアイドルは人を惹きつける魅力があるのでしょう。闇属性の私には到底真似できません。

 

 そして私の出番になりました。

 集合広場の中央に移動し、皆さんには離れた位置に移動してもらいます。

 足元には丸太が数本転がっていました。先日ホームセンターで購入し、白鷺園に届けるよう依頼してたものです。両手で抱える必要があるくらい大きい丸太で、『彼岸島』(名作ホラー漫画です)ならメインウエポンにできそうな感じでした。

 

 こういうパフォーマンスで重要なのは派手さです。どんなに凄い技術でも、見た目が地味ではお客様には満足して頂けません。

 先日駅前広場でヨーヨーのプロの方がパフォーマンスをしていましたが、技術は高くても派手さに欠けるのでお客さんは微妙な反応でした。私的にはとても楽しかったんですけどね。

 せっかくのイベントでがっかりさせる訳にはいきませんので、子供達の喜びそうな大技をご披露しましょう。

 

「今回ご紹介するのは北斗神拳奥義の一つで、『天翔百裂拳(てんしょうひゃくれつけん)』という技です。空中へ逃げた相手を追って自らも跳躍(ちょうやく)し、相手の体に連続で拳を打ち込んで確実に仕留める技ですね。私が得意とする技でもあります。人に向かって放つと確実に相手がお亡くなりになってしまうので、今回は丸太でチャレンジします」

 

「はあっ!」 

 解説をした後、丸太を掴み勢いよく頭上に放り投げました。私もその後を追うように上空に跳躍します。

 二階建ての施設の倍くらいの高さに上昇した後、下降しながら強烈で正確無比な拳を次々と丸太に叩き込みました。

 歓声と共に、「スゴイ! あのお姉ちゃん、落ちながら戦ってる!」といった声が耳に入ってきます。仕上げの拳を打ち込み、かつて丸太だったモノを片手で持って鮮やかに着地しました。

 

「おぉー!!」という歓声が響きます。正に拍手喝采(かっさい)雨あられですが、驚くのはこれからですよ。

「拍手を頂きありがとうございました。ちなみにこの丸太は何に見えるでしょうか?」

 そんな言葉を口にしながら、見やすいように元丸太を頭上に掲げ、子供達に見せます。

「あ、クマさんだ!」

「そうだ、あれクマだよ!」

 子供達が次々と口にしました。皆の言うとおり、天翔百裂拳で木彫りの熊を彫ったのです。ただ技を見せるだけではつまらないですから、ちょっとした演出です。

 再び大きな拍手が園内に響き渡りました。どうやら(つか)みはバッチリなようです。

 

 その後も脅威の身体能力と北斗神拳を用いて様々なパフォーマンスをしました。

「凄いですね、朱鷺ちゃんっ! 一人大サーカスでしたよ!!」

「お楽しみ頂きありがとうございます」

 茜さんがとても興奮していました。一番楽しんでいたのは彼女のような気がします。

 清純派アイドル路線に回帰した私としては心中複雑ですが、子供達は喜んでくれたので今日のところはよしとしましょうか。

 

 

 

 個別の出し物が終り、休憩時間になりました。

「すいません。そこを通して頂けませんか?」

「…………」

 お花を摘みに行く途中で少年に道を(ふさ)がれました。中学生っぽい年頃で目付きの悪い子です。見覚えはありませんが、何故か懐かしい感じがします。

 

「アンタ、北斗神拳って暗殺拳の伝承者なんだろ? その技、オレに教えてくれよ」

 こういう手合いですか。北斗神拳に憧れて弟子入りを志願してくる子は結構いるのです。彼もその一人でしょう。

「すいません。北斗神拳は一子相伝なので、おいそれと教えることは出来ないんです」

「……頼む!」

「ちょっ……。こんな所で土下座なんで止めて下さいよ!」

「オレは本気だ!」

 

 私がカツアゲしているようにしか見えないので、適当な部屋に彼を連れ込みます。

 思いつめた様子でしたが、何が彼を駆り立てているのでしょうか。とりあえず事情を訊くことにしました。

「何で北斗神拳なんて覚えたいんですか?」

「……アンタの凄い動きを見た。あれだけ強い力があれば、どんな奴だってぶちのめせるし、人から馬鹿にされることはないだろ」

 

 うーん。中々デンジャーなお考えの持ち主でした。

「そういうことであれば、なおさら教える訳にはいきません」

「何でだよ!」

 食って掛かる少年を制止して話を続けます。

 

「この力は本当に危険なんです。誤った使い方をしてしまうと、最悪世界すら滅亡させる可能性だってあるんですよ。こういった強大な力を持つには、聖者のような清い心が必要なんです。貴方のような危ない考えの方には教えられません」

「オレには、アンタがそんな清い心を持っているように見えないけどな」

「……それはそれ、これはこれです」 

 弾丸のような勢いで完全に論破されました。ぐうの音も出ませんので話題をすり替えます。

 

「それにこんな力があっても良いことはありませんよ。人は地道に真面目に生きるのが一番です」

「無理だ。どんなに頑張っても、施設にいるってだけで馬鹿にされて虐められるんだぞ! この先だってきっとそうだ。だからオレはどんな奴でもボコボコに出来る力──オレ自身を守れる強い力が欲しいんだよ!」

 前世でもお世話になったことは無いので分かりませんでしたが、児童養護施設の子供達に対する偏見は根強いようです。

 私も前世では劣悪な環境で育ちましたから、気持ちはよく分かってしまいました。

 

「どうしようも無くなった時は周囲を頼りましょう。ここの職員さんは皆良い人ですし、園長さんも人格者だと(うかが)っています。思い切って相談してみれば、きっと力になってくれますよ」

「イヤだ。大人は信用できない! 周りの奴は全員敵だ!」

 ……なるほど。先程から感じていた懐かしさの正体がやっとわかりました。

 この少年、前世の私の中学生時代とソックリです。

 

 当然顔形は違いますが『誰も信用できない、周囲の奴らは全員敵だ』という危険思想が完全に一致しています。うわぁ、恥ずッ!!

 生きた黒歴史を眼前に突きつけられたようで、精神にかなりダメージを受けましたよ。

「ちっ……。もういい!」

「あっ、ちょっと!」

 痺れを切らした少年が乱暴にドアを開けて出て行きます。その考えは愚かだと説教したいのですが、既に膀胱(ぼうこう)が限界に達していました。後で捕まえることにして化粧室に駆け込みます。

 

「七星さん。伊達君とはどんなお話をされていたんですか」

「伊達君?」

 お花を摘んであの少年を捜している途中、司馬さんから声を掛けられました。

「先ほど部屋の中でお話していた男の子です」

「ああ、あの子は伊達君って名前なんですか」

 先程のやりとりをかいつまんで説明すると、司馬さんが浮かない顔をします。

 

「あの、あの子はどういった経緯でこちらに入所したんですか? よろしければ教えて下さい」

「個人情報をむやみにお話しすることはできませんが、七星さんはあの子とちゃんと話せましたから、お教えした方が良いのかもしれません。ここだけの話でお願いします」 

「わかりました」

 

 ざっと入所の経緯を教えて頂きました。

 伊達君は今春から中学生になりますが、1年前まで普通のご家庭で育ったそうです。ですがご両親が交通事故でお亡くなりになり、保護者がいなくなってしまいました。

 一時は遠縁の親戚に引き取られましたが、ご両親に掛けられていた多額の保険金を(だま)し取られたあげく、邪魔だからと言う理由でここに入れられたそうです。

 

 確かにそんな目にあったら、大人を信用できなくなるでしょう。

 白鷺園では誰とも話すことはなく、一人でブラついているか部屋に引きこもっているそうです。職員さんや他の子供達は彼のことを心配していますが、一向に心を開いてくれないとの話でした。

 

「伊達君が誰かと話している姿を見るのは本当に久しぶりです。もしよければ、また声を掛けて頂けると助かります」

「わかりました。話したいこともあるので、見かけたら捕まえますよ」

「ありがとうございます。……伊達君だけでなくここにいる子は皆、家庭の事情等で心に深い傷を負っているんです。皆必死で頑張っているんですが、普通の家庭に育った方にはあまり理解してもらえません。だから、偏見の目で見られることが多いんですよ」

「……そうですね」

 私は当事者でしたから、色眼鏡で見られることの辛さは骨の髄まで身に染みてわかっています。せめて、ここにいる子達が幸せになるよう心の中で祈りました。

 

 

 

「ありがとうございました~!」

 その後、問題なくライブを終えることができました。

 クラリスさんや茜さんと一緒に演じると、実力の差がはっきりとわかります。

 ダンスだけなら誰にも負けませんが、ライブにおいてはボーカルとビジュアルとの組み合わせが重要ですから、そちらも底上げしなければいけません。これから頑張りましょう。

 

「いきますよーっ、1、2の……ダーーッ!! ありがとうございましたっ!」

 ライブの後はそれぞれ挨拶をして終了となります。私は最後なので、茜さんの話が終ったことを確認してからマイクを手にします。

 

 そして、事前に暗記してきた無難な挨拶を声に出そうとして────止めました。

 

 そんな上辺だけの空虚な言葉は、この場には相応しくないと思ってしまったのです。

 

「え~、本日は本当にありがとうございました。この場を借りまして、白鷺園の子達にお伝えしたいことがありますので、少しお話させて頂きます。

 率直に申しまして、皆さんの立場は決してベストなものではありません。世間様は『普通ではないもの』を排除しようする動きがとても強いので、少数派な立場である皆さんは、これから進学・就職等で普通の子達よりも苦労する場面が多いと思います」

 こんな辛い現実を突きつけて良いのかと迷いながらも、自分の言葉を(つむ)いでいきました。

 

「でも、絶対に負けないで下さい。辛さや悲しさを人一倍知っている皆さんなら、誰よりも強く、優しくなれるはずです。

 ……だから、頑張って生きて幸せになって!! そして、もし自分が信じられない、そんな時は信じて下さい! 貴方を心配してくれる人や、友達を!

 仮に世界中の人が敵になったとしても、私だけは皆さんの味方です。それだけは、忘れないで頂けると嬉しいです。……以上です。ありがとうございました」

 

 言いたいことだけを一方的に叫びました。会場がシーンとなります。

 最後の最後でダダすべりとは私らしいなと思っていると、徐々に拍手の音が聞こえてきます。

 拍手の音がどんどん大きくなっていきました。予想外の反応なのでかなり挙動不審になってしまいます。顔が超熱いので逃げるように控え室に駆け込みました。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ、良い経験をさせて頂きました」

 帰りがけ、司馬さんにご挨拶をします。

「今日は本当に良かったです。七星さんの最後のご挨拶は、特に」

「……すいません、あんなことを言うつもりではなかったんですが」

「いいえ。真に迫る勢いで、子供達の心にも届いたと思います」

 今から思うと何とも青臭い挨拶でした。累計年齢50歳の言葉としては痛すぎます。でも、なぜか言いたくなってしまったんですよ。

 

「ははは……。そういえば、伊達君とは会えずじまいでした。すいません」

「いえ、気にされなくても良いです。子供達が本当に喜んでいましたので、よろしければ、また遊びに来て頂けると嬉しいです」

「はい。近くに来た時には必ず寄らせて頂きます」

 そう言って施設を後にします。なお、報酬として頂いた千円は子供達へ差し入れたアイス代の一部として使わせて頂きました。

 交通費や丸太代と合わせると完全に赤字ですが、来て良かったと心から思います。また遊びに来ましょう。

 

 

 

「これ全部手紙ですか?」

 ダンボール箱に収められた手紙を見て、思わず呟きました。

「ええ、そうです。褒められることなどしていませんが、嬉しいものですね。私は幸福です」

「こんなに沢山、凄いですねっ!」

 後日事務所にて三人で簡単な打ち上げをした際、白鷺園の子供達から送られてきた感謝のお手紙をクラリスさんに見せてもらいました。

 社会貢献を馬鹿にしていましたが、こういう言葉を貰えると何だか嬉しいですね。お金以上の価値があるように感じます。

 今まで敬遠していましたが、暇な時ならやってみてもいいかもしれません。

 感謝のお手紙の中に、私個人宛のものが含まれていました。脅迫状かと思い慎重に封を切ると、普通の便箋(びんせん)が入っていましたので文面を確認します。

 

『七星 朱鷺さんへ

 この間はイベントに来てくれてありがとうございました。最後の挨拶で言われたこと、ずっと残っています。オレと七星さんは不思議と似ている気がしたので、そういう人から頑張ってと言われると、負けずに頑張らなきゃという気になりました。

 強くなりたい気持ちは変わらないので、中学では柔道部に入ります。柔道着とか買うお金が無いので思い切って園長と司馬さんに相談したら、施設のみんなが少しづつお金を出してくれました。今までロクに話したこともない俺の為に、です。だから頑張って、皆を守れるくらい強くなりたいと思います。

 今はお金が無いけど、バイトができるようになったらお金溜めて絶対ライブに行くので、ずっとアイドルを続けてもらえると嬉しいです。本当にありがとうございました。 伊達 ナオト』

 

「……すいません、ちょっとお花を摘みに行ってきます」

「はい、どうぞ!」

 部屋を出て非常階段に向かいました。誰もいないことを確認し、気持ちを整理します。

 こんな私が誰かを少しでも勇気付けることが出来るなんて、思っても見ませんでした。

 それも、自分と似た境遇の子を、です。

 

 ああ、そうか。そういうことですか。

 最近抱えていた心のモヤモヤが一気に晴れていきました。

 

 

 

 私は、傷ついたり世間からはみ出したりして、人生につまづいた人に少しでも勇気を与えたい。

 

 かつての自分のような底辺の底辺であがく敗者達に、ちょっとでも生きる元気を与えたい。

 

 そんなアイドルになることが、私の小さな目標になりました。

 

 

 

 

 


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