ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
(自分なりに)真面目な回が続いたので色々と我慢できなくなりました。
例の如く人を選ぶ内容かと思いますので、不快に感じられたらブラウザバックをお願いします。
「歓迎会をやりましょう」
レッスン後にティータイムを楽しんでいると、朱鷺さんが唐突に声を上げました。
飛鳥さんと乃々さんの頭の上にはハテナマークが浮かんでいるようです。私も思わず首を
「突拍子の無い発言には慣れているけど、今回は輪を掛けて突然だね」
「歓迎会って、誰のですか……? 蘭子ちゃんの歓迎会なら、少し前にクラスの皆でやったはずですけど……」
お二人から質問を投げかけられると、朱鷺さんはゆっくりと口を開きます。
「もちろん、シンデレラプロジェクトの子達の歓迎会ですよ。プロジェクトが始動した直後に凛さんたちのバックダンサーデビューが決まったので、できていませんでしたからね。先日無事成功しましたので、今が良いタイミングでしょう」
そういえば、確かにやっていませんでした。一緒にご飯を食べたりはしていましたが、14名揃っての歓迎会はまだです。
「新しい方が入ったら歓迎会、退職した方が出られたら送別会をやってあげるのは社会の常識です。それに売れ出したら14人揃う機会は少なくなりますので、今のうちに色々な思い出を作ってあげたいんですよ」
「私も、朱鷺さんに賛成です」
縁あって同じ事務所に所属したわけですから、歓迎の気持ちを形にしてあげることはとても良いと思います。私の場合、前の事務所もその前の事務所も急に倒産してしまったので、お世話になった方にお別れを言う機会すらありませんでしたから……。
「相変わらず妙なところで
「もりくぼも、賛成です。やるのなら、他のアイドルの人達も呼んだ方がいいと思うんですけど……」
「もちろんそのつもりですよ。千川さんに教えて頂いたんですが、申請を出せば休みの日にこの社屋の中庭を使わせてもらえるそうなんです。来週の土曜日は私達とシンデレラプロジェクトの皆さんが両方オフなので、その日に予定が空いている他のアイドルを交えてバーベキューパーティーを開催しようかと思いまして」
バーベキューなら席に固定されず自由に会話ができますので、シンデレラプロジェクトの皆さんが他のアイドルの方々と仲良くなる機会としてはうってつけでしょう。
「やる場合、幹事はコメットと犬になってしまいますがそれでよろしいでしょうか? 皆の意志を尊重したいと思いますので、誰か反対されるなら見送りますけど……」
朱鷺さんが私達に意思確認をしましたが、全員問題なしでした。
良い方ばかりなので、早く事務所に馴染めるよう協力してあげたいと皆さん思っていたようです。コメットはシンデレラプロジェクトのサポート役という立場ですが、朱鷺さんは面倒見が良いですからサポート役でなくてもやろうとしたでしょうね。
あの解散騒動以降、コメットとして何か決断する時には必ず私達に確認をしてくれます。本当の意味で朱鷺さんに対等な仲間だと思ってもらえたようで、とても嬉しいです。
「全員問題なさそうで良かったです。では早速武内Pに相談してみましょう」
「あ、あの。犬神Pさんの承諾は得なくて大丈夫ですか?」
「あれは我々の下僕ですから意見なんて聞かなくて良いですよ。当日も力一杯死ぬほどこき使っていいですから」
あいかわらずの扱いです。でも固い信頼関係がなければこういうことは言えませんから、朱鷺さんは犬神Pさんを本当に信用しているんだと思います。
その後、提案は無事通りました。犬神Pさんと武内Pさんの許可を頂き、予定通り来週の土曜日の正午からバーベキューパーティーをすることになったのです。
以前にも何回かやったことがあるらしく、機材は事務所の地下倉庫に眠っていましたので、それをお借りすることにしました。
そしてバーベキューパーティーの当日がやってきました。
私の不幸のせいで大雨にならないかと非常に心配でしたが、雲一つ無い快晴で本当に良かったです。
私は犬神Pさんや朱鷺さんと一緒に、早朝開店の大型スーパーで買出しを担当していました。飛鳥さんと乃々さんは先に会場の設営をしています。
「うーん。あちらのオージービーフはグラム三百円、こちらの国産牛はグラム六百円ですか……。味や柔らかさだけを考えるなら国産一択ですけど、今回は食べ盛りの子が多いですからねぇ……」
片手を頬に当てながらお肉の値段で悩む朱鷺さんの姿は、もう完全にお母さんです。
「大して変わらないんじゃないか、どっちでも」
犬神Pさんが横槍を入れた瞬間、朱鷺さんの目つきがとても鋭くなりました。
「は?」
威圧感が物凄いです。お仕事では絶対に見せないような恐ろしい笑みを浮かべていました。
「い、いや、オーストラリア産でも国産でも、牛肉は牛肉じゃないか……」
「バーベキューのキモはお肉です。お肉のチョイスがバーベキューの成否を分けると言っても過言ではありません。だからこそ、コストと品質と量のバランスを見極める必要があるんですよ。それを貴方ときたら……」
「わ、悪かったって! なら高い方を買おう! 交際費の予算を超えて追加費用がでたら俺が自腹を切るからさ」
「そうですか。ではこちらの最高級松坂牛にしましょう。等級A5で、なんと驚きのグラム二千円ですよ。このお肉なら皆も満足するはずです」
「無理無理! そんな肉を数十人分買ったら破産するよ!」
犬神Pさんの顔が一気に青ざめました。止めようかと思いましたが割って入れない雰囲気です。
「どうしてやってもいないことを無理だって言い切れるんですか。貴方はやれば出来る子です」
「……いやホントすいません勘弁して下さい」
「ちっ、仕方ないですね。なら乾き物でも適当に見繕ってきて下さい。ほら、GO!」
「こんなにPの扱いが悪いアイドルは君と財前さんくらいだよ……」
「あら、時子様よりは有情だと思いますよ。それとも犬から豚にランクダウンしたいのでしょうか。私は一向に構いませんけど」
「いってきまーす!」
犬神Pさんが勢い良くおつまみコーナーに向かっていきます。コメットにとってはいつもと変わらない日常風景ですが、思わず笑ってしまいました。
「さ、お買い物を続けましょう、ほたるちゃん。……あれ、何で笑ってるんですか?」
「さっきのやりとりがおかしくって。何だかしっかり者のお母さんと駄目なお父さんみたいな感じでした」
「アレと夫婦役とか恐ろしいことを言わないで下さい。ほたるちゃんはああいうまるで駄目なお犬様にひっかかったらいけませんよ」
「は、はい」
その後は三人で楽しく買い物を続けました。
買出しが終わると、犬神Pさんの車で346プロダクションに向かいます。休日なので裏口から社屋に入り、そのまま中庭に向かいました。
「やあ、おはよう、ホタル」
「おはようございます。そちらの準備は順調ですか?」
「……は、はい。巴さんや向井さん達にも手伝ってもらいましたから」
私達以外にも、何人かのアイドルさんに会場の設営を手伝って頂いていました。そちらの方に駆け寄ります。
「すいません、お手伝い頂いてありがとうございます」
「新しい仲間の歓迎会準備を手伝うのは当然のことじゃ。だから気にせんでいい」
「乃々があまりにも危なっかしいから、ちょっと手伝っただけだぜ。その分肉食わせろよ!」
「はい、是非楽しんでいって下さい!」
朗らかな笑顔で返事をして頂きました。お二人とも見た目はちょっと怖いですが、根はとっても優しい方々です。一礼してから朱鷺さん達のところに戻りました。
「それで、飲み物の方はちゃんと配達されていますか?」
「ああ、定められた時に従って届けられたよ。ほら、あそこさ」
バーベキュー用に設置された複数のコンロから少し離れたところに、飲み物のコーナーが設けられていました。朱鷺さんと一緒に確認しに行きます。
「ジュース、緑茶、紅茶、瓶ビール、焼酎、日本酒、ワインっと。確かに指定どおり届いていますね。そして、ノンアルコールビールも。フフフ……」
ノンアルコールビールの缶を手に取り、朱鷺さんが笑みを浮かべます。本当に好きなんですね。
「でもこれスザクビールのフリーですか。私的にはユウヒビールのドライゼロが好みなんですけど、仕方ありません」
私は飲んだことはないですが、メーカーによって味って違うんでしょうか。
その後は朱鷺さんや料理上手のアイドルの方々が食材の仕込みに入ります。
お手伝いしたいですが、私の不幸のせいで誰かが怪我をしてしまうかもしれないので止めておきました。最近は不幸な出来事に遭遇する機会がかなり減りましたが、包丁等がある場所で万一のことがあると大変ですから……。
その代わりに案内係として、来場された皆さんに会場の案内をします。
「フヒヒ……。おはよう……」
「おはようございます、輝子さん。本日はご参加頂きありがとうございます」
「バーベキューなんてリア充ばかりで、ぼっちじゃ居場所ないと思ったけど……。乃々ちゃんが声かけてくれたからね……」
朱鷺さんも「てっきり魔法のキノコをキメているかと思いました」と驚いていましたし。
「フヒッ! ……キノコーキノコーボッチノコーホシショウコー♪」
鼻歌を歌いながら、会場の隅っこにフラフラと歩いていかれました。人の集まるところはあまり得意ではないと仰っていましたが、シンデレラプロジェクトの方々の為に頑張って参加されたのでしょう。とても優しい方だと思いました。
「ほたるちゃん、お疲れー!」
「おはようございます、友紀さん。本日はご参加頂きありがとうございました」
「シンデレラプロジェクトの子達の歓迎会だって言われたら、出ない訳には行かないからねっ! あとこれ、差し入れだよ~!」
友紀さんはそう言って、大量の缶ビールを差し出されました。
「お気を遣わせてしまいすみません」
「いいっていいって! ビールはやっぱりスザクビールに限るよね~!」
「は、はぁ。そうなんでしょうか……」
「ほたるちゃんも大人になれば分かるって! 成人したら一緒に飲もう!」
「はい、その時はよろしくお願いします」
差し入れて頂いた大量の缶ビールは先ほどの飲み物のコーナーに移しました。
その後も受付を続けていると、シンデレラプロジェクトの方々がいらっしゃいました。
「本日は私達の為に、本当にありがとうございます」
「スパシーバ……ありがとう、ホタル。皆さんに歓迎して頂いて、とても嬉しいです」
そう言って、美波さんとアナスタシアさんが私に会釈をします。
「いえ、歓迎会を開こうと最初に提案されたのは朱鷺さんですから、お礼なら朱鷺さんに言って頂けると喜ぶと思いますよ」
思い立った時の行動力は本当に凄いですから、私も見習いたいです。
「お肉ならみくも大丈夫にゃ。流石朱鷺ちゃん、分かっているにゃ!」
「たとえ奈落に囚われようとも、朱に染まりし
「やっぱり朱鷺ちゃんは、とっても優しい子だにぃ☆」
「ちょっと気を遣いすぎだよね~。杏は前みたいにだらけてる方が好きだけど」
皆さんが感謝の言葉を次々と口にします。準備は結構大変でしたけど、歓迎会を企画して本当に良かったと思いました。
受付を続けていると、いつの間にか開始時間の正午となりました。
「皆様お疲れ様です。それではお時間となりましたので、これよりシンデレラプロジェクトの方々の歓迎会を始めさせて頂きたいと思います。本日司会進行をさせて頂くコメットの七星朱鷺と申します。どうぞよろしくお願い致します」
マイクを持った朱鷺さんがテキパキと司会進行をしていきます。
社長秘書みたいに毅然とした姿勢で、
司会業にとても慣れているようですが、どこでそんな経験をされたのでしょうか。
「では初めに、アイドル事業部の今西部長より乾杯のご挨拶を頂きたいと思います。今西部長、お願いします」
乃々ちゃんが今西部長さんにマイクを渡しました。いつも通りのにこやかな表情で穏やかにお話を始めます。
「シンデレラプロジェクトの皆さん、まずは所属おめでとう。皆さんを新しい仲間としてお迎えすることができて、本当に嬉しく思っています。若くバイタリティーに溢れている皆さんならば、活躍する機会は大いにあるでしょう。
アイドル生活をスタートさせた皆さんにとって、初めての仕事には不安があるかと思います。特に最初は覚えることが多くあり、分からないことも沢山出てくるかもしれません。また、時には中々上手く行かないと感じることもあるはずです。
ですが、本日幹事を買って出てもらったコメットの四人を初め、ここにいる先輩アイドルの皆さんもそういう段階を経ています。初めは分からなくて当たり前ですから、遠慮なく先輩たちに尋ねて学んでいってください。皆さんの活躍を心より期待していますよ」
ご挨拶が一通り終わると、今西部長さんに対し大きな拍手が起きました。やや照れくさそうな表情をした後、グラスを手にされます。その仕草を見て私達もグラスを手に取りました。
「それでは、乾杯!」
「乾杯~!」
グラスに口をつけた後、拍手をします。大きな拍手の音が一面に響きました。
「それでは、ご歓談とご飲食をお楽しみ下さい」
「よっしゃ! 早く焼くぜ!」
「承知じゃ、拓海の姉御!」
「国産牛だし食べまくるぽよ~☆」
「エリンギ……マイタケ……ブナシメジ……。美味しいキノコは、フヒッ……!」
朱鷺さんが言い終わる間もなく、皆さん方々でお肉やお野菜を焼き始めます。
「お疲れ様でした、朱鷺さん」
「いえ、私は大したことを話していませんから。後は各自それぞれ調理して食べたり飲んだりしてくれますので、幹事としてのお仕事は大体終わりです。それはそうと、シンデレラプロジェクトの子達の自己紹介パートですけど、本当にお任せしてしまっていいんですか?」
「はい、いずれは司会等の仕事もできたらなって思っているので、経験を積んでおきたいんです」
「それではお願いしますね。
「はい!」
バーベキューパーティーは正午から16時までの予定ですが、途中でシンデレラプロジェクトの方々に自己紹介をして頂く予定となっています。
朱鷺さんの負担を減らしてあげたいと思ったので、その時の司会役を申し出ました。朱鷺さんほど上手にはできないでしょうけど、私なりに頑張ります。
「では、私も喉の渇きを癒しましょうか」
朱鷺さんがお酒のテーブルからノンアルコールビールを取ってきました。プルタブを空けると、そのまま缶に口を付けて一気に流し込みます。
「かぁ~~っ! この美味しさは犯罪的ですよ……。働いたからか、いつもより断然美味しい気がしますね!」
「あ、あの。今は他の方もいますので」
「……コホン。大変美味しゅうございました。おほほほほ」
社長秘書から近所のおじさんへ一気に格が下がってしまったような気がします。
その後は四人分かれて、皆さんに飲み物を注いで回ります。
「ジュースをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
智絵里さんが手にしていた空のコップにジュースを注ぎます。
「バーベキューって野外フェスみたいでロックだね! ほたるちゃんもさ、気を遣ってばかりじゃなくてちゃんと食べなよ?」
李衣菜さんはそう言って紙皿と割り箸を私に差し出されました。逆に気を遣わせてしまったみたいで申し訳ないです。
「お菓子を作ってきたので食べてねっ。マカロン風のスコーンです♪ ジャム入り、ハチミツ入りもありますよっ」
「では、一つ頂きます。……あ、美味しい」
差し出されたスコーンを頂きます。甘くてとても優しい味がしました。
「バーベキューって美味しいし、みんな一緒だととってもとっても楽しいね!」
「みんな歓迎してくれてちょー楽しいーっ! 感謝カンゲキっ☆ お仕事中のお姉ちゃんの分まで食べちゃうぞ♪」
みりあちゃんと莉嘉ちゃんも、とても楽しそうで良かったです。色々な方から話しかけられて可愛がられていました。
「……ファンのみんなをきゅんきゅんさせちゃうからね! せーの、きーらりん☆」
「きらりさん、ありがとうございました。以上で自己紹介は終わりです。ご静聴頂きありがとうございました」
暫くしてシンデレラプロジェクトの皆さんの自己紹介が無事終わりました。
その後皆さんと楽しくお喋りとしていると、飲み物のコーナーで困った様子の友紀さんが立っていたので声を掛けます。
「どうされたんですか、友紀さん?」
「あたしが持ってきたビールが見当たんないんだよ~。かなりの量あったはずだから、全部飲んじゃった訳は無いと思うんだけどな~。……ま、焼酎でもいっか!」
確かに先ほどまであったはずの缶ビールが綺麗さっぱりなくなっています。一方ノンアルコールビールは殆ど減っていませんでした。
「ホタル、トキを見なかったかい?」
背後から声を掛けられたので振り返ります。声の持ち主は飛鳥さんでした。隣には乃々さんもいます。
「そういえば、先程から姿を見かけませんね。お花を摘みに行っているのでしょうか」
「それにしては時が経ちすぎているな。そろそろ閉会だから皆で捜索しよう」
「は、はい……」
三人で手分けして朱鷺さんを捜すことにしました。
「朱鷺さーん。どこですかー!」
声を掛けながら中庭中を捜します。すると木陰の死角に缶ビールの空き缶が転がっていました。不審に思って近づくと、大量の空き缶に囲まれて一人の少女が楽しそうに笑っています。その手には一升瓶が握られていました。
────朱鷺さんです。
「あ、あの。もう直ぐ閉会ですから皆さんの所にいきましょう?」
「あ~ほたるちゃ~ん。お久しぶりれす~♪」
慎重に近づいて声を掛けると、満面の笑顔のまま両手を使って私に手を振ります。とってもお酒臭いですが、これはまさか……。
「朱鷺さん……。もしかして、お酒飲んじゃいました?」
「イエスッ! アイアムッ!!」
右拳を頭上に掲げて高らかに宣言しました。悪夢がここに幕を開けたのです。
「未成年はお酒は駄目って、日頃から自分で言っていたじゃないですか……」
「私も飲む気はありませんれしたよ~♪ でもノンアルがいつの間にか本物のビールになっていたんれす~! 気付いた時には五本目れしたから、今更止めたところでこれもう変わんねえなと思いまして~」
あっ! もしかして、ノンアルコールビールと先程友紀さんが差し入れてくれた本物のビールを取り違えたのでしょうか。両方ともメーカーはスザクビールで見た目の違いはあまりないため、差し入れの事実を知らない朱鷺さんが間違えたとしてもおかしくはありません。
「しっかし暑いれすね~。……よいしょっと」
「ちょ、ちょっと、何やってるんですか!」
「へ? 暑いから上着を脱いだだけれすよ~♪」
「ブラジャーが丸見えですから止めて下さい! 愛梨さんじゃないんですから!」
「あははは。ほたるちゃんは心配性れすねぇ~。私の下着姿なんてどこにも需要ありませんから問題ないれすよ~」
「……朱鷺さん、今相当酔っ払ってますよね?」
「いえ、全然酔ってないれすよ~。でもほたるちゃんって何時から双子になったんれすかねぇ……」
そう言いながら一升瓶に入った日本酒をラッパ飲みし始めます。
これはもう、私一人の手には負えません。飛鳥さんと乃々さんに電話して、こちらに来て頂くことにしました。すると直ぐにお二人がこちらに駆け寄って来ます。
「アスカちゃん、乃々ちゃん! 一緒に飲みましょ~! 横ぴぃーーす☆ イエイ!」
ピースサインを横にして目元に近づけます。そしてしつこいくらいウインクをしました。
「これは、酷いな……」
「うう……完全に酔っ払ってますけど」
超ハイテンションです。こんな朱鷺さんは今まで見たことがありません。その姿を見て、お二人共かなり動揺しています。
「なんれすか、みんなノリ悪いれすよ! ほら、ダブル横ぴぃーーす☆」
「とりあえず、お酒を取り上げて休ませた方がいいでしょうか」
「……ああ、そうだね」
「森久保も、そう思います……」
意見が一致したので、皆で朱鷺さんの説得に入ります。
「朱鷺さん。未成年がお酒を飲んではいけないんですよ。今までの分は事故で仕方ありませんから、これ以上はもう止めておきましょう」
「私の累計年齢は50歳れすから大丈夫れすよ~♪ それにこのチャンスを逃したら次回は6年後れすのれ、今日は浴びるほどのんでやるのれす!」
「もはや言っていることが意味不明だな。仕方ない、強硬手段だ」
決して缶ビールと一升瓶を手放そうとしないので、三人がかりで引き離そうとします。ですがその瞬間、朱鷺さんの姿が消失しました。
「ふふふふ、私の力をお忘れですかぁ? 私相手に実力行使とか絶対ムリれす。ムリムリムリムリかたつむりれすよ!!」
声が背後から聞こえます。振り返ると缶ビールを美味しそうに飲む朱鷺さんがいました。
「なんてタチの悪い酔っ払いだ!」
「だから全然酔ってないれすって!」
「酔っている人は皆そう言うらしいんですけど……」
自分が酔っていることを決して認めようとはしません。
「でもちょ~っと散らかしすぎましたれすね……。片付けないと……」
朱鷺さんがそう言いながら空き缶を折り畳んでいきました。ビールの缶があっという間に切手サイズにまで圧縮されていきます。酔っていても超人的な力は健在なようです。
一人で黙々と飲み続けるタイプなのがせめてもの救いでした。もし酔って暴れるタイプでしたら死傷者が出たかもしれません。でもこれ以上飲ませる訳にはいかないでしょう。
「はい皆さん注目~!」
朱鷺さんが急に叫びました。近くにいた何人かのアイドルがこちらに近づいていきます。
「どうしたのとっきー?」
「大丈夫? ブラ丸見えだし、顔真っ赤だよ」
「もしかして、お酒飲んじゃってます? 朱鷺さん……」
未央さんと凛さん、そして卯月さんでした。かいつまんで事情を説明します。皆さん「うわぁ……」というリアクションでした。
「ここからは七星朱鷺改め、全宇宙待望の超人気アイドル──ミラクル☆トッキーの提供でお送りしましゅ☆ バッキバキのアゲアゲでブッ込んでいくんで以後シクヨロぴょん!」
「…………」
誰一人朱鷺さんのノリにはついていけませんでした。完全にキャラクターが崩壊しています。
「まずは! 愛され上手のモテかわガールであるこの私の最重要機密を大・暴・露したいと思いまーしゅ! オゥイェ!!」
最重要機密とは一体なんでしょう。少し気になりました。
「実は私は……。何と何と何と何と! 前世の記憶があるのデース! マーベラス! 私最強! 私万歳! いやっほォォォーう!!」
朱鷺さんが最上級のドヤ顔で高らかに宣誓します。ああ……ついには前世とか言い始めてしまいました。
「……はぁ、真面目に聞いて損した」
「とっきー! ボケるならもう少し突っ込みやすいボケにしてよー!」
もちろん、誰も真剣に受け止めてはいません。
「シーット!! う、嘘じゃないれすよ! 前世では36歳のオジサンで、ブラック企業での勤務中に無様に死んだんれすよ!」
朱鷺さんが慌てた感じで説明しますが、壊滅的に酔っていますので話の内容は滅茶苦茶です。でも、設定がやたら細かいところが少し気になりました。
「そ、それは大変でしたね」
「本当に大変だったんれすよぉ。特に中学卒業後は右も左も分かんなくて、何度餓死しかけたかわかりません! 当時は若くお金が全然ありませんれしたしねぇ。自慢のダンボールハウスが何度警察共に破壊されたことか……よよよ……」
「は、はぁ……」
「何れすかその生返事は! ちゃんと聞きなさいファッションセンターさん!」
「はい! すいません!」
卯月さんが相槌を打ってくれているうちに作戦会議をします。
「ホタル、一つお願いがある。ボク達のプロジェクトルームに行って、あの手紙を取って来てくれないか」
「あの手紙って何の手紙ですか?」
「以前朱鷺がボク達に託した遺言さ。朱鷺の身に何かあったら開けるように言われていただろう」
確か解散騒動の直後にそんな手紙をお預かりした記憶があります。
「それまでは命を掛けて足止めをする。ここはボク達に任せて、早く行ってくれ!」
「わ、わかりました! 直ぐに行ってきます!」
飛鳥さん達を残して、駆け足でプロジェクトルームに向かいました。
プロジェクトルーム内を捜すと、目当てのお手紙──『七星朱鷺 緊急時対応マニュアル(社外秘)』が直ぐに見つかりました。急いで内容を確認します。
『コメットの皆様へ
皆がこの手紙を読んでいるということは、私は死んだか相当ヤバい状態になっているのでしょう。申し訳ございませんがこの手紙の内容を踏まえ、状況に応じて適切な対応をお願いします』
前書きを読み終わった後、本文に入りました。
『初めに、私が無残に死んだ時の対応です。まず、私が所有しているスマホ、パソコン、タブレット端末を
一体何が入っているのか気になりましたが、今は関係ないので次に進みます。
『そしてもう一つ、私が死んだ時にお願いがあります。私のお葬式で出棺する際に、お見送りの曲としてOver Soulを流して下さい。アニメ版シャーマンキングの前期オープニングテーマで、今にも蘇りそうなあの曲です。
あれがお葬式で流れた時の参列者のリアクションがどうしても知りたいのですが、人のお葬式で流す訳にはいきませんので自分で試してみたいんです。そして私の代わりにその様子を見届けて下さい』
いや、いくらお願いされたってこんな不謹慎なことはできませんよ! ここも関係ないので飛ばします。
『続いて、私が誤ってお酒を飲んだりして、暴走した時の対応です。その時は……』
ちょうどピッタリな対応が書かれていました。急いで内容を確認します。
「え? これが、解決法……?」
ちょっと疑問に思いましたが、他に良い方法は浮かびませんので、指示通り『あの方』を捜しに行きました。今日、会社にいればいいんですけど。
運よくあの方がいらっしゃいましたので、中庭まで一緒に来て頂きます。
すると朱鷺さんは乃々さんを膝の上に抱えてご満悦そうな表情をしていました。乃々さんはいつ潰されるか気が気ではないようで、小刻みに震えています。
「いやー、本当に乃々ちゃんは可愛いれすね~」
「もりくぼ、抱き枕ではないんですけど……」
「ウチの養子になりませんか? 安らかに老衰死するまで一生面倒を見てあげましゅよ~?」
「もりくぼの家は、パパもママも健在なので……」
「いいじゃないれすかぁ~、乃々ちゃんのケチぃ~。……ひとりはもう嫌だよう。みんなと遊びたいよう!」
まるで駄々っ子です。
「七星さん、まずは森久保さんを離そう! 俺が代わりの人質になるから!」
犬神Pさんがそう言って朱鷺さんに近づきます。
「貴方が、乃々ちゃんの代わりれすか。……フッ」
「今、完全に鼻で笑ったよね?」
「ポジティブシンキングなのは良いことれすよ。でも、自己評価が高すぎるのは困りものれすので、気をつけた方がいいれす」
「泥酔していても俺の扱いは変わらないのかッ!」
犬神Pさんが落ち込んでしまいました。その姿を見てげらげら笑う朱鷺さんの方に、あの方が歩いていきます。
「あらあら、朱鷺ちゃん。随分とおいたが過ぎているようですねぇ」
「せ、千川さん。……あれ、今日は欠席では?」
「シンデレラプロジェクト関係のお仕事が沢山あるので、休日出勤していたんですよ。そうしたら朱鷺ちゃんがお酒飲んで暴れているって伺ったので、止めに来ました♪」
お酒を飲んだりして暴走した時の対応────それはちひろさんを呼んでくることでした。朱鷺さんによると推定危険人物ランク特S級らしいです。毒をもって毒を制すと書かれてました。
「いや、あ、暴れてはいませんよ……。私は正気ですから……」
朱鷺さんが青い顔で滝のような汗をかいています。私達には感じられない猛烈なプレッシャーが重くのしかかっているようでした。
「酔っている人は皆そう言うんですよ。さぁ、事務室でちょっと頭を冷やしましょうか」
「ああ、そういえば用事を思い出しました! 早く帰らなきゃ!」
瞬間移動して逃げようとする朱鷺さんの手を、ちひろさんが捕まえます。
「ひぎぃっ!」
「さぁ、行きましょう、朱鷺ちゃん」
「チェ、チェンジを強く希望します!」
「そういうシステムはありませんので諦めて下さいね」
「い~やぁ~~!」
ちひろさんにぐいぐいと引っ張られ、朱鷺さんはエレベーターに飲み込まれていきました。とりあえずは一件落着のようです。
でも、あの朱鷺さんを易々と捕まえるなんて……ちひろさんは一体何者なんでしょうか。
その後歓迎会はつつがなく終わりましたが、朱鷺さんとちひろさんは最後まで姿を見せませんでした。
「おはようございます……。あ~、頭痛い……」
翌日、無事に朱鷺さんがプロジェクトルームに来られたので安心しました。
「おはようございます。昨日はすいませんでした。友紀さんから差し入れがあったことを話しておけば、あんなことにはならなかったでしょうから」
「いえ、いいんですよ……。ちゃんと表示を確認せずに飲んでしまった私が悪いんです。皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした……」
朱鷺さんが私達に頭を下げます。
「フッ。実害は無かったし、朱鷺の新しい一面も見れたからそれでチャラとしよう」
「もりくぼは、生きた心地がしませんでした……。でも、今は気にしていませんから」
飛鳥さん達がフォローします。
「そ、それで、私何か変なこと言っていませんでしたか? 実はあまりよく覚えていないので……」
「そういえば、前世がどうとか口にしていましたけど」
「……マジですか。いや、あれは違うんです!」
その言葉を聞くと朱鷺さんが狼狽しました。
「前世の記憶があるなんて、悪い冗談だね」
飛鳥さんがため息交じりで呟きます。
「ほ、本当に下らないジョークですよねぇ~! 何でそんなこと言ってしまったんでしょう?」
必死に誤魔化す朱鷺さんを見てもしやと思いましたが、直ぐにその考えを振り払いました。記憶の継承なんてありえませんから。
それに私にとって朱鷺さんは、かけがえの無いお友達であり仲間なんです。どんな過去があったとしても、そのことに変わりはありません。
「そういえば、ちひろさんとはあの後どうされたんですか?」
「千川さんは裏表のない素敵な人です」
「え?」
「千川さんは裏表のない本当に素敵な人なんです。だから何もされていません。千川さんは裏表のない素敵な人です。千川さんは……」
朱鷺さんがひどく怯えた様子でロボットのように呟き続けます。
一体あの後、何があったのでしょうか……。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
あくまで物語であり、現実において未成年者の飲酒を推奨する意図はありません。
未成年者の飲酒は法律で固く禁じられています。お酒は二十歳になってから。