ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第31話 行列のできる七星医院分院

 武内Pを説得した日の夕方、いつものように飛鳥ちゃん達とプロジェクトルームでお茶をしているとノックの音が聞こえました。

「どうぞ、鍵は開いていますよ」

「……失礼します」

 遠慮がちな声の後、ゆっくりとドアが開きました。するとシンデレラプロジェクトの方々がぞろぞろと入ってきます。CDデビュー組を除く九人の子達で、その先頭にはみくさんがいました。

 

「皆さん、何か御用でしょうか?」

「その……みんな、ありがとにゃ!!」

 みくさんが声を張り上げた後、勢いよくお辞儀をしました。

「ありがとうって……何のことでしょう」

「みく達のデビュー予定について、Pチャンに話すよう言ってくれたことにゃ……。みく達、本当にデビューできるのか心配で毎日眠れなくて、ずっとこのままだったらストライキでもしようかなって思ってたの。でも、みく達もちゃんとデビューさせる予定だってさっきPチャンから聞いて、すっごく安心したにゃ」

 

 私が思っている以上に事態は深刻だったようです。

 ストライキは労働組合が行う正式な抗議ですし労働者の権利ですから問題はありませんが、みくさん達は労働組合には未加入なのでただの業務妨害になってしまいます。

 もしそんなことをしたらみくさん達だけでなく責任者である武内Pを含めて何らかの処分を受けたでしょうから、未然に防ぐことが出来て何よりです。

 

「みんなー! ライブに誘ってくれてありがとにぃ☆」

「きゃっ!」

「ひえぇ……」

 きらりさんがほたるちゃんと乃々ちゃんに勢いよく抱きつきます。体格差の為、二人ともあっさりと捕獲されました。両肩に二人を抱えているのでガンキャノンみたいになってます。

 

「ライブの件なら、礼はトキに言うといいさ。このプランを思想したのは彼女だからね」

「言い出したのは私ですけど、アスカちゃん達が賛成しなければ没になっていましたから、この四人の案だと思って頂いていいですよ」

 私の善行はコメット全体の善行なのです。ワンフォーオール、オールフォーワンの精神です。

 

「極彩色の彗星の慈しみ……我は生涯忘れまいぞ」

「フフッ……蘭子も喜んでくれたようで、何よりだよ」

「あ、飛鳥ちゃん……」

 蘭子ちゃんが顔を赤らめました。

 あの二人は特殊な世界に旅立たれたようなので、そっとしておきましょう。背景には百合の花が広がっていそうで、とても声が掛け難いです。

 

「それでは、皆さん6月のライブには参加されるということでよろしいでしょうか?」

 ほたるちゃんがきらりさんに抱えられたまま質問をすると、「はいっ!」という元気な声が部屋中に広がりました。

「みんな期待しててねっ。ちょー頑張って、百点満点とるからっ☆」

 莉嘉ちゃんが燃えていますが、勘違いしていると良くないので釘を刺しておきましょう。

 

「ライブといってもこの間凛さん達が出演した『Happy Princess Live!』よりも小規模ですからがっかりしないで下さいね。一応大型のライブハウスですけど、あちらとはかなり違いますよ」

 先日のライブ会場は収容人数が二千四百人、一方で私達が予定している次回ライブ会場の収容人数はスタンディングで八百人ですから、単純な人数比で三分の一です。

 それでもデビュー一年以内の新人アイドルの単独ライブとしては破格の待遇ですが、シンデレラプロジェクトの子達にはそんなことはわからないでしょうから一応注意をしておきました。

 

「人数なんて関係ないよ! みりあがアイドルの仲間に入れてもらえるなんて、何だか夢みたいっ! すっごく楽しみ!」

「ライブハウスって超ロックじゃん! 俄然(がぜん)燃えてきたー!」

 みりあちゃんと李衣菜さんは会場の大きさについてさほど気にしていない感じです。

「私にはあんな大きい舞台、無理ですから……。かえって、良かったです……」

「智絵里ちゃんは繊細だから緊張し易いもんね。リラックスする為には……はい、チョコレート!」

「あ、ありがとう、かな子ちゃん」

  かな子ちゃんがポシェットからチョコレート菓子を取り出しました。全身にどれだけお菓子を隠し持っているのか一度調べてみたいです。

 

「やる気があるようで良かったです。今回はスペシャルゲストとしての出演ですが、それでもプロのアイドルである以上お客様に良いライブを見せなければいけませんよ」

「絶対、ぜーったい成功させるもん!」

 みくさんが高らかに宣言しました。その顔にもう陰りはありません。

「それでこそ舞台を用意した甲斐があります。お互い頑張りましょう!」

「うん!」

 笑顔でしっかりと握手をしました。やっぱり、彼女達には暗い表情よりも明るい笑顔の方が百倍似合っています。

 

「えぇ……本当に働くの……? アイドルになっても我が暮らし楽にならず。……ぱたり」

 部屋の片隅では杏さんが全力でだらけていましたが、誰も気にしません。皆、彼女の扱い方が分かってきたようです。

 杏さんは本当に個性的で独自路線ですよねぇ。私みたいにちょっぴりしか個性のないアイドルでは逆立ちしても敵いそうにありません。

 

 

 

 皆と別れた後、家に帰る前に美城カフェに寄りました。日は既に没しており、店内には空席が目立ちます。ウエイトレスさん達も何だか手持ち無沙汰(ぶさた)な感じでした。

「いらっしゃいませ、美城カフェにようこそ! 朱鷺ちゃん!」

「おはようございます。菜々さん」

 お互いに挨拶をします。今日の目的はカフェではなく菜々さんでした。

 

「ちょっと待っていて下さいね。今スタッフルームから取ってきます!」

「お仕事中でお忙しいでしょうから、後でいいですよ」

「いえいえ、今はちょうど暇ですし」

 元気よく答えると、バックヤードに消えていきます。レジカウンターの前で少し待つと直ぐに戻ってきました。手にはCD等を収納するためのケースが握られています。何十枚も入れられるような大きいやつです。

 

「ではこれ、お貸ししますね!」

 菜々さんから収納ケースを受け取りました。

「はい、ありがとうございます。少し中身を見せて頂いてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 確認を取ってからチャックを開きます。すると中にはDVDのディスクが納まっていました。どれもマジックでタイトルが付けられています。その内の一枚には『生っすか!? サンデー 第37回』と書かれていました。

 

  生っすか!? サンデーは765プロダクション所属アイドルが総出演していたテレビ番組です。毎週日曜日に生放送しており、とても高い人気を博していたそうです。

 既に放送は終了しており、現在は『生っすか!? レボリューション』という後継番組が不定期にスペシャルで放送されています。今後生放送のバラエティ番組に出演する可能性がありますので、偉大なる先人達のリアクション等を学びたいと前々から思っていました。

 

「本当に助かります。生っすか!? サンデーはDVD化されていないので諦めていました」

「いえいえ、この間の捻挫のお礼ですよ」

 番組名は知っていましたがその頃はアイドルなんて微塵も興味が無く、裏番組の競馬中継を熱心に見ていましたので一度も見たことがありません。この間菜々さんと世間話をした際に偶々この話題になったのですが、菜々さんが本放送をDVDで録画していると知り、お借りすることにしたのです。

 

「菜々さん的にはどの回がお奨めですか?」

「ナナとしては第34回ですね! 出演者が765プロダクションのアイドルに代わってから直ぐの回なんですけど、あの『菊地真(きくちまこと)改造計画』や『あいパック事故』がありますし、他にも色々な見所が満載ですよ! 特に、貴重な雪歩ちゃんと真ちゃんの絡みは必見です! 眼福ですよ眼福!」

「そ、そうなんですか。帰ったら早速見てみますね……」

 菜々さんの勢いに押されていると客席から呼び出し音が鳴りました。

「それじゃあナナはお仕事に戻ります。返すのはいつでもいいので、見飽きたら持って来て下さいね!」

「引き止めてしまい申し訳ありませんでした。お仕事頑張って下さい」

 

 

 

 菜々さんを見送った後、(きびす)を返してお店を出ようとしたところ見知った方がいるのに気が付きました。頬杖をつきながら、暗い闇が支配する窓の外をぼうっと眺めています。

 何だかとても落ち込んでいるような感じです。気になったので彼女の傍へ近づきました。

「おはようございます。瑞樹さん」

「……え? あ、おはよう、朱鷺ちゃん」

 声を掛けたその人は元女子アナアイドルの川島瑞樹(かわしまみずき)さんです。

 

「どうかなされたんですか? 何だか真っ白に燃え尽きていますけど」

 矢吹ジョーも真っ青になるくらいのレベルで白いです。風に吹かれたら飛び散りそう。

「その、ちょっと色々あってね……」

 色々とは何でしょうか。日頃お世話になっていますので、力になれることがあれば是非協力したいです。

「頼りないかもしれませんが、私でよければ相談に乗りますよ」

「そう……。じゃあ、一つ訊きたいんだけど、いい?」

「はい。私に答えられることであれば何でもお答えします!」

「朱鷺ちゃんから見て、私ってそんなに歳がいっているように感じるかしら?」

 

 うーわぁー……。超答え難い質問が投げ込まれてきました。

 『はい』とは口が裂けても言えませんし、あまりオーバーに否定しても見え透いたお世辞と思われてしまいます。一瞬の間に色々な考えが巡りました。

「瑞樹さんはとてもセクシーで若々しい大人の女性だと思います……よ?」

 結局無難な答えに落ち着いてしまいました。

「そう……。ごめんなさいね、お世辞を言わせちゃったみたいで」

「いや、そんなことないですって! でも何で急にそんなことを確認されたんですか?」

 大きな溜息を付いた後、ぽつぽつと語り始めます。

 

「さっき、ブルーナポレオンの子達からプレゼントを貰ったの」

「へぇー、良かったじゃないですか」

 ブルーナポレオンは瑞樹さんが所属する五人組の人気ユニットです。瑞樹さんは楓さんや美嘉さんともユニットを組んでいる為一時的に四人で活動を続けていますが、ユニット内の仲は良好だと伺っています。

 

「その時千枝ちゃんから言われたの。『昨日は母の日でしたから、ブルーナポレオンにとってお母さんみたいな存在の川島さんにもプレゼントをあげたいって思いました!』ってね……」

「あっ……」

 やっと事情が分かりました。『お母さんみたい』────それはアラサーシングル女子にとって禁忌(きんき)のワードです。

 次々にバージンロードを歩んでいく学生時代の友人達や、両親からの矢のような結婚催促に必死に耐えている彼女達を一瞬で殺しかねません。レベル1デスくらいの殺傷能力があります。

 

 ですが佐々木千枝ちゃんはまだ11歳。決して悪意がある訳ではなく、お母さんみたいに優しくて安心できて、頼りになる存在だと言いたかったに違いありません。そして悪意の無さがよく分かっている分、瑞樹さんもその憤りをどこにぶつけたらいいかわからないのでしょう。

 

「そんなことないですよ。本当にお若いですから」

「慰めてくれてありがとう。フリルにもリボンにも負けない28歳! ……そういう気持ちでやってきたけど、流石にダメージが大きかったわ。やっぱり、若いっていいわね。朱鷺ちゃんだって、ナチュラルメイクでそんなに可愛いもの」

「いえ、私は一切メイクしてませんよ」

「…………今、何て言った?」

「いや、メイクって面倒じゃないですか。だから私は仕事の時以外はすっぴんです」

 下地作ったりファンデーション塗ったりと色々面倒ですもん。そんな時間があれば1分でも長く寝ていたいです。

 

「……恨みで人を消し去れたらいいのにねぇ」

 瑞樹さんから殺気が一気に解き放たれました。よくわかりませんが彼女の地雷を踏み抜いてしまったようです。

「し、失言があったようなので謝罪します。なので握っているフォークをお皿に戻して頂いていいでしょうか」

 瑞樹さんがフォークを渋々手放します。私がすっぴんであることがなぜ逆鱗に触れたのか、コレガワカラナイ。

 

「でも、千枝ちゃん達から見たら私なんてお母さんみたいなものよね。わかるわ……」

 こんなに弱々しい『わかるわ』は初めてです。何とかしなければと考えたところ、妙案が浮かびました。

「瑞樹さん、この後お時間ありますか?」

「……ええ。何の用かしら?」

「私からも、瑞樹さんにとっておきのプレゼントを差し上げようと思いまして」

「プレゼント?」

 頭の上にハテナマークが浮かんでいます。瑞樹さんにはきっと喜んでもらえるプレゼントですから、期待していて下さい。

 

 

 

「失礼します」

 念の為声を掛けてから無人のエステルームに入りました。電気を付け瑞樹さんを招き入れます。

「エステルームに何か用なの?」

「はい。せっかくですから、瑞樹さんに私の特別マッサージを受けて頂こうと思いまして」

「エステなら午前中に受けたから、また受けても効果ないと思うけど……」

 乗り気では無いようです。私はエステティシャンではないのでその反応は当然でしょう。

 

「まあまあ、騙されたと思って受けてみて下さい。何といっても私のは特別ですから」

「……わかったわ。よろしく頼むわね」

 上着とズボンを脱いで直立してもらいました。私の特別マッサージの準備はこれだけですからとても簡単です。

「では、まず全身を動かせなくします」

「えっ、ちょっと!」

 

 言い終わるのを待たず、脇の付近にある秘孔を突きました。この秘孔──『新壇中(しんたんちゅう)』には身体を動かせなくなる効果があります。

 事実、目の前の瑞樹さんは指一本動かせません。私が再起動の言葉を掛けるまで永遠にこのままです。

 施術中に動かれて手元が狂うと取り返しがつかなくなる恐れがありますので、一応の保険です。

 

 そして気を集中させると、瑞樹さんの全身の秘孔に拳を当てていきます!

「あたたたたーーっ!! ほぉわたぁ!」

「…………」

「貴女はもう、若返っている」

 決めゼリフを言うや否や、瑞樹さんがその場に崩れ落ちました。 新壇中の効果を切りましたので自由に動けるようになったのです。

 

「ちょ、ちょっと、何するのよ! 死ぬかと思ったじゃない!」

 猛抗議を受けます。しかし事前にマッサージ内容を話していたら全力で拒否されていたでしょうから、これも仕方ありません。

「驚かせてしまいすいませんでした。体の調子の方はいかがでしょうか?」

「え? ……そういえば、何だか肩がとっても軽いわ。まるで羽みたい! それに首の痛みも全然無い!」

「それだけではないですよ。自分のお肌を触ってみて下さい」

「何このサラサラ感! それに潤いも凄いわ! この感覚はまるで10代の頃のよう……」

「10代のようではなくて、10代に戻したんですよ。これも北斗神拳のちょっとした応用です」

 

 北斗神拳は相手の秘孔に気を送り込み、肉体を内部から破壊することを極意としています。破壊することができるのですから、治すことも当然可能です。

 瑞樹さんの体は同年齢の方と比べて断然若いですが、それでも肩や首といった気の流れが良くない箇所が多数あったので治療しておきました。

 

 そして同時に『リバースエイジング(若返り)の秘孔』を突いたのです。この秘孔は私の両親の為に、七星医院で多数のモルモッ……もとい患者さんを相手にして開発したとっておきの秘孔ですが、瑞樹さんがあまりに気の毒なので特別に使ってあげました。10歳程若返らせましたので肉体年齢は18歳くらいに戻っています。

 こんな秘孔を使わなくても両親は若々しいので開発した意味なかったなぁと思っていましたが、お披露目する機会があって良かったですよ。

 

「アンチエイジングなんて私にとっては時代遅れです。北斗神拳があればリバースエイジングも可能なのですよ。おほほほほ」

「朱鷺ちゃん! これって、いつまで効果が続くの!?」

「体の悪いところは先ほどのマッサージで全て完治しました。ただ、リバースエイジングの効力は永久ではありません。有効期間は大体半年くらいでしょうか」

 そう言うや否や、瑞樹さんが私の手を取りました。笑顔ですが何だか怖いです。

 

「アイドルを辞めて私の専属マネージャーにならない?」

「……いえ、残念ながらまだ引退する気はありませんけど」

「お金? お金なの? ならば諭吉さんを積むわ! 膝の高さまで!」

「だから引退する気は無いんですって!」

 なぜ皆寄ってたかってアイドルを辞めさせたがるんでしょうか。プロ格闘家やマッサージ師になるつもりはないんですけど。

 

「ちっ、仕方ないわね。ところでリバースエイジングって、戻す年齢はどれくらいが限界なの?」

「体に無理の無い範囲だと、今瑞樹さんに施したマイナス10歳くらいがいいとこでしょう。マイナス30歳や40歳もできなくはないですけど、体への負担が大きくて常人では耐えられないので止めておいた方がいいです」

 私なら問題ありませんが、一般人には耐えられない痛みが生じますからね。

 

「わかったわ、とりあえず更にマイナス5歳でやって頂戴。JCの頃のお肌に戻れるのなら、この命惜しくは無いわ!!」

「いや、もっと惜しまなきゃ駄目ですって!」

 その目には一切迷いがありませんので困ってしまいます。

 その後一時間にわたり説得を行い、定期メンテナンスをすることを条件に無理な若返りは希望しないと約束して頂きました。美にかける女の執念を完全に侮っていましたよ。

 

「アイドル街道爆進中☆ ピッチピッチアイドルミズキでぇ~す♪」

「あはは……」

 姿鏡の前でぶりっ子ポーズを取ります。うわキツ……くはないですが、なんともいたたまれない気分にはなりますね。でも機嫌は直ったようで本当に良かったです。やはり彼女も笑顔の方が百倍素敵です。

 

「お肌のコンディションバッチリ~♪ ステージもこの調子でいくわよ~♥」

「はい、頑張りましょう!」

 軽い気持ちでリバースエイジングをしてみましたが、これがきっかけで彼女とも一生涯の付き合いになりそうな予感がしました。ていうか一生付きまとわれそうな予感がひしひしとします。

 でも、それはそれで楽しそうなのでいいのかもしれません。

 

 

 

 その次の日はコメット全員でアイドル雑誌の取材を受けることとなりました。

 『○○ちゃんへの100の質問!』というテーマで、記者さんから出される100個の質問に答えていくというものです。

 美城カフェ内のオープンテラスで16時半から取材開始の予定なので、学校が終わり次第乃々ちゃんと一緒に直行します。

 

 美城カフェに着くと既にほたるちゃんとアスカちゃんが取材を受けていました。2人ずつ取材を受ける形式なので、他のテラス席に座って取材が終わるのを待ちます。

「いらっしゃいませ、美城カフェにようこそ! あっ……!」

「おはようございます。菜々さん」

 菜々さんがメニューを聞きにきたので挨拶します。でも何だか様子が変ですね。深刻な表情で私を見つめてきます。

 

「注文いいですか?」

「は、はい!」

「私はカモミールティーをお願いします。乃々ちゃんはどうしますか」

「も、もりくぼはみるくてぃーで……」

「かしこまりました! カモミールティーとミルクティーですね! 直ぐにお持ちします!」

 駆け足で店内に戻っていかれました。今日はいつも以上に挙動不審です。

 

「お待たせしました」

 菜々さんが注文したものを持ってきます。ティーカップを置いて去ろうとしましたが、覚悟を決めたような表情をしながら口を開きました。

「と、朱鷺ちゃん。瑞樹さんから聞いたんですけど、リバースエイジングの秘孔ってあるんですか……?」

「ええ、ありますけど、それがどうかしましたか?」

「ナ、ナナはリアルJKですからあまり関係はないんですけど~、それってナナにも効いたりするんでしょうか!」

「ええ、問題なく効きますよ。でもリアルJKの菜々さんには必要ないでしょう」

 ちょっとだけ意地悪をしてみました。

 

「う……でも、一応興味あるというか……」

「なぁに~? 聞こえませんねぇ~?」

「だから、ナナをJK時代に戻して……って言っても現在進行形でリアルJKですから!」

「ならリバースエイジングなんて必要ないですよ。今ある若さで頑張りましょうね」

「ううぅ……朱鷺ちゃんのバカー!」

 

 バックヤードに駆けて行ってしまいました。からかうにもちょっとやりすぎてしまったので反省です。お詫びとしてインタビューが終わったらマッサージをしてあげることにしました。

 その後インタビューを受けましたが、100の質問のうち約三分の一は北斗神拳についてでした。完全にさっきからかった罰が当たったような格好です。

 お願いしますからアイドルとして取材して頂けませんか……。

 

 

 

 本日はエステルームがまだ営業中の為、インタビュー後はバイト終わりの菜々さんと一緒にレッスンルームに行きます。誰も使っていないことを確認すると内側から鍵を閉めました。

「ではこれから特別マッサージを行います。準備はよろしいですか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 今までかつて無いほど真剣な表情です。人をこれ程までに狂わせる若さって何なんでしょうか。振り向かないことなんでしょうか。

 

 そんな下らない考えを振り払い気を集中させます。前回と同様に、まず新壇中で体の自由を奪ってから菜々さんの全身の秘孔に拳を当てていきます!

「あたたたたーーっ!! ッくしゅん!」

 あっ、やっべ……。

 

 最後の一撃を入れようとした瞬間にくしゃみが出てしまい、狙いとは違う秘孔に着弾してしまいました。この秘孔って何の秘孔でしたっけ? 命に関わるような秘孔ではないと思うんですけど。

 新壇中の効果を切りましたが倒れこんだまま微動だにしません。

「な、菜々さーん、大丈夫ですか~!」

 焦って声を掛けるとゆっくり立ち上がりました。どうやら命は無事だったようです。やったね!

 

「フ、フハハハ~! (みなぎ)る! 力が漲るぞ! このウサミンより、真のアイドルの歴史は始まるのだ!!」

「ど、どうされました!?」

「何だトキ? ナナはいつも通りではないか」

 あれれ~、おかしいぞ~。

 眉一つ動かさず人が殺せるくらい冷酷な表情に変貌しており、菜々さんの面影は無くなっていました。どうやら精神が世紀末覇者になる秘孔を誤って突いてしまったようです……。

 

「いや、どう見てもおかしいですよ。現状では悪い方向に突っ走っています」

「この世に生を受けたからには、ナナはアイドル界をこの手に握る!!」

「ちょっと落ち着きましょう。そんなことは神様が許しませんよ!」

 菜々さんが外に出て行こうとしたので慌てて止めました。こんな恐ろしい姿を人様にお見せする訳にはいきません!

「ならば神とも戦うまで! ナナは誰の命令も受けぬぞ、例え神の命令でもな!」

 

 私は恐ろしい女を造りあげてしまいました。しかしこうなったのも全て私のせいですから、命に代えても止めなければいけません。製造物責任は果たさなければならないのです。

「……覚悟は出来ているようですね」

「フ……貴様をこの場で倒してナナが最強のアイドルとなろう!」

 そして、戦いの火蓋は切って落とされました。

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 横たわるナナさんの隣に座り、呼吸を整えます。まさか戦闘力まで世紀末覇者並みに強化されているとは思いませんでしたよ。

 ナナさんが繰り出す必殺の一撃をかわしつつ、傷を付けずに秘孔封じの秘孔を突くのは結構大変でした。ですがあの謎秘孔の効果はこれで解けたはずです。

 

「……あ、あれ? 私、今までどうしていたんですか?」

 気絶していた菜々さんがゆっくりと起き上がりました。いつもの可愛らしい顔に戻っています。

「お疲れ様です。特別マッサージはもう終わりましたので起きて下さいね」

「そうなんですか。あれっ、何だか体が凄く軽いです! 股関節と腰の痛みがぜんぜんありません! 本当にありがとうございます、朱鷺ちゃん!」

 既に世紀末モードは抜けており元の菜々さんに戻っています。素敵な笑顔でお礼を言われると、物凄く罪悪感が涌きました。

 

「い、いえ。お気になさらず。リバースエイジングの秘孔も突きましたので、リアルJKが本当の意味でJKになっていますよ」

「そういえば、肌もピチピチですし小ジワが全然ありません! やったー!」

 コンパクトミラーを片手に泣きながらはしゃぐ菜々さんはとても可愛かったです。

 でも、数分前まで世紀末状態だったなんて絶対に言えません……。本当に申し訳ないと心の中で何度も謝罪しました。誤爆、ダメ、ゼッタイ。

 お詫びとして、私の命がある限り定期メンテナンスすることをここに誓います。

 

 

 

 菜々さんとはその場で別れ、重い体を引きずってプロジェクトルームに辿り着きました。今日はお茶をしてからタクシーで帰ろうと思いつつドアを開けます。

「戻りました……ってあれ?」

「おはようございます♪」

 中に居たのは三人だけではありませんでした。楓さんが素敵な笑顔を携えてソファーに座っています。

 

「あれっ、どうして楓さんがここに?」

「何でもトキに相談があるらしい。ずっと待っているから早く話を聞いてあげた方がいいよ」

 アスカちゃんに促されるまま、楓さんの正面に座りました。

「どのようなご相談でしょうか。私に出来ることなら協力しますけど」

「川島さん、昨日のことをとても喜んでいたわ」

 ああ……この時点で大体察しが付きました。でも誤爆があったばかりですから、今日は流石に控えたいです。

 

「リバースエイジングの件でしょうか。申し訳ないですが今日は既に一件やってますので……」

「?」

 ううっ! すっごいキラキラした期待の目で私を見てきます。止めて、見ないで! 浄化されちゃううう!

「……わかりました。この後リバースエイジングのマッサージをさせて頂きます」

「ありがとう、朱鷺ちゃん」

 

 笑顔でお礼を言われてしまいました。肉体年齢15歳の楓さんなんて、もはや無敵の究極生命体になってしまうんじゃないでしょうか。

 そして楓さんの後もアダルティなアイドルの方々からリバースエイジングの依頼が殺到しました。私はマッサージ師ではなくてアイドルなんですけど、皆さんお忘れになっているのではと心配になります。

 

 

 

 数日後、学校が終わってからプロジェクトルームに向かうと異変に気付きました。普段人がめったに通らない地下一階に行列ができているのです。

 有名なラーメン屋さんでも出店したのかと思い人ごみを辿っていくと、行列はプロジェクトルームまで続いていました。慌てて扉を開けると既に三人がいます。皆困惑した表情です。

 

「この行列は一体何ですか!?」

「それが、朱鷺さんはどんな病気でも治せる上に若返りまでできると評判になっていまして」

「体調の良くない方や若返りたい方が殺到しているみたいですけど……」

 なんと! ちょっとした親切心でやった行為がここまで広がってしまったというのですか。

 

「どどど、どうしましょう?」

「身から出た(さび)だから、責任を取るしかないな」

 いやいや、責任って言ったって、こんなに大勢の人間を一人で面倒見きれません!

「なら、時間がある時に少しづつ診ていくのはどうでしょうか」

「それなら、皆さん納得されると思います……」

 

 うう……それしかなさそうです。これで清純派アイドルからまた一歩遠のいた気がします……。

「ボク達では協力できない分野ですまない。でも人を元気付けるという点ではアイドル業と変わりないさ」

 アスカちゃんのフォローがルーム内に虚しく響きました。

 

 結局、並んでいた社員の皆様に結論を説明しその日は解散して頂きました。

 そして後日、346プロダクションの地下一階に専用の治療室が設置され『七星医院 346プロダクション分院』が新規出店したのです。

 私の空き時間での片手間治療ですが、完全予約制で既に予約は2ヵ月後まで埋っています。

 

 余談ですが、この秘孔治療により346プロダクションの医療費は7割削減でき、社員満足度と生産性も大幅にアップしたとのことでした。

 これだけ会社に貢献しているんですから、武道館ライブくらいやらせて欲しいです……。

 

 

 

 

 

 

 

 


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