ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第32話 エヴリデイバッドドリーム

「手を後ろに回して、胸を張ってね」

「はい。こうですか?」

 カメラマンさんの指示に従いポーズを取りました。ことさら胸を強調するような姿勢です。

「そこでストップ!」

 ストロボのフラッシュが強烈に光り、視界を真っ白に遮りました。

「良い感じ良い感じ。朱鷺ちゃんは笑顔作るの上手いから撮影が楽で助かるよ!」

「ありがとうございます」

 営業スマイルのまま返事をします。

 

「ヘルプじゃなくて毎回来てもらっていいんだけどなぁ~」

「そう言って頂けて嬉しいです。でもギャル系のファッションは美嘉さんや里奈さんの方が似合っていると思いますので……」

「そっかあ、残念! お兄さんは見たいけど!」

 カメラマンさんがニカッと笑いました。社交辞令でしょうが悪い気はしませんね。

 

 

 

 本日はモデルのお仕事です。

 普段はコンサバ(お嬢様)系のファッションモデルをよくやっているのですが、今日は急病の方の代役としてギャル系のファッションモデルをやることになりました。初夏頃に出るファッション誌に載せる為、スカートはミニなので結構恥ずかしいです。

 ですがギャル系としては比較的露出の少ない服装なので文句は言えません。髪型も緩やかにウェーブパーマを当てるくらいで済んだので助かりました。昇天ペガサスMIX盛りにでもされたら堪りませんからね。

 

 一通り撮影を終えた後は控え室に向かいます。

 ドアを開けると他のモデルの方々がいらっしゃいました。

「おっつ~! とりまジュース飲む~?」

 目の前にいる金髪のガチギャルがペットボトルの飲料を差し出しました。

「はい。ありがとうございます、里奈さん」

「そんなにかしこまらなくてよくなくない? もっとリラクでいいぽよー」

 

 今日撮影をご一緒した藤本里奈(ふじもとりな)さんも346プロダクション所属のアイドルです。見た目からしてギャルな方ですね。素直で裏表がない性格で、こう見えて意外とチャラくはないので好感が持てます。多分、好きな人には尽くすタイプなんじゃないでしょうか。

 

「逆に里奈はリラックスし過ぎじゃないの?」

「ヤバッ、美嘉ちゃんに怒られたん !  アタシってば、だらけすぎ?」

「怒ってないけど、衣装のままだらけるのは流石にヤバいでしょ。ジュースとかこぼしたら大変だしね~」

「めーんご♪ ちょっぱやで着替えるわ~!」

  里奈さんがモデルの衣装から私服に着替え出しました。ついつい胸とお尻に視線が行ってしまいます。これも前世のサガか……。

 

「朱鷺はギャル系も超似合ってんじゃん★ 今度からこっちの撮影も出ればいいのに」

 美嘉さんから話しかけられたので慌てて振り返りました。

「いえ、私にはちょっと刺激が強すぎるので……」

「これくらい刺激的じゃないと、男の子の視線を集めらんないっしょ★ ねぇ、里奈?」

「派手目な方がちょーアガるしー! とっきんも今日みたいな服のがズッガーン、イケてるぽよ~!」

「ま、前向きに検討します……」

 現役ギャル二人に囲まれて、累計年齢50歳のオジサンはタジタジでした。最近の若者言葉は本当に良く分かりません。一応私の方が年下ですけど。

 

「買い出し行ってきま~♪」

「行ってらっしゃい」

 コンビニに向かう里奈さんを見送ります。コンビニ大好きっ子ですよねぇ、あの子。

 

 

 

 着替えを済ませて美嘉さんと談笑しているとモデルの子がおずおずと近づいてきました。確か読者モデルの子だったと思います。

 私と同じくらいの年齢で、ギャルと言うよりもギャルに憧れている女の子というイメージです。

「あの、ちょっといいですか?」

「ん? 何、どうしたの?」

「美嘉さんにご相談したいことがあるんですけど……」

 そう言いながら読者モデルの子が私の方を横目で見ました。

 

「席を外しましょうか?」

「い、いえ。大丈夫です!」

 そうは言われましたけど、なんとなく居辛いですね。椅子を少し移動させて美嘉さん達と距離を取りました。

「で、相談ってどんなこと? アドバイスしてあげるからお姉さんに言ってみなさい★」

 美嘉さんが笑顔で胸を張ります。面倒見の良い姉キャラですから相談相手としてはうってつけでしょう。

 

「その、恋愛系の相談なんです」

「へ、へぇ……。恋愛、ねぇ……」

 心なしか美嘉さんが固まったように見えますがなぜでしょうか。カリスマギャルですから交際経験は相当あるでしょうし、男の扱いにも長けているはずですけど。

 

 読者モデルの子が美嘉さんに相談を始めました。聞く気は無いのですが、それほど広い部屋でもないので自然と内容が聞こえてしまいます。

 どうやら同じ学校に意中の人がおり告白をしようと考えているのですが、どうすれば上手く思いを伝えられるか悩んでいるそうです。

 いやぁ~正に青春ですね。オジサンからしたら娘みたいな年頃の子なので微笑ましく感じてしまいました。

 

「どう告白したら上手く行くでしょうか? とりあえずLINEでそれとなく伝えてみようと思うんですけど」

「そ、そうなんだ。う~ん、どうかな……?」

 美嘉さんがなぜか悩みます。ああ、そうか。美嘉さんは超モテモテなので、きっと自分から告白した経験なんて無いんでしょう。交際経験が無い生娘な訳がないですもんね。

「…………」

 なぜかその後も控え室に重苦しい空気が満ちてしまいます。

 

「最近ではLINEでの告白が流行っていますが、私的にはお奨めできません」

 その空気に耐えられず横槍を入れてしまいました。

「でも手軽だし、もし振られても冗談で済ませられるからダメージが少ないと思うんですけど……」

 読者モデルの子が(いぶか)しげに首を傾げます。

 

「確かに手軽に気持ちを伝えられるというメリットはあります。ですがやはり面と向かって話さないと気持ちは伝わり難いんですよ。そういう消極的な告白の成功率は低いんです」

「そうなんですか?」

「はい。しかもLINEだと相手に考える時間を与えてしまうじゃないですか。人は時間があればその分迷う生き物ですから、『本当にこの子でいいのかな』という気持ちを抱かせてしまいます。対面の場合、その場で答えを出して欲しいと詰め寄れば勢いでOKしてくれる可能性が高まるんですよ。ですから電撃戦で仕留めるのがベストです」

 押しても駄目なら押し潰せばいいのです。

 

「な、何か恋愛じゃなくて戦争みたいですね……。美嘉さんはどう思います?」

「え、そこで私に振るの!? 確かに一理あるかも、だけど……」

 相手をいかに撃墜するかという点では恋愛も戦争も変わりはしませんが、実際に見てみないと納得しなさそうです。乙女の一大事ですから、ここは一肌脱ぐしかないでしょう。

 

「では、試しにやってみましょうか。私が告白する女の子役をやりますから美嘉さんは男の子役をやってもらえませんか?」

「私? まぁ、いいけど」

 二人で向かい合います。そしてシミュレーションを開始しました。場所は放課後の校舎裏という設定です。

 

 

 

「美嘉先輩。こんな所にお呼び出しして、すみません……」

 清楚モードを発動して超しおらしく振舞います。これぞ私の理想とする清楚可憐な美少女です。赤ちゃんはコウノトリさんが運んできてくれるものと真顔で信じ切っている感じですね。

 精神的な負荷が物凄く、乱用すると廃人化しそうなので早めに解除したいです。

 

「いや、別にいいよ。それで、用って何?」

 私の振りに対し、美嘉さんがアドリブで対応します。

「今日は大切なことを伝えたくて……。実は私、美嘉先輩のこと、ずっと前から好きでした!」

「え、ええ!?」

 迫真の演技で詰め寄ると何だか凄くうろたえました。トップアイドルともなると演技の技術も高いようです。

 

「本当に心から愛しています。結婚を前提に私とお付き合いして下さい!」

 両指を組み哀願的な目で美嘉さんを見つめました。

「いや、そういうのはまずいでしょ!! 性別的に考えて!」

 流石美嘉さんです。簡単に落ちないことで、より実践的な内容になるよう協力してくれているのですね。ならば私ももう一押ししましょう。

 

「……美嘉先輩は私のこと、お嫌いですか?」

 今にも泣き出しそうな表情で訴えかけました。嫌いと言われたらそのまま投身自殺しそうな雰囲気を全身から(かも)し出します。

「いやいや! 嫌いじゃないよ!」

 必死に否定する姿は名女優の貫禄すら漂わせます。その言葉を聞いて、すかさず笑顔を作り美嘉さんに抱きつきました。露骨に胸を当てていきます。

「良かった! なら、お付き合いして頂いても問題ないですよね?」と耳元で囁きました。

「う、うん……」

 美嘉さんが真っ赤な顔でコクリと頷きます。

 

「────と、まあこんな感じです。参考になりましたか?」

 清楚モードを解除して振り返りました。

「はい、勢いが重要だってよく分かりました! ありがとう、七星さん、美嘉さん!」

 明るい声が楽屋に響きます。

「それは良かったです。シミュレーションした甲斐がありましたね、美嘉さん。……美嘉さん?」

 なぜか固まったままです。

 

 少し間をおいて、再び「どうかしましたか?」と声を掛けるとようやく再起動しました。

「いや、なんでもない、なんでもないから!」

 手をブンブンと振って何かをかき消しているように見えます。

 うーん。特に失礼なことをした覚えはないんですけどねぇ。今時のJKギャルが考えることはオジサンにはよくわかりません。

 

「後は貴女次第ですよ。そこまでやって上手く行かなければどの道難しいでしょうから、さっさと諦めて次の恋に生きる方が建設的です」

「は、はい」

「……朱鷺ってさ、本当に14歳?」

「そうですよ」

 某ウサミン星人とは違い、戸籍上は14歳ですから何も間違っていません。

 読者モデルの子は「ありがとうございました!」と言って私達に一礼し、軽い足取りで控え室を後にしました。

 

 

 

「ふっふっふ……。家政婦、じゃなくてアイドルは見たぽよ~♪」

「あら、お帰りなさい。里奈さん」

 読者モデルの子と入れ違いで、お菓子満載のコンビニ袋を手にした里奈さんが入って来ました。

 不敵な笑みを浮かべており、もう一方の手には派手にデコられたスマホが収まっています。

 

「見たって、何をですか?」

「もちろん、愛の告白だぽーん! まさか美嘉ちゃんととっきんがラヴラヴでアッツアツだなんて、まぢ知らんてぃ~♪」

「はあ!? な、なな何言ってるの!」

「イイカンジの証拠もあるぽよ! これを拡散されたくなければ、美嘉ちゃんのおごりでピザをデリバるのだ~☆」

 里奈さんはそう言いながらスマホの動画を再生します。すると先程のシミュレーションの風景が流れました。どうやら知らぬ間に撮影されていたようです。この動画だけ見ると私がガチで告白しているようにしか見えませんね。

 美嘉さんの顔がまた真っ赤になりました。

 

「…………」

 美嘉さんが押し黙ります。

「って美嘉ちゃんサガんなしー。オチャメな冗談だから笑ってほしーぽよ☆」

「ちょ、やめてー!」

「ちゃんと消すから任せてちょー☆ あっ、ちょっ、まっ!?」

 焦った美嘉さんが里奈さんの手からスマホを取り上げようとします。慌てた里奈さんが画面を触ると、顔を青くしました。

 

「どうされました?」

「デリるつもりがまちがってシェアしちった。ごみん……」

「……共有相手はどなたでしょうか」

「えっと、たくみんでしょ。それと、夏樹っち、りょーちゃ、あっきー、莉嘉ちゃん、ののっち、まゆっち……。後たくさん!」

「い~や~!」

 私と美嘉さんの悲鳴が控え室に響き渡りました。

 

 私のイメージはもう下がりようがないのであまりダメージはありませんが、美嘉さんには申し訳ない事態になってしまいました。

 その後の火消し対応が功を奏し事態は直ぐ鎮火しましたが、暫くは皆からこのことでからかわれる日々を送りました。世間様には公開されなくて本当に良かったです。

 

 

 

 そんな出来事があってから少し経った頃、一人のアイドルがコメットのプロジェクトルームを訪ねてきました。

「おはようございます。朱鷺さん、いらっしゃいますかぁ」

「どうされましたか、まゆさん?」

 

 訪ねてきたのは346プロダクションのアイドルの中でも特に人気がある佐久間(さくま)まゆさんです。

 個性的なアイドルが揃っている346プロダクションの中では珍しくまともな清純派アイドルです。女の子らしくて皆にとても優しいという、正に理想的な女の子ですね。私が持っているような心の闇が全然なさそうで羨ましいです。

 

「はい。実は相談に乗って頂きたいことがあるんですけど」

 そう言いながらプロジェクトルーム内をチラチラ見ています。どうやらほたるちゃん達の存在を気にしているようでした。

「場所を変えた方がよいでしょうか」

「……できれば、そうして頂けると助かります」

 皆に目配せすると事態を理解してくれたようでした。犬神P(プロデューサー)に電話して空いている応接室を押さえてもらい、まゆさんと一緒に向かいます。

 

「それで、どのようなご相談でしょうか? 私に出来ることなら最大限協力しますよ」

 応接室でお互い向かい合い、話を切り出しました。

 コメット解散騒動の際にはまゆさんにも色々とアドバイスを頂きましたので、そのご恩を少しでも返したいと思います。

「ありがとうございます。実は……」

 

 話を要約すると、恋愛的な内容のご相談でした。まゆさんにはとても大切に想っている方がいるそうなんですが、自分と相手の立場上、今は直接告白をする訳にはいかないそうなんです。

 それでも相手に好意を伝えたい。その為の良い方法は無いか私に訊きたいとのことでした。

 

「でも、何で私なんでしょうか? この手の相談をするのに相応しい方は他にいらっしゃると思いますけど……」

「朱鷺さんは恋愛マスターだと里奈さんが仰っていましたので、良い方法が無いかお知恵をお借りしたいんです。それにあの告白練習動画はとっても参考になりましたから。……ふふっ」

 あのぽよぽよ娘さんはなぜ余計なことを吹聴しているんですか! 無駄に人生経験が長いだけで別にマスターではないんですけどねぇ。

 

「何にしても直接好きだと伝えられないのは辛いですね。間接的な手段としては、お弁当を作ってあげたり手作りのお菓子をプレゼントするくらいしか思いつきません。手作りのものを送るということは、少なからずその人を想っているに違いありませんから」

「そうですか……やはり、そうですよねぇ……」

 まゆさんが溜息を吐きます。私が即興で考えたことに気付かない訳はないですから、既に試しているんでしょう。

 

「ところで、その想い人というのはどなたなんでしょうか? お名前が分かれば協力できることも増えると思いますけど」

「すいません、あの人の名前はお伝えできないんです……。ご迷惑になってしまうので……」

「そうですか。無理に訊いてしまって申し訳ございません」

 何かしら力になってあげたいので、良い方法が無いかよく考えて見ましょう。

 

「ところで話は変わりますけど、今週のCM撮影の件、よろしくお願いします」

 重い空気になってしまったので話題を変えました。

「こちらこそコメットの皆さんとご一緒できて嬉しいです。当日はよろしくお願いしますね」

「私もそうですけど、CM撮影は初めてですから皆緊張しちゃって。乃々ちゃんなんてCMの話をするだけでフリーズしちゃうんですよ」

「ふふふ。ライブと同じでリラックスして望めば大丈夫です」

 その後暫くの間楽しくお喋りして、まゆさんとお別れしました。

 

 この度我々コメットは地上派のテレビCMに出演することになりました。それも何と! あの国民的チョコレート菓子──『ポッキン』のCMです。

 とはいってもあくまでメインはまゆさんで、私達はそのお友達役での出演です。

 先日白報堂の安東専務を社内でお見かけした際に「コメットの皆で仕事がしたいです……」と土下座して厚かましくお願いしたところ、不憫に思ったのかこのお仕事を振って貰えました。

 やはり持つべきものは権力者とのコネですね。解散騒動の一件でそのことがよく分かりました。

 

 清純派アイドル路線の私にピッタリなお仕事です。こういうアイドルらしいお仕事を増やしていって、過去の汚名を早く返上しましょう。人の成長とは未熟な過去に打ち勝つことなんです。

 というか本来は犬神Pがこういうお仕事を持ってくるべきなんです!

 この間なんて警備会社のイメージキャラクターの仕事を持ってきたので、食べていたミカンの皮を絞って目潰ししてやりましたよ。

 最近は彼の仕事ぶりを見直していただけにがっかりです。感動的なドキュメンタリー番組が実は青汁のCMだと分かった時並みにがっかりしました。

 

 

 

 そしてCM撮影の当日になりました。

 五人で同じ学生服姿になり、ポッキンを片手に楽しげなダンスをします。

 緊張はしましたが、まゆさんのフォローのお蔭で皆楽しくお仕事をすることが出来ました。本当に頭が上がりません。

 

「はい、カーット! 全工程撮影終了です! お疲れ様でした!」

 監督さんの掛け声を受けて、撮影会場の雰囲気が一気に和らぎます。

「お疲れ様でした」

 まゆさんが撮影スタッフさん一人一人にお礼を言いに行きます。こういう細かい気配りが出来る子は今時珍しいです。

 

「まゆさんは、本当に凄いです」

 ほたるちゃんも感心していました。プロ意識が高い子ですから、まゆさんの仕事ぶりをみて感化されたのでしょう。歳若くしてトップアイドルになると増長してしまいがちですが、彼女はそういった慢心を一切していません。正にアイドルの鑑です。

 

「撮影中も、常に周囲に気を配ってました……。もりくぼのフォローもしてもらいましたし……」

「現場で働いているヒトを大切にするその姿勢は見習わないといけないな。ボク達も挨拶しに行こうか」

「そうですね。でもちょっと準備がありますので、ここで待っていて下さい」

 アスカちゃんの提案は尤もですが、挨拶にアレを持って行きたいので待機して貰いました。

 急いで控え室に向かい、自分のボストンバッグを取って撮影現場に戻ります。戻る途中にまゆさんとすれ違ったので挨拶しました。

 

「そのバッグは何だい? 控え室に置いてあったから、気になっていたんだけど」

「スタッフの方の為に焼いたクッキーが入ってるんですよ。それをお渡ししようと思いまして」

 バッグを開けると、掌サイズの可愛らしい包装に包まれたクッキーがびっしり詰まっていました。

「凄い量ですね。何だか行商みたいです」

「だから昨日は早く帰ったんですか……」

 

 コメットの好感度アップ作戦として考えたのが、このクッキー乱舞です。アイドルから手作りのお菓子を貰って嬉しくない方はあまりいないと思いますので、挨拶がてらお配りしようと思って作ってきました。

 かな子ちゃんの無差別お菓子配布をリスペクトした作戦です。というか丸パクリです。

 

 人という生き物は、他人から施しを受けた時にはそのお返しをしなくてはいけないという感情を抱きます。心理学的には『返報性(へんぽうせい)の原理』と言われているものです。

 配ったからといっても次の仕事に繋がる訳ではありませんが、『コメットって良い子達だな。もし同じ現場になったら協力してあげよう』と少しでも思って貰えればしめたものです。

 

 現場スタッフの方々は一緒にお仕事をする大切な仲間だと私は思っていますので、お互いにリスペクトし合えれば良いお仕事が出来ます。良いお仕事が出来ればファンも喜びます。誰も不幸にならない優しい世界の出来上がりです。

 原価数十円の小麦粉と砂糖の固まりで、現場スタッフの好感度が買えるなら安いものですよ。

 

 ちなみに愛情なんて曖昧なものは1ピコグラムも入っていません。

 一昔前に流行ったクッキー製造ゲームのように、無心でただひたすらにクッキーを焼いて焼いて焼き続けたのです。最後の方は悟りすら開けそうな心境でした。

 

「本当に、本当にありがとうございました。お菓子を作ってきたので是非食べて下さい♪」

「え……。ああ、ありがとう」

 四人揃って現場スタッフの方々にクッキーを配り続けました。配り終えた後は三袋しか残っていなかったので、多めに焼いてきて正解でしたね。

 

 

 

 その後は控え室で着替えて撤収準備をしました。

 私はお花を摘みに行きたかったので、アスカちゃん達には先に最寄のファミレスへ向かってもらい、後から合流することにします。

 化粧室から出てスタジオの出入り口付近に着くと見覚えのある男性がいました。あの方はたしか、まゆさんの担当Pさんです。

 

「おはようございます。どうかされたんですか?」

「ああ、七星さん。おはようございます。まゆちゃんを迎えに来たんだけど姿が見えなくてね」

「そうなんですか。先程見かけたので近くにいらっしゃるはずですよ」

 声を掛けてから、グッドアイディアが浮かびました。

 

「そうだ。よかったらこれ、食べて頂けませんか? 私の手作りなんです♥」

「え、いいのかい? ありがとう。ちょうどお腹が減ってたから、助かったよ!」

 先程のクッキーを差し出しました。持って帰るのが面倒なので在庫処分です。三袋全てお渡ししたところ、早速包装を開けてその一片を口に放り込まれました。

 

「うん、おいしい! まゆちゃんが作ってくれたクッキーと同じくらいおいしいよ。七星さんは将来良いお嫁さんになるね」

「……そうですか。喜んで頂けて何よりです」

 お嫁さんのくだりは脳内で自動消去しました。

 

 あれ? なんだか視線を感じるような気がしますが、気のせいでしょうか。

 

 その後、今日まゆさんにフォロー頂いたことのお礼を言うと、自分のことのように喜ばれていました。きっと強い信頼関係で結ばれているのでしょうね。

 それに比べてウチの犬ときたら、持って来た仕事が警備会社のイメージキャラクターですよ。信じられません。

 少しの間雑談しましたが、それでもまゆさんは姿を現しませんでした。

 

「捜すのをお手伝いしましょうか?」

 まゆさんを捜しに行こうとするPさんに提案をしてみます。恩を売るチャンスですからね。

「いいのかい? そうしてくれると助かるよ」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

 アスカちゃん達に連絡を入れた後、まゆさんを捜しに引き返しました。

 

 

 

 控え室にいるかと思い戻りましたが、誰もいません。別のところを捜しに行こうと電灯を消して反転した瞬間、ブワッと強烈な怖気(おぞけ)が湧き上がりました!

 

 今までかつて感じたことが無い、純度100%の殺気が私に向けられています……。

 このままこの部屋に留まったら超ヤバいと『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』が強い警告を発しましたが、あまりに突然のことで体が上手く動きません!

 

「──どうかしましたかぁ? 朱鷺さん」

 誰もいないはずの空間から、不意に声が発せられます。

 

 恐る恐る振り返るとそこには────まゆさんがいました。

 

 ですが、いつものまゆさんとは様子が違います。目に輝きはなく、黒く暗く淀んでいます。その視線にはまるで生気を感じません。

 

「い、いえ、何でも。そういえば、まゆさんのPさんが迎えに来ていますよ」

 平静を装って声を掛けました。何があったのかまるで見当が付きませんが、とりあえず密室で二人きりという状況から大至急逃れたいです。

「ふふふ。Pさんが来ていることは知ってますよぉ。物陰から見ていたんです。まゆがいなくてPさんが困る姿を、ずっと、ずーっと……。それなのに……」

「なら、早く行きましょう」

 ドアノブを握ると、まゆさんが私の手の上にそっと手を置きました。殺気が一段と強くなった気がします。

 

「朱鷺さんのクッキー、よほど美味しかったんでしょうね。まゆのと同じくらい、なんて」

 なぜか在庫処分で渡したクッキーの話をされました。

「いや、あんなのは機械的に焼いただけですから」

「では、まゆの愛情がたっぷり詰まったクッキーと、機械的に焼いたクッキーが同等と言うことでしょうか?」

 愛情……? あっ……もしかしてまゆさんの想い人って、あのPさんですか!!

 

「こ、こここれは大きな誤解です! 偶然お会いしただけで、まゆさんのPさんのことは別に何とも思っていませんからっ!」

「手作りのものを送るということは、少なからずその人を想っているに違いないんですよね? それに朱鷺さんと話しているPさん、とても楽しそうでした。『将来良いお嫁さんになる』なんて、まゆは今まで一度も言われたことがないんです……」

 殺気が先ほどとは比較にならないくらい大きくなりました。

 

 あのアドバイスが特大ブーメランになって返ってくるとは! とりあえず一旦体勢を立て直しましょう!

 無想転生を使ってまゆさんから距離をとろうとしたところ、なぜか地が無いような感覚に陥り、身動きが取れなくなりました! 体の自由が全く利きません!

 

 まさか! 無想転生が破られた!?

 

 無想転生を破ることが出来る技はただ一つ────北斗神拳の分派である『北斗琉拳(ほくとりゅうけん)』の奥義、『暗琉天破(あんりゅうてんは)』だけなはず!

 圧倒的な魔闘気で無重力空間を造り出し相手の位置を見失わせる秘技ですが、北斗琉拳を修めていない一般人が使える訳がありません!

 もしかして、Pさんを想う愛の力だけでこの奥義を編み出したというのですか!

 

「お話はまだですよぉ?」

「ひぎぃ!」

 ど、どうしましょう。北斗神拳が敗れた場合なんて、今までかつて一度も考えたことがありませんよ!? なんとかしてまゆさんの気を逸らさなければいけません!

 

「そういえば、まゆさんのPさんがまゆさんのことをとっても褒めていました! 『まゆちゃんがいないと俺は何もできないな~』ってぼやいてましたよ!」

「…………」

 表情は変わりませんが、少しだけ魔闘気が弱まりました。そのままの状態で、Pさんがまゆさんをとても大切に想っていることを頑張って伝えていきます。すると魔闘気は段々弱まり、何とか体が動かせるようになりました。

 ですが状況は膠着したままです。また拘束されたら多分ゲームオーバーなので、もうアレをやるしかありません。

 

「まゆさん、お許し下さい!」

「あっ……」

 謝りつつ、あの秘孔を突きました。

 

 

 

「あれ。まゆ、何で控え室で寝てるんでしょう?」

 寝ぼけまなこのまゆさんがゆっくりと起き上がりました。

「気が付かれましたか。撮影後に気分が悪いと言われて少し休まれていたんですよ」

「……全然記憶がないです。それに、なぜPさんまでまゆの隣で寝ているんですか?」

 まゆさんの隣でPさんが気持ち良さそうに寝息を立たてています。

 

「お疲れだったんでしょう。まゆさんの寝ている姿を見て、うたた寝をしてしまったんです」

「そうなんですか。朱鷺さんは、なぜここに?」

「無用心ですから、どちらかが起きる迄は待っていようと思いまして。まゆさんが起きられたので、もう私は必要ないでしょう。それではお先に失礼します」

「今日はありがとうございました。また、一緒にお仕事できたらいいですねぇ」

「……ハイ、ソウデスネ」

 棒読み気味に呟いた後、控え室の外に出てゆっくりドアを閉めました。次の瞬間、その場にへたり込みます。

 

 先程私が突いたのは『一部の記憶を消す秘孔』です。とりあえず、CM撮影が終わった以降のまゆさんの記憶を全て消させて頂きました。記憶を操るなんて非人道的な行為なので普段は封印していますが、今回ばかりは仕方ないでしょう。

 Pさんの記憶も一部消させて頂きましたので、クッキーの件はこれでなかったことになります。

 ですが自力で暗琉天破を編み出すとは……恋する乙女のパワーは本当に凄いですね……。

 

「ふふ。可愛い寝顔……」

 まゆさんの声が扉越しで聞こえてきますが、安心したとたん腰が抜けてしまい立てません。

 アスカちゃんに助けに来てもらうまで、トラウマと化した美声に怯え続けました。

 今迄見たどのホラー映画よりも怖かったです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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