ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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裏語⑥ どっきどき密着取材(前編)

「おはようございます。本日からよろしくお願いします!」

 編集部室の扉をくぐり、精一杯元気良く挨拶した。新人だからこれくらいフレッシュな感じで行かなきゃね。

 ざっと見渡すと、くたびれた男性社員が一人気だるそうに私を見ていた。

 

「……誰だっけ、キミ?」

 思わず昭和のコントみたいにずっこける。

「いや、先週挨拶したじゃないですか! 本日からこの編集部でお世話になる『善澤唯(よしざわゆい)』ですよ!」

「ああ。そう言えばいたね、そんな女の子」

 歓迎しろとは言わないけど、せめて存在くらいは覚えておいてほしいなぁ。

 

「そういえばタヌキがさっきキミのことを話してたよ。任せたい仕事があるとか何とか」

「タヌキって、あの動物のタヌキですか?」

 タヌキが私のことを話しているシチューションが全く想像できない。もしかして、昔タヌキ汁を食べたことを根に持っているのかもしれない。

 

「そうじゃなくて、編集長の同田貫(どうたぬき)のことだよ。アイツ体型が狸っぽいだろ? 名前もまんまだから陰で皆からそう呼ばれてんの」

「ああ、なるほど」

 いかにも中年って感じのビール腹だから、タヌキというあだ名はぴったりかも。

「本人には絶対に言うなよ~。ゲンコツでぶん殴られるからな」

「はい、わかりました」

 うっかり言わないように気をつけなきゃね。メモメモっと。

 

「仕事用のノートPCとデジカメはキミの机の上だから。設定は昨日事務の子がやってたんで直ぐに使えると思うよ。自席にいる時間なんてあまり無いから、機材を持ち運べるような大き目の(かばん)を用意した方がいいな」

「ああ、だから今日は先輩一人しかいないんですか」

 編集部室というにはあまりにもがらんとしているので気になってたんだけど、そういうことか。流石、腐っても皆さん記者って訳ですか。

 

「それもあるけど、純粋に人がいないんだよね~。ほら、出版業界なんて斜陽産業だし雑誌なんて今はあまり売れないから。会社としてもウチみたいなアイドル雑誌の編集部にはそう何人も割けないんだよ」

「こちらの雑誌って、売上が良くないんですか?」

「いいや、会社の中では頑張ってる方だと思うよ。アイドル人気は流行じゃなくて既に定着しているから、そのおこぼれにあずかってるって寸法さ。でも会社としてはやっぱり女性週刊誌やファッション誌とかに力を入れてるんだよね」

「ファッション誌ですか……」

 

 思わず拳をギュッと握ってしまう。頭では理解していても心では諦められてないんだろうな。

 昔からファッションが大好きだから、ガリガリ勉強して一流大学入って、必死に就活してそこそこの出版社に入ったのに。何でファッション誌じゃなくて、よりにもよってアイドル雑誌の編集部なんかに配属されちゃったんだろう。

 あ~あ、やっぱりバチが当たったのかな?

 

 

 

 そんなことを考えていると、ドスンドスンという大きな足音と共にタヌキ……じゃなかった、同田貫編集長が編集部室に入ってきた。タバコ臭いので喫煙室から戻ってきたんだろう。

 先週初めて会った時は入れ違いになったから、挨拶くらいしかできなかったんだよねぇ。ここは新人らしくきっちり挨拶をしときますか。

 

「おはようございます。本日からよろしくお願いします!」

「おう、善澤! 遅いじゃないか、今何時だと思ってんだ!」

「ええと、8時半ですけど」

 始業時間が9時だから遅いはずは無いと思う。それとも私の腕時計が壊れているのだろうか。

「新人なら1時間前には来てるもんだろ! 俺の若い頃なんて2時間前には来て編集部室の掃除をしていたぞ! それなのにだな……」

 

 あちゃー……。未だにいるんだ、こういう時代錯誤の人。

 ワークライフバランスや短時間でいかに成果を出すかなんて言っている時代に、こんな化石が生き残っているとは思わなかったな。しかも直属の上司とか、もう最悪だよ……。

 第二新卒という言葉が不意に脳裏をよぎったけど頑張ってその考えを打ち消した。就活セミナーでもとりあえず三年は勤めろって言ってたしね。

 でもムカついたから腹いせにタヌキって呼んであげよう。もちろん心の中で。

 

「……っと、そんなことはどうでもいい。ちょっとこっちに来い」

「はいはーい。なんでしょうか?」

 言われるままにタヌキの机に駆け寄る。すると、この編集部が制作しているアイドル雑誌──『THE IDOL M@NIA!』の前々月号を見せられる。

 見開きには『どっきどき密着取材♪ あの人気アイドルの素顔に迫っちゃう! ポロリもあるかもしれないよ♥』という見出しが書いてあった。

 今世紀最大級にセンスが無くて頭の悪い特集だと惚れ惚れしてしまったよ。きっと全米も泣くに違いないだろうね。

 

「──これ、来月号からお前の担当だからな」

「はい?」

 純日本人のオッサンダヌキから、中々小粋なアメリカンジョークが飛び出したので思わず固まってしまった。ヘイサム、ジョークがキツイぜ! HAHAHA!

 

「冗談ですよね?」

「マジだよ。大マジだ」

 新人に対するドッキリとしては中々悪質だね。『今すぐ人事部に駆け込んでもいいかな? いいともー!』 という幻聴が聞こえちゃったよ。

 

「……あの、何で私なんでしょうか」

 最大の疑問をぶつけてみる。いくら新人だといっても、納得できる理由がなければ受けられないって!

「これはお前の前任が担当していた企画なんだが、産休を取得しちまってな。これでも結構な人気企画で、休止した前月号は売上がイマイチだったから至急復活させる必要がある。

 いくら密着取材といっても男の記者がずっと張り付く訳にはいかんし、先方の事務所も承知しないだろう? 今ウチの編集部にいる女の記者はお前しかいないんだから決定だ」

 そういう訳か。男性記者だと恋人だと他紙にデッチあげられるかもしれないもんね。でもこっちは右も左も分からないド素人なんだから単独取材なんて無理だよ。

 

「事情は分かりましたけど、そもそも仕事の進め方がわかりません。取材のポイントや構成についての教育も十分に受けてませんので、どなたかにバックアップして頂かないと……」

「いや、無理だ。この企画では大体2日間は張り付きになる。ただでさえ人手が足りない中、一つの企画に二人も付けてたら白紙のページができちまうぞ」

「そこを何とか……」

「新人だろうと編集部に入れば一人前の記者だ。つべこべ言わずアイドルの魅力を引き出す取材をすることに全力を尽くせ! それと取材の進め方はお前の裁量に任せる。構成等はこっちで考えるから、とりあえず写真を撮ることと会話の内容を記録することだけは忘れないでくれよ!」

 

 完全なる丸投げだけど、これはもう逃げられない流れだ。これが世に言うブラック企業というやつか……。

 仕事に対するモチベーションがガラガラと崩壊しちゃったよ。元々無かったけど。

 まぁいいさ。どうせ責任取るのはタヌキなんだから、開き直ってあたしの好きにやってやることにしよう。もし首になったら第二新卒で別の出版社を受けちゃおうか。

 

「……わかりました。責任は取れませんがやってみます。それで取材対象のアイドルは決まっているんですか?」

「ああ。先方の担当P(プロデューサー)と調整済みだ。今週金曜日の昼から土曜日の夜まで予定を入れてもらったから、その間張り付いて色々な話を引き出して来い。それと今日の夕方にそのアイドルと担当Pとの顔合わせがあるので、そっちにも行ってくれ」

「は~い。それで、そのアイドルってどんな子なんでしょう?」

 

 ウチで取り上げているような女性アイドルなんて興味ないから、顔と名前が一致しないのよね。

 流石に星井美希や高垣楓とかならわかるけど、こんな雑誌で特集されるようなアイドルだから多分二流か三流なんだろうな。

 

「最近とても話題になっているアイドルだ。……色々な意味でな。とりあえず、機嫌を損ねて死なないようくれぐれも気を付けてくれ」

「生命の危機!?」

 え、ちょっと待って。なんでアイドルの取材で命の心配をしなければいけないのよ!

 

「本当にどんなアイドルなんですか!」

「……ああ、コイツだよ」

 取材対象が映った写真を見せてもらう。そこにはとても綺麗で可愛い女の子が映っていた。私もその子は何度かテレビで見かけたことがある。

 体力系のバラエティ番組で物理法則を完全無視した無茶苦茶な動きをしていた超人が、私の初めての取材対象だった。

「初仕事でジョーカー引いちゃったかぁ……」

 思わず頭を抱えてその場にうずくまってしまった。この不運はどこまで続くんだろう。

 

 

 

「うわぁ……」

 まさに城。346プロダクションの本社はそんなイメージだった。お金あるんだねぇ。

 自社の安っちいオフィスとの落差に落ち込みつつ、とぼとぼと中に入っていった。

 受付を済ませると窓口の女性に応接室の場所を教えてもらったので、指示通りに向かう。

 道すがら木登りしていた少女と目が合った。なぜそんなことをしていたかは理解できないけど、可愛い子なのでアイドルなのかもしれない。

 

 そのうち目的の応接室に着いた。中で待っていて欲しいとの話だったので、こっそり入室しソファーに腰掛ける。先方は別の用件で待ち合わせ時間より少し遅くなると受付で聞いていたので、手帳を開き改めて取材対象の情報を整理した。情報といってもさっきググッて調べた程度だけど。

 

 『七星 朱鷺』というアイドルが今回の取材対象だ。

 346プロダクション所属のアイドルグループ──『コメット』のリーダーであり、14歳の中学三年生。

 今年1月に某大型商業施設にてデビューミニライブを行う。新人にしてはよく出来たステージだったと、コアなドルオタさんのブログに書いてあった。

 当初こそJCアイドルっぽくない奇抜な趣味で物議を醸したものの、『346プロダクションだから』という理由によりそれ以降はそんなに話題にはなっていなかったらしい。仕事内容も雑誌モデルやバックダンサー等で、他の新人アイドルと変わらないものだった。

 

 風向きが変わったのは2月の中旬になってからだ。プロ野球オープン戦の始球式を務めた際、謎の魔球を披露して世間の度肝を抜いたんだよね。あれはあたしもよく覚えてるよ。最初は絶対CGだって思ったもん。

 その後は体力系のバラエティ番組で大型ハリケーン並みの猛威を振るう。そして某動画サイトの有名投稿者であることや、謎の武術──『北斗神拳』の使い手であることを自らカミングアウト。

 

 最近では体力系のバラエティ番組の出演をセーブして本来のアイドルらしい仕事に切り替えようとしているけど、世間的には超人イメージが完全に定着しちゃってる。

 ウチの雑誌でも『無人島へ連れて行きたいアイドルNo.1』に見事選ばれたしね。もちろん、サバイバル生活で役に立つ的な意味で。

 そんなよくわからない危険な子にどう取材すればいいのか、正直見当がつかないよ。

 やっぱり今からでも仕事を断ろうかと思っていると、ふいに応接室の扉が開いた。

 

「遅れてしまい、申し訳ございません!」

 長身の男の人が焦り気味に声を出した。見た目若いから歳は二十台前半くらいだろうか。

「い、いえ。私も今着いたばかりですので」

「自己紹介が遅れました。346プロダクション アイドル事業部の犬神と申します」

 芸能事務所らしく、かなりのイケメンだね。真面目そうで爽やかな感じだから好感が持てるな。ウチのタヌキや冴えない先輩と交換してくれないかなぁ。

 

「サンデーハウスの善澤と申します。『THE IDOL M@NIA!』の編集を担当しております。よろしくお願いします」

 その後はお互いに名刺交換をする。ビジネスマナー研修以来だから上手くできたか正直自信ないけど、不審には思われていないようなのでホッとしたよ。

 

「失礼します」

 無事名刺交換が終わりちょっと気が抜けた状態でいると、可愛らしい声が扉の外から聞こえた。

 すると、ピンク色の長い髪をした女の子がお盆を持って入室してくる。

「粗茶ですが、よろしければお召し上がり下さい」

「あ、ありがとうございます」

 テーブルの上に湯呑み茶碗を置いていく。そして配り終えた後、私を見て微笑みを浮かべた。

「七星朱鷺と申します。以後、お見知りおきを」

「……よ、よろしくお願いします」

 眼前の美少女こそ、私の取材対象になるアイドル第一号だった。

 

 

 

「この度は、弊社の取材を受けて頂きありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。今回は七星を取り上げて頂きありがとうございます」

「いえいえ。ところで犬神さんはまだお若いのにPをされているなんて、優秀な方なんですね~」

 相手の人となりがわからないのでとりあえず褒めてみる。見え透いたお世辞でも、褒められて嫌な気になる人はあんまりいないのよね。

 

「えっ! いや、そんなことないですって」

 右手を首に当てて照れくさそうな表情をする。何だか褒められるのに慣れていないような感じ。意外とチョロい人だったりして。

「犬神さんは本当に優秀な御方ですよ。コメットにとって誰よりも大切な人ですし、私も心から尊敬しています♪」

 七星さんが更に持ち上げてきた。Pの顔を立てるなんて想像とは大分違うなぁ。さっきもお茶出しをしていたし、気配りができるいい子なのかもしれない。

 その割りに当の犬神さんは嬉しくなさそうなのが気になる。なんか表情も引きつっているし。

 

「……コホン。それでは企画について改めて確認させて下さい。同田貫さんからは今週金曜日の昼から土曜日の夜までの密着取材と伺っていますが、相違ありませんか?」

「はい。その間、私が七星さんと一緒に行動させて頂きます。そして仕事・プライベートを問わず、どんなことをされたか、何を思われたか等を記事にしてご紹介する予定です。もちろんプライバシーを侵害するようなことは一切書きません。出来上がった記事は貴社にて事前にチェックして頂きますのでご安心下さい」

 産休中の先輩のデスクを引っ掻き回して得た情報を基に説明していく。平静を装ってるけど心臓バクバクだよ。だって細かい話を訊かれたら一切答えられないもん。

 

「それなら問題はなさそうですね。君もそれで大丈夫かな?」

「……ここまで来たからには止むを得ません。お引き受けします」

「ありがとうございます。それでは当日はよろしくお願いします」

 その後は暫く雑談して打ち合わせは終了となった。とりあえずボロが出なくて良かったけど、約二日間嘘を通せるか正直自信ないよ。でもやるっきゃないんだから、社会人は辛いねぇ。

 この日はそのままとぼとぼと自社に戻った。帰り際に『ダメ犬』とか『犬畜生』といった言葉が微かに聞こえような気がしたけど、なんだったのかな?

 

 

 

 そしていよいよ取材当日となった。

「え~と、私立美城ヶ峰学園……。ああ、ここね」

 電車を乗り継ぎ、七星さんが通っている学校に辿り着いた。ここも何だかお城みたいな学校で、普通の公立中学校よりも大きくて豪華だ。

 警備員に用件を伝えて入館証を受け取った後、校舎内に入れてもらう。中学校なんて7年ぶりだからかえって新鮮だよ。卒業後は用事無いもん。

 

 授業中の為か校舎内はシンと静まり返っていた。予定ではお昼から取材開始だから少し早く来ちゃったね。

 案内板を頼りに職員室へ向かう。部屋の扉を開けて、近くにいた教師らしき人に声を掛けた。

「すいません。サンデーハウスの善澤と申します。本日は取材でお伺いしたのですが……」

「お話は伺っています。七星さんの密着取材ですよね?」

「はい。失礼ですが、貴女は?」

「七星さんの担任の間宮です。よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。それで、七星さんはどちらに?」

「今は体育の授業中です。運動場にいると思いますので、そのまま向かって頂いて結構ですよ」

「ありがとうございます」

 

 一礼して出て行こうとしたけど、産休中の先輩が残した取材日記の内容をふと思い出した。

 そういえば、取材対象に近しい方の話を訊くんだっけ。ついつい忘れるところだったよ。

「度々すいません。担任の先生から見て、七星さんってどういう子なんですか?」

 そんな質問をすると先生の眉間に皺が寄った。回答に窮しているみたい。

「本人との約束がありますので詳しくは言えませんけど、色々な意味で面白い子ですよ。実際に見て頂いた方が早いと思います」

「そ、そうですか。ありがとうございました」

 そう言うと今度こそ職員室を後にした。前もって口止めをするなんて中々賢しい子みたい。でも取材を続ければ人となりも分かるだろうから、あまり気にせず運動場に向かった。

 

 

 

 運動場に着くと可愛い女の子達が沢山いた。どうやらサッカーをやっているみたい。

 ゲーム形式で、二つのチームに分かれて可愛らしくサッカーボールを蹴り合っている。なんだか微笑ましいなぁ。

 皆とても可愛いけど七星さんは特に人目を惹く。可愛さと綺麗さが奇跡的なバランスで同居しているのよね。可憐な少女でありながら妖艶な大人っぽさも兼ね備えているとか、もはや存在自体が反則としか思えないレベル。

 ぼーっと眺めていると敵ゴール前にいた七星さんのところにボールが飛んできた。大きな胸で華麗にトラップをした後、シュートの体勢に入る。

 

「くらえ!! これがネオ・タイガーショットだァ!!」

 そう叫ぶと見えない速度で右足を振りサッカーボールを蹴る。するとそのボールはロケットみたいに爆発的な勢いでゴールネットを目掛け突っ込んでいく。

「うひゃああああ!」

 ゴールキーパーをしていた背の低い女の子が必死に逃げると、先ほどまで彼女がいた空間にボールが突き刺さった。

 いや、早速何やってんの、あの子……。

 

「ちょっと、朱鷺さん! カワイイボクを死なせる気ですか!」

 さっきの子が青い顔をして七星さんに猛抗議した。あの子は輿水幸子さんだ。テレビに良く出ているからアイドルに詳しくない私でも知っている。

「ボールはともだち、こわくないよ」

「そのともだちに危うく天国へ連れて行かれるところでしたけど!」

「威力は最大限弱めていますし、『こしみずくん、ふっとばされた!』状態になりそうなら事前に救出する予定でしたから問題ないですって。駄犬からまた厄介な仕事を振られたのでストレスが溜まってるんですよ」

「いや、それとボクとは関係ないでしょう……」

「大変申し訳ございませんでした。ではお詫びに今度はフルパワー──100%中の100%で雷獣シュートをお見舞いしますね♥」

「だから死にますって!」

 

 七星さんは輿水さんの猛抗議を平然と受け流し、ドSな笑顔を浮かべていた。

 その光景を目の当たりにして背中に冷や汗が流れる。やっぱりとんでもない取材対象だと改めて認識させられたよ。取材をするというよりも、生き残ることを優先させた方がいいかもしれない。

「あっ……」

 ふと七星さんと目が合う。うわ、めっちゃ気まずそう。

 

 

 

「い、いらっしゃったのなら、一声掛けて頂ければ……」

「すいません。試合中のようなので、終わってから声を掛けようかと」

 試合終了後に声を掛けると、かなりうろたえていた。取材は昼休みからだと言っていたので完全に油断していたんだろう。

「さっきのシュートは見ましたか!?」と訊いてきたので、見てないと答えてあげた。正式な取材前だからネオ・タイガーショットのことはメモしないであげよう。

 

「では、本日から約二日間、よろしくお願いします」

 改めて七星さんに挨拶をする。

「はい、こちらこそ。取材だからといって気を遣って頂かなくて大丈夫ですよ。他の子も含めて敬語は不要です」

「本当? ならそうさせて貰うね。固っ苦しいのはあんまり得意じゃないし。名前も下の名前で呼んでいい?」

「ええ、いいですよ。その方が私もお話ししやすいですから」

 敬語には自信が無いから、この申し出は正直有難かった。

 

「朱鷺ちゃん。早く着替えないと、お昼休みに出遅れちゃいますけど……」

「もうそんな時間ですか。すいません、制服に着替えてきますので食堂でお待ち下さい」

「オーケー。じゃあ食堂で合流しましょう」

 そう言い残した後、気弱そうな女の子と一緒に教室に駆けていった。そっか、ここは公立校じゃないから昼食は給食じゃないんだ。

 校舎に戻った後、また案内板を頼りに食堂へ向かった。

 

 

 

 食堂に着いたけど、こちらも普通の学校の学食とは段違いだったよ。内装はちょっとした高級レストランと同じくらい凝っているし、メニューも和・洋・中と満遍(まんべん)なく揃えられている。

 コロッケそばが人気メニューだった母校の高校の学食とは雲泥の差だねぇ。

 

 少しするとチャイムが鳴る。多分お昼休みを告げているのだろう。

 すると制服姿の女の子達が食堂に集まってきた。訝しげに私を見てくるので居心地が悪いな。

 そうするうちに先ほど朱鷺さんとサッカーに興じていた子達も来た。慌てた様子で食堂の一角にある大きなテーブルを確保する。ここでお昼ご飯を食べるんだろう。

「またウチが一番乗りだな」

「ミレイ、いつもごくろうだナ! ミンナのためにありがト~♪」

「ぐ、偶然だぞ! 皆の為だなんて思ってないからなッ!」

 

 確か最初に来た子は早坂美玲(はやさかみれい)さんで、外国人の子はナターリアさんだっけか。

 早坂さんは普段『Girls&Monsters』というファッションブランドの服や小物を身につけていて、ピンクのフードや爪のついた肉球、眼帯が特徴的な子らしい。今はいたって普通の格好をしているからわかんないけど。

 一方、ナターリアさんはリオデジャネイロ出身のブラジル人アイドルで、片言風な喋り方と褐色の肌といった個性で人気みたい。

 どちらも今回の取材前にググって調べただけだから、詳しいことはわかんないけどね。

 その後も続々とアイドルらしき美少女達が集まってきて、食堂の列に並んでいく。22歳の私でも彼女達からすればもうオバさんなんだろうなぁ。なんだか落ち込んじゃう。

 

「申し訳ありません、遅くなりました」

「……すいません」

 少し遅れて、朱鷺さん達が到着する。気弱そうな感じの子はコメットの森久保さんかな。まだまだ顔と名前が一致しないので困っちゃうなぁ。

「では、私達も買ってきますので」

「うん、いってらっしゃい」

 そう言うと、彼女達も食堂の列に並んでいった。

 

 良いチャンスなので朱鷺さんがいないうちに彼女についてクラスメイトに訊いてみよう。

「あの~輿水さん。少々お伺いしたいことが……」

「おっと! ボクがカワイイからって、いきなり独占取材はダメですよ。ちゃんと事務所を通して下さいね!」

「いや、そうじゃなくて。輿水さんから見て、朱鷺さんってどんな子なのかな?」

「なんだ、朱鷺さんのことですか。……記者さんもさっきのバイオレンスサッカーを見たでしょう。一見常識人っぽく振舞っていますが一番非常識ですからね、あの人。

 でも基本的には良い人ですよ。分かり易い腹黒ですけどクラスメイトのことはとても気にかけていますし」

「日本のヒトはみんな親切だけド、トキはナターリアのPの次に親切だヨ♪」

「蘭子が転校してきた時も、わざわざ歓迎のサプライズとか用意してたモンな」

 へぇ、あれでいて面倒見がいいんだ。ちょっと意外。

 

「お待たせしました~」

 朱鷺さん達がお盆を持って帰ってきた。そして空いている席に着席する。

「トキ! 今日は珍しいモノを食べるんだナ!」

「い、いえ、いつも通りお洒落なパスタですよ。今日は海老とトマトのクリームパスタとサラダセットにしてみました。清純派アイドル路線の私にピッタリなランチです」

「エ? だって、トキはいつもラーメンとチャーハンセットとかカツ丼セット頼んでるヨ? 昨日もラーメンとカレーセットだったでショ?」

「わー! わー! わー!」

 

 朱鷺さんが急に叫びだしたので、食堂の注目が一斉に彼女へ集まる。

 するとナターリアさんの手を取って物陰に移動した。なんか「私の世間的なイメージが……」とか「打合せ通りに……」といったヒソヒソ話が聞こえてくるけど、聞かなかったことにした方がいいのかな?

 

 昼休み中はアイドル以外の生徒達にも話を訊いてみたけど、怖がっている子、特に興味の無い子、狂信的に崇拝している子と反応は千差万別だった。

 中でも狂信的に崇拝している子達は本当に怖かった……。エロい写真なら言い値で買うとか詰め寄ってきたし。流石に死にたく無いからそんな危険な橋は渡らなかったよ。

 

 その後は授業中の様子を撮影させてもらった。

 姿勢を良くして真面目に授業を受けてはいたけど、ネオ・タイガーショットの件を考えると演技にしか見えないから困る。

 とりあえず、学園生活については一通り取材できたんじゃないかと思う。記事を書いたことが無いので本当にこれでいいかはわかんないけどね。

 

「放課後は直で事務所に向かいますので、一緒に行きましょう」

「うん、わかった」

 学校での取材を終えると、朱鷺さん達と一緒に346プロダクションに向かう。

 これからコメット揃ってのダンスレッスンがあるらしいので、その様子を取材するんだ。

 

 

 

「やあ、おはよう」

「おはようございます。朱鷺さん、乃々さん」

「あら、おはようございます」

 レッスンルームに向かう途中で、コメットの残り二人──二宮飛鳥さんと白菊ほたるさんに遭遇する。

 

「こちらの方が、昨日お話していた記者さんですか?」

「サンデーハウスの善澤です。今日明日と朱鷺さんの密着取材をさせて貰うけど、いないものと思っていいからね。普段の様子を記事にしたいから自然体でいてくれた方が助かるよ」

「ボクはいつも通り振舞うだけさ。どこかの(詐欺)とは違ってね」

「……アスカちゃん。あまり変なこと言うと今度から貴女のあだ名をライオネスにしますよ?」

「ボクはただの観測者。自分を(だま)し、世界を騙せるかは全てトキ次第という訳だよ」

 開始直後から本性が結構バレていることは言わない方が良いんだろうか。

 

 レッスンルームに着くと、ちょっと怖そうなトレーナーさんの指導の下でダンスレッスンが始まった。

「ハイ! 1・2・3・4・5・6・7・8。ステップが遅れてるぞ森久保ォ!」

「あぇぇぇぇ……」

「しっかり返事をしろ!」

「……は、はいぃ!」

 

 森久保さんが注意を受けているが、それも仕方ないと思う。だってさっきからぶっ通しで動きまくっているんだもん。

 レッスンでこれ程の運動量が発生するなんて、正直アイドルという仕事を舐めていた。高校の時に入っていたバレー部より遥かにきついよ、このレッスン。

 皆14歳前後の少女達だけど、プロとしてお客さんからお金を貰っている以上、半端なパフォーマンスはできないと言う気迫がひしひしと伝わってくる。

 一方で私がやっている取材モドキは仕事と呼べるか怪しいものだったから、その差に愕然(がくぜん)としてしまった。

 

 レッスン後は地下一階にある彼女達の専用ルームにお邪魔する。夕方にここでお茶をするのが彼女達の日課らしい。

 アイドルだけのお茶会を覗き見できる貴重な機会なので、気を抜かずに観察をする。

「善澤さん。紅茶を入れましたので、どうぞ」

「ありがとう、白菊さん」

 ティーカップに口を付けるとアールグレイ特有の柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。癖が無くて苦味も無いから飲みやすい。

 

「とっても美味しいね、この紅茶。結構良い茶葉使ってるの?」

「ほたるちゃんが持ってきてくれた高級品ですから、味の方は保証しますよ。いや~紅茶は美味しいです。毎日でも飲んでいたいくらいです」

「その割に普段キミはアレを飲んでいるけどね」

 二宮さんの言葉を聞いたとたん、朱鷺さんが勢い良く紅茶を噴き出した。

 

「アースーカーちゃん! 昨日貴女のプリンを勝手に食べたことは謝ったじゃないですか!」

「そうだったかな? ボクはただ事実を述べたまでさ」

「ぐぬぬ……」

 朱鷺さんと二宮さんが口ゲンカを始めたので、収まるのを待っている間にルーム内をチェックする。すると気になるものが鎮座していた。

 

「あのマッサージチェアは何なの?」

 隣にいた森久保さんに訊いてみる。でっかいサイズの高級マッサージチェアが部屋の片隅に隠すように置かれていたが、若い彼女達に必要な設備とは思えないので気になった。

「あ、あれは、朱鷺さんが犬神Pさんにプレゼントしたものです……。犬神Pさんが仕事に打ち込めるよう気遣っているんです。決して朱鷺さんが自分用に買った物ではありません……」

 へぇ、やっぱりP思いの良い子じゃないの。

 

 その後暫くお喋りしながらお茶を楽しんだけど、今日は朱鷺さんの家での取材が残っているので普段より早く解散した。

 事務所のエントランス前で待ち合わせをした後、お花を摘みに化粧室へ向かう。

 ふと化粧室内の鏡を見ると、やや疲れた自分の顔が映っていた。たった半日だけどとても密度の濃い時間だったなぁ。あと1日ちょっと、プロの記者として演じ続けられるか正直自信が無い。

 

 それにしても、ファッション誌を作りたくてこの会社に入ったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 親子二代で芸能記者だなんて。

 

 

 

 

 

 

 


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