ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第3話 死闘! 悪夢の二次面接審査

「超困りました」

 無駄に豪奢な社屋の前で私は途方に暮れていました。集合時間まで30分を切っています。

 346プロダクションが開催する新アイドルオーディションの二次面接審査は書類審査時にこちらから送付した履歴書を元に進められるとのことでした。

 このあたりは一般的な面接と変わりませんので前世の経験で面接慣れしている私としても特に違和感はありませんが、問題はそこではないのです。

 

「その履歴書がないんですよね……」

 両膝を抱えて呟いたそんな独り言が、晩秋の風の中に吸い込まれていきました。

 

 

 

 時は約一週間前、書類審査騒動の翌日に巻き戻ります。

「え、履歴書の控え取ってないの?」

「そうなの~。ついつい忘れちゃって、ゴメンね~」

「じゃあ書いた内容は?」

「え~と、少し前だったからど忘れしちゃった♪」

「…………」

 

 オーディションの書類審査で送付した私の履歴書は当然私が書いたものではなく、お母さんが私になりきって書いたものでした。

 二次面接審査で履歴書を元に話をする以上、落ちるにしても一応目は通しておかなければなりません。なのでお母さんに控えを渡して欲しいといった時の会話がこれでした。

 

 この瞬間の私の気持ちをあえて『走れメロス』(原著は名作です)風に表現するのであれば『朱鷺は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の母を除かなければならぬと決意した』といったところでしょうか。

 

 これは古代ローマのコロッセオで戦う剣闘士が、決闘開始の1秒前まで自分の武器と対戦相手を知らされないのと同等の行為です。つまりお母さんは私に『恥をかいて無様に死ぬがよい』と言っているのです。

 かの孫子は『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』という名言を残しました。しかし私は敵はおろか、己すら知らずに戦地へ赴くのです。この心細さが少しでも伝わりましたでしょうか。

 

 先方に連絡して履歴書の写しをメール(PDF)かFAXで送ってもらえば良いじゃないか、そう思われるかもしれません。

 346プロダクションは名だたる有名芸能事務所なので、もちろん快く応じてくれるでしょう。

 しかしそう言われた担当者はその言葉をどう捉えるでしょうか。

 

「写しもとってないなんて、馬鹿丸出しだよなぁ」

「ちょっと常識ないんじゃないの~?」

「まったく、これだから最近の中学生は……」

 私ならこう思います。思うに決まっています。むしろ思わないはずがありません!

 

 前世の私はどんな転職活動であっても真剣に取り組んできました。結果には結びつきませんでしたがその過程には誇りを持っています。負け犬の言い訳かもしれませんが人生は結果だけなく過程も重要なのです。

 当然、履歴書の控えを忘れて「メンゴメンゴ、履歴書の控え忘れちゃったんで送ってね☆」なんて言ったことはありません。絶対に言えません。

 

 だから例え血を吐いたとしてもそんな言葉を口に出すことはできないのです。自分でも難儀な性格だと思います。

 なので、私は徒手空拳(LV:5)で、お母さんの書いた悪魔の履歴書(LV:99)と闘わなければいけないのでした。しかも天然ボケのお母さんのこと、記載内容は既に忘却の彼方ですし書いた時のフィーリングで色々と盛っているはずなので戦々恐々です。

 

 

 

 盛大に愚痴ったところで話を冒頭に戻します。正直死ぬほど行きたくないですが、直前で面接をドタキャンすることも私の常識ではありえない行動なので死地に乗り込むのみです。

 諦めてエントランスに向かってとぼとぼと歩き始めました。

 ちなみに本日着ているのは制服です。学生のフォーマルな衣装といえばなんといっても制服でしょう。面接用の服を選ぶのがとても面倒くさかった訳ではありません。

 

 しかし、お母さんがなぜ私をアイドルにしようとしたのかが今でも腑に落ちません。

 夢を継がせたいと口では言っていましたが、今までお母さんがアイドルにこだわっているような様子は全くなかったので別の理由があると思います。

 

 もしかして、幸せ家族にしれっと紛れ込んでいる私のような汚物をこの機会に消毒したかったのでしょうか。

 346プロダクションは家から電車で通える距離ですが所属アイドル用の女子寮もあるとホームページに載っていましたので、合格させて寮に放り込み家から隔離したいのかもしれません。

 

 もしかしたら一度ならず二度までも家族から疎まれているのかと思うと、ブラック企業で鍛えられたメンタルでも流石にへこみます。

 某ファンタジー映画のタイトル風に言うと、さしずめ『ロード・オブ・ザ・ネグレクト ~いらん子の帰還~』といったところでしょうか。

 殴られたりするくらいならまだマシなんですけど、肉親から完全に無視されるのは本当に辛いんですよね。前世では嫌というほど味わいましたから。

 

 

 

 そんなことを考えつつエントランスに入ると、これまた豪華な内装が目に飛び込んできました。天井にかかっているシャンデリアが一体いくら位するのか見当もつきません。

 周囲を見回すと『Mishiro』と書かれた受付がありましたので、応対の女性に名前と用件を告げ入館カード貸与申請書に記入しました。するとゲスト用の入館カードを貸与され、控え室の場所を教えられました。

 

 どうやら面接はこの本館ではなく、別のオフィス棟で行われるそうです。ほどなく、渡り廊下で繋がれたオフィスビル内に入りエレベーターで指定された階に上がると、目的の小部屋に入室しました。しかしこちらもなんだか無駄に凄いビルです。

 

 受付では「面接時間になったら声をかけますのでお待ち下さい」と言っていましたので適当な椅子に座って待ちます。流石に緊張しますので、緊張を紛らわせるために持参したペットボトルのお茶を少し口に含みました。

 

 しかしお金かけてますよね、この会社。芸能界はイメージが重要な業界だろうとは思ってはいましたが、それにしても過剰ではないでしょうか。今まで私が勤めていた会社なんて、吐瀉物が周辺に散乱している様な裏路地の雑居ビルばかりでしたので、天と地ほどの開きがあります。正に現代の光と闇ですね。もちろん私は闇属性です。

 土地と建物の不動産価格とか、毎月の固定費はいくら位なんだろうかとぼんやり考えていると意外と早く呼び出しがありました。

 

 

 

「どうも、お待たせしました~。面接室はこちらですので、付いて来て下さい♪」

「はい、本日はよろしくお願い致します」

「うふふ。面接頑張って下さいね」

「はい!」

 緑色の事務服を着た、アイドル顔負けの美人事務員さんに連れて行かれて面接室に辿り着くと気を入れ直します。3回ノックの後ビジネスマナー教本通りのきっちりとした所作で入室し、面接官に一礼して着席しました。

 

 これだけ大きい会社なので、てっきり面接官は四、五人はいるものと思っていましたが意外なことに一人だけでした。それも二十代半ば位の比較的若手の方です。しかし芸能プロダクションの社員はなぜ皆イケメンや美人さんなのでしょうか。

 

「初めまして、こんにちは。私は346プロダクション アイドル事業部の犬神です。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございます」

 そう言って軽く会釈されます。

「七星朱鷺と申します。こちらこそお時間を割いて頂きありがとうございました。本日はよろしくお願い致します」と営業スマイルで返しましたが、悪魔の履歴書のせいで心中穏やかとは言い難いです。

 

「この建物驚きましたか?」

 犬神と名乗った方が少し砕けた感じで話を振ってきましたので、返すのと同時に疑問を口にしてみました。

「はい、大変立派な会社でとても驚きました。それと大変失礼なのですが、本日の面接は犬神さんと私という形なのでしょうか?」

 

「はい。当事業部はプロデューサーの裁量権が大きいので、アイドルの採否等もある程度決めることができるんです。もちろん正式に所属頂く場合には上司の追認も必要ですけどね」

 ということはこの犬神さんという方が新プロジェクトのプロデューサーというわけですね。

 まだ若そうなのにプロデューサーとは相当優秀なようです。おかげさまで私の胃腸がストレスでマッハなんですけど。

 

 そうして面接が始まりました。感覚的には転職活動の面接とそう変わりはありません。

 犬神さんはまだ若いですが、やはり人を見る目は常人とは異なり私の姿勢や仕草、話し方等を逐一チェックしています。

 顔は笑ってますけど目は笑っていないので中々怖いですが、私にとっては好都合です。

 これであれば落ちるためにわざと問題のある言動をしなくても、ドブ川のように醜い私の内面をズヴァリ! 見抜いて不合格にしてくれるはずです。転職面接のプロとしてはいくら落ちるためといってもわざと問題のある行動をしたくはないですからね。

 

 最初のうちは簡単な自己紹介など差しさわりのないやりとりが続きましたが、途中から悪魔の履歴書が私に対して鋭利な牙を剥き始めました。

「次は趣味についてお聞かせ下さい。履歴書を拝見しましたが多趣味と伺いました。料理、お菓子作りとは女の子らしいですね。ギターも弾けるんですか」 

 このあたりは想定の範囲内です。趣味としてはそうおかしくはないでしょうから適当に同意します。お菓子作りは朱莉の餌付けとしてよくやっていましたし、ギターも下手っぴですが継続的に取り組んでますし。

 

「あと競馬、麻雀、B級映画鑑賞、クソゲーRTA(リアル・タイム・アタック)とありますが……」

 咳き込みそうになるのを気合と根性で耐えました。

 あのねお母さん、これはまずいですよ。確かに競馬中継を熱中して見たり、深夜までネット麻雀とかB級映画の批評とかクソゲーRTAをしたりしていましたが、アイドル志望のうら若き中学生の趣味として書くものではないでしょう。

 しかし切り出された以上、何かしらのコメントはしなければなりません。

 

「はい。競馬はただの馬のレースではなく、沢山の関係者の思いを乗せて競うので1レース毎に熱いドラマがあります。低俗と考える人もいらっしゃいますが、発祥のイギリスでは高貴なスポーツという扱いですから趣味として何らおかしくはありません。私は未成年なので、もちろん観戦するだけですよ」

 『海外では〇〇』という表現は、論点のすり替えに使うと便利なので是非覚えておきましょう。

 そして相手から言われた時は、『日本では〇〇』と言い返してやるのです。

 

「麻雀は自分の読みと判断と運が複雑に絡み合った非常に高度な遊戯です。もちろんお金は一切賭けておりません。

 B級映画は、限られた予算と人員の中でいかに名作を作るか、という職人の意地と魂を見ることができます。手抜き映画も多く玉石混淆なので駄作の中から名作を見つける楽しさもありますよ」

 もうくちゃくちゃ、もといむちゃくちゃですが勢いだけで推して参ります。

 

「RTAとはゲームスタートからクリアまでの実時間の短さを競う遊びですが、クソゲーRTAは現人類の英知が創り出した悪意の結晶であるクソゲーと、苦行苦行アンド苦行作業のRTAが加速度的に融合し最高の精神鍛錬となります」

 正直この時点で落ちたとは確信していたのですが、一応コメントは必要なので笑顔を作りつつ、ない知恵を絞ってこじつけます。ごりごりです。

 

「なるほど。意外だったのでちょっと驚きましたが、言われてみると確かにそう思えますね」

 犬神さんがコクコクと頷きました。社交辞令でもそう言って頂けるととても救われます。早く次、行ってみよー。

 

「次は七星さんの短所についてですね。履歴書では、『何でも自分でやろうとして抱え込んで、人を頼ろうとしないところが私の悪い癖です。今後は、家族や友達をもっと頼りたいです♥』とありますが、そうなんですか?」

「……そういう所もないわけではない、かもしれません」

 日本人特有の玉虫色の回答です。人は自分の欠点は往々として認めたくはないものなのです。しかし母からそう見えていたとは正直思っていなかったです。

 てっきり朝起きられないとか書かれていると思っていました。

 

「あとニンジンが大嫌いなので食べられるようになりたい、と」

「……善処します」

 お役人が言う『善処します』は、『私達ぃ、何にも行動しませんよ~! ☆キャハッ♪』と同じ意味なので良い子の皆さんは騙されないように注意しましょう。

 そしてあんな根っこはお馬さんにでも食べさせておけばよいのです。

 

 その後も悪魔の履歴書のキラーパスを何とか処理し、疲労困憊の中最後の質問になりました。

「最後は志望動機です。本来は初めの方で確認しておくべきなのですが、ちょっと気になったので私の勝手で最後にさせて頂きました。すいません」

「いえ、問題ありませんよ」と答えます。

 どうせ母の思いを継いで日高舞さんのようなトップアイドルを目指します、といった内容なのでしょうけど、何でわざわざ最後にするのでしょうか。

「それでは確認までに志望動機を読ませて頂きます」犬神さんはそう言って続けます。

 

「私は、家族が大好きです。お父さんもお母さんも、妹も大好きです。家族も私のことが大好きで、私はお父さんとお母さんの自慢の娘です。妹と合わせて世界一の娘達と言えるでしょう。

 そして家族だけでなく他の人からも、もっと好きになって愛してもらいたいし、他の人も好きになっていきたい。アイドルになって沢山の人達に私を知ってもらって、その人たちから愛してもらいたいです」

 『()()()()()()()()()()()』を、犬神さんがゆっくりと感情を籠め、しかも心に染み入るようなイケメンボイスで朗読しやがりました。

 

 私の涙腺は脆くも決壊しました。

 

 疎まれている訳ではなかったのです。いらん子でもなかったのです。私のお父さんとお母さんはちゃんと私を大切な娘として愛してくれていました。

 それだけでなく、前世の記憶をもっていたりとんでもない能力があったりする尋常ならざる大馬鹿娘を他の人にもっと知ってほしい、愛してほしい、そこまで考えてくれていました。

 疑っていて馬鹿みたいです。

 ダメです、涙が止まりません。面接どころではありませんのでドクターストップを要求します! この際カプコン製ヘリでもいいですから早く私をここから救出して下さい!

 

 

 

「本当に申し訳ございません。実は……」

 ひとしきり泣いた後、結局履歴書の件を犬神さんに自白しました。自分が書いたものでないこと、アイドル志望ですらないことを洗いざらい白状したところ、実は既にお母さんから犬神さんへ経緯の連絡と謝罪がされていたというのですから驚きでした。

 ただ、娘にはそのことを伝えずに面接をしてあげてほしいとの強い希望があり、犬神さんもそれに応じたのとのことでした。

 

 つまり、この面接において私は初めから道化だったのです。お母さんの掌の上で滑稽に踊る何とも愉快痛快なマリオネットでした。お釈迦様ですか、貴女は!

『必ず、かの邪知暴虐の母を除かなければならぬ』と改めて決意しました。

 まぁ、おかげさまで合格は確実になくなったのでそれには感謝するべきでしょうか。

 

 面接後、私にとってはもはや黒歴史のメッカとなった346プロダクションをそそくさと後にすると、帰りがけに小奇麗なフラワーショップに立ち寄りました。

「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた、クールでとても可愛らしい女の子の店員さんと相談して赤いカーネーションの鉢植えを買うことに決めました。

 

 母の日とは大きく時期がずれていますが、気持ちの問題です。三千円は中学生には結構な出費ですが今日は不思議と惜しくはありません。

 勝手に応募したのは正直どうかと思いますが、両親の気持ちを確認することができたので年上らしく広い心で許してあげるとしましょう。

 お母さんのせいで落ちたじゃんと嫌味の一つでも言ってあげようと思いながら、足取り軽く帰路に着いたのでした。

 

 数日後、面接での号泣の羞恥心も癒されてきた中、二次面接審査の結果通知が届きました。

 

 見事合格でした。

 

「……なぜ受かったのか、コレガワカラナイ」

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
両親が主人公をアイドルにさせようとした理由等は裏語①に纏めていますので、
第1章後にそちらも併せて読んで頂ければ幸いです。
毒親のように自己中心的な理由ではなく、純粋に子供を心配しての行動です。

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